7-5『護衛』
「というわけで……学園祭はメイド喫茶に決定したよ!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおあ!!」」」
委員長・倉敷の言葉に野郎共が吠えた。
その筆頭は烏丸と錦町。
理由は言うまでもないだろう。
烏丸はチャラいから。
錦町は錦町だから。
以上である。
「おいおいおい……なぁ雨森! メイド喫茶に決まっちまったぜ! いやー! 無理かと思っても頑張ってみるもんだな!」
「そうだな。多数決は偉大だ」
烏丸に、僕はそう言って大きく頷いた。
今回の学園祭における出し物会議。
そこで、野郎共の大半がメイド喫茶に投票した。
また、女子からも数名票が入ったことにより、メイド喫茶が過半数近くの票を占める結果となった。
その理由?
そんなものは決まっておろう。
メイドというものに……夢を見たのさ。
だって夢に夢見る男の子だもん!
好きなあの子のメイド姿だなんて……想像しただけで鼻血が出ちゃう!
「雨森も……多数決の時、いつに無く堂々とメイド喫茶に挙手してたな! そんなに楽しみか!」
「当たり前だろう。星奈さんのメイド姿を見れるのならば、たとえ死んでも構わない」
「き、聞こえてますよ……」
前の方から星奈さんの声が聞こえた。もう天使。
声の時点で耳が溶けそう。
果たして彼女を真正面から直視した時、僕は正気を保っていられるのだろうか。
否、きっとこの身は骨すら残さず朽ち果てるであろう。
そうこう考えていると、出し物会議は終わっていた。
時間帯としては既に放課後。
色々とあって皆で残っていたけれど、人によっては部活もあるだろう。クラスの過半がそそくさと荷物をまとめて教室を後にする。
「んじゃ、また明日なー。雨森も、A組の奴らには気をつけろよー?」
「あぁ、烏丸も顔はいいんだ。狙われるとしたらお前が先かもしれない」
「おっ、恐ろしいこと言うんじゃねぇよ……」
烏丸はそう言って去ってゆく。
僕もまた文芸部に向かおうと鞄に手を伸ばしたが……よく考えたら今日は水曜日。夜宴会議の日だ。
特に話し合うこともないと思うが……。
まぁ、逆に倉敷たちから僕に向けての情報提供があるかもしれない。
そう考えて席を立つと、とてとてーっと愛おしい足音が聞こえてきた。
「あ、雨森くん……今日は文芸部、いらっしゃらない日ですか?」
「星奈さん。……残念だが、今日は用事のある日だな」
「そうですか……」
相変わらず一挙手一投足が可愛すぎる。
見ているだけで萌え尽きそう。
この現人女神様と朝比奈が同じ生命体、同じ性別、同じ年齢、っていうのが信じられないわ。
もうちょっとあのストーカーも星奈さんを見習ったらいいと思う。
「まぁ、寂しくはないがな。先程、星奈さんのメイド服が確定した。それを妄想するだけで僕の心は幸せだ」
「あ、雨森くんっ! そ、それはだめですっ! ハレンチですっ!」
「え? なになにー、雨森また星奈さんに言葉のセクハラやらかしてんのー?」
でた、火芥子さん。
彼女はニタニタ笑いながら僕らのほうへと寄ってきて、気がつけば他の文芸部員も全員勢揃いしているところだ。
「セクハラなんてしてないぞ。僕はただ、星奈さんのメイド服姿が楽しみすぎて夜も眠れなくなりそうだ、と……」
「ひ、酷いです雨森くん! 冗談ばっかりです!」
真っ赤な顔でそう叫ぶ星奈さん。
そんな姿にほっこりしてると、こっそりと背中に回り込んできた天道さんがタックルしてくる。
「このリア充めが! 我が目の前でイチャコラとしおって! 万死に値する! その場で土下座して詫びるがいい!」
「ちょっと天道、雨森にタックルして……体大丈夫?」
タックルされた方ではなく、した方を心配する火芥子さん。
まぁ、天道さん、最弱だからなぁ。
見れば天道さんはタックルした右肩を摩っており、理不尽にも僕を睨んでる。
「こ、この……! まるで巨大な岩に突進したような衝撃! さすがという他ありませんが、雨森氏! あまり私の前でイチャコラとしないでもらおうか!」
「すまない、天道さん。星奈さんを想う気持ちが強すぎて……つい、な」
「そういうのを言ってるんですよ!!」
天道さんは地団駄を踏み、そんな姿に火芥子さんも苦笑している。
星奈さんは真っ赤な顔を隠しており……そんな姿を見てほっこりしていると、井篠と愉が僕の側までやってきた。
「そ、それよりも……雨森くん。大丈夫? 朝のA組のことだけど……」
井篠のその言葉に、和気あいあいとしていた雰囲気も霧散する。
朝の出来事。
まぁ、アレだ。
例のA組挑発事件。
といっても、あれはA組がバラされたくないことを公にされて、逆ギレして僕に突っかかってきた、というふうに解釈されてる。
そのためか、今日はなんだがみんなが僕に優しい気がする。
「さっき、真備達にも心配されたよ。……まぁ、大丈夫だろう。なにをするにも、おそらくは闘争要請を挟んでくるはずだ」
「へぇー! 真備たちに心配されたんだー!」
「ひ、火芥子さん! 真面目な話だよっ!」
ニタニタし始めた火芥子さんと、それを注意する井篠。
まぁ、真備たちとはな……あの肝試し以降、普通に話す仲になったんだ。お供のギャル友たちも話せば普通に良い奴だったし、今では普通の友達だ。
「真面目な話、少し事を大袈裟にし過ぎたな」
「……おや、黒月氏?」
声が聞こえてそちらを見れば、黒月が近くにまでやってきていた。
コイツが公の場で僕にコンタクトを取ってくることは滅多にないんだが……珍しいな。
そうこう考えていると、カツカツとわざとらしい足音が聞こえてきた。
振り返れば、朝比奈霞。
僕は視線を逸らして黒月を見た。
「雨森くん! 朝比奈よ! それについてお話があるのだけれどよろしいかしら!」
「黒月。もしかして……その、なんだったか。護衛団的な組織の活動として、僕の護衛でもしてくれるのか?」
「【自警団】だな、雨森。そして……出来ればでいいんだが、ウチの団長を無視しないでやってくれ」
黒月にそう言われ、改めて振り返る。
そこには朝比奈霞。
彼女は胸を張ってドヤ顔してた。
ので、僕は視線を黒月へと戻した。
「誰こいつ?」
「同じクラスの朝比奈霞だ」
「なるほど」
僕は改めて朝比奈嬢を振り返る。
よく見たらその目には涙が溜まっていた。
「何か用事でもあるのか? 今、黒月と話しているんだが……」
「そ、その事よ! そのことについて私から説明したいなーって! そう思うのよ雨森くん! 私だってあなたとお話したいのよ! 無視されるとなんだか心が寂しいの!」
なんという切実な願い……。
袖を引っ張られて見れば、星奈さんが悲しそうに首を振っていた。
……星奈さんが言うなら、まぁ、今日くらいは意地悪せずに話してやるか。
僕は大きく息を吐くと、改めて朝比奈嬢に向き直った。
「で、なんだ朝比奈」
「あら! 私の名前を呼んでくれたわね雨森くん! そう、私は朝比奈霞! 用というのは、A組に雨森くんが狙われていることについてよ!」
まぁ……なんだ。
朝比奈嬢の『朝比奈霞と申します』アピールが少し鬱陶しいが、ここは何も言わずに先に進める。
「知っての通り、A組は熱原君を始め、先程の四名……中には黒月君と互角か、それ以上の生徒も居るでしょう。B組が新崎君の一強なら、A組は数名の強者が集った合衆国のような可能性があるわ。……まぁ、あくまでも可能性のひとつ、だけれど」
まぁ、橘月姫というイレギュラーを知らなければそう映るのも当然か。それに、間違った解釈でもないので否定はしない。
「そんな連中に、雨森くんは目をつけられた。無論、私たち自警団としてはその事実を見過ごすわけにはいかないわ」
そこで考えたのが……護衛というわけか。
黒月へと視線を向けると、朝比奈嬢は言葉を重ねた。
「黒月奏。自警団の副団長を雨森くんの護衛に付けるわ。あ、前にも言ったけれど、副団長の座は雨森くんのためにひとつ空けているから――」
「話が逸れてる」
「ご、ごめんなさい……」
ピシャリと言い放つと、途端にしょぼんと落ち込む朝比奈嬢。
そんな彼女を見ながら、改めて朝比奈嬢の言った言葉を振り返る。
自警団の副団長を、たった一人の護衛のために動かす……か。
それは雨森悠人が朝比奈霞のお気に入りだから……だけでは、ないだろうな。
「雨森くんは……不思議と人を惹き寄せる。その理由は分からないけれど……それは、善人や悪人を問うてはいないわ」
それが、黒月を動かす理由。
文芸部のみんなが不安そうな顔を浮かべる中、僕の問いに迷いはない。
「僕は、襲われるか?」
「ええ、襲われる可能性が大きいわ」
端的に問うと、端的に返された。
……入学して間もない頃ならまだしも、今の朝比奈霞がそういうのであれば、まず間違いないだろう。
雨森悠人は襲われる。
闘争要請があれば、まだいい。
だが、それも無いまま襲われたら。
受諾しなければ襲うと脅されたら。
……厄介な場面なんて、いくらでも頭の中に浮かんでくる。
きっと、朝比奈霞はそこまで考えた上でモノを言っているのだろう。
しかし、ここでひとつ疑問があった。
「朝比奈。ひとつ聞く。相手は黒月よりも強いのだろう? なら、失礼を承知で言うが、黒月が護衛では荷が重いんじゃないか?」
「ちょ! あ、雨森……!」
火芥子さんが焦ったように叫ぶ中。
されど、朝比奈霞は笑顔を見せた。
「そうね、雨森くん。あなたならそう聞いてくると思ったわ。だから答えをちゃんと用意しているの」
そこに見えたのは雨森悠人に対する信頼。
不思議なもんだ。
特に何もしていないのに。
というか酷いことしか言ってないのに。
朝比奈霞の中には、僕に対する信頼だけが溜まってゆく。
「あなたがいる。なら、負けることはないでしょう?」
「お前は馬鹿だな」
気がつけば、僕は言い返していた。
僕の何に期待をしているのか……。
馬鹿だ、馬鹿だよこいつ。
なにが『負けることは無い』だ。
「僕はお前の守る対象じゃなかったのか?」
「己が無力さを呪いたい気分ね。残念なことに、守る対象にしては……私は貴方に支えられ過ぎている」
そう言って、彼女は顔を俯かせる。
それはきっと、在りし日の僕が贈った言葉。
全ての可能性を考え尽くせ。
それを指して言っているのか。
あるいは……常日頃の関わりを、彼女は彼女なりに支えとして生きているのか。
……後者だったら、ドマゾだなこいつ。
さすがに笑えない、気持ち悪いなぁ……。
「本来なら私があなたを守りたい。だけど……嫌な予感がするの。A組からは、なにか、とても嫌な感じがする。あの『八咫烏』と同等か……下手をすればそれ以上の感覚ね」
それは、正義の味方としての直感。
彼女の本能が、その巨悪に勘付いた。
「以前に雨森君の言った通りね。もしも彼女らのさらに後ろに、もっと強大な敵がいるのだとしたら……きっと、その脅威は新崎くんどころの話ではなくなるわ」
朝比奈霞が、雨森悠人を他人に任せる。
その根底にあるものが僕への信頼だったにしても……橘のヤツ。朝比奈がここまで過剰に反応するほど育ったか。
面倒くさい反面……すこし、面白くなりそうだ。
と、なると。
その前座はさっさと終わらせるに限る。
「そうかい。お前のことだ。常日頃のストーキングの免罪符でも取りに来るかと思ったが」
「す、すすす、ストーキングなんてしてないわ! あれは護衛よ!」
彼女は焦ったように僕を見上げる。
その光景に……僕は、少し笑った。
僕を見上げた朝比奈霞は、目を丸くして固まっており、僕はその額へとデコピンをかます。
「ほら、さっさと行け。お前がいると変態臭くて敵わんからな」
「へ、変態って……!」
彼女は額を押え、頬をふくらませる。
星奈さんの足元にも及ばねぇ可愛さだな! もう少し星奈さんの拗ねっぷりを見学してから来るこった!
僕は高笑いしながら、犬を追い払うように、しっしと手を振った。
朝比奈嬢は不満そうにしながら渋々歩き去ってゆき、委員長モードの倉敷と合流したようだ。
二人でA組の調査にでも出向くのか?
……この分じゃ、倉敷は夜宴会議には参加できそうにないな。
そう考えて振り返ると、文芸部員の面々が、少し不思議そうにしながら僕を見ていた。
「……なんだ、その顔は」
「いんや? なんというか……雨森って、朝比奈さんが関わってる時はけっこー喋るんだな、と思ってさ」
……何を言うか。
あのアホ相手にけっこー喋ってる?
何を馬鹿なことを。
「僕が最も饒舌になるのは星奈さんが関わった時だ。彼女を前にした時、僕が内心でどれだけ饒舌にその美しさを語っているか。一度文章に起こして朗読してやりたいほどだ。なぁ星奈さん」
「だ、だめですっ! ぜったいにいじわるしてくるつもりです!」
星奈さんは顔を真っ赤にしてそう叫び、僕はその可愛さに発狂しかけた。
やはり星奈さん。
世界で僕を殺せるのは彼女しか居ない。
彼女の可愛さによるキュン死。
それ以外に僕を殺せる手段なんて、きっとこの世には存在しないだろう。
……はて。
もしかして、星奈さんってば最強なのでは?
あの橘とて、この可愛さの前には骨抜きにされ、自壊するかもしれない。
「可愛いは最強だな」
「やっぱり勘違いだったかな。やっぱり星奈部長を前にした雨森が一番変だわ」
火芥子さん、前言撤回。
彼女はバシンと僕の背中を叩き、僕を見上げて笑ってみせた。
「ま、なにはともあれ。黒月も付いてるし、私たちだっていざとなりゃ盾くらいにはなるからさ! 安心して過ごしな、雨森!」
「……あぁ、ありがとう」
僕はそう言って、歩き出す。
……大丈夫だよ、火芥子さん。
君たちを盾には使わない。
使うような状況下に、持ち込ませない。
まぁ、安心してくれていいよ。
今までは朝比奈が表として戦ってきたが。
今回は、雨森悠人もまた表だ。
一切暗躍しなくて済む以上。
真正面から、悪意の限りで踏み潰す。
そこに、反逆の余地など無いだろう?
教室の後方へと視線を向けると、小森さんが僕を鋭く睨んでいた。




