7-1『神様』
新章開幕。
燦々と照りつける太陽。
セミの鳴き声が今でも耳に響いてくる。
吹き出す汗と、涼し気な風鈴の音。
庭先で、私は切り分けられたスイカを片手に祖母を見上げていた。
よく、祖母は言っていた。
『この世界には、神様がいるんじゃよ』
『……かみさま?』
幼いながらに、私は首を傾げて疑問を覚えた。
『でもみんな、かみさまなんていないー、っていってるよ?』
『いいや、茜。神様は、ちゃーんといるんじゃ』
大きな祖母の手が、私の頭を撫でた。
優しく、柔らかく、シワの刻まれた老人の手。
私はその手を握り返すと、祖母は語った。
『昔っから、普通じゃ説明とつかんことは、多くあった。奇跡もあったし、その中で不幸もあった』
『……?』
『……神様はなぁ。いっつも、私たちのことを見てくれとるんじゃ』
祖母は、そう言って顔を上げる。
雲ひとつない青空を見上げて、太陽を見上げて目を細める。
『昔……ずぅっと昔。神様と、人間が戦ってなぁ。その時に、こっちの世界に移り住んだ神様っちゅうのが、今でもずっと生きているんじゃ。生きて、私たちのことを見守ってくれとう。だから、頑張るんじゃ』
『……がんばる?』
『そう、頑張る』
私の言葉に、祖母は笑った。
『努力は必ず報われる。必ず神様が見とってくれる』
だから、折れず、腐らず、諦めず。
いつだって、一生懸命頑張るんだ。
そう告げた、2日後の朝方。
私の祖母は、心臓の病で永眠した。
☆☆☆
少女はその日、1年A組の教室にいた。
「で、どう? 近くで雨森ってのを見た感じ」
赤髪の少女、紅秋葉は問いかける。
既に、自分の中で答えは出たという顔だ。
少女は大きく頷くと、自分の見解を述べる。
雨森悠人は、脅威である。
異能は【燦天の加護】と盗み聴いた。
これは『夜宴の教室』の外、堂島忠と雨森悠人がグラウンドで戦った際、彼の感知範囲外から聞き及んだ能力だ。
三つの異能を保有する異能。
1つは万能の霧の力。
1つは最速の雷の力。
最後の能力は、完全に不明。
十分、脅威に値する。
そこまで聞いて、紅は顔を歪めた。
しかし、彼女が口を開くより先に、少女は重ねた。
――だが、雨森悠人には欠点がある。
その言葉に、その場にいた多くの者が反応を示す。
「おや、どういうことダイ? 言っておくがねガール。アマモリはこの場にいる誰よりも、肉体的に高位にイルよ? 勝てないわけではないが、間違いない」
「あー、それなぁ。話は聞いてたけど……想定以上だったわ。ありゃ人間やめてるよ。化け物の一種だ。どんなスポーツやったとしても、世界で上位に喰い込めるだろ、アレ」
ロバート・ベッキオ、米田半兵衛。
A組が誇る近接最強の2人が、それでも言った。
その時点で、彼の純粋な肉体の強さは測り知れる。
だが、それでも勝ち目が無いわけじゃない。
「――雨森悠人は、公衆の面前で能力を使えない」
ふと、横合いから声が聞こえた。
そこには背筋を伸ばしてたたずむ一人の少女、邁進が居た。
「……夜宴、八咫烏、でしたか。どうやら、朝比奈霞をメインに据えて、影から介入するつもりらしいですが……あまりにも浅はか。それは言い換えれば、表では目立ちたくないと言っているようなもの」
「なるほどね。否が応でも目立っちまう。そんな状況に陥れちゃえば相手はなんの力も使えない、ってわけね」
「現に、彼は新崎康仁に、公衆の面前で敗北している」
それが、雨森悠人の弱点。
自身による自身の力の制約、制限。
「それに、燦天の加護……と言いましたか。確かに便利な力だとは思いますが、それが強いとは思いません。なにせ、その力もまた加護の力。【概念使い】と来れば警戒もしましたが、加護の中で三つの力を保有するとなると……個々の力はそれ相応に弱まってくる」
邁進の推理に、少女は頷いた。
確信は無い。
だが、確実に『何らか』の隙はある。
でなければ、同じ異能として成り立たない。
現に、熱原の【熱鉄の加護】は、熱と鉄の2つの能力を有しているが故に、純粋な個の【加護】と比べると強烈さで劣る。
朝比奈霞の雷神の加護。
新崎康仁の神帝の加護。
あれらと、雨森悠人の誇る3つのうち1つが、同等なはずがない。
「……まぁ、本当にそれだけなら、苦労しないんだけどね」
ふと、紅はクラス後方へと視線を向ける。
そこにはポツンと一人で机に座り、彼女らを楽しそうに見つめるアルビノの少女が存在していた。
「あら、どうかしましたか?」
「ねぇ、橘。ちょっとは手伝ってくれてもいいんじゃないの?」
橘月姫。
1年A組の王。
最強の概念使い。
彼女は紅の言葉に微笑んだ。
「いいですよ? ただ、これは、あなた方が『雨森悠人に勝てる』と言って始めたこと。なれば、私が介入するのは、貴女方が敗北した後です」
「……コチラが敗北する前提デスね?」
ロバートが、眉を寄せて問いかけて。
それを受け、彼女は驚いたように目を丸くした。
「えっ、当たり前でしょう?」
逆に勝てると思ってるんですか?
そう言わんばかりの様子に、少女は歯噛みした。
「……言っとくけどね。私たちは、他でもないアンタが見出して、直々に異能を教えた生徒たちよ? それが……負けるとでも思ってる訳?」
「はい」
即答だった。
「正直なところ、あなた方はとても強い。この短期間でそれだけの力を身につけた。驚嘆に値します。が、相手が悪すぎます。今回ばかりは」
橘は、雨森悠人を正当に評価していた。
……いいや、彼女でさえ『過小』なのかもしれない。
過大評価するに足るだけ、彼の底を見れていないのだから。
故に、これは過小評価。
最低でもこれくらいはやるだろう、と。
そんな感覚の元に生まれた感想だ。
「……あんたね。いくら雨森が大好きだからって、色眼鏡使ってんじゃないでしょうね」
「さて、どうでしょう? 恋は盲目、愛は麻薬と言いますし。もしかしたら、不肖この私、雨森様に夢中になりすぎるあまり、現実が見えていないのかも」
「あー、わかったわかった、バッチリ見えてその結論なのね」
唐突に演技がかった台詞を言い始めた橘に、紅は言葉をかぶせるようにそう言った。
「珍しっ。あの橘が読み違えるなんてあるのか……」
「失礼ですよ、米田。橘様とて人間。時にそういった時もあります」
米田の言葉に邁進が口を出す。
その姿を、橘は笑って見つめていた。
それは、女神のような微笑みだった。
「ええ、そういうこともありましょう。なので、頑張って私の間違いを証明してくださいまし。否定されることは、とても嬉しいことですから」
「でた、橘の変態。否定されて喜ぶとかどんなマゾよ」
「ええ、もう、肯定や正解、納得なんて感情は飽き飽きです」
天才ゆえに、何もかもが思いどおりになる。
その生に、橘は嫌気が差していた。
だからこそ、自信を否定されることを嬉しく思う。
自分が間違っていると叩きつけられる。
――自分より優れているかもしれない相手がいる。
その事実に、快感すら覚える。
「楽しみにしていますよ。それと、間違っても手は抜かないこと。私はいつでも、あなた達を見ていますから」
「ひー、怖っ、なに、アンタは神様かなんかなわけ?」
「……紅」
紅の言葉に、邁進が諌めるように口を挟める。
その光景に、白髪の少女は楽しく笑う。
「さて、私は、なんなのでしょうね?」
☆☆☆
夏休みが明けた。
新学期が幕を開け、いつも通りの日常が帰ってくる。
そう、いつも通りの日常。
いつも通り……、いつも、通りの――。
「……なぁ、雨森。お前、小森さんになんか変なことしたのか?」
唐突に、烏丸が僕に問うた。
僕は否定した。何もしてないと思うよ、と。
そしたら彼は、とっても引き攣った笑顔を浮かべて。
「いや、めっちゃお前のこと睨んでるけど」
隣の席を見る。
小森さんが、僕の事を睨んでいた。
視線を逸らした。烏丸の目を見た。
「……本当だな。どうしたんだろうか?」
ドッ、と小森さんの拳が机に叩き付けられる。
思わず烏丸が身体をびくつかせる。
かく言う僕もめっちゃ驚いた。やめてよねー、そういうの。
「……うわっ! ちょ、ちょっと、びっくりするでしょ! 急に何するのよ、小森さんって言ったっけ? 机を叩くのは自由よ? でもね、びっくりするから事前に言ってちょうだいな」
「で、なんでいるの? その人」
「知らん」
そして、僕の膝の上に座ってる四季いろは。
もはや僕への『Love』を隠すつもりは微塵も無いらしい。
彼女は当然のように僕の膝上に座り、ちょっとズレたことを指摘する。
「あら悠人! もしかして私のこと話してた?」
「話してない。お前の聞き間違いだろう」
「あら、悠人がそう言うのならそうなのね」
もう、四季は僕に対して『能力』は使ってないらしい。
彼女の能力【嘘王の戯れ】。
嘘発見&相手の好感度を稼ぎ、騙しやすくする能力だ。
その力を使えば僕の嘘なんて1発だと思うんだけどね。まぁ、気合い入れて思い込みを激しくすれば、彼女の能力を躱すことも苦じゃないんだが。
「……雨森。お前、私を侮辱したこと、忘れたとは言わせない」
ふと、小森さんが話しかけてきた?
えっ、侮辱?
難易度低すぎて楽勝でしたわ! 的な発言のことか?
余裕綽々で彼女に背を向けたことに対してか?
それともカレーを配る時彼女のカレーだけ肉を少なめにしたことか?
それに気がついた小森さんが怒っている中、無表情で豚肉をほおばったことに対してかもしれない。
やべぇな、心当たりが多すぎて分からない。
「……なんの、ことだ?」
「……そう。なら、それでいい。否が応でも思い出させる。それだけだ」
「ね、ねぇ雨森? 小森さんめっちゃ怒ってない? お前まじで何やったんだよ……あの無口な小森さんがブチギレるって相当だぞ……」
烏丸の声を聞きながら。
僕は、小森茜の真意について考えていた。
――何に対して怒っているのか?
その答えはきっと簡単だ。
雨森悠人が、1年A組を格下として見ている事実に対して。
彼女の怒りはその一点に集うのだろう。
決して楽に勝てるような相手じゃない。
場合によっては苦戦するかもしれない。
けれど、勝てる。
そも、僕が脅威を感じているのは橘単体に対して。彼女が『手を出さない』と宣言した以上、それ以外のA組を相手に、敗色なんて見えちゃいない。
今回も。なんだかんだで最後は勝つんだろうなって楽観視してる。
――彼女はきっと、それが気に食わないのだ。
「井の中の蛙、大海を知らず」
小森茜は、僕を睨んで呟いた。
その瞳には明確な憎悪と殺意が宿っていて。
「覚えておくといい。近いうちに、お前の人生最大の教訓になる」
そうかい、なら、覚えておこう。
ただ、その言葉、そっくりそのままお返しするよ。
お前が蛙で、僕が海だ。
お前じゃ僕には勝てないよ、小森茜。
「楽しみにしておく。頑張ってくれ、応援してる」
僕の心ない言葉に、彼女は強く歯噛みした。
そんな光景を、烏丸が心配そうに見つめているのだった。




