6-13『後日談』
いつもの後日談。
毎度書いておりますが、後日談がその章の中で結構重要だったりします。
「すまない、隣の席が輝きすぎて直視できないんだが……僕の隣には女神でも座っているのだろうか?」
「うっわ、いつもの雨森だ」
帰りのバスの中。
火芥子さんは、ドン引きしていた。
僕は緊張のあまり窓の外しか見られない。
左隣からは……なんだろう、温もりがする。
母なる大地のような温もりがある。
ちらりと見れば、目が焼かれるかと思った。
それほどまでの眩い煌き、最早女神。
「う……は、恥ずかしい、です」
「左の耳が幸せです」
「あ、雨森くんっ」
僕の言葉に、真っ赤になった星奈さんが怒りをあらわにする。
そう! 帰りのバスの中!
待ちに待った星奈さんと一緒が実現したのだ!
やったね! 僕ってば今日この日のために生きてきたと言っても過言ではないよ! 強く在るためとかどうだっていいね! 星奈様の隣に座る今日この瞬間のため、今まで頑張ってきたに違いない!
何たる……ご褒美か!
肝試しも、晩御飯も。
尽く星奈さんとは離れ離れになってしまったが、最後の最後でどデカいご褒美が降ってきました! ありがとう神様! 大好き!
「すまない、星奈さん。そこにいるのは分かっているんだが。美しすぎて女神なのか星奈さんなのか自信が持てないんだ。……えっ、もしかして僕、今女神に対してタメ口で話しかけてる?」
「安心しろー、雨森。隣にいるのは星奈さんだー」
「そうか、それは安心した。ありがとう火芥子さん」
僕は感謝を告げ、僕は火芥子へと視線を向けた。
途端に、僕の隣からものすごい不満のオーラが溢れ出して来る。
おそるおそる隣を見れば……なんてこったい。星奈様が頬をふくらませて不満げなご様子だった。
「どうした、星奈さん。怒ってるように見えるが」
「……ちょっと、怒ってます。雨森くんに」
……はて、何かしただろうか?
星奈さんの機嫌を損なうようなことはした記憶が無いが。
そうこう考えていると、ガタンっとバスが揺れ、星奈さんが僕の方へと寄りかかって来る。いい匂い。やばっ、鼻血が出そう。
僕は咄嗟に鼻の根元を押さえると、恥ずかしそうに顔を赤くした星奈さんは……何故か、僕の腕から離れようとはしなかった。
「雨森くんは……冗談が、多すぎます。私とは、普通に話してはくれません。……火芥子さんとは、いつも仲良さげです。羨ましいです」
「……あ。あはは……。前の席もどりまーす」
火芥子さんが去っていく。
やめてぇ! ぼくをひとりにしないでぇ!
心の叫びは誰にも届かず、星奈さんは僕の腕に力を込めた。
その顔は真っ赤になっていて、彼女は僕を見上げて眉尻を吊り上げた。
「わ、私は……雨森くんと、もっと仲良く話したいです」
そして、その言葉を聞いた瞬間。
何かが僕の体をつきぬけて……失神するかと思った。
えっ、なに、可愛すぎるんですけど。
もっと仲良くなりたいって何?
それ、告白と取っていいんですかね?
勘違いしちゃうよ? そんなこと言われたら僕、思いっきり思い上がっちゃうよ? いいの? ねぇ、いいのかな?
あまりの威力に白目を剥きそうになりながら、何とか呼吸を整え、彼女の目を見つめ返した。
「……あ、安心してくれ。冗談抜きで、僕は、1番仲のいいクラスメイトは、と聞かれたら星奈さんと即答出来る」
「……ふぇ? そ、そうなん、ですか?」
彼女はぽかんと固まった。
しかし。すぐに恥ずかしさが出てきたか、さらに顔を赤くした彼女は、おずおずと僕の腕から離れていった。
クソッタレぃ!
一生の思い出になりましたありがとうございますぅ!
「うん。僕は星奈さんを信じてるし、頼ってる。友達だと思ってる。だから、躊躇わずに色んなことを話せるんだ」
「そ、そそ、それは……その、ありがとう、ございます」
いえいえ、こちらこそ。
僕も、彼女と出会って色んなことを知った。
色んなことを教えてもらったし。
時に、その純粋さに救われもした。
現に【天守】という名について、何も聞かずにいてくれる星奈さん……火芥子さんや天道さんには、心の底から感謝してる。
「だから、そんな寂しいことを言うな。もう僕らは仲良しだ。この先、ってなると……うん、恋仲しかない気がするが」
「そっ、それは……っ!」
星奈さんは、僕の言葉に目を見開いた。
僕を見上げて、細い喉を鳴らす。
その顔は羞恥に染まっている。
けれど、それだけじゃあ無い気がした。
彼女は潤んだ瞳で僕を見上げていて、僕はその目を見つめ返す。
そして――前の座席から、嫌な視線を感じた。
「おやおやぁ……? ちょっと目を離した隙に……」
「リア充ですね、爆発すればいいのに」
見れば……出たよ、邪魔な文芸部女子が。
火芥子さんと天道さんだ。
さっきはそそくさと退散して行ったくせに、いざ僕が優勢になったかと思えばこれである。なんなのこの人たち、僕の邪魔をしたい訳? なに、もしかして僕のこと好きなの? 僕と星奈さんがもう付き合っちゃいそうで嫉妬してるわけ?
「悪いな天道さん。僕は、こうして星奈さんをからかっている今が非常に充実している。幸せの絶頂だ」
「か、からかってたんですかっ!」
星奈さんが怒ったように顔を赤くして、ポコすか僕を殴ってくる。
そんな姿に苦笑していると、火芥子が僕を見て言った。
「雨森ってさ……笑ってるところ見たことないけど……こうして一緒にいると、なんとなーく、笑っているのかな? みたいな時あるよね」
その言葉に、僕は目を見開いた。
僕の心に芽生えたのは、僕を理解してくれた火芥子さんに対する感謝……などでは、決してなかった。
僕の内を占めていたのは、ただひたすらに愕然だった。
「……僕、笑ってなかったか?」
「え? うん。まぁね。雨森笑ってるところとか見たことないよ」
「私もです」
「そ、その、私も……」
女子3名による容赦ない現実のたたきつけ。
……なんたることか。
僕は、自分で思っていた以上に表情筋が死んでいたのか。
あまりの事実にガックシと肩を落としながら……それでも、火芥子さんの最初の言葉を忘れた訳ではなかった。
「で、その……表情? 分かるようになったのか?」
「まぁねー。なんとなく? とりあえず、星奈さんと話してる時はいつも楽しそうというか、嬉しそうじゃん。でもって、一番分からない時……たぶん、不機嫌な時だと思うんだけど、大抵、雨森が自分の時間を奪われた時。その時は……なんて言うのかな。びっくりするくらい無表情!」
……よく分かってらっしゃる。
心の中で驚くと、火芥子さんはにししと笑った。
「今、驚いてるっしょ。分かるんだよなー、これが」
「火芥子氏は、空気読むスキルがカンストしてますからねぇ……」
天道さんが、そんなことを言って遠い目をした。
思えば、井篠に愉、天道さんと、火芥子さんはイロモノ3人を纏めあげた人物でもあるんだよな。
どうしてこの3人が火芥子さんの元に集まって、しかも文芸部に入部してきたのかは分からないが、この人には……人を惹き寄せる何かがある、気がする。
「そ、それなら、私だって……」
「はいはい、雨森は取らないから大丈夫だよ、星奈さん。だって私、雨森のこと異性として見てないし」
「それは僕の前で言うことなのか?」
「えっ、雨森ってば私の事女として好きだったの?」
「いや全然」
即答だった。
そして答えてから理解した。なるほど、こういうことか。
見れば彼女は笑っていて、僕に同意を求めてくる。
「こういうこと。私と雨森も、まぁまぁどうして仲がいいんだよ。こーして、本音をぶちまけたって傷つかない程度にはね。だから居心地がいい。そう思わない?」
「……あぁ、そうだな」
不思議な気分だった。
こういうのを、友達というのだろう。
あの日を境に、友達なんて全て捨てたはずなのに。
いつの間にか、僕の周りにはそういう人たちが集まっている。
【悠人さまも。お変わりないようで安心致しました】
その時、ふと、奴の言葉を思い出した。
「……皮肉じゃなかったか」
あの女は、心の底から胸糞悪いことに、僕以上に僕を理解していたようだ。
やっぱり、自分のことなんて自分が一番分かってない。
何がしたいのか、何を成し遂げたいのか。
何も理解出来ず。
自分の心なんて分からない。
それでも【だろう】と決めつけて、突き進んできた今までを。
あの女は、違うと一目で見抜いたのだろう。
僕は、変わっていないのかもしれない。
あの当時から。
正義の味方でいた頃の、自分から。
と、そこまで考えて。
僕は、少し固まって。
呼吸を止めた。
そして、笑った。
――そんなわけが無い、と。
気がつけば、腹の底が沸いていた。
燃えたぎるような憎悪と不快感。
気持ちが悪い。
それだけが思考を埋めつくし、頭に痛みが響く。
……僕が何も変わっていない?
ふざけるな、僕はあの頃から随分変わった。
変えたのだ。
何もかもを作り替えた。
その僕を、新しい僕を。
古い僕と一緒くたにされるというのは、屈辱だ。
目の前には、かつても見た光景がある。
幸せな光景。
優しい世界。
その世界を前に、僕は一歩、後ろに下がった。
僕は、この世界には入っていけない。
どこまで行っても、僕は僕だ。
陽の当たるところは、もう、歩けやしない。
歩いてはいけないのだ。
僕は、一瞬、瞼を閉ざす。
瞼を閉ざした目の前には、脈動する心の臓が見えた。
これは、ただの想像、イメージだ。
僕はそのイメージへと手を伸ばす。
触れる、身の丈ほどもある巨大な肉塊に。
と同時に、触れた場所から氷が広がってゆく。
――それは、幾度となく繰り返した自己暗示。
自分の心の、凍結作業。
目を開ける。
既に、心は凍っていた。
「雨森……くん?」
「――どうした、星奈さん」
心配そうに僕を見上げる星奈さん。
見れば、先程まで笑っていた火芥子さんは、信じられないものでも見たような目で僕を見ている。
「……雨森、今、なんかした?」
「いいや、なにも。僕は何も変わらないさ」
変わらない。
そう、変わらないままでいい。
僕はもう、過去から変わった今から、変わらない。
僕は、窓の外へと視線を向ける。
夏の空は、青く澄み渡っている。
きっと、外はとても暑いのだろう。
今日は、かき氷なんかが美味そうだ。
けれど……今日だけは、そんなご馳走も勘弁願いたい。
僕は、知らず胸へと手を当てていた。
拳を握り、息を吐く。
これ以上凍てついた日には。
……うっかり、大切な感情さえも失ってしまいそうだから。
自分に幸せになる権利など無い。
血だまりに死んだ彼を思い。
自分の過去を振り返り。
彼はいつだって、狂気の中を歩き続ける。
それが死命で、それこそが自身の生きる理由。
この道の先にしか【本当に望むもの】は無いのだから。
☆☆☆
というわけで、第六章【夏休み】でした。
1年C組は、雨森悠人にとっても居心地のいい場所。
平穏に浸かり、格下ばかりの戦場に慣れ。
緩さに親しみ、平和に呆けた。
されど、そんな雨森悠人では、1年A組には敵いません。
一切の油断なく、一部の隙も無く。
心は閉ざし、脳内は冷血に。
欠片の容赦もなく。常識すら度外視し。
完全無欠の怪物として。
正真正銘の【雨森悠人】でなければ、待っているのは敗北だけ。
第六章は、泡沫の日常。
人間へと戻り始めた雨森悠人が、怪物として直る物語でした。
次回より幕間二連発です!
ほんっとうに、A組戦前の、最後の日常になります。
お楽しみに!
おもしろければ高評価よろしくお願いします。
とっても元気になります。




