6-10『夜②』
謎解きは。
解答と新たな謎を同時に差し出す主義です。
相手を倒す最も簡単な方法は?
そう聞かれれば、僕は『自滅』と答える。
相手が勝手に滅んでくれることほど楽なものは無い。
だからこそ、僕はB組に四季いろはというスパイを作ったし。
C組にも、きっと【居る】のだと思ってた。
「なにを……言ってる、雨森」
「言い逃れは不要だ。僕はお前がA組の……いいや、橘直属のスパイだと確信してる」
しゃがみこみ、米を炊く準備をしながら言葉を重ねる。
「ただ、安心してくれ。身内以外に話すつもりもない。……下手に突つくより泳がせた方が僕も都合がいいからな。お前は、今後も引き続き内通者を続ければいい」
そもそも、渡していいような情報は、僕は一切口には出さない。
なら、内通だろうが何だろうが、好きにやってくれというのが実のところ。
僕の言葉を受け、彼女は周囲へと視線を向ける。
愉は少し離れたところでカレーを作っている。
この距離じゃ、僕らの話は聞こえないだろう。
彼女は愉の方を一瞥すると、再び僕へと視線を戻した。
「橘? 誰それ、知らない」
「……まぁいいさ。なら、先にどうしてそう思ったか、答えようか」
僕は米を飯盒へと移しながら、頭の中に溢れる単語を整理。ひとつずつ、確実な言葉にして語り出す。
「……そうだなぁ。最初に怪しいと思ったのは、入学1日目。最初に1年C組に来た時だ。お前は僕の力を笑わなかった。だから、もしもこの中に【厄介な】スパイがいるとしたら、朝比奈、倉敷、黒月、烏丸、そしてお前の誰かだと思った」
烏丸に関しちゃ、まだ容疑は晴れてない。
だが、とりあえず、今のところ害はなさそうなので放置しておく。
それに、『かもしれない』と念頭に置いておくだけでも十分違うだろう。
下手に勘づいている素振りすら、今は見せたくない。
「……まぁ、疑いの感情を100%表に出さず、周囲に同調して笑顔を浮かべるような奴がいたらその時は諦める。が、それはないと確信している」
これでも見る目はある方だ。
一瞬でも、刹那でも。
1度でも『疑い』の目が出ればすぐに分かる。
視線を感じたその瞬間に知覚できる。
その結果、【倉敷蛍は0.8秒だけ疑いを向けた】ということが、異能発表のその瞬間に分かったわけだしな。
まぁ、直ぐに取り繕ったようだが、彼女でさえ僕は欺けなかったよ。
だから、もしも倉敷『以上』がこのクラスにいるなら、その時は僕の見る目がなかったと考えて素直に降参するつもりだ。
「朝比奈は怒り。倉敷は不明、黒月は無関心、烏丸も不明。そして、小森茜。お前は僕が異能を告げるより先から今まで、1度として揺らぐことなく警戒と疑いを向けている」
「……っ、どうして――」
「それで、隠したつもりか?」
彼女は極限まで疑いの目を持たれぬよう、僕には一切関わらず、関心さえ向けず、ただ意識だけを向けていた。警戒していた。
でもさ、警戒している時点で、分かるんだよ。
疑いも警戒も何もかも、抱いた時点で把握出来る。
僕は、そういう風に出来ている。
彼女はとても上手くやった。
けど、今回は相手が悪すぎた。
「……肝試しの時は、大きく動き過ぎたな。あの死神……おそらくは橘の能力。それを前に、お前は僕の右手を離さなかった。ありゃだめだ」
「そ、それは、怖くて……」
「問いを変えよう。何故、最初に幽霊が出た直後、わざと力を込めて見せた右腕を、お前は始終押さえつけていた?」
あの様子を見るに、コイツは僕の能力を知らないのかもしれない。
……いいや、この女が知らないということは、橘でさえ知らないと見るべきか。良かったー、情報統制を徹底した甲斐が有ったよ。
「お前は思った。雨森悠人は霊体を殺せる異能を持っている。だからこそ、僕が準備をした右腕を見逃さなかった。お前は怖がるふりをして、僕の矛を取り上げに来た」
その結果が【左腕でも殺せる】というだけ。
何たる無駄足、何たる徒労。
一生懸命に右腕を抑えていたら左腕でも殺せてたって……あぁ、あの時の小森の顔を思い出したら今でも笑ってしまいそうになる。
僕は彼女を振り返る。
彼女は、僕の顔を見て目を見開いた。
「ありがとう。実に緩い難易度だった」
「…………ッ!」
彼女は強く、強く歯を軋ませた。
いい加減、自分のことを隠し通すことは無理と悟ったか。
彼女は鋭い視線を向けてくる。
「……馬鹿だ。お前は。私がA組のスパイ……だとして。お前は私に勝てると思う? お前程度が、私に」
「冗談きついな。やめてくれよ小森さん」
僕は、彼女から視線を外した。
背を向けた。
敵意と殺意を向けられている相手に、正々堂々と隙を見せた。
僕の視線は飯盒へと向かっている。
どれくらいで炊けるのだろうか?
炊きすぎってのは少し勘弁したいな、と。
……それは、彼女からすれば癇に障る行動だったろう。
「……ッ! お前は……殺されたいの?」
「殺される? この僕が?」
殺される……殺されるか。
それは、少し興味があるけれど。
少なくとも、お前じゃ無理だよ、小森茜。
僕は彼女を振り向くことなく、自嘲した。
「僕を殺せるのは……この世界に1人だけ。お前じゃ僕は殺せない」
その言葉に、彼女は何も言わなかった。
ただ、背後から膨れ上がるような殺意が溢れて。
……けれど、彼女が僕を襲うことはなかった。
「……ぜったいに、後悔する。お前、私を怒らせた」
「そりゃ怖い。とりあえず、米は上手く炊いてくれよ。不味いカレーを食うのは真っ平御免だ」
「……分かってる」
僕が飯盒の前から退けると、彼女は僕のいた場所へとしゃがみこむ。
飯盒を見つめる目には憎悪が宿っている。
……思うにきっと、この少女は真面目が過ぎるのだろう。
というか、純粋で真面目で……正義感が強そうで。
なんというか、朝比奈嬢と似たような雰囲気がする。
「……僕もお前も、好みは一緒か。吐き気がするな」
誰に言うでもなく呟いて、僕は間鍋くん……愉の所へ戻る。
結果から言って、カレーは可もなく不可もなく、普通に美味しく出来上がった。
☆☆☆
その日の晩。
皆が寝静まった頃。
ふと、目が覚めた僕は、ログハウスの外を散歩していた。
「……ふぅ」
空を見上げれば真っ白な満月が。
山奥だからか、満天の星空が広がっている。
……感傷的になっているのだろうか。
僕は不思議と、その空をもっと近くで見たいと思った。
周囲へと視線を向けると、高台が見える。
最初の1歩に迷いはなかった。
僕は十数分かけてその高台までやってくる。
先着は誰も居ない。
宿泊地を一望できる高台。
空を見上げれば絶景で。
「――今宵は、月が綺麗ですね。雨森さま」
――背後からの声に、背筋が凍った。
振り返ることは無かった。
どうせ、このキャンプ中には接触があると思ってたし。
ここまで無かったのなら、このタイミングしか無いと考えていた。
だが……、ここまで気配が読めないモノか。
久方ぶりだよ。一切の偽りなく、僕が背後を取られるだなんて。
「お隣よろしいですか? 雨森悠人さま」
「遠慮する。僕は、知らない女と仲良くする気は無いんでな」
「あら、お忘れですか? この私を」
女は、僕の隣まで歩いてくる。
視界の端に、眩い白髪が揺れていた。
この少女が、本当はアルビノでは無いことを知っている。
この女は、もっと異質極まりない。
言語化すれば滑稽で。
現実的にも非科学的で。
事実は何より絶望的。
それが、この女の正体だ。
「どこかで会ったか? 生憎、興味のない相手はすぐに忘れるんだ」
「あら……そうだったのですね。それは申し訳ありません。馴れ馴れしくしすぎましたね。では、お隣失礼させてもらいます」
彼女は僕の隣に腰を下ろすと、隣の芝生を叩いて僕を見上げる。
……座れというのか、この女は。
馬鹿じゃないのか? 誰が好き好んでこんな奴の隣に。
そこまで考えて……やっぱり、僕は彼女の隣に腰を下ろした。
ここで無視をした方が、厄介な気がしたから。
「うふふ。あぁ、やはり変わりませんね……。何年ぶりでしょうか? あの日から……貴方が姿を消した日から、今ここに至るまで、貴方を考えていなかった時はございません」
彼女は、僕の右腕を抱き寄せる。
あらゆる『美』と『完全』の集合体。
その体と触れ合っていると、まるで綺麗な人形が動いているような不自然さと、触ってはいけない完成された美との背徳感が背筋を這う。まあ、言ってみれば不快なわけだ。
僕は無表情で夜空を見上げる。
そこには、紫色の曇天が広がっている。
月は真っ黒で、赤い血の涙を流している。
「……趣味が悪いぞ、橘」
「あら、先に意地悪を仰ったのは貴方ですよ」
彼女は、僕の言葉を受けて指を鳴らす。
瞬間、先程の【幻】は消滅して、綺麗な夜空が戻ってくる。
「……変わらないな。ふざけた力だ」
「ええ、そうでしょう。以前よりも出力が向上してます」
以前とは、この女と最後に会った数年前。
あの時点で、既に現実と空想を反転させるだけの力はあった。
それが、今ではどうだ。僕も耐性を作ってなければ騙されてしまいそうな勢いだ。ふざけてやがる。
「悠人さまも。お変わりないようで安心致しました」
「それは皮肉か?」
「いいえ。相変わらず【優しい人】です、悠人さまは」
皮肉だな。
確信した。
「優しい? この僕がか?」
「ええ、天能は変質したようですが、その根底はお変わりないように窺えます。貴方は変わらず、優しいお人のままですよ」
この学園で、異能を【天能】と呼ぶのは、きっと僕と学園長、そしてこの女だけだろう。というか、僕と学園長は絶対にその名では呼ばない。となると、その二文字を口にするのはこの女だけということになる。
「……お前な」
「でなければ、あんな無能共に構いませんでしょう?」
重ねて放たれた言葉に、さしもの僕も少し固まった。
そして、彼女の言葉を理解して、内心顔を歪めた。
「それは、誰のことを言っている?」
「お察しの通りです。能力は弱く、王や加護『程度』で一喜一憂する。肉体的な性能は貴方様には遠く及ばず、知能にしても私や貴方には遠く及ばない。……所で悠人さま。私、定期テストには全身全霊で臨んでいるのですが、いつも同率一位なんです。私と一緒に満点を取ってる方、ご存じありません?」
知らんな。
ちなみに黒月は第3位。ちなみに4位は新崎康仁。……アイツらマジでやべぇよ。頭おかしいんじゃないの? まぁ、その上をいっているコイツや『同率一位』は本格的にイカれてるわけなんだが。
閑話休題。
「……本題に入れ。そのために来たんだろう?」
「あら、悠人さまとお話するのはとても楽しいのですが……」
残念そうに……というより、本当に残念に思ってそうだな、この女。
彼女は八の字に眉を動かしてため息を漏らすと、あっさりと告げた。
「――そろそろ、貴方様たちC組を潰そうと思うのですが」
その言葉が既に物騒。
何この人、なに『潰せる』って前提で話してるの?
怖いんだけど、マジサイコすぎるだろこの女。
不動の自信と確固たる自我、そして強烈な性能。
これぞ、僕が恐れる最悪の才能。
歴代でも一、二を争う才能の持ち主。
もう1人の怪物、橘月姫だ。
「……で、それがどうした?」
「それが……困ったことに、ウチの子達が『雨森のヤツはそんなに凄いのか? 見た感じ大した奴には見えないけどな』等と言い始めまして……」
「なんだ、見る目があるじゃないか」
「皮肉ですか?」
僕の即答に、彼女はジトっとした目を向ける。
僕は努めて無表情を突き通すと、彼女はやがてため息を漏らす。
「……まぁ、それでですね。あの子たち、自分たちだけで貴方様を倒せるんじゃないか、と考えているのです。なので、最初はあの子たちに貴方様を襲わせます。私はその後で結構ですので」
「……なんだ。その『後』がある確信でもしているのか?」
「ええ、だって貴方様は最強ですもの」
躊躇いもなく、女はそう言ってのけた。
最強……最強か。
僕もその座に相応しいだけの力はつけてきたつもりだが、こうして人外の化け物を前にすると自信も眩む。なので今すぐ僕の目の前から消えて欲しいんだが、切実に。
すると、僕の願いが通じたのか、彼女は僕の腕を離すと立ち上がる。
「きっと、あの子たちは負けるのでしょう。だから、その後に始めましょう? うふふ、色々と考えているんです。熱原くんをけしかけた時から……そのずっと前から、この状況だけを夢見て考えていたのですから」
「あぁ、そう。興味無いな」
「あら、いけず」
彼女は、とても楽しそうにそう笑った。
ふと、僕は隣へと視線を向ける。
既に、橘月姫の姿はそこにはなかった。
「……なんて、厄介な奴」
僕は、彼女の力を知っている。
だからこそ、心の底から警戒する。
彼女の力は――【加護】の、更に上位に位置する力だから。
【第4位】が、目を良くする、瞬間加速など、堂島先輩や霧道が用いていた平凡な天能。一番最低位に位置する能力。
【第3位】が、王の能力。
佐久間の【溶岩の王】、烏丸の【虚の王】、四季の【嘘王の戯れ】など、通常の能力とは一線を画す力を持っている。
そして【第2位】が、加護の能力。
実質、これが最上位。
というか、実質も何も、学園内じゃこの力が最強だろう。
黒月の【魔王の加護】、熱原の【熱鉄の加護】、新崎の【神帝の加護】。
そしてなにより、朝比奈霞の【雷神の加護】。
これに勝る力はなし。
後にも先にも、学園内において朝比奈を超える能力者は出てこないんじゃないかと思う。『天能変質』なんてイレギュラーが起きない限りはな。
――だけど、あの女は根本的にそこから逸脱してる。
学園設立以前より天能を保有する、あらゆる力の原典、根源たる存在。
故に、彼女の力は机上の空論さえ成立させる。
【第1位・概念使い】
他の能力とは一線を画す、最強の力。
それらの力は【漢字一文字】でだけ記される。
概念使いは、その【一文字】が示す事象においてはありとあらゆる力の頂点に立つ。尽くの常識を覆し、物理法則すらねじまげて、時に絶対の安寧たる死すらも覆す。それがあの女を含めた、世界に数名だけ存在する異質の頂点。
最強の天能保持者、概念使い。
……おそらく、加護の異能者100人が集まったところで、その差は覆せない。
「……この学園で、相手にするつもりはなかったんだが」
まさか、概念使いの中でもとびっきり危ない奴が居るとは。
僕は深く息を吐き、空を見上げる。
相も変わらぬ青空に、満天の星。
白い満月が僕を照らし……僕は、その場に四肢を力なく投げた。
空を見上げて横になり、腹の底から声を出す。
「はぁ……面倒くせぇ」
つかの間の休日は、早くも幕を閉ざしそうだった。
【嘘ナシ豆知識】
〇異能の存在について。
本編にも記載の通り。
異能はあくまでも『選英高校が科学技術により開発した』とされているモノです。
そのため、学園の外側に異能なんてものは常識的に存在しない――はずでした。
雨森悠人と、橘月姫。
二人の過去に触れるのは、もう少し後のお話。
次回【兄】




