6-6『恐怖』
普通じゃない肝試しが始まる……
「いんぎゃぁぁぁぁぁああああああ!?」
絶叫が響き渡った。
これで何度目の叫び声だろう?
「今のは……烏丸の悲鳴だったな」
「……あの男、自分で考案したのではなかったのか?」
間鍋くんが呆れたように呟いた。
だが、よく見れば彼の膝はがたがたと震えており、あの間鍋くんでさえ怖がる肝試し。やべぇのを作ってくれやがったなと心から思う。
ふと見れば、倉敷は怯えた雰囲気を醸し出している。
『作戦は二つ。1つは堂島を利用した、僕の実力アピール。そしてもう1つが今夜予定している肝試しだ。そこで、僕と真備を同じグループにしろ。もしも3人グループにするなら……そうだな。小森さんでも入れておけ』
『……なるほどぉー。肝試しでカッコいい所見せちゃおう! って話なのかな? それはそれは……そんな簡単なことで女の子が落とせると思ってんの? 馬鹿なのかな?』
『安心しろ。僕は信じている。そういう事態に陥るほどに恐ろしい肝試しを、倉敷蛍は作ってくれると。なにせ僕の右腕だ』
『……安心できねぇんだよ糞が』
彼女は小声で吐き捨てたのを、覚えている。
ふと、倉敷がこちらへと目をやった。
その瞳には優越感が滲んでいるようで、僕は小さくサムズアップする。よくやった倉敷。やっぱりお前はやればできる子だ。
「あ、雨森……? ねぇちょっと、なんか私まで怖くなってきたんだけど。ねぇ、今からでも直訴して一緒に組まない? 雨森ならこーいうの平気でしょ?」
「悪いが、規則を破るのは嫌いだ」
「うっわ! 雨森にそんなセリフ似合わないよ!」
火芥子さんがそう言いながら僕の肩を揺する。
頭をグラングランしていると、やがて、僕の番がやってきた。
見れば……真備はこういうのが苦手なのか、顔色を真っ青にして震えている。小森さんもさすがに怖くなって来たのか、無表情の中に怯えが見える。……ふっ、勝ったな。無表情対決は僕の勝利らしい。まだまだ負けてたまるもんですか!
「おおっ、次はカナちゃんかー! 大丈夫? カナちゃんこういうの苦手でしょ。私、本気出してこの肝試し作っちゃったから、大変だよ? 雨森くん1人に行ってもらってもいいけど……」
「は、はぁ!? へ、へーきだし! そもそも、こいつができてなんで私に出来ないことがあるのよ! 10周でも100周でもやってやるわよ!」
「へぇー! ふぅーん! 言質取ったよカナちゃーん?」
真備は『はっ!?』と目を見開き、倉敷は笑っている。
その笑顔は委員長と言うより、やはり『裏』の方に近い気がした。倉敷は……もしかしたら、本当にカナちゃんとは仲がいいのかもしれない。それこそ、裏表関係なしに、友達だと思っているのかもしれない。
……ま、気の所為だと思うけど。
じゃないと、友達を僕に売りとばすような真似しないだろ。
「それじゃ、雨森くん。はい、これ御札。これを一番奥にある祭壇に捧げて、向こうの出口から出てきてねー」
「……向こうの出口」
そっちを見たのと同時に、見覚えのあるクラスメイトがその出口から姿を現す。わくわくウキウキとしていた出発時点とは見違えたな。まるで、ゾンビが更にドレインタッチを食らったみたいな顔色になっている。
「ひ、ひぃ!?」
真備が思わずと言ったふうに僕の背に隠れる。
その様子を見て倉敷は目を細め、僕は頷く。
「さぁ、それじゃーカナちゃんチーム! いってみよー!」
かくして、僕らの肝試しが幕を開けた――!
☆☆☆
足を踏み入れて、すぐに理解した。
本能が叫び出した。
――今すぐ逃げろと。
ガンガンと頭の中で警鐘が鳴り響く。
久方ぶりの感覚だ。僕が『恐怖』だなんて。
「ひ、ぃ……な、なによ、なんなのよぉ……!」
「……む」
何かを感じたのか、真備と小森さんが僕の後ろに隠れる。
そりゃー、怖いよな。僕だって怖いもん。
「とりあえず、行くか」
「か、勝手に仕切んないでよ!」
そう言いながらも、僕が歩くとピッタリと後ろについてくる。
周囲の木々を照らすのは、倉敷から御札と一緒に貰ったペンライトだけ。
あまりにも心もとない光源だ。
そのせいもあって、恐怖はさらに膨れ上がる。
暗闇は汚泥のように重く、気色が悪い。
足取りは鉛のようで。
空気は冷たく、氷のようだ。
真備は僕の背中をぎゅっと握る。
ここでUターンしない理由は、単に彼女のプライドの高さ故だろう。僕ができて自分は逃げ出した。そんなことになれば彼女のプライドは酷く傷つくだろうから。
「……時に、小森さんはこういうの、苦手なのか?」
僕の斜め後ろを歩いていた小森さんが、僕の言葉に反応する。
「……いや。苦手、かもしれない。……自覚なかった。けど、今は怖い。正直、振り返って、スタート地点に、戻りたい」
「……死ぬほど同感」
「嫌よ! 雨森、アンタがゴールまで行かなきゃ私も行けないでしょうが!」
真備が、焦ったように声を上げる。
僕は彼女の言葉に振り向いて――そして、目を見開いた。
だって、僕らの背後には透明な『何か』が浮かんでいたから。
「ハァッ!」
「な、なに!?」
咄嗟に真備を抱えて人型へと回し蹴り。
しかし、その『何か』は攻撃が当たる直前に消えてしまい、手応えもなく僕の回し蹴りは虚空を穿った。
「……ちっ、厄介な」
「ちょ、はぁ!? え、な、なにかいたの!? 私の後ろに!?」
「……全く、気づかなかった。怖っ」
真備と小森さんが、再び僕の背中に隠れる。
……正直、僕も気配に気づかなかった。
常人ならまだしも、警戒している僕を相手に完全に気配を隠蔽するだなんて……そんなこと有り得るのか? 何かしらタネのある超常現象なんだろうとは思っていたが……これは、まるで――。
「ちょ、ちょっとアンタ! 何固まってんのよ!」
「……! あ、あぁ、悪い」
少し考え事をしていた。
いや、嫌な予感を覚えたというべきか。
僕は右手をゴキリと鳴らして歩き出す。
真備は相も変わらず僕の後ろに引っ付いていて。
小森さんは、不思議と僕の右手をじっと見つめていた。
☆☆☆
その後も、次々と悪質な罠が待ち受けていた。
あからさまに『何か出てきますよ』と言わんばかりの井戸。
突如として首筋に襲いかかる冷たいこんにゃく。
どこからが聞こえてくる子供たちの笑い声。
ふわりと、視線の端に映りこんだ白い影。
その他諸々……折り返し地点の祠まで移動するだけでかなりの時間を取られてしまった。
……なるほど、あの烏丸が叫び出すわけだ。
心の底からそう思った。かく言う僕も何度かビクッとしたし。
「雨森ぃ……、たす、たすけ……」
既に真備は満身創痍だった。
「いやぁ……もう、助けてよぉ……。お化け怖いし、こんにゃく怖いし、虫嫌だし……もう散々よぉ、ばかぁ……」
ご自慢のメイクは涙で汚れ、鼻水とよだれが凄まじい。先程から僕にくっついてるけどお前、僕のパーカーがどんな惨状になってるかご存知?
「もう半分まで来た。頑張ろう、僕らも一緒だ」
「う、うん……」
最初の荒々しさなど、既にどこにもない。
気がつけば小森さんも僕の右手を両手で握りしめている。これがかなりの怪力で、この小さな体のどこにこんな力があるのか不思議でならない。
「雨森くん。私には?」
「小森さんも頑張れ、以上だ」
短く答え、僕は残る左手で祠の前へと倉敷に渡された札を捧げる。
既に5枚……前5班の札は捧げられており、途中でリタイアした生徒はいないのだと想像が付いた。みんなよくやってるなぁ、こんな生き地獄なのに。
僕はそう考えつつも、来た道とは別に続いているもう1つの道へと視線を向けた。
「行こう、2人とも。特に真備。あと少しだ」
「う、うん。あ、ありがと、雨も……ッ!?」
真備が、少しだけ素直に感謝を告げた。
しかし、その言葉は最後まで続かなかった。
彼女の視線は僕の前方へと向かっており、驚いて僕もそちらを見たら……これは驚いた。なんかよく分からない死神みたいなのがうかんでる。
しかも、出口に続く入口の前に、だ。
「ちょ! な、なんなのよアレ!? あ、あまっ、あまもっ……!」
「……落ち着け真備。幻覚……であれば良かったんだが」
幻覚……なのかなぁ? 僕も自信がなくなってきた。
気配は一切感じない。
音もなく、全ての感覚があれは幻影だと告げている。
だが、本能の1番深いところが叫んでいた。
あれは危険だ、と。
……僕が危険と断ずるか。そりゃやばいな。
僕は咄嗟に予め用意していた右手を使おうとするが……がっしりと僕の右手は掴まれたまま。思わず小森さんへと視線を向けるが、彼女は顔を俯かせ、僕の手を握って震えるばかり。
「イヤ、いやぁぁぁぁぁ!? あ、雨森! 逃げましょう! 逃げなきゃダメよ! あ、あんなの出るなんて聞いてない! 聞いてないわ!!」
彼女の言葉に頷きそうになる。
僕も、もしも現実にこんなのが出てきたのなら、真っ先に逃げると思う。そう考えるほどの恐ろしさ。真備が絶叫、発狂していないのが不思議に思えるほどの濃密な恐怖。
これを……前の5班は全員クリアしたって言うのか?
果たしてこれは……本当に倉敷の用意したシナリオなのか?
「小森さん、真備を連れて逃げろ。僕が足止めする」
「……それは、出来ない。見捨てるのは、嫌」
「そ、そうよ! アンタも逃げるのよ雨森! アンタは嫌いだけど……人を見捨ててまで生きようとするならそっちの方が嫌よ! アンタも逃げるの!」
おおっと、妙に感動的なことを言ってくれる2人だ。
僕は思わず笑いかけて――――気がついた時、目の前に死神は立っていた。
「ひゅ――」
真備から、声にならない悲鳴が聞こえた。
目の前で僕らを見下ろす巨大な影。
形にもならないその手には、妙にくっきりとした大鎌が握られている。
その刃はどこまでも鋭く冷たく、それを見た小森さんが僕の右手を力強く握りしめたのがわかった。
――恐怖。
久方ぶりに感じたモノに、僕は思わず笑ってしまう。
しゃらくせぇ、なんだこの嘘っぽい感情は?
僕は、残った左手を前へと伸ばす。
ゴキリと、僕の左手から音が鳴った。
「なら、妥協して3人で前に進むとするか」
僕の左手は、死神の首へと伸びて。
そして、その首を思いっきりへし折った。
ゴギャッと、妙に生々しい音がした。
悲鳴もなく、感慨もない。
音の割には感覚も薄く、気がついた時には死神の姿は消えていた。
「な……!?」
「な、なに? 何が起こったの!?」
咄嗟に目を瞑っていた真備は、何が起こったのかも理解していない。
小森さんは偶然目撃していたようだが……まぁいいさ、彼女は。後で口封じでもすればいい話だろ。
「安心しろ、真備。……悪質なことに、どうやら『立ち向かう』という選択肢を取ることで消える幻だったらしい」
「えっ……? ほ、ほんとだ。居ないじゃないの……」
彼女は安堵したのか、大きく息を吐いて座り込む。
周囲を見れば、僕達がこの森に入った時の【恐怖】は無くなっていた。
よく見れば、周囲の闇はただ暗いだけ。目を凝らせば灯りなどなくとも容易に見透せる。それだけの月光が今日はある。
にも関わらず、あれだけの恐怖があった。
……ううむ、謎。どういうことだろう?
僕は隣の小森さんへと視線を向ける。
彼女は愕然と目を見開き、僕の右手を離した。
その光景に、僕は内心ほくそ笑む。
「それじゃあ行こう。二人とも」
「う、うん……」
かくして、僕らは帰りの道を歩き出す。
帰りの道は、幽霊や白い影は出てこなかった。
☆☆☆
「怖かったよぉおおおおおお!!」
真備が、先にゴールしていたギャル友と抱き合っていた。
その様子を見ながら、僕は羽織っていたパーカーを裏表逆に着直す。
やっとこさゴールか。……なんだかどっと疲れたな……。
僕は大きく息を吐くと、星奈さんたちが僕の方へと駆け寄ってくる。
「あ、雨森くん……! だ、大丈夫でしたか?」
「は、ははは……大丈夫なわけねーだろ、やべぇよ、やべぇよこの森……」
僕の足元から声がした。
見れば、先に出ていた烏丸が地面に倒れている。
おいこら、今のは星奈さんが僕に話しかけてくれたんだぞ?
なーに勝手に返事を取ってんだコノヤロウ。
僕は思わず烏丸を踏みそうになった。
「こんにゃくとか、子供の声とか……いや、普通のやつばっかりなんだけど……なんつーの? 人の嫌がるツボを熟知してるような感じ。……マジで怖かった。多分一生悪夢に見るわ」
「……そうだな。特に、祠で出てきた死神は小便漏らすかと思った」
僕がその言葉に同調すると、星奈さん達の顔色が真っ青になる。
あの火芥子さんでさえ、「あ、あの雨森が……?」と顔面蒼白していて、どうやらいい感じの宣伝になったみたいだ。
彼女たちは心ここに在らずといった雰囲気でどこかへと去ってゆき、その光景を見送った烏丸が楽しそうに言ってくる。
「あらら……雨森も嘘つくんだなー。祠の所には何も仕掛けられて無かったはずだろ? 死神なんて……好きな子にちょっかいかけたい気持ちは分かるけどよー」
「……あぁ、少し、大人げなかったな」
「あれっ、雨森? ねぇ、なんか踏んでるんですけど」
僕は知らず知らずに烏丸を踏みつけていた。
が、特に足を退かすつもりはなく、僕は背後の森を振り返った。
まぁ、何を思うでもないが……なるほどな。
そういう事か。全て察した。
この調子だと……明日あたりに『来る』んだろうな。
「……厄介な」
「ちょ、ちょっと雨森!」
小さく呟くと、後ろの方から声がした。
そちらを見ると、目元を真っ赤に腫れ上がらせた真備が立っている。
その後ろには、先にゴールしたギャル友の姿もあって、この構図だけ見ればまーた何かグチグチ言われるんだろうと想像がつく。
だが、不思議と彼女らに以前までの『鋭さ』は見えなかった。
「そ、その……一応、感謝しとくわ! べ、別にアンタがいてくれて良かったとか、そういうのはないんだけどね! その、一応ね! 一応だから!」
「……ツンデレか」
「な、なんか言った!?」
僕の本音を聞き取ったか、真備が真っ赤な顔で詰め寄ってくる。
その様子を、後ろのギャル友たちがニヤニヤしながら見つめていた。
「なにさー、いつの間にか仲良くなってんじゃーん」
「雨森も、案外頼りになるんだねー。黙ってたらそれなりにイケメンだし。いやー、こんなに怖いなら私も雨森と組みたかったわー!」
「ねぇねぇ雨森ー、吊り橋効果が理由で付き合ったカップルが知り合いにいるんだけど〜、話聞きたい?」
「ちょ、ちょっとアンタたち!」
真備がギャル友にくってかかり、ギャル友は楽しそうに笑い出す。
……何このカオス。
すごい手のひら返し、末恐ろしくなってくるわ。
だってこいつら、つい最近まで朝比奈嬢に隠れて陰口言ってたヤツらだぜ? 真備が僕に心を許すだけでここまで違うものなのか……。
……女って、怖い。
星奈さんはこんな汚い部分は知らずに生きて欲しい。
あの子まで汚れてしまったら、きっと世界に清い部分なんてなくなってしまうから。
そうこう考えていると、恥ずかしそうに顔を染めた真備が僕の側までやってくる。
「そ、それと……ごめん。ありがとね、パーカー。私の……メイクとか、その、汚い奴。色々ついちゃって。目立たないように裏返しに着てくれてるんでしょ」
「……あ、裏返しに着てたのか? それは知らなかったな」
「……わざとらしいんだから」
彼女は僕の答えに、不満そうに頬を膨らませる。
うん、まぁ、朝比奈嬢よりはマシだな。まだ可愛い。
まぁ、星奈さんには到底及ばないがな!
あの人の膨れっ面を見てから出直してくるこった!
心の中でそう叫ぶと、彼女はやがて1つの心理に気がついたようだ。
「……って、じゃあ、アンタ、もしかして――!」
パーカーの表は、よだれ、鼻水、メイクでぐっちょぐじょ。
彼女のプライドを守るためとはいえ、そんな面を裏にしたパーカーを着ている僕の体は大丈夫なのでしょうか? 大丈夫なわけないよね!
ということで。
彼女は頭から湯気を吹き上げると、僕のパーカーへと手をかけた。
「雨森! そのパーカー寄越しなさい! ちなみに拒否権ないから! 早く……早く脱ぎなさいよ! お金なら払うからぁ! お願い!! 早く脱いで!」
「……分かったよ」
そこまで言うなら。
僕はパーカーを脱いで彼女に渡すと、彼女は恥ずかしそうにパーカーを抱きしめ、どこか遠くへと走っていった。
……海パン一丁で真夏の夜に取り残される僕の気持ちにもなって欲しいんだが。まぁ、こんなところに都合よく羽織るものなんてないだろう。
そう思いながらも、僕は足元へと視線を向けた。
そこには、僕に踏みつけられてる烏丸の姿があった。
「……え? なに? なんで俺の事見てんの?」
「いやぁ、パーカー着てるなぁ、と思って」
僕の言葉に、烏丸は目に見えて頬を引き攣らせた。
次回【夜ッ!】
そろそろ、日常回も終了のお知らせ。
皆さん、そろそろ考察のお時間です。
この話もそうでしたが、次回のラストから、完全に伏線やら何やらが顔を出してきます。
雨森悠人の過去。
その鍵を握る者は、いつだってすぐ近くに。




