6-4『雨森VS堂島②』
なんだかんだで。
雨森が学園に来て一番多く戦っている人です。
のっしのっしと、重たい足音が聞こえてきた。
「雨森ぃー! 探したぜ! さぁ、勝負だ!」
「……堂島か」
ついつい先輩も付けずに呼んでしまう。
視線を向けると、堂島が手を振りながらこっちに来ていた。
勝負って言うと……さっき言ってた【組手】ってやつか。
まぁ、僕も最近は全然戦ったりしてないし、いい加減鈍りそうだったから望むところなんだけども。
「お、おい堂島先輩よぉ! また体育祭の時みたいに……」
「おお、佐久間。久しぶりだな。安心しろ、夏休みにマジでやり合って負傷とか、それ全然笑えねぇじゃねぇか。ちゃんと、お互い手を抜いてやるから大丈夫だっての! なぁ、雨森!」
「……ですね。僕も、未来視とやらと、1度戦ってみたいとは思ってたんですよ」
「おお! 雨森氏! 遂に戦うのですか!」
僕の隣で休憩を始めていた天道さんのテンションが上がった。
この人は超絶インドア派で脆弱性の塊みたいな存在なのに、何故か1度テンションが上がるとどこまでも行っちゃうからな。少し怖い。
「そんな大袈裟にしないでくれ。単に、物理戦最強の男に胸を貸してもらおうというだけの話だ。勝てるはずがない」
「……あぁ、そうだな。まだ勝てない。俺もそう思う」
堂島は、真剣な表情でそう言った。
多分、僕の言った言葉とは逆の意味合いなんだろうな。
まだ、堂島は僕に勝てるとは思ってない。
むしろ、訓練を積めばそれだけ僕との実力差が分かっただろう。
それでもまだ挑もうと言うのだから、そこは素直に賞賛するけど。
「さて! んじゃあ雨森、どこでやる、ここか!? 今すぐここで始めるか!?」
「あっ、堂島先輩ー! それなら向こうでいい感じの空き地見つけましたよ! そこでやったらどーでしょーか! 私達も興味がありますし……」
「おお倉敷! よくやった、そこにしよう!」
僕に一言の確認もなく戦闘場所が決まったようだ。
まぁいいけどね、どーせ負けるし。
ただ、さすがに瞬殺ってのも頂けない。
新崎を潰したことで、目下、僕が実力を隠し通さなきゃいけない相手はいなくなった。加えて、無人島での闘争要請時、新崎の姿で『雨森は手を抜いてた』とか言ったからな。朝比奈嬢も、普段とは少し違った目で僕を見ている。
「……雨森くん。八咫烏が、雨森くんは手を抜いていると言っていたわ。あの時は嘘だと思っていたけれど……自警団に入りたくないからと手を抜いているのであれば、今のうちに手の内を見せて欲しいの。今後、私達C組がより確実に生き残っていくために」
「いいよ。どーせ、自警団には入らない」
「……否定はしないのね」
しないさ。
だって、その方が都合が良くなったから。
僕は堂島の後に続いて歩き出すと、朝比奈は黙ってついてくる。
まるで、僕から言葉の続きを聞きたいと言っているようだった。
なので、ここぞとばかりに嘘を叩き込む。
「――といっても、手を抜いていたわけじゃない。ただ、僕は昔から……少し特殊な体質でな。本気を出すと、筋肉がそれに耐えきれないんだ」
「…………?」
首を傾げる彼女へ向けて、僕は予め用意していた話を語る。
「僕は、常時体にかかっているリミッターを簡単に外すことが出来るって話だ。……おそらく、八咫烏とやらが言っていた【力を隠している】っていうのはそういうことだろう。……現に、新崎から逃げる時はリミッターを外したからな」
「……アレかしら、人間は身体機能の30%程しか使えない、という……」
「そう、それだ」
まぁ、完全な嘘じゃないんだけどな。
前にも言った通り、僕は意図的に脳のリミッターを外せる。
が、それで体が壊れるなんてことは無い。
何度も何度も外して壊してを繰り返して、そんじょそこらじゃ壊れないだけの肉体に作り替えてある。今の限界まで引き出しても筋繊維が壊れることは絶対にない。
だけど、そこまで言う必要性はないだろう。
「なるほど……。仮に60%、常人の2倍引き出せたとして……その身体能力は2倍程度じゃ済まないでしょうね。体全体の筋繊維1本1本に至るまで、全てが2倍引き出せるのだとしたら、総合的な運動能力は、きっと……」
「それと、僕の使ってる武術だな。僕の武器はその2つだけ。八咫烏が何を言ったのかは知らないが、僕を疑ってもそれ以上は出てこないぞ」
最後の最後に最大級の嘘をぶっ込む。
武術なんて知らないし、疑ったら山ほど出てくるだろうし。
けれど、朝比奈嬢が僕に何か言うより先に、目的地へと到着する。
周囲には……うっへぇ、結構いるな、野次馬。
倉敷、黒月はもちろんのこと、目的の【真備佳奈グループ】や、佐久間たちカースト上位陣。他には……生徒会長までいやがるじゃん。あの人とは極力関わりたくないんだけどな……。
「おーおー、集まってんなー。いいのか雨森! 目立ってるぞ!」
「あなたに絡まれた時点で目立ってたんですよ。もう諦めました」
そう言いつつも、僕はパーカーの前を開ける。
相手は堂島だ。こんなにぶかぶかした服を着てちゃ、掠っただけで使い物にならなくなってしまう。
僕は近くの草むらに脱ぎ捨てたパーカーを放ると、海パン一枚で堂島忠へと向き直った。
すると、周囲から息を飲むような声がした。
堂島を見れば、僕の体を見て心の底から納得したようだ。
「……お前、すげぇ体してんだな」
「……ん?」
自分の体へと視線を下ろす。
僅かの無駄なく鍛え上げられた筋肉と、身体に刻まれた傷跡。
人前で服を脱ぐこともなかったが……確かに、鍛えすぎた筋肉は注目を集める。筋肉の質も密度も性能も、何もかもが違う。
まぁ、純粋な肉体性能であれば至る所まで来てしまったからな。
だから、今向けられているの奇異でも好奇でもなく、ただの畏怖。
一種の肉体美に、自分の肉体に自信を持っていた堂島でさえ苦笑いしているくらいだ。
「……お前さん、どんだけ鍛えてんだよ」
「堂島先輩。凡人、凡庸、非才、平凡、その上無能だ。せめて一つだけ、他より優れているものがあってもいいでしょう」
「……あぁ、違いねぇ」
僕の言葉を受け、彼は楽しそうに拳を握った。
瞬間、身体中の筋肉が、まるで膨れ上がるように肥大化した。
ドンッ! と音が聞こえてきそうな筋肉の膨張。
以前にも優る威圧感に、僕も素直に驚いた。
凄まじいな、肉体性能でここまで僕に迫った男は初めてかもしれない。
外野から「おおぉー!」と歓声が響き、彼は構えをとった。
「ルールは?」
「異能以外はなんでもあり、でどうだ? 純粋な肉弾戦で、お前とどっちが強いのか……試して見たくなった!」
いいね、僕も同じ気持ちだった。
僕もまた身体中へと力を流し、拳を構える。
筋肉が一気に引き締まるのを感じる。
彼のが膨張とすれば、僕のは圧縮。
スっと体が細くなったような感覚と共に、大きく息を吐く。
歓声が、一気に鳴り止んだ。
「あ、雨森……」
「ね、ねぇちょっと、なんか……強そうじゃない?」
真備グループから、困惑の声が聞こえてきた。
堂島と戦う目的の一つが、コイツらに僕の強さを分からせること。
アイツらが僕に嫉妬するのは、僕が弱いから。見下すべき存在だから。敗北続きの格下だから。それが、あんなにも僕を認めたがらない理由の一つ。
だから、まずはその原因から払拭する。
僕は目を細め、堂島を見据える。
既に周囲から音は消えていた。
誰かが喉を鳴らす音さえ聞こえてくるようで。
ふと、僕らの間に木の葉が舞い降りた。
――瞬間、僕らは一斉に大地を蹴った。
「ふんっだぁらぁっ!」
怪力一閃。
手加減すると言ってたはずの堂島から、本気の拳が振り落とされる。
重力に従い、馬鹿みたいな体重を乗せてはなたれた拳。
それを前に僕は、全力で拳を振り抜いた。
「――ふっ!」
小さな掛け声。
響いたのは、轟音だった。
「どぁわ!?」
堂島の焦った声が響き、周囲からどよめきが溢れる。
振り抜いた拳からは蒸気が上がっている。
真正面からの拳の衝突。
押し負けたのは、堂島の方だった。
「う、そ……!? 堂島先輩が……!」
「ちょ! あ、雨森!? 何そのパワー!」
朝比奈やら烏丸やらから声が飛ぶ。
僕は再び拳を構え直すと、思いっきり吹き飛ばされた堂島は楽しそうに笑っていた。爆笑だった。
「は! はははははは! すげぇなおい! 純粋なパワーだけなら俺以上ってか! 負けたぜ雨森! ルール変更だ! 異能も込みでやろうぜ!」
「いいですよ。目を良くする力と、目を悪くする力。まぁ、五分にしかならないと思いますけど」
そう言った瞬間、彼は凄まじい速度で動き出す。
常人なら目で追うのも難しいという超速度。
だがまぁ、これなら追えないことも無い。
僕は大きく息を吸い込むと、彼の後に追随する。
「はっ! しかも速いってか! こりゃ参った……なァ!」
彼は僕にスピード勝負でも劣ると理解したか、進行方向にあった木へと思いっきり回し蹴りを叩き込んだ。
べァキィ! という意味不明の破壊音。
見れば木の幹は八割程まで蹴り割られており、思わず足を止めた僕へと、堂島はその幹を両腕で掴み、思いっきり引き抜いた。
……木って、素手で伐採できるものだっけ?
「ふっんなぁぁぁああああ!!!」
「み、皆! 回避ーーー!」
朝比奈が悲鳴をあげて。
堂島は、僕へと大木を振り下ろした。
「ぐっ……!?」
これは僕も死を覚悟した。
筋肉へと全力で力を込めて、両腕を頭の上に固定する。
一気に筋肉が膨れ上がり、筋繊維が鋼の如く硬化する。
その直後に、凄まじい衝撃が僕を襲った。
……多分、僕の人生史上、一番ドデカい衝撃だった。
「……手加減、すんじゃなかったのかよぉ……!」
どこからか佐久間の叫び声が聞こえてくる。
何とか耐えきった僕は木の下から這い出でると、息を荒くした堂島が楽しそうに笑っていた。
「は、ははっ! どうだ雨森! 驚いたか! ダメージ入ったか!」
「……本気でガードしてなかったら、骨砕けてましたよ」
「あ、あれでも、骨、無傷なのね……」
たまたま近くにいた朝比奈嬢が頬を引き攣らせる。
僕は両腕を振ると、堂島先輩へと視線を戻す。
「……少し、休憩とかって」
「しないぞ! 今俺は燃えているんだ! さぁ、雨森やろう! 強敵との死闘は強さを1層引き出してくれる! 俺はもっと強くなれる、はずだから!」
「……それは困りますね。なら、さっさと瞬殺されるとします」
僕が拳を構えると、彼は一気に襲いかかってくる。
……さて、骨の一、二本で済めばいいんだけど。
そう考えつつも、僕も大地を蹴り飛ばす。
――第二ラウンド、開始ッ!
面白ければ高評価よろしくおねがいします。
とっても元気になります




