1-7『表情筋が動かない』
「これにて今日の授業を終える。各自、部活動があるなら励め。ないなら帰宅し勉強しろ。以上」
榊先生により、ホームルームの終了が告げられる。
……ちなみに僕が入る部活動は帰宅部一択。
協調性がないのでどこかの部活に入るのは考えてない。
「さてと」
今日も今日とて授業が終わった。
だが、僕の本当の戦いはここからだ。
霧道に絡まれてもアウト。朝比奈に絡まれてもアウト。
どっちにしろゲームオーバー待ったなし。
無事に学校から出る。それまで気は抜けない。
机の中に堂々と置き勉晒した僕は、そそくさとバッグを片手に歩き出す。
学校から出てしまえばこっちのもの。今日はとりあえず、学園から徒歩で十五分くらいの場所にある街の方にでも行ってみるつもりだ。
私服とか一切ないし、これだけ金があるんだ、娯楽の一つや二つでも探してみるつもりでいる。
そう、今日の予定を立てながらも歩き出し――
「あっ、雨森君、ちょ、ちょっとよろしいかしら」
ゲームオーバーの足音がした。
思わず足を止める。
気が付けばクラス中から音という音が消え失せており、絶望を覚えて振り返る。
そこには、さっきからチラチラこっちのこと見ていた朝比奈嬢が立っており、霧道から不機嫌オーラが湯水の如く立ち上がる。
「あの……えっと、昼に言ったことだけれど」
「……昼? 榊先生から荷物運ぶの手伝うように言われて、それ手伝った以外別に何もなかったはずだろ?」
とりあえずそんなことを言ってみる。
チラリとそれらしいアイコンタクトを榊先生へと送ってみると、案の定彼女はニヤニヤとした笑みを浮かべて黙ったままだ。肯定とも取れないが否定とも取れないその反応だが、そのおかげで僕の言葉に信憑性が出てくる。
「そ、それは……」
「まぁ、よく分からないけど話があるなら聞くよ。一応クラスメイトだし」
ここで重要なのは『一応』ってところ。
チラリと霧道へと視線を向ければ不機嫌真っ盛りだが、それでも僕から朝比奈嬢に対して好意的に思えるようなセリフが一切出てないためにまだぶん殴りモードには突入していない。
リア充にはリア充なりの『空気を読む』というスキルがあるように、ぼっちにはぼっちなりの処世術がある。
「……そう、よね。一応、クラスメイト、だものね」
しかしながら僕の言葉を素で捉えちゃったらしい朝比奈嬢。
なんだか落ち込んだ様子を見せる彼女をみて、霧道から不機嫌オーラが弾ける。
ガタリと机が蹴られた音がして、クラスメイト数人が我先にと逃げ出していく。
どうせ逃げるなら僕も一緒に逃げようかしら。
でも無理だろうなぁ、この流れ的に。
さてどうしたものかと僕は首を傾げた――その時だった。
「あ、ごめんね朝比奈さん。雨森くん、今日ちょっと私と約束しちゃってて……急ぐことだったりするかな?」
――驚くべき方向から、救いの手が差し伸べられた。
声の方へと視線を向けるとそこには我らが委員長、倉敷蛍の姿があり、彼女の『おもいやり』に思わず涙がちょちょ切れる。内心でだが。
「く、倉敷さん……」
「それに、何か困ってることがあるなら私が話を聞くよ、朝比奈さん! 何せこれでもみんなの委員長ですからっ!」
そう笑って胸を叩く倉敷。
僕の知らぬ間に本当に委員長になってたみたいだがそこはまぁ別にいい。彼女のリア充も真っ青な『空気を読む』スキルの熟練度に思わず舌を巻くクラスメイトおよび僕をよそに、今頃になって霧道の不機嫌さを察した朝比奈嬢は悲しげに目を伏せる。
「そう、ね。ありがとう倉敷さん。それと雨森君。呼び止めて悪かったわね。また今度で大丈夫よ」
「……あぁ、そうか」
短く答えると、今度こそ帰るべく歩き出す。
なんだか厄介そうなことになりそうだったが、倉敷のファインプレーで救われた。せっかく連絡先教えて貰ったことだし、今晩にでもお礼のメールでも送っておくべきだろうか。
そう、一人考えながら歩きだし――とすんと、右腕に誰がが肩を寄せてきてそちらを見る。
――そんでもって、目が飛び出るほど驚いた。
「それじゃ、また明日ね朝比奈さん! それじゃー雨森くん、早速いってみよーか!」
その言葉には、クラス中が控えめに言っても愕然とした。
それは朝比奈も霧道も、ほかのクラスメイトですら例外ではない。
その場しのぎの『嘘』だってのはみんな分かってた。
――はずなのに。
本当にどこかへ行こうとしている倉敷に目を見開いて硬直している。
倉敷蛍。彼女は控えめに言っても美少女だ。
朝比奈嬢がちょっと度を越して美の体現者やってるからアレだが、彼女を除けば倉敷だって十分クラスのアイドルやって行けるだけの容姿を持っている。
それが……なぜ。
「ちょ、ちょっと倉敷さん? えっと、雨森くんと……どうしたの?」
「えっ? 普通に昨日、明日どっか遊びに行こーね、って約束してただけなんだけど……」
えっ、何その約束知らないんだけど。
そうは言えなかった、流れ的に。
務めて無表情を貫くと、困惑気味に問いかけてきた彼女の友人Aも『あ、マジなやつだったんだ……』と納得したようだったが、直ぐに『だとしてもあの雨森と……?』みたいな怪訝な表情浮かべてる。同感ですともお嬢さん。
「よーし、それじゃあ行こうか雨森くん! 最初はどこ行く予定だっけ?」
元気一杯にそう笑い、グイグイと腕を引っ張ってくる倉敷蛍。
彼女は一体何がしたいのか。
まったくもって理解が出来ないが、本当に一緒に行くわけでもあるまい。
おそらくは信憑性を持たせるためのフェイク的な何かだ。
「……電器店、かな」
そう断じた僕は、とりあえずぱっと思い浮かんだ言葉を口にする。
そんな僕の答えにニコリと笑った倉敷であったが、多分その内心では『……電器店? え、なんで?』とか、そんなことを思っているんだろうなぁ、と勝手に思った。
僕も限りなく同感だった。
☆☆☆
――一時間後。
僕は呻くようにつぶやいた。
「……なぜ、本当についてきている」
「え? どうしたの雨森くん?」
倉敷は、本当に電器店までついてきた。
煌々と眩い光が店内を照らし出す大手電器店。
エスカレーターを登ったそこには無数のスマホ見本だったり電化製品だったり、全く関係なさそうな食料品だったり、本当にいろんなものが並んでいて、彼女はそれらを目を輝かせながら見つめている。
「ねぇねぇ雨森くん! なんか電器店って来るとワクワクするよね! いろんなものが売ってて、なんだかどんなものが売ってるんだろー、って気になっちゃう!」
「お前はアレだな。デートで電器店とか連れてこられてもなんの不満も無さそうだな」
内心がどうかは知らないが、少なくとも上辺は彼女にしたいランキング第一位とかに名を連ねていたっておかしく無さそうだ。
そんなことを素直に言ってみると、彼女は目に見えて頬をふくらませてそっぽを向いた。
「そんなことないよっ! 私だってデートだったら遊園地とかそういう方が絶対いいもん! そもそもデートで電器店連れてくるような人と付き合ったりしないしね!」
「そうか、なら僕は候補から真っ先にはずれそうだな。良かった良かった」
何せぱっと思いつくのが電器店なこの僕だ。
とりあえずなんの用事もないが、せっかく来たからには何か買いたい。少なくとも無駄足にはしたくないからな。
あわよくばなにか娯楽になりそうなものでもあればいいんだが。そんなことを考えながら歩き出すと、少し焦った様子の倉敷が僕の隣まで駆け寄ってくる。
「もう、足速いよ雨森くん!」
「いや、そんな事言われても。あと、いつまでついてくるつもりだ倉敷さん」
もうそろそろ一人になりたいんですけど。
遠回しにそんなことを言ってみる。
彼女の空気を読むスキルは超一流だ。遠慮気味に『もうついてくんなよ』と言ってることくらい伝わるだろう。
とか、思ってたんだが。
「え、一緒に来たんだから帰るまでは一緒じゃないの?」
その言葉には思わず足を止め目を見開く。
……何言ってるんだこの女。
え、なに、あれって霧道から僕を守るための『その場しのぎ』じゃなかったの? なんであの展開から本当に二人で出かけるみたいな流れになってんの僕ら。
そう、驚愕を隠すことなく彼女を見つめていると――
「……雨森くん、無表情で私の事見つめてどうしたの? なんかちょっと無表情すぎて怖いけど……」
「驚いているんだが……分からないか?」
「いや、表情筋が一ミリも動いてないよ雨森くん」
……おかしいな、かなり驚いているんだが。
たまたま近くにあった鏡を覗き込むと……あら不思議、びっくりするほどに表情筋の凝り固まった男の顔が映り込み、ニコッと笑ってみるが全く表情筋が動かない。もはや死滅してるって言われても信じちゃいそうである。
「……へぇ、これは酷いな」
「気付いてなかったの……? 霧道くんに絡まれてる最中とかもずーっと無表情だったから、けっこう『度胸あるねー』みたいな話、女子の間ではしてたんだよ?」
まぁ、薄々、ってくらいには気づいていたし、本気でやろうとすれば表情の一つくらいは作れるのだが……まぁ、あまりやりたいとも思えない。無理やり作っても疲れるだけだし。
ただ、ここまで度を超越した無表情野郎だった、ってのは今気がついた。
「へぇ、結構怖がってたんだが」
「その割に、あんまり声色とかも変わってなかったけどね。常に冷静沈着っていうか、相手を観察してたって言うか――」
それに、と。
彼女は僕を見上げて笑顔で言った。
「雨森くん、実は霧道君より強いよね?」
ふと放たれた言葉に。
僕は少し、目を細めた。
「………へぇ」
霧道より僕の方が強い……ねぇ。
あの戦いの何をどう見たらそういう考えになるんだろうか? とても興味深い。
「……どうして?」
「だって雨森くん、全部見えてたでしょ?」
全部見えていた、か
……仮に、僕が霧道の動きを全部捉えていて。
その上でわざと殴られたとして。
そういうお前は、僕の動きまで含めて全部見えてたってことになるよな。
さて、倉敷蛍。
お前の能力、とても簡単な身体強化だっけ。
そんな程度の能力で、あの攻防を見抜けたとは思えないんだけど?
「……嘘はお互い様だな」
「やだなー。私は生まれてから一度も嘘なんてついたことないんだよ?」
うっわ、嘘くさっ!
間違っても僕が言えた義理ではないが、それはさすがに噓くさいよ倉敷さん。
そんな内心を知ってか知らずか、彼女は『にしし』といたずら気に笑う。
しかし直後、倉敷のスマホからピロリロリンっと音がなり、彼女は「ちょっとごめんね」と一言、僕に背を向けスマホを耳に当てた。
「あ、佳奈ちゃん? ……え? あ、えっと……今日だっけ? うっわごめん! 完全に忘れてた!」
おやおや話の内容的に何か大事な約束をすっぽかしてたみたいです。そりゃ学園始まってすぐの放課後だ。倉敷みたいな奴が暇を持て余しているはずもない。
「ご、ごめん雨森くん!」
電話を切った倉敷は、本当に申し訳なさそうに頭を下げる。
「いいよ、ほらさっさとカナちゃんとやらのところ行ってやれ。どこの誰かはしらないけれど」
「もうっ! 佳奈ちゃんは同じ1年C組のクラスメイトだよ! ちゃんと同級生の名前くらいは覚えなさいっ!」
いや、二日目でそんな事言われても。
そんなことを思いながらも倉敷を見送った僕は、改めて店内へと視線を巡らす。
「……さて、何かいいのあればいいが」
そう呟いて、僕は目当てのモノが売っている方へと歩き出す。




