6-1『7月』
新章開幕!
新崎との戦いから、1ヶ月ほどが過ぎた。
7月は、もう半ば。
夏の猛暑がC組にも襲いかかり、既に冬服の者は一人もいない。
衣替えをしてから、もう結構経ったような気がする。
そんな感じの今日この頃。
「「ひゃっほーーーーーい!! 夏休みだぁぁぁぁあああ!!」」
烏丸と錦町、ほか数名が叫んだ。
彼らスクールカースト最上位の面々は、熱いことをいいことにワイシャツの第3ボタン辺りまで外し、まもなく訪れる大型連休に心を馳せていた。
まぁ、それに関しては僕も同じだ。
夏休みの間だけは、ありとあらゆる校則が無効化される。
……といっても、それをいいことにボコスカ他人を殴ったりしてると退学コースなのだが、さすがにそこまで羽目を外す奴も居ないだろう。
というか、そういう事をやりそうな輩――熱原と新崎は既に封じたわけだしな。
1年C組は、何の憂いもなく夏休みを謳歌できるわけだ。
「……雨森くんは、夏休み何かよーじあるの?」
ふと、斜め前の席の倉敷が声をかけてきた。
用事……用事かぁ。
とりあえず、弟子(仮)である井篠の強化特訓だろ?
そんでもって、最近『デートとか、憧れるなぁ』と独り言の増えてきた四季に付き合ってどこか出かけるんだろ?
あとは……そうだな、そろそろ新崎とも話を――って。
「けっこうやることありそうだな……」
「そーなんだ……。いや、カナちゃんとか、黒月くんとか、みんな誘ってキャンプでもいこーと思ってたからさー。雨森くん、空いてる日とかないかな?」
「空いてる日か……そうだな、8月の――」
「あ、もちろん霞ちゃんもいるけど」
「気の所為だった。1日たりとも空いてない」
おぉっと、危ない危ない。
危うく朝比奈嬢と夏のランデブーしてしまう所だった。
まぁ? 僕には星奈さんが居ますし? お前と一緒に出かけたからって間違いが起きるわけもないのだが。だからといって嫌いな奴とキャンプとか、それだけで精神がゴリゴリ削られる気がする。
前の方へと視線を向けると、聞き耳を立てていた朝比奈嬢が崩れ落ちたところだった。
「な、なんでかしら!? わ、私の名前を聞いた途端――」
「え、そりゃあもちろん」
「言わなくていい。言わなくていいの雨森くん! もういい加減分かっているから! 私のことが苦手なのよね? 分かってる、分かってるから……」
苦手じゃない、嫌いなんだ。
そう言おうと思ったが、そこまで分かっているというのなら言わんでおこう。最近は少し朝比奈嬢も疲れ気味の様子だしな。
その理由? どーせ、八咫烏にこっぴどくやられたから修行でもしているんだろう。次戦う時が楽しみでもある。
閑話休題。
「あ、雨森、くん。すいません、話が聞こえて、来たのですが……」
「ん、星奈さん。どうしたんだ?」
ふと、女神の産声が聞こえてきた。
聞いてるだけで耳が幸せ。
最早言葉に言い表すことも難しいGOD。
そう、星奈さんである。
彼女は困ったように眉を寄せ、僕を見つめている。
ちなみに、四季が入部してきた当初は頬を膨らませて不満げなエンジェルだったが、最近ではさすがに慣れてきたのか、普段通りの様子に戻っている。
「え、えっと……その、ぶ、文芸部で、夏休み、どこかへ出かけようと考えていたの、ですが……。お忙しそうですね、すいません」
「安心しろ、毎日が暇だ。いつでも呼んでくれ」
「い、言ってることが違うじゃない!」
朝比奈嬢は叫んだ。
僕は努めて聞こえないふりをすると、星奈さんは困ったように笑っていた。
「あ、雨森くん……嘘はだめ、ですよ。人を騙すのは、よくないです」
「そうだな。悪い倉敷さん、ストーカーが怖くて行きたくないんだ」
「もっと悪質になってるわよ!?」
朝比奈嬢の声が響いて、いつも通りの日常は過ぎていく。
目下に控えるのは、この学園始まって最初の夏休み。
――この学園、最大の自由。
それを前には、さしもの僕も無表情を通せそうになかった。
☆☆☆
「で、夏休み直前の期末テスト、どうだったんだ?」
「聞かないでくれると非常に助かる」
夜宴教室にて。
僕は、倉敷から投げられた問いに即答した。
そう、夏休み……と言えばその直前の期末テスト。
僕らの収入に関わってくる大切なヤツだ。
そう、大切なヤツ……だったんだが、残念ながら今回も、前回と似たりよったりの点数しか取れなかった。
まぁ、体育祭でそれなりに大きなポイントを貰えたから大丈夫なんだが、さすがに次回はもうちょっと気合を入れていかないとマズいかもしれん。
「はぁ……勉強しなきゃなー」
「お前の頭なんざどうだっていいんだが、どうなんだ? 夜宴としては……夏休み、動くのか?」
この教室には今、僕と倉敷、黒月の三人が集まっている。
四季はB組のお友達と旅行に行くらしく、今回はその計画を練るとかで欠席してる。あいつにも友達が居たみたいで、悠人、ちょっと嬉しい!
「まぁ、動くつもりは無いな。この一ヶ月は、とりあえず何もしない。というか、何をしなくても平和に過ごせるはずだ。2、3年は知らんが、少なくとも1年A組は夏休み中は手を出してこないからな」
「……あ? んだよ、A組の中にもスパイでも……」
「……さすがにA組は無理だろう。単に、向こうの『頭』と知り合いだから、あいつのやりそうな事は分かるんだよ」
僕はアイツのこと、敵だと思ってる。
だけどその逆は、逆なのだ。
アイツは僕のことを、敵だとは思っちゃいない。
むしろ、好感を抱いているまで有り得る。
だからアイツは、僕が本当に嫌がることは。基本しない。
特に【雨森悠人の自由を妨害する】なんて最大の禁忌、犯すはずがない。
「……まぁ、よくわかんねぇけど、お前が言うんならそうなんだろうな。……現に、お前が『そうなる』って断言して、そうならなかった試しがねぇしな」
「はい! 僕は雨森さんのこと信頼してますから、夏休み中はA組を気にしないことにします!」
黒月は笑顔を浮かべて倉敷の言葉に重ねた。
何たる爽やかな笑顔! 最近の新崎にも勝るとも劣らない笑顔だな。それを朝比奈嬢に向けて口説き文句の一つや二つ、言ってくれないだろうか? そうすれば少しは僕に向く『厄介』が減ると思うの。
「お前たちは引き続き、朝比奈の完膚無きまでの信頼を掴むべく頑張ってくれ。……どーせ、夏休み中も自警団は活動するんだろ?」
「あはは……とんだブラックに捕まっちゃったみたいです」
なるほどぉ。これで僕が自警団に入る意味がまたひとつ減ったな。
そんなにも自由が削られるとかマジ勘弁。誰が好き好んでそんなにブラック組織に勧誘されなきゃいけないんだか。
「……にしても、お前、良くもまぁ『行く』って言ったよな」
ふと、倉敷が声をかけてきた。
僕は彼女を振り返ると、倉敷はニタニタと笑っている。
「アレだよアレ。C組の面々誘ってキャンプ行くって話だよ。私は……まぁ、委員長の立場から行くしかねぇ訳だが……お前は行くとは思ってなかったぜ」
「……あぁ、アレな」
この夏休み、C組はキャンプに行くことになった。
もちろん全員ではない。十人くらいは『他に用事がある』『バイトして金稼ぎたい』等の理由で欠席だ。
でもって、僕も当然のごとく欠席するつもりだったんだが……。
「星奈さんが行くって言うだろ? なら行くだろ」
「お前……星奈のこと好き過ぎだろ」
倉敷が呆れたように言ってきた。
好き? ハッハッハ。何言ってんだこいつ。
「これはもう『愛』だ、好きなんて言葉で片付けてもらっちゃ困る」
「四季も大変ですね……」
黒月がそんなことを言っていたが、当然無視。
「なにせ、クラス三大美少女の中でも頭1つ飛び抜けて可愛い星奈さんだ。キャンプにかこつけてクラスの男共に色目を使われたらと思うと……軽く殺意が湧いてくる」
「おいこら、その三人のうち一人だぞ、私」
倉敷がそんなことを言ってくる。
僕が冗談で言っていることが分かっているのか、彼女もどこか楽しげな雰囲気を醸し出している。黒月も話半分にしか聞いてないみたいだし……おかしいな。そんなにわかりやすいか、僕ってば。
一人内心で考え込んでいると、彼女はニタニタと笑い始めた。
「んで、告んのかよ、お前? せっかくの夏休み、校則から解放されて心もオープンになっちまえば……もう行くところまで行っちまうべきだろ。なぁ?」
「……なぁ、と言われても。ただ、告白するなら全力でお手伝いしますよ、雨森さん。四季は……まぁ、アレですけど」
あっれぇ、なんで僕が告白するみたいな話してんのこの人たち。
何を勘違いしてるのかは知らないけど、僕は彼女に告る気なんてサラサラないよ。いや真面目な話。
「安心しろ、そういうのは無い。むしろ、お前たちこそそういう話は無いのか? いや、倉敷はあるだろうけど、黒月。朝比奈とはどうなった」
「どうって……いや、特に何も無いですけど」
「これは困るぞ」
僕としては黒月と朝比奈嬢がくっついてくれるのがベストなんだから。
そう考えていると、簡単に飛ばされた倉敷が不満そうに僕を見ていた。
「おいこら、なんで私には聞かねぇ」
「この学校に来てから告白された回数を言ってみろ」
「…………まぁ、アレだ。覚えてない程度、と言っとくよ」
そらみたことか!
外面完璧な委員長!
しかも星奈さんの次点で可愛いと来た。
そりゃあ、告るよ。
僕だって星奈さんと出会ってなくて、しかも倉敷に『裏』が無かったとしたら、本気で好きになってたかもしれない。
でもまぁ、星奈さんいるし、コイツ裏あるし、もうコイツがどんなに美人でも僕は動じない自信あるけど。
「そ、そういうお前はどうなんだよ! 四季だけじゃねぇだろ! 朝比奈や星奈を始めとして……けっこーモテてるって話じゃねぇか!」
「……どこから来たその話は」
「僕の情報網からです!」
黒月が元気に挙手をした。
ギロリと彼を睨むが、黒月は何処吹く風。
「調べた結果、雨森さんは、熱原へと真正面から勝負を挑んだあたりからじわじわと注目され始め、星奈を助けるために新崎と勝負したことで女子からの株がかなり上がってるみたいです。まぁ、四季を殴った件については、僕や倉敷が情報規制を敷いたので問題はありませんが」
「……ちょっと待て。……え? そんなんでモテるのか?」
待って待って、何言ってんの?
僕の……株が上がってる?
嘘でしょ? それ全部黒月の話じゃないの?
「まぁ、僕の株も雨森さんの想定通り、爆上がりしているようですが……それに伴って雨森さんの株も上がっているんです。なにせ、僕が活躍する前には、必ず雨森さんが動いてるんです。いくら僕でも全部の活躍を奪っていく、なんてことは出来ませんよ。なにせ相手は雨森悠人なんですから」
「ま、お前を嫌ってる連中も多いが、認めてる連中も数多く居る、って話だよ、クソ野郎」
嫌ってる連中は……多分、ウチのクラスのギャルグループだろう。
倉敷のお友達、真備佳奈を中心に出来た、クラスカーストの中でも上位に位置するグループだ。
あそこは……なんというか、僕と倉敷が仲良いことが気に食わないのか、何かにつけて僕を睨んでくるんだよなぁ。
直接、間接とわず手を出してこないのは朝比奈嬢が怖いからだろうけど、そのうち何か言ってきそうで、僕も少し警戒もしてる。
「……最初の話に戻るが、僕がキャンプについて行く目的は、そういった『雨森悠人を嫌ってる連中』を見定めて、今の内に溝を無くしておくことだ。そうすれば、後々動きやすくなる」
「星奈、全然関係ねぇじゃねぇか」
そりゃそうだよ、関係あるわけないじゃない。
君たちは僕が『星奈さん狂』だとでも思っているのかな。
僕は小さなため息を漏らして窓の外へと視線を向けた。
「ま、多少はあるかもしれないけどな」
星奈さんが、キャンプで見知らぬ男と仲良くなって帰ってくる。
想像すると、確かにそれはそれでいただけない。
なんというか、もやっとする。
もしや、これは恋?
だったらいいな、心の底からそう思う。
だって、久方ぶりに人間らしい感情を覚えているんだから。
今日は快晴、雲ひとつない青空が広がっている。
さて、来週に入ればすぐ夏休み。
この学校、初めての超大型連休。
――A組との決戦を前にした、最後の息抜き。
存分に楽しまなきゃ、損ってものだろう。




