5-11『黒翼は雷と嗤う』
戦いは終わり。
そして、悪は登壇する。
甲板へと強制転移した四季いろはは、驚いたように無人島を振り返った。
「あれっ? まさか……悠人ったら、やられたの?」
「お、お前……四季! やっと来やがったな!」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえた。
見れば、誰もいない甲板に一人、倉敷蛍の姿があり、彼女は四季の姿を見るや否や詰め寄ってきた。
「てめぇ……どうなってやがる! どうして私より先に新崎康仁が脱落してるんだよ!?」
「え? あぁ、それ? 単に悠人に負けたってだけよ」
なんでもないというふうに、四季は言った。
B組全員に囲まれて。
異能すらも封印されて。
なお勝った。圧勝だった。
完膚なきまでに新崎康仁を叩き潰した。
それこそ、言い訳の挟む余地もないくらいに。
「そ、それは……」
「それでね。悠人に私の『機器』を貸して、B組の最後の一人として戦ってもらってたわけ。変身の力で新崎に化けてたみたいだけど……見た目は変わっても悠人は悠人ね。カッコよかったわ!」
「それはどうでもいいんだが……」
倉敷は、送られてきた佐久間たちから、ある程度の話は聞いていた。
佐久間が言うには、新崎康仁がC組のほとんどを殴り、蹴り、暴行の限りを尽くしたとされていた。
だからこそ佐久間も、彼らよりも先に緊急搬送された新崎を見た時は愕然と目を見開いていた。
そして、少し遅れて『四季を除いて』全員がリタイアしたB組を見て、倉敷は何か、夜宴が動いているのだと理解した。
理解していたが、まさか……。
「……イカれてるぜ。演技でクラスメイトを瀕死にするかよ」
C組の、ほぼ全員が未だ意識不明の状態だ。
それは、情け容赦なく本気の拳で殴られた証拠。
常日頃から頭のおかしい男だとは思っていたが……想像を軽く超えてきた。
「まぁ、悠人の考えることは分からないけれど。私は悠人を信じるだけよ。というか、他の誰がどうなったってどうだっていい。私は悠人の傍に居るだけで幸せだもの」
「……お前も大概だよ、イカレ野郎」
そう言って、倉敷は無人島への視線を向ける。
島の浜辺から、黒い雷が弾けているのが目に入った。
それは他でもない、雨森悠人のもう1つの異能だった。
☆☆☆
「……ほう、今のを躱すか」
僕は、素直に驚いた。
あの後新崎を倒し、B組全員を黙らせて。
そして、四季から機器を借りて新崎に化けた。
そんでもって、C組のクラスメイトを殴って回った。
無論、その中に星奈さんが居ないように調整はした。
僕が行方不明となれば、優しい星奈さんのことだ。『探す!』と言い出す朝比奈へと否が応でも同行を願うだろう。
そうなれば僕の暴力からは遠ざけられる。
……まぁ、それでも運悪く出会ってしまった時は、たぶん、一切の情け容赦なく殴っただろうけどね。悪いとは思わないけど、ごめんね星奈さん。
閑話休題。
僕のつけていた『B組の機器』はアラームを鳴らしている。
今頃、この持ち主である四季は、船の甲板へと転移していることだろう。
僕の視線の先には、こちらを睨む朝比奈の姿が。
彼女の右腕は制服が弾け飛び、腕から蒸気が上がっている。
……胸を貫通させるつもりだったんだが。まさか急所を躱されるとは思わないじゃん。
それに雷神の加護持ちだし、雷に対する耐性でもあるのかな?
まぁ、どうだっていいことか。
耐性があるのなら、倒れるまで打ち込むまで。
「貴方は……八咫烏、で、間違いないわね?」
「無論」
短く答えると、彼女は大きく息を吐く。
「……本物の新崎くんは?」
「なに、開始直後に雨森悠人と戦っていたのでな。横槍で仕留めさせてもらった」
「……雨森くんは?」
「質問が多いな。答える義理はない」
だって僕だもの。
心の中でそう答えると、彼女は僕を睨みつけた。
ひゃー、こわい。
雨森悠人には決して向けられない朝比奈の敵意。
これがC組最強、朝比奈霞の本気の姿か。
いやー、新崎面してだいぶ見学させてもらったが、強いね。いやー、これは強いわ。堂島先輩も朝比奈の下に付くのが分かる。コイツが本気出したら未来が見えていようとなんだろうと勝ち目はないと思うしね。
だけど、あまりに未熟。
僕は、右手に黒い雷を走らせる。
えっ、霧の能力はどうしたんだ、って?
いやいや、僕が霧しか使えないなんていつ言ったよ?
「……分からなかった? 私は強い。きっと貴方よりも」
「悪いな。なにぶん、手を抜いていた故。お前の強さはよく分からなかった」
もちろん嘘である。
彼女の強さはよく分かった。
ここに本物の新崎が来ていれば、もしかしたら最初の一撃で決まっていたかもしれない。そう思えるほど、朝比奈霞は強かった。
まぁ、新崎が【異能封印】を使えば朝比奈嬢も厳しくなるだろうが……その時は、どちらの異能がより速いかという勝負になる。
異能が封印されるのが先か。
致死量の雷を叩き込むのが先か。
しかし純粋な速度勝負で、朝比奈嬢が負けることは絶対に無い。
――まぁ、僕みたいな例外は居るけれど。
「――ッ!?」
彼女は、大きく目を見開いた。
だって、彼女の視線の先から僕の姿が掻き消えたから。
「は、速――」
「雷神の加護。オレの下位互換の能力だな」
背後から声をかけると、彼女は僕へと拳を振るう。
雷撃……って言ったっけ? けっこー痛かったやつ。
僕はそれを、指一本で受け止めた。
「ば――ッ!?」
「お返しだ」
僕は右手の指に雷を込めると、そのまま驚き固まる朝比奈の額へと、思いっきりデコピンを叩き込んだ。
瞬間、先程までのが児戯に思える衝撃が駆け抜けた。
木々が根ごと吹き飛んで、砂浜の砂も全部吹き飛んでいく勢いだ。
彼女は大きく吹き飛ばされて、あまりの衝撃に意識朦朧と倒れている。
「な、なん、なに、が……」
「あぁ、悪い。手加減を間違えてしまった」
いやー、思った以上に新崎に手こずったからな。
ついつい、本気を出してしまったんだ。
まぁ、それもこれも異能封印とかいうくそチート使ってきた新崎が悪いんだけどね。さすがに生身で殺せる獣じゃなかったので、本気出してぶっ飛ばしたわけだ。
その感覚がまだ残ってたみたいだな。
右手の指の雷を調節……うん、これくらいなら大丈夫かな。
そんなこんなで手加減の練習をしていると、朝比奈嬢は立ち上がる。
「そ、それは……なに。私の、雷神の加護、より上……ですって?」
「それはそうだろう。この現状を見ろ。これが答えだ」
周囲には、破滅だけが拡がっていた。
たったのデコピン一発。
それだけで全てが壊れた。破滅した。
美しかった浜辺の姿などどこにも無い。
今や、荒れ果てた『浜辺だったもの』があるばかり。
「……ッ、だと、しても! もう勝負は着いたはず! これは明確な――ッ!?」
言ってる最中で、朝比奈も気がついた様子だな。
そうだよ、夜宴『八咫烏』は、あくまでも特別参加。
この闘争要請の【勝敗】には一切関係がない。
勝敗に関係ないということは、ルールに該当もしないはず。
だって、ただの特別ゲスト。
悪質な行為をしても退場はなく。
勝負が決した後に勝負を仕掛けても問題は無い。
そういう『特別』な存在として『参加』しているに過ぎない。
文字通りにな。
「予め、オレにルール内で制限をつけておくべきだったな。【八咫烏もまたこれらのルールに準じなければならない】とな」
少なくとも。
黒月が居れば防げたであろう、程度の低い言葉遊び。朝比奈嬢とて、ルールの内容にじっくりと目を通していれば防げたであろう【ルールの穴】。
誰も気づいていないなら……そりゃ、利用するしかないでしょう。
「……ッ、こ、この――ッ!」
彼女は悔しげに歯を食いしばる。
……どうだよ、朝比奈嬢。
お前が望んだ『お前以上の雷使い』ってヤツだぞ。
お前を超える雷使いが居れば、成長できるんだろう?
参考になるし、学び取れるんだろう?
なら、思う存分、僕から学べ。
なんという奇遇か、運命の悪戯か。
お前が『雷神の加護』を手に入れたように。
僕もまた、雷の能力を手に入れていたからさ。
だから、遠慮なんてしなくていいから。
「来ないならば、こちらから行くぞ。自警団の長よ」
僕は、雷に乗って動き出す。
彼女が大地を駆け出したのは、それとほぼ同じタイミングでの事だった。
☆☆☆
「はぁぁぁぁぁ!!」
朝比奈の回し蹴りが叩き込まれる。
それを片腕で防ぐと、彼女は雷神刀を僕へと振り下ろす。
殺す気かよとは思うけど、殺されないので感慨もない。
僕は高速で彼女の背後へと移動すると、その背中へと拳を当てる。
「雷とはこう使う。【雷撃】」
バチンッ! と鋭い音が跳ねる。
彼女の体は一瞬にして痙攣し、硬直する。
その体を軽く蹴り飛ばすと、彼女は地面をバウンドしながら転がっていく。
やがて砂の山へと体を埋めると、しばし経って硬直が解けたのか勢いよく立ち上がった。
「雷を常に纏うのは間違いではない。が、必要なのは、瞬間瞬間の最高電圧。長くは要らん。短くていい、最大値を上げろ。相手が自分と同じ速さで動くなら、一瞬で回り込み、一瞬で硬直させればいい。それで勝てる」
「……授業のつもりかしら!」
彼女は再び駆け出した。
その速度は先程までよりもずっと速い。
これは……新崎(中身は僕)戦で見せた限界突破の高速移動か。
なるほどなるほど、これは速いな。速度だけなら僕と同格レベルまで引き上げられてる。
だけど、それはもう見た。
「こうか?」
僕は同じように限界を超えると、彼女の背後に回り込む。
自分の身体能力を強化するのは得意じゃないし、あまり意味が無いと思っているけど……出来ないとは言わないよ。
「こ、の……!」
「【雷神刀】」
彼女の刀を、黒い刀で受け止める。
その力はなかなかのものだが、元の筋肉量がまるで違う。
いくら同じ雷で強化しようと、元の筋肉が違えば強化される『率』も変わってくる。加えて雷は僕の方が格上。
朝比奈嬢に押し負ける可能性なんて、万が一つにも存在しない。
僕は彼女を弾くと、そのまま彼女の腹へとかかと落としを叩き込む。
彼女は地面へと思い切り突き刺さると、痛みに喘いで吐血した。
「……ふむ、今のままでは、これが限界か」
雷系の力は、大抵の身体強化は出来るが、防御、耐久の向上だけはできない。
朝比奈嬢は顔面に拳1発、両頬に張り手2発、加えて本気デコピンまで食らってるんだ。そろそろ身体的に限界も近いだろう。
それに、そろそろタイムリミットだし。
僕や朝比奈嬢の体を、魔法の光が包み込む。
それを前に朝比奈嬢は大きく目を見開き、僕は肩を竦めた。
「どうやら、時間らしいな」
……正直言うと、お前を完膚なきまでに倒すつもりだったんだ。
新崎の姿でも、この姿になったとしても。
今回の目的は【朝比奈霞を潰すこと】だった。
今後の成長のために。
慢心させないために、な。
だから、今回はお前の勝利だ。
このわずかな時間といえど。
お前は僕から――生き延びた。
なんだかんだで、最後に立ってた奴が勝者なのだから。
「ま、待ちなさい! まだ決着は――」
言いかけた状態で、転移は始まった。
気がついた時には、既に僕らは甲板で。
朝比奈嬢は、普通に転移してきた僕を見て、愕然と目を見開いた。
「あ、雨森…………くん?」
「お前……どうした、ボロボロだけど」
僕は、何気ない顔で彼女へ問うた。
既に、八咫烏は姿を消している。
ここにいるのは僕と、文芸部の皆と、朝比奈嬢だけ。
彼女はやがて肩を震わせ、涙を溜める。
そして、僕の体へと思いっきり抱きついてきた。
「雨森、くん……! 本当に……無事でよかった……」
その体は震えている。
傷を負い、実力不足に歯噛み。
それでも他人を心配し、涙を流せる。
その姿を見て、僕は苦笑する。
新崎の格好で笑いまくってたから、少し表情筋が緩んでいるのか。
あるいは、僕も彼女に影響されているのか。
僕は、軽く笑って彼女の背中へ手を回す。
「あぁ、死ぬかと思った」
ここで『離れろストーカー』と言わないだけの空気は読める僕だった。
波乱と怒涛の無人島を抜けて。
されど、この一件はまだ終わらない。
次回【勝者と敗者】
ちなみに今回の後日談は。
過去最大級にドでかい爆弾を三つくらい仕込んであります。




