5-9『新崎康仁②』
新崎康仁は、裕福な家庭に生まれた。
古くよりその地域に於いて知られていた華族・新崎家。
優しい母と、厳格な父と。
恵まれた家庭に、長男として生を受けた新崎康仁は。
きっと、将来が約束されていたのだろう。
「康仁、お前は誰よりも優れた人間になれ」
父は、誰より厳しく、多くを望む人だった。
華族の長男、後継として、ありとあらゆるものを習わせた。
勉学においては学年で最高を『当たり前』と断じ。
運動においても、あらゆる面で他人以上を求める人だった。
厳しく、時に辛い時もあった。
けれど、父の根底には優しさを感じていた。
だから、苦しみはなかった。
「康仁、貴方は誰より優しい人間になりなさい」
母は、誰より優しく、美しい人だった。
華族の長男として、優しさが最も大切だと考えていた。
人の上に立つ存在として、誰にも平等に優しさを配り、下の者が自ら付き従うような強く優しい人になれと、口癖のように言っていた。
常に笑顔たれと、いつも言っていた。
だから、康仁はいつも笑顔で優しかった。
誰にでも等しく、笑顔を振りまく子供だった。
彼は、強く、優しい子に育った。
誰より優れ、誰より優しい。
だから、彼には多くの友ができた。
多くの者が、彼に付き従った。
歳など関係なく、彼は万人のカリスマだった。
中学校、1年生の時までは。
「あ、あの、僕……市呉、っていいます……」
1年生の、最初のクラス。
1つ前の席になった少年は、貧乏な家の出身だった。
☆☆☆
朝比奈は、冷静に鑑みた。
新崎康仁は、複数の能力持ちだ。
その数は優に『27』。
四季いろはを除き、B組全員の能力を手中に収めている。
故に、大抵の状況には対応出来るだけの力はある。
――だが、使いこなせるかどうかは、また別の話だ。
「新崎くん」
駆ける駆ける。
凄まじい速度で駆ける朝比奈へ、されど新崎は動じない。
それを前に、朝比奈は今一度深呼吸をして。
「――もう数段階上げるけれど、大丈夫かしら?」
「……ッ」
新崎が焦りを見せた、次の瞬間。
朝比奈の姿が、霞のように掻き消えた。
いや、速度が爆発的に跳ね上がった。
それを前に……緩急に、新崎は一瞬、その姿を見失った。
――直後に、衝撃が駆け抜けた。
「が……!?」
「【雷撃】」
新崎は、自らの横腹へと視線を落とす。
そこには稲妻を纏った朝比奈の姿があり、彼女は拳を新崎の横腹へと叩き込んでいた。
「こ、の……!」
新崎は拳を振るうが、その時には既に朝比奈の姿は消えていた。
先程までとは、文字通り【ケタ】が違う。
それだけの速度を、この足場の上で出している。
通常の地面であれば、間違いなく今以上の速度が出ていただろう。
そうなれば、おそらく、目で追うことも難しい。
いいや、今でも――
「あら、どうしたの?」
背後から声が響き、新崎は裏拳を叩き込む。
だが、その裏拳は彼女の片手に受け止められ、その光景に新崎は大きく目を見開いた。今の彼女からは、黒月を助けに入った時と同じ雰囲気を感じたから。
「この力は……電圧を上げるほどに体にダメージが蓄積するけれど、上げるほどに速度が増すし、力も増す。……この状況は、さほど長い時間は使えないけれど――」
気がついた時、新崎の体はぶん投げられていた。
一瞬まで上空へと吹き飛んだ彼は、大きく目を見開いている。
「マジ、かよ……!」
「まじよ」
短い声と共に、彼の上からかかと落としが叩き込まれる。
咄嗟にガードした新崎だったが、勢いは殺せず、そのまま砂浜の中心へと叩きつけられた。
凄まじい衝撃と舞い上がる砂嵐。
朝比奈は少し離れた木の上へと着地すると、舞い上がった砂が止むまで、一時的に能力を切って息を吐く。
(……ッ、やっぱり、キツいわね。あと一分も持てばいいのだけれど)
この力は、朝比奈霞のとっておき。
わずか数分しか使えない。
使い切ってしまえば行動不能になってしまう。
だが、強い。
新崎康仁でさえ圧倒できるほど、強い力。
「く、は、ははははは! すごい、すごいや! 侮ってたよ朝比奈霞! 雨森も、お前も、力を隠すことに何かルールでもあるのかなぁ! でもね、でもね! 力を出した雨森を、僕は殺せたよ! お前もきっと、同じことになるんじゃないかなぁ!」
「……本当なら、もう、救えないわね」
「あぁ、そうさ、雨森はもう――」
「あなたが救えないと言っているのよ、新崎康仁」
砂埃の中から、新崎が姿を現す。
雷に焼かれ、全身から蒸気を噴出し。
それでもなお、笑顔のままで立っていた。
「更生対象……と、貴方を考えていたけれど、考え直さなくてはならない。貴方は、私の許容を超えた可能性があるのだから」
「はぁ? 正義の味方さーん。もしかして僕を許さないってぇ?」
「ええ、私は貴方を許さない。絶対に」
その憎悪は揺るがない。
全ての前提として、彼女は人間だから。
だから、何も思わない訳では無い。
だが、彼女は正義の味方でもある。
憎悪も全て飲み込んで、更生させるつもりがあった。
つい、先程までは。
「私は貴方を更生させることを諦めない。諦めるつもりは無い。……けれど、私は私に失望しそうよ。生まれて初めて、更生を諦めたいと叫ぶ自分が居るのだから」
「ほーん。で、なに? 時間稼ぎ?」
「いいえ。単に、最後通告をしようと思って」
それは、朝比奈霞の、最後の情け。
失望に失望を重ねて、それでも残った正義の味方が告げる、最後の願い。
「雨森くんを返しなさい、新崎康仁」
「ばぁぁあか。死んだって言ってんだろクズ」
かくして、朝比奈は全てを諦めた。
この男を更生させるにせよ、しないにせよ。
この場で倒す、以外の選択肢は、今潰えた。
彼女は雷鳴を纏い、木の枝を蹴る。
ここに来て最速。
そして、最大威力を手に集わせる。
「【雷神刀】」
圧縮。
凝縮。
具現。
膨大な熱量、電圧。
凄まじい大きさの雷を一本の刀へと集約する。
帯電の嫌な音が響き渡り、新崎は巨大な盾を召喚する。
だが、既に対応としては遅すぎた。
彼女は雷。
雷鳴の化身。
人智及ばぬ自然の具現。
理不尽の権化。
故に、その力は時に不条理。
「悪いわね、新崎くん」
それは、稲妻の一閃。
盾すら貫き、肉を穿つ。
その一撃は、新崎の体を焼き穿った。
「が……」
「貴方はただ、彼我戦力を測り違えた」
彼女は雷の刀を振り払う。
背後を振り返るのと、新崎が倒れたのは同時のことで。
「私は強いわ。あなたより」
アラームが鳴り響き、B組最後の生徒が脱落した。
血で血を洗う、B組との最終決戦。
多くを失った闘争要請。
誰も彼もが傷つき、沈み。
何も得ず、何も成せず。
不快のみが胸を占める戦いも、ついに終幕する。
その幕切れは鮮やかに。
されどあっけなく、斬り落とされる。
――さあ、勝敗は決したよ。
正義の味方は、後にも先にも一人で十分。
ここから先は、ただの余談さ。
この勝利には、もう誰も抗えない。
だって、最後に笑ってた奴が勝者だろう?
次回【新崎康仁③】
おもしろければ高評価よろしくお願いします!
すごーく元気になります。




