5-7『全滅』
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「これは……どういうことかしら」
森の中には、惨状が広がっていた。
鬱蒼と生い茂る木々。
周囲には真っ赤な鮮血が撒き散らされて、無残に潰えた魔物の姿があるばかり。
控えめに言ってもグロテスクな死骸に、星奈や井篠、天道が気持ち悪くなったように口を抑える。
その中で、頬を引き攣らせた火芥子は口を開いた。
「ヤバいね……一撃で殺されてるよ、これ。まるで通りがかりにぶん殴って行ったみたいに。何かを急いでたみたいに。ただ、なんの技術もへったくれもない力の限りで殴殺された。……そんな感じの死体だね。視てるだけで気持ち悪くなってくる」
「……嫌な、予感がするわね」
今までの道中、生きた魔物とは一度も出会っていない。
出会ったのは、この死骸同様に殴り潰され、命を引き取って【間もなく】の姿ばかり。
まるで……そう、まるで、この戦いが始まってすぐ、誰かが島中の魔物を殴って殺し回ったかのような。
そんな、嫌な想像をしてしまう光景だった。
「……戻りましょう。雨森君が一層心配になったけれど、嫌な予感がするわ。蛍さんたちが危ないかもしれない」
「……うん、今回ばかりは従うしかなさそうだね。雨森を探すにしたって、1度戻って、ちゃんと考えてからの方がいいかもしれない」
かくして、朝比奈たちは元の浜辺へと歩き出す。
そして、彼女らが更なる【地獄】を目にしたのは、数分後の事だった。
「こ、れは……!」
彼女らC組のスタートライン。
小さな浜辺。
そこには、大量の鮮血が巻き散らかされていた。
倒れ伏す多くの生徒たち。
彼ら彼女らは脱落しないように『機器』を避けて殴られ、なぶられており、脱落することも出来ずにその場へと倒れていた。
そして、その中には佐久間や烏丸の姿もあった。
「う、嘘……!?」
「さ、佐久間くん、烏丸くん……!」
真っ先に、朝比奈が駆けた。
彼女は佐久間らの近くまで寄ると、その怪我の酷さに目を剥いた。
情けも容赦も、一切が窺えない。
なんの憂いもなく、全力でなぶられている。
殺さないよう細心の注意を払って。
人体の弱点を的確に外して、痛みだけを与えたような傷だった。
「ぐ、あ、さひな……ッ」
「佐久間くん! な、何があったの……!?」
朝比奈の中に嫌な予感がふくれあがる。
いいや、聞かずとも、こんなことをする男には覚えがあった。
こんなことが出来る男を、朝比奈は一人しか知らなかった。
「――新崎……だ。あの野郎が、来やがった……!」
その言葉に、朝比奈は強く歯を食いしばる。
拳を流血するほどに握りしめ、その目を強く閉ざした。
「倉敷……は、運良く、脱落できた。が……俺たちは、遅すぎた。一瞬で……ゲボっ、がほっ……」
「さ、佐久間くん、喋ったらダメだよ! これだけの傷……僕だけじゃ治しきれない! 急いで点在先生に見てもらわないと……」
井篠が佐久間へ静止を叫ぶ。
だが、佐久間は井篠の腕を強く掴むと、首を横に振った。
「……伝えることは、伝えさせてくれ」
「で、でも、佐久間くん……」
「今じゃ……俺以外は、全員……意識もねぇだろ。クソッタレた、ことにな……がほっ!」
佐久間の口から鮮血が溢れる。
それは、内臓が傷ついているという何よりの証拠だ。
「新崎……あの野郎に……なにも、出来なかった、ッ。雨森の、野郎を、人質にしたと、言ってきて……クソが……ッ」
「――!? あ、雨森君が! そ、それは本当なの!? 佐久間くん!」
「知ら、ねぇよ。だが、雨森がこの場に来なかったのは、あらかじめ、情報が間違って伝えられた……と、考えると、辻褄は合う」
この場に倉敷さえいれば、その間違った事実を正せただろう。
黒月奏が居れば、さらに深い思考ができただろう。
だが、二人はこの場には居ない。
事情を知る者は既に一人としておらず。
あるのは、ただ収拾不能になった混沌だけ。
誰も何も知らない以上。
憶測だけが飛び交い、話は真実を掠めながら飛躍する。
「……だ、だけど……!」
「それに……あの野郎。一筋縄じゃ、勝てなかったんだろうさ。雨森に、抵抗されまくったのか……ボロボロだったぜ。間違いねぇ、と、思うぜ。雨森は新崎に嵌められた。……んじゃねぇと、新崎が、あそこまで傷つくか、っての」
佐久間は、C組の中で最も雨森を買っている。
それはひとえに、熱原と戦った経験があるからこそ。
彼と戦い、敗北した経験を持つから。
だから、熱原に真正面から打ち勝った雨森の強さを、正当に評価していた。
「朝比奈……俺たちは、もう無理だ。三日で治る怪我じゃねえ。どーせ、船には救急の奴らが居んだろ。俺たちを脱落させろ。……自爆が出来ねぇ、ってルールはなかったろ」
佐久間は、腹に装着した機器を差し出す。
それを見て朝比奈は悔しそうに歯を食いしばった。
「……ごめん、なさい。また、貴方たちを――」
「謝んじゃ……ねぇよ。俺たちは、俺たちだ。弱いから負けた。それ以上でもそれ以下でもねぇ。……朝比奈、俺たちのした事を、責任を、自分のもんにするんじゃねぇ。……反吐が出ちまうぜ」
「……そう、ね。ごめんなさい」
それは、佐久間なりの優しさだったろう。
全てを自分の責任にしてしまう朝比奈を知っているから。
この現状を受け、自分を責めると知っているから。
だからこその、言葉だった。
「……ありがとう。佐久間くん、気を使わせたわね」
「いいってことよ。……さぁ、早く送れ、身体中痛てぇんだ」
かくして、佐久間の機器へと、朝比奈は拳を当てた。
アラームが鳴り響き、彼の強制転移が始まる。
彼は光の中で目を開くと、朝比奈を見上げていつものように笑った。
「頼むぜ、朝比奈。雨森を助けてやってくれ」
やがて、彼の姿は消えてゆく。
周囲には、同じように傷ついた生徒たちが、20名。
それらを見渡し、朝比奈霞は立ち上がる。
「……井篠くん。危ない生徒だけ、応急処置をお願い。私は皆を脱落させて、一刻も早く船へと戻すわ。……手伝ってくれるかしら」
「あ、あぁ……もちろん。手伝わせてもらうさ」
真鍋が率先して答え、彼女らは動き出す。
歩き出した朝比奈の横顔には、ありありと憎悪が滲んでいる。
それは、正義の味方には相応しくない横顔だった。
正義と憎悪は正反対に位置するもの。
今の彼女ならば……きっと、新崎を【更生対象】とは言わないだろう。
そう思えるだけの、怒気だった。
やがて、彼女らは全員の生徒を船へと戻す。
……その頃には、既に日は暮れていた。
☆☆☆
日は昇った。
無人島、二日目。
セーフティゾーンを見つけ、その中で夜を越した朝比奈たちは、朝、セーフティゾーンへ貼り出された【中間発表】を見て、唖然としていた。
【二日目・中間発表】
1年B組、残り【1名】
1年C組、残り【7名】
夜宴、残り【1名】
以上、無人島における生き残りとする。
「い、1名……ですって!?」
B組の生き残り、わずか1名。
その事実を受け、朝比奈は叫んだ。
「くっ……新崎一人いれば落とせる、ということか」
「それに……雨森が残ってるってことも把握出来たね、ウチらは、朝比奈さん、星奈さん、井篠、真鍋、天道さんに、ウチの6人。なら、7人目は雨森、ってことになるでしょ」
「……そう、なりますね」
星奈が、哀しそうにそう言った。
できることなら、間違いであって欲しかった。
人質になんて取られていて欲しくなかった。
それが星奈の、彼女ら全員の総意ではあったが、事実は変わらない。
「……でも、何も分からないより、状況は好転したわ」
雨森がまだ、この島のどこかに居ること。
B組は、新崎以外の全員が既に脱落していること。
そして、夜宴の『八咫烏』も、未だ健在ということ。
「そうだな。それに、八咫烏……コイツが俺たちC組の中に居ないことは確定した。B組は分からないが……俺たちの過半は既に脱落済。脱落が直接確認できていないのは倉敷や雨森くらいだが……」
「蛍さんの脱落は、佐久間くんが見ていたわ。そして、雨森くんがC組の中に数えられている以上……私達C組の中に【八咫烏】はいないという事ね」
あるいは、共通の人物故に、C組の中にも、夜宴の中にもカウントされる場合もあるが、その正解を彼女らは考えなかった。無意識のうちに、その可能性はないだろうと捨ててしまっていた
それはさながら、一種の【思考誘導】。
なんらかの力が働いているのか。
……否、この尋常ならぬ状況に、思考が狭まっていると考える方が妥当だろう。
――冷静にならなくては。
そう考えられる間は、まだ可愛いもので。
冷静であると確信している今こそ、最も危険な状態と言える。
故にこそ。
そんな朝比奈へと、火芥子は冷静に視線を送っていた。
「……朝比奈さんさ、一つ聞くけど、大丈夫?」
「……っ」
火芥子が一つ問う。
朝比奈は少し目を見開いたが、少しして、大きく息を吐くとともに微笑んだ。
「……ありがとう。いい人ね、火芥子さんは」
「いんや。人より空気を読むのが得意なだけだよ」
そういって火芥子茶々は微笑む。
その笑顔を一瞥し、朝比奈霞は歩き出す。
「それじゃあ、皆。私は新崎くんを探すわ。……このまま三日目を迎えれば、人数の差で勝つのは私たちよ。……けれど」
「雨森が居る。ヤツを救わないと言うのであれば、正義の味方からは程遠いぞ、朝比奈霞」
真鍋の言葉に、朝比奈は笑った。
その通りだ、誰かを助けてこその正義の味方。
雨森悠人を助けずして、朝比奈霞とは言えやしない。
「安心してちょうだい。私は必ず助けるわ。……セーフティゾーンは、あと一時間程度なら留まっていても問題ないはず。皆はこの場所で少し待機して貰えるかしら? 私は、新崎くんを探してくるわ」
「……あー、なるほど。私たちじゃ遅すぎる、ってわけね……」
火芥子はそう言って、困ったように頷いた。
「悪いね、朝比奈さん。結果的に足でまといになって」
「いいえ、あなたたちが無事で、私は救われているの。足でまといだなんて思ってないわ。私はあなたたちを守るのが生き甲斐だもの」
「ふわぁ……かっこいいね、朝比奈さん!」
井篠が目をキラッキラ輝かせながらそう言った。
その姿に苦笑しながら、朝比奈はセーフティゾーンから足を踏み出した。
「安心してちょうだい、一時間以内に帰るわ。……もしも帰らなかった時は、脱落してもらって構わないわ。もしも一人になったとしても、絶対に勝つから」
「あー、うん。まぁ、危険そうだったら考えとくよ」
火芥子の言葉を受け、朝比奈は走り出す。
その足に迷いはなく、彼女は雷に等しい速度で森を駆け抜ける。
「犯人は、犯行現場へ再び訪れる」
それは、多くの事件における共通事項。
まして、愉快犯はその犯行を思い出し、悦に入るため。
誰かがその現場を前に立ち尽くすのを見て嗤うため。
確実に、その現場へと戻ってくる。
例えば――夜が明けたばかりの、時間帯とか。
「――あれ? なんか臭いなぁ。風呂入った? 正義臭いんだけど」
C組が、スタート地点にしていた浜辺。
昨日、佐久間らが倒れていた場所に。
その男は、いつもと変わらぬ様子で立っていた。
既に、その体には傷はない。
だが、破れ、血に塗れた制服が、嫌という程に語っていた。
この男は、雨森悠人と戦い――勝利したのだということを。
「……新崎、康仁!」
朝比奈は、吠えた。
怒りに身を任せ、新崎へと叫んだ。
「雨森くんを……雨森くんを返しなさい! 正々堂々戦うと言ったのは嘘だったの!?」
「あ? あぁ……。んー……、うん。なるほど……佐久間だっけ? アイツに言ったこと、信じたんだ。まぁ、こっちも言いづらかったんだけどさぁー」
対する新崎は、どこか反省した様子を見せた。
その姿に困惑する朝比奈へ、新崎は、告げた。
「雨森さ、実は――殺しちゃったんだよね」
「……………………は?」
一陣の風が吹き抜ける。
朝比奈霞は、愕然と目を見開いて、立ち尽くした。
そして、物語は冒頭へ。




