5-6『不在と不和』
【嘘ナシ豆知識】
作品に対する補足、疑問点の答えなどは、けっこう感想欄に書き込んでます。
かなーり重要なことだったり、雨森悠人の異能についてだったり。
おもくそぶっちゃけています。
中には『物語の根幹に関わるのでノーコメント!』とさせていただくことも多いですが、疑問点などは感想欄を見て頂けると大体解決するでしょう。
分からないことなどあれば、ぜひぜひ感想をお寄せください。
この作品においては珍しい、嘘の介入しない空間ですので。
ちなみに、作者が【あきらかに答えになってない】返事をするときは、だいたい答えられない重要ななにかがある場合ですので、そこらへんはお察し下さい。
時は少し遡る。
闘争要請、開始直後。
雨森らが転移した場所から離れた浜辺で。
「――雨森くんが、居ないわ」
朝比奈霞は、周囲を見渡してすぐに気がついた。
「あ? 雨森の野郎がどうしたって?」
「居ないのよ、佐久間くん。……どうしたのかしら、もしかして、スタート地点でも間違えてしまったのかしら?」
佐久間の問に答えつつ、朝比奈は考え込む。
そんな姿を、倉敷は遠くから見つめていた。
(ったく……ただでさえ黒月が居ねぇのに、こっちを私一人に任すつもりかよ、あの野郎……)
事前に、雨森からの通達はあった。
『今回は動くから、C組のまとめ役は任せた』と。
その話を受け、倉敷は『雨森悠人の単独行動』を考え、いくつかの作戦を考えていた。けれど、まさか最初っから居ないとは思ってもいなかった。
(珍しく、本気ってことかよ)
新崎康仁は、それだけの男ということなのか。
倉敷は黒月ほど賢くもなければ、特筆した才もない。
だから、詳しいことは測りきれない。
それでも雨森悠人が動くと言うからには、そういうことなのだろうと理解がついた。
「まぁ、雨森も結構強いから大丈夫だとは思うけど……心配だよなー。朝比奈さん、拠点作りと雨森捜索係で分かれる?」
「……ええ、そうね。雨森くんが強いのは分かっているけれど……霧道くんのような場合もある。早く見つけるに越したことはないわ」
「……まー、霧道の時は、雨森も殴り返す気ゼロだったんだと思うけどなー」
でなけりゃ雨森があんなに簡単にやられないだろ。
そう告げる烏丸の言葉からも、雨森悠人の強さがどれだけ認知されているか分かるだろう。
時に生身で異能すら破り、新崎康仁とも戦い、生き延びた。
それだけで驚嘆に値する事だが……絶妙に調節された結果、上手い具合に目立っていない。熱原の時も、新崎の時も、黒月へと注目を集めることによって自分の注目を中和した。
その事実を前に倉敷は内心で苦笑すると、朝比奈たちの方へと走っていく。
「話は聞かせてもらったよ! ここは、クラスの中でも雨森くんと仲のいい方であるこの私が! ……って、言いたいところなんだけど」
「……ええ、蛍さんには拠点作りの方で指揮をお願いしたいわ」
倉敷と朝比奈は、集まっているクラスメイトの方へと視線を向ける。
そこには無人島を前に羽目を外している生徒や、不安に肩を震わせている生徒……中には雨森の不在に苛立ちを募らせる者も少なからず居た。
特に、倉敷の友人である女子たちだ。
特にパッとせず、強い能力も持っておらず、霧道に虐められた社会的弱者であり、見下すべき存在。それが雨森悠人だ。
なのに、何故か朝比奈や倉敷から一目置かれている。
その事実に、納得のいっていない者も多い。
「はぁー? ちゃんとこの場所伝えてあったんでしょー? なら、ここに来ない雨森が悪いんジャーン。ほっとけば良くない?」
「か、カナちゃん、そんなこと言ったらダメだよっ!」
「でもさー!」
王の能力者でもある、真備佳奈を中心として、クラスの女子グループから非難が上がる。
しかし、その声に全く別方向から反論が上がった。
「うわ、やってること、霧道とおんなじじゃん」
「…………はぁ?」
真備は、苛立ちを隠すことなく声の方向をむく。
そこには仁王立ちする一人の少女――火芥子の姿があり、その周囲には文芸部の面々がオロオロとしながら立ち尽くしていた。
「火芥子さん、なんて?」
「聞こえなかった? 朝比奈さんや倉敷さん、他のみんながなんだかんだで雨森と仲がいいのが気に食わないんでしょ? それ、朝比奈さんについて嫉妬して、雨森を殴ってた霧道と同じじゃん」
ド正論に、真備は無表情へと変わってゆく。
しかし、正論が必ずしも感情を上回るとは限らない。
「はぁ? 何言ってんの。必死になって雨森の擁護とか、もしかして好きなの?」
「いいや別に? 凄いやつだとは思ってるけど恋愛対象では無いかなー。で、そんなあからさまに話逸らして、どうしたのかな?」
されど、火芥子も引く気配はない。
面倒臭がり、インドア派の火芥子だが、情は厚い。
仲間の悪口なんて最も聞き捨てならない。
故に、彼女は決して引くことなく、長身で真備を見下ろしている。
その姿には真備も思わず後退り、その間へと倉敷が割り込んだ。
「はいすとーっぷ! 火芥子さんも大人気ないよー! カナちゃんは、私が取られちゃったみたいで嫉妬してたんだもんねー。かわいいっ!」
「ばっ! そ、そんなんじゃないし……」
「ツンデレもまた可愛い!」
そんなことを言いながら、倉敷は嫌な空気を霧散させる。
無論、内心では反吐が出そうな表情を浮かべていたが。
「でも、カナちゃん。言い過ぎは良くないよ。ほら、こめんなさいは?」
「……まぁ、うん。ごめん、火芥子さん。ちょっと腹たってた」
「こっちも熱くなってごめんねー。まぁ、言いたいことあるなら雨森の目の前で言ったらいいよ。直接言うぶんにはどーでもいいしさ!」
そんな2人の様子を見て、朝比奈は倉敷へと視線を向けた。
「蛍さん」
「うん! ここは霞ちゃんよりも私が適任っぽいからね! 雨森くんの捜索は霞ちゃんに任せるよっ!」
「……ありがとう、蛍さん」
朝比奈を先導者とするならば、倉敷は潤滑油だ。
先導者がなんの憂いもなく引っ張って行けるように、内部や外部におけるありとあらゆる摩擦を解決する。
根っこのところは違うにしても、彼女の【委員長】は全クラスメイトから全幅の信頼を寄せられていた。
だからこそ、朝比奈も全て倉敷に任せることが出来た。
「それでは……」
「あ、朝比奈さん、ちょっと、私たちもついて行っていいかな?」
出発しようとした朝比奈へ、火芥子から声が掛かる。
その背後には文芸部の面々が姿を揃えており、その光景には朝比奈も目を丸くした。
「火芥子さん、それに……。どうしたのかしら?」
「いやぁ……足手まといなのは分かるんだけど、ウチの副部長が行方不明なのに、なんにもしないでいるのもちょっとねー」
「その通り! 雨森副部長は悪魔と魂の契約を結びし拳の化身! 故にその強さは文芸部最強! ただし文芸部の中だけに限るという話です!」
「端的に言えば、心配だということだ」
火芥子の言葉に、天道や間鍋も言葉を重ねる。
しかし、彼らが皆戦闘タイプではないと朝比奈は把握していた。三人の言葉に思案していると、彼女の前へと、星奈が一歩踏み出した。
「わ、私は……一時間以内に回れる範囲であれば、探索範囲を短縮できます! そ、それに、それに……」
「それに、私の【現実把握】、こんなジャングルの中じゃ有用極まりないと思うんだけどねー」
星奈の肩に手を置きながら、火芥子が笑う。
「それに、私たちは文芸部。従うのは星奈さんの意見にだよ。朝比奈さんが拒否っても、私たちはなんの躊躇もなく雨森を探しに行く。危険でもね」
「あぁ、天道の能力は、非戦闘員を戦闘員に変えるものだ。攻略不可能でないのなら、俺たちは探しに行く。……雨森には少し、思うところもあるのでな」
間鍋は、真っ先に熱原の標的にされた生徒でもある。
少なからず恐怖はあったし、トラウマだって多少はある。
だけど、怪我を負い、入院している最中、クラスの中でも底辺に位置する雨森悠人が熱原と真正面から殴り合った――などと聞き、複雑な感情が膨らんだ。
自分が手も足も出ずにやられた相手に、心のどこかで見下していた相手が、命をかけて立ち向かったと聞いて。
悔しさと共に、羨望があった。
少しだけ、救われたような気がした。
だから、彼が朝比奈へ告げる言葉は、全くの逆だ。
「1度だけ問う。俺たちは行く。その護衛を引き受けてくれるか、朝比奈霞」
彼の言葉に、朝比奈は嬉しそうに笑った。
それは、息子の成長を目の当たりにした母親のような表情で。
「ええ、当然。今からでも美術部をやめて文芸部に入りたくなってきたわ」
「そ、それは……ごめんなさい。雨森くんが、嫌がってたので」
星奈部長の言葉に、朝比奈は膝から崩れ落ちた!
☆☆☆
朝比奈が、文芸部を連れて森の中へと消えた後。
倉敷は、クラスメイトたちを集合させていた。
「それじゃーみんな! サバイバルで必要なのは、衣食住だよ! まず必要なのは飲み水の確保! 衣と住はセーフティエリアがあるからね。まずは、飲み物食べ物を確保して、この浜辺の近くに隠れられるような場所をみつけよー!」
おおー! と声が返り、彼女は満足気に頷いた。
魔物という不安要素はあるけれど、こちらの陣営には佐久間や烏丸等、王の異能を持つ者が数多く存在する。
朝比奈が一時的に離れたのは少々痛いが、比較的弱い魔物しか出てこないのであればなんの問題もあるまい。
倉敷蛍は、心の中でそう決めつけていた。
ふと、背後から草をかきわける音が聞こえた。
その音に彼女は勢いよく振り返り。
そして、限界まで目を見開いた。
「――!? な、なん……でっ!?」
そこには、本来ここに居るはずのない男が立っていた。
全身を真っ赤な血に染めて、多くの傷を体に残して。
満身創痍の面持ちで。
それでも満面の狂気を浮かべていた。
「C組、みぃーっけ」
その言葉と共に、倉敷の体が吹き飛ぶ。
腹に衝撃を感じたのはその直後。
アラームと共に倉敷蛍の脱落が決定し、彼女の強制転移が開始する。
「お、お前……っ!」
倉敷が最後に見たのは、拳を振り抜いた悪魔の姿。
油断していたとはいえ……全く見えなかった。
間違いない、今のあの男は……以前雨森と戦った時よりも、ずっと強くなっている。あるいは、あの時でさえ手を抜いていたのか。
(……いいや、そうじゃない!)
倉敷は本能的に理解した。
この男は成長したのだ。
目を見張るほどの短時間で、驚異的な速度で進化した。
――強敵との死闘は、百万回の練習にも勝るのだから。
彼女の視界は、一瞬にして切り替わる。
気がついた時、彼女は船の甲板へと戻っていて。
その場には、見知った男が瀕死の状態で倒れていた。
「な、なん……なんで、お前が!? 嘘だろこの野郎……!」
自分が最初の脱落者ではないと気がついた時、彼女は背筋に冷たいものが走った。
「倉敷! お前……少し手伝え! 急ぎ、医務室へと搬送する! クソっ! この傷、点在でさえ治せるかどうか……ッ!」
榊先生が、担架を持ってかけてくる。
その顔には驚愕と焦燥が張り付いており、この事態は彼女の想定をも超えているのだと軽く想像が着いた。
「急ぎ運ぶぞ! 既に心肺停止している!」
「……ッ、わ、分かりました……!」
倉敷は最悪の四文字に、跳ねられたように動き出す。
既に、状況は想定していたものから遠く離れて動き始めた。
倉敷は既に脱落し、黒月も不在。
完全に、あの無人島は【収拾不可能】な混沌へと陥った。
無論、あの島には朝比奈霞が残っている。
彼女ならば、あるいは……とも、思う。
だけど、倉敷の中には不安があった。
尋常ではない、嫌な予感があった。
(なんで……お前が、こんな所で倒れてんだよ……ッ!?)
目の前で、見慣れた黒髪の少年は息もしていない。
彼女が知る最強の一角。
並大抵では倒れないと思ってた男。
おそらく、3学年の中でも最強格だと確信していた。
そんな少年が、敗北した。
その事実は、倉敷の頭の中へと嫌な予感を膨らませていった。
(クソっ、朝比奈……! 頼むぞ、負けんじゃねぇぞ!)
――朝比奈霞でさえ、届かないかもしれない。
一抹の嫌な予感が、頭の片隅に浮かび上がる。
それが杞憂でありますようにと、倉敷は願わずにはいられない。
次回【全滅】
不穏は狂気を呼び。
狂気は破壊を産む。
一つだけ言えることは。
いつだって少年は嘘つきで。
期待なんて、いつだって裏切ってくるということだけ。




