5-5『新崎康仁』
以前も言ったが、僕は面倒なことは嫌いだ。
嫌なことは嫌だと言うし。
面倒なことは極力手早く済ませるタイプだ。
長引かせない。
終わらせることができると確信した時。
確実に、息の根を止める。
そういう人間だ。
「はっ」
小さな掛け声とともに、僕の回し蹴りが彼の顔面へと吸い込まれた。
その体は水平に吹き飛んでゆき、僕は息一つ乱すことなく着地した。
「は、はは……とんだ、化け物じゃぁ、ないか」
対する新崎は、息も絶え絶え。
彼は木の幹に背中を預けて座り込んでおり、その頭蓋からは赤い鮮血が滴っている。おや、回復が遅いな。限界が来てしまったか?
「なぁ、雨森……」
新崎は、疲れたように天を仰ぐ。
諦めたのだろうか? 僕は無遠慮に1歩踏み出して。
その瞬間、凄まじい衝撃が体を襲った。
「ひ、はははは!【罠を置く】異能! どうだい、力が入らないだろう!」
まーた、面倒くさい異能を持ってるな。
足元へと視線を向けると、そこには小さな紋様がある。
枯葉や土が露出している中、こんなに小さなトラップを仕掛けられたら……さすがに見分けがつかないぞ。
体は硬直から戻ることなく……やがて、手足に嫌な感覚が走って目を向ける。
すると、徐々に体が凍りついていくのが分かった。
「【凍結の魔眼】! 雨森、お前は強いけど、僕が一度勝ってる。その時点でお前はもう終わってるんだよ。あくまでも、僕のお目当ては、朝比奈と八咫烏なんだ。お前と戦って消耗してる時間はないんだ。……まぁ、今としてはお前が八咫烏だったのかもしれないけどね」
「……それは確かに」
既に、胸元まで僕の体は凍りついている。
その勢いは凄まじく、気がついた時には口元まで氷が迫っていた。
「安心しなよ、どーせ殺せないようになってる。どんなに痛めつけても、死ぬ直前で転移するっていう、点在の嫌がらせみたいなゲームだからさ。だから、安心してそこで固まりな、雨森悠人」
新崎は、疲れたようにそう笑う。
どうやら、本気で朝比奈嬢と八咫烏を警戒しているようだな。
確かに朝比奈嬢は、今の新崎よりも、さらに強い。
そりゃ、警戒を全開にして、万策尽くす必要がある。
だけどさ、新崎。彼我戦力差を見誤ってるぞ。
「なら、さっさと終わらせないとな」
僕は、新崎のすぐ背後に立っていた。
彼は驚き僕の方へと拳を振るうが、遅すぎる。
さらに移動し、彼の背面へとまたも移動した僕は、彼の足を引っ掛けるように回し蹴り、その体を地面へと叩きつける。
「ぐっ……な、なんで!」
「堂島もそうだったが……固定概念に縛られすぎだな」
僕の【霧の力】は、言っちゃ悪いが万能が過ぎる。
霧っぽいことはなんでも出来る。
煙幕でも霧を纏っての変身でも。
――霧へと姿を変えて瞬間移動でも。
なんでも出来るのだ、本当に。
「先のことは考えなくていい。ここで終わるお前には無用だからな」
「……ッ、ふ、ふふ、ははは、自意識過剰、じゃないのかな!」
彼は倒れた姿勢から後ろ足に蹴りを入れてくる。
僕はその蹴りを右手で受止め、彼の体を振り回そうと力を込めると……すぽっと、その靴がすっぽ抜けた。
「お」
「油断しすぎじゃないのかな!」
靴を脱いだ新崎は、低い姿勢から一気に襲いかかってくる。
対する僕は、既に投げ飛ばすモーションに入ってる。
さすが新崎、これじゃ、物理的にかわせない。
僕は大きく息を吐くと。
――そのまま、体を霧へと変化させた。
「な――!?」
新崎の驚きもごもっとも。
だって、彼の攻撃は僕の体をすり抜けたのだから。
僕はすり抜けた彼の拳を受け止める。
そしてそのまま、力任せにぶん投げた。
「ぐ……がはっ!」
彼の体は、再び木の幹へと叩きつけられる。
彼は再び血の塊を吐き出すと、その場で立ち上がることも出来ずに蹲る。
「さて、新崎。そろそろ現実が理解出来たか?」
僕の【霧の力】は強い。
変身ができる。
分身ができる。
使い魔を呼び出せる。
瞬間移動が出来る。
透過ができる。
俗に言う【複合型】って奴……とは、また別種なのかもしれないが、細かい能力が無数に絡み合い、一つの能力を構築している。
これが、弱いはずがないだろう。
「げほっ、がほっ……く、クソ、クソクソ、クソッ!」
喚いても現実は変わらない。
僕は新崎の元へと一歩踏み出して。
その瞬間、弱々しい殺気が突き刺さった。
「う、動くな! 動けば刺すぞ!」
背後を振り返る。
そこには右手から刃を生み出したB組生徒の姿がある。
「……お前は」
「しゃ、喋るな! 喋っても刺す! 変なことをすれば迷いなく――」
「お前はなぜ、そこまでして新崎に従う?」
僕の言葉に、その生徒は唖然とした。
刺すなら刺せよ、どーせ覚悟なんて出来てないだろ。
それよりも気になった。何故、そこまでして圧政者の味方に付くのか。
僕は彼へと問いかけるが、答えは別の方向から返ってきた。
「私たちは……社会不適合者の集まりなのよ」
その声は、震えていた。
そちらへと視線を向ければ、眼帯をした生徒がいる。
彼女が目を輝かせると、手足が再び凍り始める。
「親に売られた奴、親友に裏切られて悪評の限りを受けた奴、クラスメイト全員に虐められて心を閉ざした奴。……まだまだ居るぜ。俺たちはな……お前らみたいな平和にぬくぬく暮らしてるヤツらとは違うんだ!」
「そうよ! 私たちは……誰からも認めて貰えなかった! でも、彼だけは認めてくれた! どんなに恐ろしくても、怖くても、苦しくても! 誰からも認められないあの地獄から比べればどんなに幸せか! 理解なんて出来ないでしょう!」
あらら、まるでこっちが悪役だな。
なるほどね。
A組が天才共の巣窟。
B組が社会に合わなかった者達の住処。
そして、どれにも合わず、残ったのがC組。
ってわけか。
そりゃ、どんなに圧政でも、認めて、必要としてくれて。曲がりなりにも自分たちと一緒にいてくれる新崎は、どんな詭弁よりも眩い希望に見えたことだろう。
「……はっ、馬鹿じゃないの、お前ら」
新崎は、いつものように笑っていた。
だけどその笑顔は、本心からのモノに見えた。
「……なぁ、雨森。僕は……僕のためだけに戦ってるよ。でもさ、こいつらは、なにも僕が怖くて従ってるわけじゃない。僕は暴力でこのクラスを支配したんじゃないんだよ。ただ、歩いてたら勝手に付いて来てただけ。……それだけさ」
やはり、この男もまた正義の味方なのだろう。
どんなに狂っていても、どれだけイカれていても。
社会が見捨てたその他大勢にとっての、絶対的な味方なのだ。
「雨森。お前が壊そうとしてるのは、僕ら全ての希望らしいぜ?」
そんな言葉で、僕が臆するとでも思ったのか。
僕は氷結を砕き、新崎の方向へと歩き出す。
その光景に、彼はいよいよ瞼を閉ざした。
「あぁ……そうかい。お前もなかなかイカれてる」
「褒め言葉か? なかなかで済む程度じゃないと思っていたが」
そう返すと、新崎は楽しそうな笑顔を浮かべた。
「はっ、学園も見る目がないねぇ。お前、B組に真っ先に選ばれる側の人間だろ」
違いない。
心の中でそう返し、僕は一直線に駆け出した。
迷いなんて微塵もない。
邪魔をするならすればいい。
ただ、僕は真正面からお前を潰す。
一切の情け容赦を除外して。
僕は拳を振りかぶる。
新崎もまた拳を振りかぶり、僕の顔面へと振り抜いた。
それは、無意味極まる反撃だったろう。
僕に物理攻撃の一切は通用しない。
そうと知った上での、ただの拳。
それを前に、僕はすり抜け前提で拳を振り下ろし――
「じゃあねー、馬鹿な雨森」
僕の顔面へと、新崎の拳が突き刺さった。
――痛み。
不意に襲った衝撃と激痛。
真っ赤な鮮血が吹き出して、気がついた時、僕は大地に倒れていた。
「…………はぁ」
そして理解する。
新崎康仁が黒月奏に勝てた理由を。
「全く……奥の手は最後の最後まで取っておくつもりだったんだよ? 朝比奈に、八咫烏。アイツらがどこで見てるか分からないからさー。だから、お前は手抜きで倒すつもりだったんだよ。でも、止めた」
満身創痍の新崎が僕を見下ろす。
僕は、久方ぶりの【敗色】に拳を握る。
想定していた中での……最悪の可能性。
僕が唯一『負けるかもしれない』と断ずる能力。
「【相手の異能を封印する力】……さぁ、生身で勝てる獣かどうか、試してみろよ、雨森悠人」
もはや、笑う他なかった。
新崎康仁。
この男は、想定していたよりも、ずっと強かったのだ。
不測の事態。
シナリオの崩壊。
そして狂気はイレギュラーを加速させる。
【嘘ナシ豆情報】
B組の【異能封印】能力はクラスメイトすら知りません。
それは、その能力を持つ生徒と入学直後に知り合った新崎が、『他のクラスへの切り札とするため』、そして『クラス内に内通者がいる場合』を考えて、自己紹介の段階から能力を隠させたからです。
四季も『嘘言ってるわね』と考えて調べましたが、怪しまれない程度に調べられることなんて限りがあり、雨森悠人からも『ある程度でいい。お前の出番は【今】じゃない』と通達があったため、内通者としては二流程度のことしか出来ていません。
故に、雨森悠人は【異能封印】の力を知りませんでした。
黒月が負けた理由。
新崎が隠したがる理由。
それらを考えて、想定のひとつとしてその能力を考えたこともありました。彼の言う【想定していた中で】とはそういう意味。
雨森悠人としては、一撃すら食らう予定もなく、ここで新崎康仁を終わらせるつもりでした。
ですが、B組の覇王、新崎康仁。
彼は簡単には終わらない。
結論を言えば、そういう話です。




