5-4『徹底的に潰す』
それから二時間もしないで、無人島へと到着した。
結局、朝比奈を撒くのに三十分かかり、あまり仮眠することも出来なかった。あの女、僕が変身スキル使わないと撒ききれないってどういうストーキング能力してんだよ。
でもまぁ、それでもいい。
お陰様で、こっちの準備は完全に整った。
「さて、諸君。ここがこれより三日間、君たちが【かくれんぼ】をする舞台となる無人島だ」
目の前に広がるのは、鬱蒼と木々の生え茂る無人島。
海に面する部分には浜辺が広がっており、フェリーの上から眺めても……かなりの大きさだな。東京都の半分くらいはあるんじゃなかろうか。
「へぇー、無人島っぽいね。……ねぇ先生? なーんか、変なの飛んでるんだけど?」
僕らから少し距離を取り、B組もまた甲板に集まっている。
彼らの視線を追うと……ほんとだよ。なんか、変なのが飛んでる。
蛇みたいな鱗に、両腕は翼と一体になっている。
尻尾が長く、顔はトカゲ……って、うん、ドラゴンですね。実在するんですねぇ、ドラゴンって。初めて見ました。
「ちょ!? ど、ドラゴンんンンン!? 雨森ぃ! ドラゴンが飛んでるんだなぁ! 勝てるかなぁ!?」
「勝てない。変なことを考えるのはやめとけ錦町」
錦町をなだめつつも、かくれんぼの開始前に島の情報を知れたのは僥倖だったろう。体育祭でマンティコアが出てきた手前、この学園は半分ハイファンタジーに足を突っ込んだローファンタジーなんだと思ってたんだが……ここに来て確信に変わったね。
「――説明しよう。この島は【試験的異世界縮尺島】とも呼ばれていてな。試験的に、神話や童話で伝わる『魔物』というものを放牧している島でもある。……つまり、敵はお前たちだけではないということだ」
「ふ、ふざけてやがる……」
マンティコアと実際に戦い、その脅威を知っている佐久間が頬を引き攣らせていた。そりゃそうだ、生徒相手ならまだしも……相手は魔物。こっちの命がかかってくる以上、『ふざけてる』って言葉も頷ける。
「――先生。こんな話はルールにはありませんでした。このような危険地帯に私たちを放り込むというのであれば――今回の闘争要請は無かったことにさせてもらいます」
「あっれぇー、そんなこと、今更通用するのかなぁー?」
「情報を後出ししてきたのはそちらだもの。こちらとて、相応の対応はさせてもらっても構わないでしょう」
そう言うと、新崎は肩を竦める。
だが、彼も彼とて、この状況は見聞きに及ばぬものだったらしい。
「でも、僕も賛成だね。ねぇ、榊とか言ったっけ? ふざけてんの?」
「ふざけてなどいないさ。私たちは大真面目だとも」
新崎の笑顔に、榊先生は表情ひとつ崩さない。
「安心しろ。ここにいる魔物は……空を飛ぶドラゴンを除いて、全てが最下級に設定してある。一般人でも余裕を持って倒せるレベルだ。貴様たちなら問題なく屠ることが出来るだろう。……それに、万が一に魔物によって命の危機に晒された場合は、転移能力により、即座にこのフェリーへと戻されることになっている」
「はぃー。そして、私がちょちょいと、治しちゃう寸法ですー」
榊先生の言葉を、その後ろからでてきた点在先生が引き継いだ。
確かに、彼女の時間操作系の能力にかかればどんな傷でも1発だろう。
だが、それでも納得できるかどうかは別問題。
朝比奈は、榊先生へと反論しようと口を開きかけて――
「――これは学園の総意と考えろ。逆らえば、即、退学と思え」
榊先生の情け容赦ない職権乱用に、その言葉を飲み込んだ。
そうさ、いかに納得がいかずとも、彼女がそういった時点でそうなる。学園が、先生が、何にも優る絶対なのだから。
だから、反論するだけ無駄ってもんだ。
「これが……貴方たちのやり方ですか」
「気に入らなければ、学園に反逆してみるか? やってみるがいい。お前のよく知る堂島や最上生徒会長は、似たようなことをして手も足も出ずに負けたようだが?」
それを言われては何も出来まい。
彼らが負けたという事実は本物なのだから。
ならば、その理由や学園側の戦力を探るまでは行動できない。
朝比奈嬢は歯を食いしばると、大きな息と共に脱力する。
「……分かりました。では、説明をお願いします」
「あぁ、では、改めてルールの説明をしよう」
かくして、榊先生からルール説明がなされる。
だが、そのルールは事前に取り決めのあった通り、そのままだった。
各々へ、体の一部へつける『器具』が配布され、その器具へと攻撃を当てられたものは脱落、このゲームの参加資格を奪われ、強制的にフェリーへと転移させられる。
その他にも、地図や、食べられる木の実やキノコの種類。
魔物とやらの生体分布まで、この無人島におけるあらゆる資料が配られる。
魔物に関しては初見だが……それ以外はざっと目を通しても事前に聞き及んでた通りだな。既に頭の中にインプットしてあるから問題ない。
「で、例のアイツはどこなのかな? フェリーの中探し回ったんだけど、見当たらなかったんだよねぇ――」
ふと、新崎から質問が飛ぶ。
その言葉に多くの生徒が聞き耳を立て、榊先生へと視線を向ける。
彼女は生徒たちをぐるりと見渡し、そして再び新崎へと視線を戻す。
「最初からいるでは無いか、すぐそこに」
その言葉を受け、生徒たちへとざわめきが走る。
新崎の探し人、夜宴の【八咫烏】。
それが、最初からこの中にいるというのだから、そりゃ驚くさ。
生徒たちは各々、周囲を驚いたように見渡しており、中には隣に居る生徒の顔を凝視しているものまでいる。そんなことをしたって無意味だっての。
ふと、視線を感じて隣を見る。
すると、僕をぽけーっと見上げていた星奈さんと目が合った。
彼女は慌てて視線を逸らすと、顔を真っ赤に染めあげる。あら可愛いわね。無人島ってなんか夕焼け綺麗そうだし、いっその事この三日間の間に告白でもしちゃおうかしら。悩む。
「私たちの中に……八咫烏が?」
「おっと、朝比奈。悪いが思考は後にすることだ。もう、時間だからな」
榊先生がそういったのを皮切りに、僕らの足元へと巨大な魔法陣が浮び上がる。それはまるで……黒月が使っていた魔法のようだ。
「では、現時刻……11:30より、3日間、サバイバル兼、かくれんぼを開始する。くれぐれも、死なないように注意しろ。――健闘を祈る」
かくして、僕らの視界は光に包まれる。
その直後、僕らは事前に指定した位置へと一斉転移が終了していて。
気がついた時、僕は森の中に立っていた。
「…………は?」
目の前には、新崎康仁が立っていた。
「ん? 雨森……? なんでここに……」
彼もまた、森の中へと転移していた。
転移先は指定できると言っても、ここまで至近距離に、ピンポイントで転移するなんて、あらかじめ転移する先を聞いていなければまず不可能。
だからこそ、目の前に転移してきた僕に驚き。
「がは……っ!?」
僕は、奴の顔面へと拳を叩き込んだ。
「…………えっ?」
誰かが、驚きのあまり呟いた。
周囲を見れば、見事にB組の生徒が勢ぞろいしている。
このゲームは【かくれんぼ】がメインであれど、それでも3日間のサバイバルというのは無視しては通れない。
と来れば、一日目はサバイバルの土台作り。飲水の確保、食料の調達、セーフティゾーンの発見。
安全の確保。
まずは、そこを第一目標として動くはずだ。
もちろん、朝比奈嬢もそう動いた。
今頃1年C組は、この場所から離れた海岸沿いに集まっているだろう。
――ただ、僕を除いて。
「ぐ、げほっ! お、お前……!」
新崎の体は結構吹っ飛んでいた。
木々は数本へし折れて、彼の体は少し行った所にある大きな木の幹へとめり込んでいる。
彼は力づくで幹から体を引っ張り出すと、口の中から血の塊を吐き出した。
「ありがとう、新崎康仁。お前は強かった。お前のおかげでC組は成長できたし、朝比奈も強くなれた。感謝している」
「な、にを……」
なぁ、新崎康仁。
お前はよくやったよ。
朝比奈嬢を追い詰め、倒し。
その果てに、全力を尽くして敗れ去った。
朝比奈霞を前に、万策尽くしてなお負けた。
なら、お前はもう要らないんだよ。
「端的に言うよ。お前はもう用済みだ」
「――ッ、随分と、舐めた口を……!」
僕の言葉に、憎悪が新崎の瞳に宿る。
「……あぁ、言い方が悪かったな。新崎康仁という、名前だけはまだ必要だ。その脅威は未だにC組の中に残っている。ただ、新崎。今の朝比奈を倒すには、お前ではあまりにも弱すぎる」
「……さっきから、聞いてりゃ何を言ってんだよ。雑魚の分際でさ」
その言葉には、もはや憎悪しかない。
彼は凄まじい勢いで迫ると、僕の顔面へと拳を振り下ろす。
それは既に、100パーセントの一撃だったろう。
情けも容赦もかけることなく、ただ、殺す気で放った拳。
それを僕は、真正面から受け止めた。
「僕はね、無駄なことが嫌いなんだ」
僕は、彼の顎を蹴りあげる。
その体は上空へと浮かび上がり。
更に上へと一瞬で移動した僕は、彼の腹へとかかと落としを叩き込む。
彼の器具は腹に装着してある。
これが直撃すればそれで試合終了なわけだが――。
新崎の体は、凄まじい勢いで地面へと突き刺さる。
B組の中から悲鳴が響きわたり、僕は音もなく着地する。
砂煙が舞い上がる中、僕は、目を細めた。
「――直前で、反応したか」
やがて、砂煙の中から無数の刃が姿を現す。
それらは僕へと向かって襲いかかる。だが、特に速度も精細さも警戒するほどじゃなかったため、弾き、摘み、逸らし、躱して凌ぎ切る。
「はっ、はは、はははははは! なんだ、なんだよC組! みんなみんな……力を隠してどういうつもりなんだろうねぇ! ねぇ、雨森! お前、やっぱり力を隠してたのかよ! やっぱりそうだ! やっぱり……お前が黒幕かよ、雨森悠人!」
「黒幕? そんな安っぽいモノになったつもりはないが」
無表情でそう告げるけど。
彼の確信は、もう揺るがない。
「黒月が黒幕っていうのは、なんだか違和感があったんだよ! でもお前が黒幕なら無性にスッキリする!」
「……なるほどな」
こいつもまた、感覚タイプか。
朝比奈と似たような絵に書いたような天才肌。
理屈より先に直感の部分で判断し、その判断が最善の形を連れてくる。
朝比奈嬢が僕の裏に気付きかけたように。彼もまた、心のどこかで黒月が黒幕ということに納得出来ていなかったのだろう。
通常ならそこからさらに踏み込んで調べ、今度は倉敷が怪しい……ってところまでたどり着くはずなんだが、彼はそこら辺の『回り道』を無視して直進した。
「いいよ、最っ高だ! 最高の気分だよ雨森! お前も朝比奈も、八咫烏とか言う奴も! みんなみんな、僕の気分を、正義を害する奴はぶっ潰す! 徹底的に潰す! それが僕のやり方さ!」
「――そうか」
僕は短く答えて、異能を解放する。
右腕から黒い霧が溢れ、拳を握る。
「新崎康仁。お前は、素手で殺せる獣じゃない」
だからこそ、僕は相応の力を持って、同じ言葉をお前に返そう。
「徹底的に潰す。かかってこい、B組の覇王、新崎康仁」
彼は、低い姿勢から一気に走り出す。
――かくれんぼ、開始一分と少し。
既に、クライマックスは訪れていた。
ついに開戦。
そして最初からクライマックス。
次回、【新崎康仁】。




