5-2『かくれんぼ』
「今回の闘争要請は……かなり大掛かりなモノらしい」
榊先生は、語る。
1年B組、新崎康仁からの闘争要請。
それは、僅か二年少々の学園史を振り返った中でも、かなり大きな部類のものだと彼女は告げる。
――闘争要請。
それは、校則や常識を簡単に突き破る強硬手段。
時にそれは、法律さえ無効化することが出来る。
いいや、無効化ではなく、無視するのか。
「舞台は、我が学園が用意した無人島だ。その場所において、三日間。お前たちには【かくれんぼ】をしてもらう」
「かくれんぼ? ……んだよ、それ」
佐久間が、苛立たしげに呟いた。
新崎康仁からの闘争要請なら、ルール無用の殺し合いでもするのかと思っていたんだろう。そこを、茶々を入れるように、毒気を抜くように、子供のような無邪気さで悪意の塊を突き刺してくる。
かくれんぼ、だなんて、さすがの僕も予想してなかったわ。
朝比奈嬢を見れば、彼女もまた顎に手を当てて考え込んでいる。
……どうやら、彼女もまた想定外のようだった。
「まぁ……これは、私も想定外の展開だ。とりあえず諸君。聞くだけ聞け。断るのはお前たちの自由だ。聞いて損になることはあるまい」
「……そうですね。榊先生、続きをお願いします」
朝比奈は少しの沈黙の後にそう答える。
榊先生は大きく頷くと、改めて手元の資料へと視線を落とした。
「まず前提として……かくれんぼ、とは言っても、諸君のよく知る『ソレ』と同義に思わない方がいいらしい。三日間、何も与えられずの無人島サバイバル。その中で、いち早く敵を見つけて戦闘不能にする。こうすることで、初めて相手を『見つけた』ということになるらしいな。ある意味、鬼ごっこと思ったほうがいいかもしれん」
「うっわー、完全に殺す気だぜアイツー……」
烏丸が、引き攣った笑顔を見せる。
つまり、かくれんぼとは、名前だけ。
その実態は、相手を見つけて、戦闘不能へと追い込む。
その工程を経て『相手を見つけた』ということになり、戦闘不能になった生徒は脱落。その繰り返しを経て、最終的に残った最後の一人を有するクラスが勝者となるのだろう。
「勝利条件は、相手クラスの全員を見つけること。また、生徒個々人には自らリタイアする権利も与えられているようだな」
「なるほど。無人島でのサバイバルとなると、少なからず命の危険が付きまといます。三日間生き残るだけでも難しいところ……妥当なルールですね」
今のところは、な。
少々……というか、かなり物騒なところはあるが、それでもまだ許容できる範囲内。新崎が『C組を正攻法でぶっ潰す』と考えている以上、もともとこういった類の『嫌な想定』は出来ていた。
……ただ、それでも、次の言葉には少し驚いた。
「そして特別ルール。【C組、B組相談の上、第三者を一名だけ、無人島へと招待することが出来る】……とのことだ」
きっと、大勢のクラスメイトの頭上にハテナが浮かんだろう。
けれど、新崎の心情を知っている僕や倉敷は、理解がついた。
そしてそれは、朝比奈霞も同じこと。
「新崎康仁が、夜宴の長を探っている……というのは、本当だったようね」
「……!? まさか……嘘だろ!? 夜宴つっても、ほとんど噂みたいなもんじゃねぇか!」
佐久間が、驚いたように声を上げる。
榊は大きく頷くと、手元の資料を眼前へと掲げた。
そこには大きな文字で、その名前が記されている。
「組織名『夜宴』の首領――通称【八咫烏】。B組が指定した招待客の名だ」
八咫烏。
誰が名付けたか、その名前。
鴉の濡れ羽色のローブを纏い。
妖怪変化の類の如き異能を誇る。
故に、八咫烏。
まぁ、安直だとは思うけど、カッコイイし、別に否定したりはしていない。
むしろ、公式に名乗っちゃったりしよっかな。四季に命名をお願いしようかと思っていたけど、彼女に仕事ばかり押し付けるのも気が引けるからな。
閑話休題。
「これは……相談の上、というのは?」
「無論、新崎康仁本人と、顔を合わせて相談してもらう。舌戦の限りを尽くし、自身の望む招待客を相手に納得させることが出来れば……その時は、朝比奈霞。お前が望んだ客を招待できる」
例えば堂島忠。
彼を招待できたなら、C組は一気に優勢になる。
なんせ、単体で朝比奈霞と同等の戦力だ。
新崎と戦うにあたっては最高峰の追加戦力と考えられる。
だけど、それはきっと難しい。
だって、相手はあの新崎だ。
どんな手を使っても、どんな弁明を用いても。
きっと右から左に流されて、なんにも出来ずに時間が浪費する。
というかそもそも、堂島忠は生徒間の喧嘩に付き合うような男じゃないし。
それは、朝比奈嬢も分かってるはずだ。
「……いいえ、今回は、招待客はその方で問題ないでしょう。そも、私たちは真っ向勝負をするつもりなのですし、全く関係のない第三者が選ばれたことに安堵さえ覚えています」
「まー、あからさまな敵陣営とか、そーいうのを選ばれなくて安心っちゃ安心だわなー。夜宴は、なんかB組と敵対してるみたいだしよ」
「ええ、新崎くんは、おそらく、私たちと夜宴、両方を一気に潰すつもりなのでしょう。それ以外、このルールを設ける意味は……ええ。あったとしても、それは現実に不可能なものばかりよ」
新崎と夜宴が裏で繋がっているか、とかな。
言葉や可能性には挙げられても、現実には有り得ない。
彼女は『そういうこと』をまとめて首を横に振ると、改めて榊先生へと視線を向けた。
「榊先生、率直に問います。受けるべきだとお考えですか?」
「……おや、私はお前に嫌われている自覚があったがな、朝比奈霞」
なんせ、学園の理不尽を朝比奈へと教えた張本人だ。
そりゃ、目の敵にされたっておかしくない。
だが、そんな幼稚なことは、朝比奈霞は実行しない。
だって彼女は、正義の味方なのだから。
「いいえ、先生。貴方は理不尽で生徒の敵かもしれない。ですが今必要なのは、貴方はC組とB組、どちらの味方なのか、という結論だけです」
「……なかなか、言うようになったな。朝比奈霞」
榊先生が、朝比奈の成長に微笑を浮かべる。
彼女が敵か味方かは、この際どうだっていい。
今問題となっているのは、C組とB組、どちらの側についているか、だ。
となれば、担任の立場としては答えは明確。
「――私としては、受けるべきだと考える」
榊零は、1年C組の味方である。
だからこその発言に、朝比奈は口を挟まなかった。
無言のまま先を促し、榊先生は言葉を重ねる。
「今回、私たちは『勝負を受けた』立場にある。ならば、私達も相応のルール追加が出来ると考えるべきだ。なにせ、向こうがこれだけの制約を定めてきたのだ。こちらから条件を定めても問題あるまい」
「……つまり、何が言いてぇんだ?」
「簡単なことさ、勝利した暁には、新崎康仁を退学にすればいい」
彼女の言葉に、誰もが発言出来なかった。
ただ、朝比奈霞を除いて。
「いいえ、先生。そこまでする必要は無いでしょう。熱原君へ課したように、今後一切、危害を加えられないよう、すればいい話です。むしろ、その他の部分でルール追加をするべきかと思います」
「ちょ、ちょっと待ってよ朝比奈さん! 新崎だよ!? 退学にしちゃえばいいじゃん!」
朝比奈の即答に、クラスのギャルが声を上げた。
あれは……倉敷のお友達、真備さんだな。
倉敷と電器店に行った時に電話がきたカナちゃんだ。改めて見ると……ううん、ギャルだなぁ。四季と並び立てるくらいにギャルってる。
真備さんの言葉に、多くの生徒が頷いている。
それは僕も同感だ。甘っちょろすぎるぞ朝比奈嬢。更生させるとか何とか言ってるのは聞いてるが、相手に選択肢を残すのと、残さず潰すのとではまるで違う。今後の不安要素を詰んでおくのに越したことはないはずだ。
……と、普段の僕なら言うんだろうな。
「……悪いが、僕も新崎の退学には反対だ」
「な……雨森!? アンタ……何言ってるか分かってんの!?」
僕の言葉に、真備さんが突っかかってくる。すごい怖い。
でもさ、真備さん。少し冷静になって考えようぜ。
「分かってる。だけど、考えてくれ。相手は新崎、自分の退学が条件として出されたのなら、確実に向こうもまたルール追加を要請してくる。『それだけのリスクを背負うなら、もっとメリットがないとね』……なんて言ってな」
「そ、それは……」
彼が心の底から望んでいること。
それは『もっとC組を徹底的に叩き潰したい』だ。
ここで新崎の退学なんてものを対価に出してしまえば、それこそ相手の思うつぼ。ここは大きな餌に食いつくことなく、闘争要請中の身の安全を保証させた方がずっといい。
後は任せた、と朝比奈嬢へと視線を向ける。
彼女はぴくぴくと鼻を膨らませており、どこか自慢げな様子だ。
「そう、そうよ、さすが雨森くん! 私もちょうど同じことを思っていたの! 奇遇ね、なんだか嬉しいわ!」
「榊先生、気分が優れないので保健室に行ってきていいでしょうか」
「却下する」
榊先生の容赦なき却下。
僕はガックシと肩を落とし、朝比奈嬢は胸に手を当て後退る。
「い、いよいよ、言葉も交わして貰えなくなった……!」
「霞ちゃん、ファイトだよ! 諦めたらそこで試合終了さ!」
倉敷から心にもない言葉が贈られる中、僕は少し考える。
「そうだな。ルールの『戦闘不能』を変更するのはどうだろう」
僕の提案に、前の席の烏丸が『なるほど!』と手を打った。
「そりゃいいな! 例えば……攻撃が当たったら発光する『的』みたいなのを付けてよ! それが発光したら負け、みたいな? とにかく、戦闘不能みたいな、危なっかしいことをされる可能性は大幅に消えるってもんだ! なんだよ雨森、今日はいつになく積極的に発言するな!」
「まぁな。僕は、新崎が怖いだけさ。現に殴られてるからな」
そういうことにしておこう。
僕の発言を皮切りに、クラス内から多くの意見が溢れ出す。
玉石混交の意見の中から、いくつか『これは!』と思うような意見を採り上げ、榊先生が黒板へと記していく。
やがて、ホームルームの時間が終わる。
その頃には、多くの意見が出揃っていた。
もちろん、これらを全てルールに追加させることは出来ないだろう。
だが、半分近くを導入することは出来るはずだ。
何とか形になりそうだな、と、僕は大きく息を吐く。
まだまだ、闘争要請が始まる前だと言うのに……なんだろう、精神的に疲れている僕がいた。
それは、久しぶりに人前で話したせいか。
或いは……この戦いが、想像以上に過酷なものになると予期しているためか。
いずれにしても、今回は僕も、全面的に手を貸そう。
夜宴の長、八咫烏としてではなく。
一生徒、雨森悠人、個人としてな。




