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4-13『詰み』

 やがて、最後の種目が幕を開ける。

 新崎や朝比奈、その他多くの生徒がスタートラインに立ち。

 競技開始のホイッスルが鳴り響いた瞬間――既に、朝比奈霞の姿は消えていた。


 いや、消えたと見紛うほどの速度で駆け出していた。


 あまりの速度、轟く雷鳴。

 恐らく、数秒と経たずに朝比奈霞はゴールラインを切るだろう。

 その光景を――新崎康仁は、()()()()()眺めていた。


「凄いね、ははっ。これだから潰しがいがある」


 彼は、窓の向こうから視線を切ると、眼前の扉へと視線を向ける。

 上を見れば【保健室】との記載があった。

 それを前に、新崎康仁は満面の狂気を浮かべた。


「あぁ、そうだよ朝比奈霞。僕はお前の挑発に乗ってやるよ。ただし、次回から、の話だけどね」


 少なくとも、今回。

 ()()()()()()()()()()()()()、正々堂々とするとは言っていない。


 彼は、スタートダッシュを切ったもう一人の自分を一瞥した。

 新崎康仁の保有する能力――正確には、1年B組の生徒のうち一人が保有する異能。その名は【分裂】。

 自分と全く同じもう一人の自分を作り出す力。

 無論、分裂という文字通り、ふたつに分ければ性能も全て二分割となってしまうが、それにしてもあまりある有用性。


「黒月奏くーん。お前には、悪いけれど死んでもらおう」


 背後から、大歓声が響き渡る。

 それはきっと、朝比奈霞の優勝を示している。


(さーて、朝比奈。思う存分誇るがいいよ。そして歓喜に沸くといい。そして、全てが終わってから気付くんだ。自分が平穏を暮らしていた最中、黒月奏は……あぁ、無残にも殺されてしまったのだから)


 先は、朝比奈霞の速度に後れをとった。

 あれほどまでの速度は想定していなかった。

 だからこそ、黒月奏へトドメをさせなかった。


 だけど、今は違う。

 誰もが体育祭へと目をやっている。

 犯行現場は誰も見ておらず。

 なにより、新崎康仁は体育祭の場に存在している。

 これだけで、完全なアリバイの出来上がりだ。


 新崎は実に楽しそうな笑顔を浮かべる。

 黒月の死を前に、朝比奈はどんな表情を浮かべるのだろうか。


 期待に胸を膨らませ。

 殺意を込めて、扉を開く。


 かくして、その先には寝たきりになった黒月奏と。



「…………はぁ?」



 ()()()()()()()()()()()()()()()




 ☆☆☆




「まさか……ホントにやってくるとはなァ」


 新崎は、廊下から聞こえた声に目を見開いた。

 振り返れば、そこには仮面を完全に剥ぎ取った倉敷蛍の姿がある。

 彼女は頭の後ろに手を組みながら、余裕綽々で歩いてくる。


「お前は……」

「やぁ、新崎康仁。初めましての挨拶をやり直そう。私が倉敷蛍だ」

「……へぇ、猫かぶってたんだね。幻滅ー!」


 新崎はそう言うが、その視線はすぐに僕へと戻ってくる。

 ……えっ、僕って誰だって?

 いやいや、みんなご存知雨森悠人ですよ。

 横を見れば、雨森悠人はベッドの上で寝こけているが……これが()()だってことには、ついぞ誰も気づかなかったな。


 保健室で黒月の敗北を見た僕は、以前に黒月の『創造魔法』とやらで作ってもらったローブを羽織り、フードを目深に被って隠れていた。

 そして……こうして、最終局面で再び出張ってきたというわけだ。



 えっ、手を出さないって?


 嘘に決まってるじゃん。



 僕は情に厚い正義の男だからね。

 黒月を潰されるとあれば、さすがに動く。


「で、お前は誰なわけ?」


 新崎の警戒心は、今、僕へ一直線に向かっている。

 得体の知れない男。

 制服は見えるが、体格や顔など、重要な部分は一切が見えてこない。

 ただ、この学園の生徒である。

 それ以外の一切が謎に包まれているんだ。そりゃ、警戒もするさ。

 でも、その警戒心だってたかが知れてる。


 僕は大きく息を吐き……そして、()()()()()()()()()()()()


「余りに無防備。死にたいのか貴様?」

「――ッ!?」


 驚き、背後へと拳を薙ぎ払った新崎。

 されど、そこに僕の姿はない。

 彼は愕然と目を見開いて僕を振り返る。その顔には既に笑顔なんて浮かんじゃ居ない。ただ、信じられないものを見たと言わんばかりの目で、僕を見ていた。


「お前、まさか……」

「想像している所悪いが、おそらく違うな」


 僕の口からは、全く別人の声がでてきた。

 どーせA組のアイツと勘違いしているんだろうが、僕をアレと比べないでもらいたい。


 あれは幻術系統の糞チート。

 対し、僕のは純粋な速度だ。


 ドアの奥からは倉敷が、驚いたようにヒュゥと口笛を鳴らす。


「へぇー、へぇー! なるほど、テメェの異能……そういうわけかよ。そりゃ、隠したがるわけだぜ! 特に、()()()()()()()()()()()()!」


 少し離れた彼女からは、きっと一部始終が見えていた。

 だからこそ気づけた、僕の本当の能力に。

 もちろん、全景まで把握出来た訳じゃないだろうが、それでも力の一端は知られてしまったと見るべきだろう。


「全く……なぜここにいる、倉敷」

「なーに、朝比奈に言われてな。『新崎くんは確実にまた何かしてくるわ。おそらく、私が動けなくなる最後の競技中に』だとよ。なぁ、新崎。てめぇの策、バレバレだったみたいだぜ?」


 倉敷の言葉に、新崎は愕然とした。

 既に笑顔なんて張り付いちゃいない。

 その顔には驚きと悔しさと憎悪だけが見えていた。

 なるほど……新崎康仁。それがお前の本来の顔か。


「どうだ? 舐め腐ってた相手に、『真正面から戦わないのは自信が無いから』なんて言われて、それでも使った小手先で、完膚なきまでに読み切られて敗北する気持ちは?」

「……ッ、この野郎……ッ!」


 新崎が、怒りに任せて倉敷を睨む。

 されど、拳を握ることさえ敵わない。

 だって、彼の前には僕が立っているのだから。


 一歩でも動けば、その瞬間に殺される。

 そう理解しているからこそ、新崎康仁は動けない。


「なんなんだ……なんなんだよお前! お前さえ居なければ……仮に、万が一に、本当に策が読まれていたとしても、黒月を殺せる! そこの女が居たとしても関係ない! 実力行使で、僕は――!」



「――見苦しい」



 新崎の喚きを、一言で切って捨てた。


「負けた時点で、貴様は負け犬。何を吠えようと現実は変わらん。まして、ありもしない未来の幻想にしがみつくとは――笑止千万。朝比奈霞は、このような小物に手こずっているのか」

「……ッ! ッ! ぶ、ぶっ殺す!」


 あまりの怒りに、新崎は拳を振りかぶる。

 それはきっと、彼の本気の拳だったろう。

 それを前に、僕は素直に姿()()()()()


 だって、もう僕の役割は終わったのだから。



「はっはぁー! 遅れてすまぁぁぁぁぁん!」



 凄まじい笑い声とガラスの破壊音。

 窓を割って保健室へと飛び込んできたのは、筋肉の塊だった。

 その男は片腕で新崎の拳を受け流すと、勢いそのまま地面へと叩きつけた。

 俗に言う、1本投げって奴だな。


 僕は――雨森悠人は、まるで今の衝撃で目が覚めたかのようにベッドの上で上体を起こす。

 そして倉敷からアイコンタクト!

『テメェ、いつの間に偽物と入れ替わりやがった』と。

 僕はとりあえず『僕わかんないよぉ』と首を傾げて見ると、彼女は苛立たしげに舌打ちをした。


「ど、堂島先輩……っ!」

「悪いな嬢ちゃん! 朝比奈の嬢ちゃんからも頼まれてたんだけどよ! 腹が痛くてちょっとトイレに行ってたら遅れた! がはは!」


 その男――堂島忠は、笑顔と共にそう言い放つ。

 彼はベッドで体を起こした僕を一瞥、不器用なアイコンタクトを放つと、改めて倒れ伏す新崎康仁を見下ろした。


「詰みだぜぇ、新崎康仁。なーんか今、知らねぇ奴の姿が見えたが……仲間か? まぁいい。いずれにしても、俺が来た時点でお前の負けだ」


 堂島忠、学園において近接最強の男。


 新崎は歯を食いしばって立ち上がる。

 彼は堂島との彼我戦力差を考える。

 そして理解する。まだ、現時点で勝てる相手じゃない、と。

 だからこそ、彼は割れた窓から逃げようと動きだし――。



「あら、お急ぎの様子ね。どこへ行こうと言うのかしら?」



 その窓縁に座っていた少女を見て、完全に固まった。

 そりゃそうだ、堂島忠でさえ、彼女が間に合うまでの時間稼ぎ。

 どんな最強と言えど、常軌を逸した速さを前には無力同然。

 だからこそ、堂島も、倉敷も、黒月も、なんの迷いもなく2番手以降に収まっている。


 彼女には勝てないと、本能の部分で理解しているから。


「朝比奈……霞ッ!」

「あら。新崎くん、どうしたの? 笑えてないわよ」


 既に、形勢は逆転していた。

 黒月が倒された時はどうなることかと思ったが……朝比奈はそこで折れることなく、新崎の策という策を真正面から打ち破って見せた。

 最後にちょっとだけ時間稼ぎを手伝ったけれど……それも、本来であれば必要のなかったものだ。

 だって、倉敷が本気で戦えば、黒月と同等以上の強さなのだから。


 だからさ、新崎。

 お前、完全敗北ってヤツだよ。



「さぁ、新崎くん。お急ぎなのでしょう? なら、私は素直に退きましょう。今度は、小手先無しで私を倒してくれるらしいから」



「…………」


 既に、沸点なんて軽く通り過ぎていた。

 新崎の顔には一周回って無表情が張り付いていて。

 本来であれば、背筋が凍るほどに恐ろしい光景だったろう。


 でもさ、人間……()()()()()()()()()()()()()()()()()()習性があるんだよ。

 それは、僕も、朝比奈霞だって変わらない。

 もちろん、油断なんてしないけれど。

 慢心なんてしないけれど。


 ――新崎康仁は、万策を尽くせば倒せる相手だと。


 今ここに、自警団の面々は理解してしまった。

 今後、きっと彼らが新崎康仁の影に怯えることは無い。

 現に、今の新崎からは……あまり恐怖を感じない。


 大きく感じた体は、まるで小さな子供のよう。

 その背中に威圧感はなく。

 今の彼は――そう、ただの負け犬だ。


 彼は、歯を食いしばり、保健室の戸から外へ出る。

 その際に振り返った瞳には、溢れんばかりの憎悪が揺れていて。


 僕は、最後の言葉を聞き逃すことは無かった。



「――お前らまとめて、ぶっ潰す」



 それはきっと、1年B組との最終局面への幕開け。

 最初に、朝比奈霞が敗北して。

 今回は、新崎康仁が敗北した。

 結果だけ見れば一勝一敗。どっちつかずの微妙な結果。

 だから――という訳では無いが、ここにいる誰もが理解していた。


 新崎康仁は、この程度で諦めるような男じゃない。


 まだ、奴の心は折れていない。

 だからきっと、彼はまた挑んでくる。襲ってくる。

 ただ、僕ら1年C組をぶっ潰すためだけに。


 朝比奈嬢が、新崎の消えた保健室で大きな息を吐く。


 その姿を見て、僕は目を細める。



 なぁ、朝比奈。

 僕は今回も、お前が負けると思っていたよ。

 黒月が第9種目で敗北して、朝比奈が最後の種目で優勝して。

 その間に、黒月奏が死に絶えると予想していた。


 だけど、そうはならなかった。

 まぁ、僕も黒月を守るために『夜宴の長』としての姿で待ってたわけだが……まさか、朝比奈がそこまで想定して動いているとは思わなかった。


 正直、想定以上の結果だった。


「黒月くん……雨森くんも。騒いでしまってごめんなさい」


 謝罪してくる朝比奈嬢へ、僕はなんでもないさと首を振る。


「いいや、大丈夫だ。朝比奈。お前は間違ってない」

「……っ!? あ、い、いま、名前を――!?」


 驚く朝比奈嬢を他所に、僕は外へと視線を向ける。



 最後の種目が終わり、体育祭は幕を閉ざした。


 後に待つのは、血で血を洗うような、新崎康仁との全面戦争。


 朝比奈霞とて、さすがにこればかりは手に余るだろう。戦争を一人で止められる英雄なんて、世界広しと言えどそうはいない。


 だからさ、朝比奈霞。



 次の戦いは、僕が出る。



 お前は強い、確かに凄い。


 だけど、その上がいることを、お前はまだ知らない。



 前方へと視線を向けると。堂島が楽しそうに笑っている。


「雨森、忘れちゃいないだろうな?」

「ええ。もちろん」


 忘れちゃいないさ、まずはお前をどうにかする。

 真正面から叩き潰して、二度と勧誘なんて出来ない体にしてやるさ。

 まぁ、新崎が真っ先に逃げ出すような化け物っぷりだが――。



「楽しみにしてますよ、堂島先輩」



 この言葉に嘘はない。

 久方ぶりに……この異能を【戦闘】で使えるのだから

次回、【後夜談】

両者は再度、相対する。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[良い点] 感想見て気付いた!?いずれ最強と至る道の作者さんか!!通りで面白いと思った!!! [一言] 馬鹿じゃなくなってきたから雷女そんな嫌いじゃなくなりました
[気になる点] 新崎がことあるごとに50%しか引き出さないのは、分身で戦ってるから、なのかなー
[一言] 毎回ワクワクさせてくれて毎日の楽しみになっている。 異能のヒントが出るたびにそんな能力あるか?って思うけどこの方の小説ならそんなのあり?でもまぁそういうことかって思わせてくれるだろうから楽し…
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