4-11『魔王VS神帝』
朝比奈霞は知っていた。
黒月奏は、彼女に匹敵する怪物であると。
知力では完全に朝比奈霞を上回り。
武力においても、彼女に匹敵するだけのものを持つ。
むしろ、『魔法』の全てを極めてしまえば、その時は朝比奈霞の現在さえ軽く上回ってしまうだろう。
それほどまでの、圧倒的な潜在能力。
それを知っていたからこそ。
朝比奈霞は、心の底から確信していた。
「この勝負、勝つのは――」
☆☆☆
「束縛」
黒月奏は浮遊魔法で浮かび上がると、新崎を指さし呟いた。それだけで新崎の体は硬直する。
「……っ、随分と、速い攻撃だね!」
「異能を本格的に使い始めたのは熱原戦以降だが――幸か不幸か、俺は天才でな。既に並以上の熟練度には達してる」
黒月がそう言って、すぐに束縛が壊される。
見れば、新崎は嘲笑うかのように素手で束縛の魔法から抜け出していた。
「えー、なんか言った?」
「【二重展開・束縛】」
再び黒月は言葉を紡ぐ。
先程とは異なり、二つの魔法陣が新崎の体の周りへと浮かび上がる。彼は先程と同様に腕力で束縛を壊そうとするが――壊れない。先程よりもずっと頑丈、ずっと強い。
「こ、れは……」
「【二重展開・氷結】」
縛られた新崎へと、情け容赦なく氷結が襲う。
それは、かつて熱原を凍らせたものよりもさらに大きな氷柱だった。
新崎の体は氷の中へと封じ込められており、それを見下ろし、黒月は息を吐く。
その息は白く色づき、この一瞬で周囲の温度が氷点下近くまで冷え込んだことが証明された。
「悪いがトばさせてもらう。お前は手抜きで殺せる獣じゃないからな」
『な、なな、なんとおおお! く、黒月選手! 突如として襲いかかってきた新崎選手を返り討ちだぁぁぁああああ! な、なんという異能、なんというイケメン! これが1年C組なのか!』
司会の声が響き渡るが、黒月は氷から目を離さない。
どころか次の攻撃まで準備しており、多くの生徒がやり過ぎだろうと顔を顰めた――次の瞬間。ピキリと、氷柱へとヒビが入った。
「そしてもちろん、これで終わりとも思わない」
黒月が言った直後に、氷が砕けた。
視界を覆い尽くすほどの氷の残骸。
その中を、物凄い勢いで駆ける男が一人だけ。
「感想言うね、すごく息苦しかったよ!」
新崎の拳が迫り来る。
本来であれば、少なからず『氷結』の影響が出て、拳のキレも落ちるだろう。だが、肉体性能と耐久能力も回復力も、全ての面において『27人+自分自身』の力を持つ新崎にとっては苦にはならない。
変わらずの威力――どころか、先の一撃をも上回る拳が黒月の眼前へと迫る。
されど、黒月は後方へと飛んでその一撃を回避する。
「そうか。なら、次は焼こうか?」
「遠慮しまーす!」
しかし、新崎もまた攻撃の手を緩めない。
拳から回し蹴り、延々続く暴力の嵐に、黒月も魔法を挟めるだけの隙を見つけられない。徐々に後方へと下がってゆき……気がつけば、校舎の壁がすぐ背中にまで迫っていた。
「とぉ、りゃあ!」
気の抜けた声と共に、かかと落とし一閃。
嫌な予感に転移魔法で回避をすると、直後、かかと落としが校舎へと直撃し、そして――建物が二つに割れた。
衝撃だけで鉄筋コンクリートを叩き割る。
直撃なんてした日には、人生が物理的に終わるだろう。
黒月は大きな引き攣り笑みを浮かべ、新崎は振り返る。
「逃げられちゃったかー。なら、次は確実に殺らなきゃね!」
「……殺意が見えるぞ、新崎康仁」
「やっだなー! 言葉の綾だよ、たぶんだけどね!」
校則がある手前、堂々と殺すような発言はできない。
だからこそ、言葉の綾、偶然、たまたま、うっかり殺してしまった。そういった言い訳は無限に考えてきただろう。
だって新崎康仁は、最初から黒月を殺すつもりで動いているから。
「し、新崎くん、貴方……ッ」
「残念だったね朝比奈さん。ここじゃ、君は僕を殴れない」
体育祭のルールに則った法の壁。
他者の介入が違反になる以上、朝比奈霞が黒月奏を助けることは出来ない。それがクラス全員の『失格になってもいいから黒月を助けたい』という総意なれば話は別だが、そこまで話をまとめるには相応の時間が掛かり。
そして、それだけの時間があれば十分。
(なにより朝比奈、君は、黒月のことを信頼しているんだろう?)
今回ばかりは、その信頼が仇となる。
新崎は身を屈めると、一気に走り出す。
「行くよ、『鎖を作る』力×『金属支配』の力!」
彼の身体中から鎖が溢れ出す。
それらは一直線に黒月へと迫り――黒月は、パチリと指を鳴らした。
「【二重展開・雷鳴】」
そして、落雷が轟いた。
朝比奈霞の一撃に匹敵するほどの超威力。
無数の鎖を巻き込み、新崎の体へと直撃した落雷は、バチリと地面を紅く焼き、焦げ臭い匂いを撒き散らす。
その中で、されど新崎は動いていた。
「匹敵するね、でも及ばない! 朝比奈の方が強かったよ!」
「だろうな。だから、質ではなく量で戦おう」
黒月は両手を掲げると、無数の炎が浮び上がる。
現在の黒月奏が放てる最大火力。
現在の威力より、さらに一段階上に位置する超必殺。
「【三重展開】」
三つの魔法陣が新崎の上空へと浮かび上がる。
彼が上空を仰ぎ見た時には、既に回避には遅すぎた。
「失せろ【灼炎】」
真っ赤な炎が新崎康仁を焼き尽くす。
あまりの火力、あまりの高温。
近づくだけで肺が爛れる熱量に、誰もが新崎の敗北を確信した。
だが、その確信もまた早すぎたのだ。
「――【異能を壊す】力」
声と共に、灼炎へと斬撃跡が走り抜けた。
一瞬遅れて衝撃波が響き、空中の黒月は強い勢いで吹き飛ばされる。
「ぐ……っ、灼炎を、斬ったのか!」
「だけじゃないよん」
眼前から響いた言葉に、目を剥いた。
新崎は既に目の前までやってきており、咄嗟に回避に移ろうとした黒月だったが、あまりにも反応が遅すぎた。
「おぅ、ラァッ!」
新崎康仁の拳が、黒月の腹へと叩き込まれる。
情け容赦なく、殺すつもり100%の一撃だった。
黒月の口から鮮血が溢れ出し、彼の体は勢いよく校舎へと吹き飛び、その壁をぶち破る。
「ぐ……ッ、骨折、で済んでいればいいが」
身体強化が出来ていなければ胴体に風穴が空いていた。
それほどまでの一撃だった。
身体中に激痛が走る。
あまりの衝撃に目眩がする。
黒月は膝に手を当て立ち上がり――そして、眼前へと迫った膝蹴りを見て目を剥いた。
「……ッ!?」
「おっ、かわしたね、見事!」
咄嗟に上体を捻って躱すと、新崎の膝蹴りは空を過ぎった。
しかし、直撃せずとも直感できた、その蹴りの威力。
間違いない、まともに食らっていたら首から上が吹っ飛んでいた。
この男……本気でこっちを殺す気できている。
その事実に膝が震える。
恐怖による震えならば、まだ良かったのに。
それは、肉体の限界が訪れようとしている前触れだった。
「たった、一撃で……」
「そうだよ、それが僕だ。どんな小細工も苦労も工夫も技術も神業も、拳の一振りで破壊し尽くす。それが覇王新崎、この僕さ」
圧倒的な理不尽。
天才たる黒月奏でさえ脱帽する。
それほどまでの、純粋で強烈で最強な力。
それこそが、新崎康仁の【神帝の加護】だ。
「やはり貴様は……ここで潰しておかなくては、後々の障害になる! 悪いが新崎、この先、一切の手加減は出来ない!」
「それは最高だね! いいよいいよ、殺し会おうよ! どっちかがぶっ倒れるまで! いや、倒れて死ぬまで! 息の根絶やすその瞬間まで頑張ろう!」
新崎康仁は走り出し。
黒月は、限界のさらにその先へと挑んだ。
「新崎康仁、お前の強さにのみ敬意を評し、俺の……僕の、全力全霊で君を倒す。我が天賦の才能にかけて!」
黒月の体から目に見えぬオーラが立ち上がる。
それは視界には一切映らずとも、その場にいた誰もが理解した。
理解し、畏怖し、感動さえ覚えた。
それほどまでに、見えぬ何かは美しかった。
美しく、繊細で、なにより膨大だった。
「【四重展開】ッ!」
それは、本来であれば使えぬはずの一撃必殺。
人体を殺すには余りある火力を、四つの魔法陣を用いてただ一点へと叩き込む魔法。何かを潰すためだけに編み出された最悪の技。
それを今回、黒月奏は、新崎康仁という個人へ向けた。
「お前なら、これを受けても死なないだろう?」
かくして、最強最大の技が放たれる。
「【黒刃】」
それは、闇より暗き一閃だった。
全てを切り裂き、全てを飲み込む終の刃。
それを前に、新崎康仁は限界まで目を見開いて――。
☆☆☆
その結末を、僕は保健室の窓から眺めていた。
決着は、いとも簡単に着いた。
片方の敗北という、あからさまな形で、だ。
「……相手が悪かったな」
僕は呟き、瞼を閉ざす。
この目を開けたその先に、また変わった未来があるのではないか。
そう思って瞼を開けても、その現実は変わらない。
視線の先で、男は意識を失い、真っ赤な鮮血に塗れている。
それを前に、もう一人は傷一つなく立っていて。
その男――新崎康仁は、満面の笑顔を浮かべていた。
倒れ伏した黒月奏。
彼の姿に、さしもの朝比奈嬢でさえ驚き固まっている。
下手に黒月の強さを知っているから、理解が追いつかないのだろう。
あの黒月が、こんなにも呆気なく負けるだなんて。
それは僕とて同じこと。
驚かずにはいられない。
心のどこかで、黒月の勝利を考えていた自分もいた。
それほどまでに、黒月奏は強い男で。
きっと、新崎康仁はそれ以上に強過ぎたのだ。
納得出来ずとも、理解は出来ている。
それほどまでに、その光景はあからさまだった。
誰の目にも分かる、絶対的な格の違いがそこにはあった。




