4-10『第九種目』
第四章もクライマックスへ。
「あ、雨森くん……足折れてるよ!?」
治療中。
井篠の叫び声が響いて。
そして、錦町の絶叫が響いた。
「あ、雨森! 大丈夫なのかぁ!? ご、ごめんよおおおお! お、俺が、俺がもっとしっかりしてたら……!」
「いいや、お前のせいじゃない。心配してくれてありがとう、錦町」
「おおお、雨森ぃ、良い奴なんだなぁ、お前!!」
錦町は嬉しそうに泣きわめく。
そろそろ鼓膜が破れそうだから離れて欲しいんだが。
そんなことを考えていると、近くまでやってきた朝比奈嬢が頭を下げた。
「……ごめんなさい。私の組織の一員が、迷惑をかけたわ」
「えっ、誰?」
「あ、朝比奈霞と、申します」
真っ直ぐに目を見て謝れる根性、流石だと思います。
でも、ちょっと調子乗ってないかな、朝比奈さん。
僕が朝比奈嬢の名前を覚えているとは限らないじゃないか。
なーに『もういい加減覚えてくれたわよね』みたいな雰囲気で話しかけてきてんのよ。ちゃんと自己紹介してください。
「で、その、あ、あさ……あが? あが……なんちゃらさんが、何の用だって?」
「……その、朝比奈ですが。えっと……雨森くんと、堂島先輩の話し声、聞こえたわ。どうやら、私の伝え方が不十分だったみたい。貴方を勧誘するのは私のやること。……間違っても、彼がやるべき事ではない」
その通りだよね。
僕も、自警団に入るのならば、きっと朝比奈嬢から勧誘された時だろうと思ってた。まぁ、未来永劫入る予定は無いけれど。
だから、堂島先輩から勧誘された瞬間は驚きのど真ん中だったよ。やめてよね、そういうサプライズ。驚きのあまり片足折れちゃったよ。
「で?」
「……またも、あなたの期待を裏切った。謝って済むことでは無いと思うけれど、また、頑張るわ。あなたの期待に添えるよう」
「期待か……。それなら安心しろ。最初からしちゃいない」
そういいながら、僕は何とか立ち上がる。
近くにいた倉敷が僕の体を支えてくれる。
「霞ちゃん。お話もいいけど……雨森くん、これでも骨折してるんだからね? 私が保健室に連れていくよ。霞ちゃんは、新崎くんの警戒だよ。……雨森くんに誇れるような自分になるんでしょ?」
朝比奈嬢を見れば、彼女は真っ赤な顔になってそっぽを向く。ちょっと可愛……いくはないな! うん! 僕は星奈さん一筋だからね! 惑わされたりしないんだからっ!
そんなことを思いつつ、僕は倉敷の肩を借りて歩き出す。
やがて、僕らは校舎へと入る。
グラウンドの喧騒は遠く、周囲に人の気配はない。
僕は大きく息を吐き、倉敷は、表の顔をはぎ取った。
「……テメェ、何考えてやがる」
「何も。僕は今回、特に何も考えてない」
「嘘こけクソが」
僕の嘘を、彼女は間髪入れずに看破した。
「テメェからは、基本的に嘘つきの匂いしかしねぇんだよ。……そうだな。小説で例えるなら、テメェは一人称の地の文でも平気で嘘を並び立てる。そういうタイプの野郎だ。違うか?」
違うね、大違い!
なんて酷い偏見なんだ!
そんなことを思いつつも、否定はしない。
「それで?」
「……はぁ、答える気ねぇか。まぁいいや。私がお前に求めるのは、勝利し続けるということだけ。……まぁ、霧道、熱原、新崎、堂島と、四連続で敗北してるのには目を瞑るぜ、本気じゃなかったもんな」
「……全く、過剰評価も甚だしいな」
そう答えてみるが、彼女の確信は揺るがない。
「テメェは自分の力をさらけだしながら、今まで、ほとんどの戦いで敗北している。強いて言うなら四季に不意打ち噛ましてぶん殴ったくらいか? それ以外じゃ尽くの敗北だ。それが導き出す答えはなんだ?」
「『雨森悠人は強いが脅威じゃない』と思わせること」
声が聞こえて前を見る。
そこには壁に背を預ける黒月の姿があり、瞬間移動してきた様子の黒月に、倉敷も思わず苦笑う。
「どうした参謀、腕相撲は観戦しなくていいのか?」
「たった今、錦町が新崎に瞬殺されたところだよ。それで、雨森さん。今の考えは正しいですか?」
僕はそんなことよりも錦町大丈夫? って感想の方が強いんだけど。
まぁ、正しいか間違いかって聞かれたら、正しいのだろう。
人間は勝ったことのある相手を、無意識に下に見る習性がある。
それは、どれだけ善性の強い人間でも、多かれ少なかれあるはずだ。
そして僕は、そこから切り込むタイプってだけ。
「……油断されるってのはいい事だ。容易く喉をカッ切れる」
雨森悠人が力をさらけ出し、それでも目立っていない。
その時点でこの二人なら違和感を覚え、この答えまで達するとは思ってた。
――雨森悠人は意図的に敗北している。
だって、その方が楽だから。
「……ったく、末恐ろしい野郎だよ。まぁ、毎度毎度、骨折続きの貧弱野郎、とも思ってるがな」
「雨森さん、そんなに怪我をしていると、また星奈さんに心配させますよ」
「……そうだな、善処しよう」
星奈さんに心配させてしまうなら、確かに怪我も良くないものだ。
例え、怪我をすること自体に理由があったとしても。
次からは、怪我をしない方向での最善を探っていくとしよう。
「さて、倉敷。僕を保健室まで頼む。それと、黒月。僕と倉敷が抜けている間、朝比奈のサポートは一任する。倉敷もすぐ戻るだろうが……特に、新崎康仁には気をつけろ。A組は無視しろ。あの女は僕が居ないC組になんて興味はない」
「了解致しました。全力を尽くします」
「それと、第九種目についてだが――」
第九種目は、黒月奏の個人種目だ。
つまり、B組にとっては千載一遇の『潰す』好機。
僕は彼の肩を叩くと、この先辿るであろう未来を口にする。
「黒月、お前は新崎康仁に襲われる」
第九種目で、黒月奏は再起不能に陥る。
あくまでも、僕の予想だけどな。
☆☆☆
『第九種目! 謎解きバトルだああああああ!!』
謎解きバトル。
……確認しよう、これは体育祭である。
まちがっても文化祭などではない。
それが……体育祭で謎解きバトル。
もはや、この学校の運営委員会の正気を疑うレベルである。
『説明しましょう! 謎解きバトルとは、それぞれのクラス代表へと暗号文をお渡しし、その暗号を読み解き、学園内への隠された宝を見つけるという競技です! 宝の元までたどり着いた順位で勝敗を決めさせていただきます!』
謎解き、つまりは知能力と。
誰より早く宝の在処へたどり着く移動能力。
その二つが試されるこの競技において、黒月が選ばれるのは当然だった。
「黒月ぃい! 俺と雨森の仇をうってくれぇ!」
「黒月くん。最後の……十種目目は任せてちょうだい。私がなんとしても一位を取るわ。だから、貴方も頑張って」
錦町や、朝比奈から激励の声が飛ぶ。
それらを受け取った黒月は、軽く笑って頷き返す。
「あぁ、雨森からも激励は貰っていてな。全力を尽くして1位を取ろう」
かくして、黒月奏はグラウンド中心へと歩き出す。
その姿を見て――新崎康仁は笑みを深めた。
(うん、うん……! さいっこうに想定内!)
あまりにも予定通りに進むせいか、新崎の頬は普段以上に緩んでいる。
彼の立てていた作戦はシンプルだった。
黒月奏をぶっ潰す。
そのために、彼が出そうな確率のある全競技に出場した。
騎馬戦など、一部『どうしても気が乗らない』競技は出場も見送ったが、それ以外のすべての競技に出場。黒月奏を倒す機会をうかがってきた。
「本当は、王様を倒す奴で、どさくさに紛れてぶっ殺せたらラッキーだったんだけど。……1年A組かぁ。熱原があまりにもしょぼくて眼中にもなかったけど……そりゃそうだよね、もう一人か二人、ある程度出来るやつがいて当然だよね」
各学年三クラスは、力の均衡がとれるように組まれている。
その均衡がどう崩れていくか、どのクラスがどれだけ成長できたかを三年間を通して見守るため。そのためだけに、原則、三年間のクラス替えはこの学園において行われない。
それは余談にしても――C組の朝比奈や黒月、B組の新崎。
それだけの生徒がいる中、A組に……学年において最も天才たちが集うクラスに、それ以上がいないという保証はどこにもなかった。
(……ま、あれだけの力だ。現時点の僕じゃ勝ち目はない。……勝ち目もない戦いに挑むなんてまっぴらごめんだし? 今回は、朝比奈霞と黒月奏。お前らをぶっ潰すことに専念しよっか)
「なに独り言ブツブツ言ってんのよ」
一人考えていた新崎へ、四季いろはから声が掛かる。
四季いろは。
B組において、唯一新崎の支配下にない生徒。
彼が、秩序に必要な悪として放任した存在だ。
「うーん、C組を潰すのが楽しみすぎて、ね」
「あ、それなら私も楽しみっちゃ楽しみね。あのクラス、元々雨森のせいで気に食わなかったのよ。今じゃ、あの星奈もいるわけだしね。あはっ!」
その瞳には憎悪が宿っている。
その矛先は考えるまでもなく、彼女自身を殴った雨森、そして、まんまと逃げおおせた星奈蕾だろう。
(怒りの感情。……なんか少し変な気もするけれど、やっぱりいろはも間違ってるんだね。まぁ、分かってたことだけど)
分かっているからこそ、放任しているのだ。
そうでなければ――正しさしか存在しないのであれば、正しさの正当性なんて存在し得ないのだから。間違いと正しさがあって初めて、そこに正しさの証明が成し得る。
つまり、正しさのために間違いは必要なのだ。
その間違いとして、彼は四季いろはを選んだわけだ。
「ま、いっか! それじゃ、早速行ってみましょーかー」
新崎は、自分の中で結論をつけて、グラウンド中心へと歩き出す。
その後ろ姿を見送った四季は、黒月の方へと視線を向ける。
その視線に気づくことなく中心地までたどり着いた新崎は、実に楽しげな笑みを浮かべていた。
「どうしようかなぁ、どうやって潰したら一番楽しいかなぁ。どうすれば、どんな殺し方をすれば、朝比奈霞は傷つくだろうなぁ?」
「……異常者が」
そんな新崎へと、黒月が吐き捨てた。
その顔には嫌悪感だけが滲み出しており、それを見た新崎は心外だと肩を竦めた。
「やっだなー。僕はB組の代表だよ? だから、B組みんなの期待に恥じないよう頑張ってるだけさ!」
「そうか。安心したよ新崎康仁。お前が最低の敵だから、俺も手加減しなくて済む」
黒月の返答に、されど新崎は笑みを曇らせない。
まるで聖徳太子のような神々しさで。
まるで八方美人のような軽々しさで。
ただ、心の篭っていない言葉を言うだけ。
「あら、そ。まーいいよ。楽しそーでなによりさ!」
かくして、各人へと暗号文が配られる。
裏向きのまま配られたそれを受け取り、新崎は再び口を開く。
「C組はさ、『黒月なら、この競技を最短でクリア出来る』とか思ってるよね?」
黒月は言葉を返さない。
警戒心は揺らぐことなく、視線は新崎から外れることも無い。
「そりゃそうさ、頭も良くて、瞬間移動もできるでしょ? ……まぁ、瞬間移動なんて最高級チート、なんの制限もなく使えるわけじゃないと思うけど」
「…………」
やはり黒月は答えない。
会話するだけ無駄だから。
裏返されたプリントを前に、ただ開始の合図を待つばかり。
そんな彼を見て、新崎はさらに言葉を重ねた。
「だから、正攻法で僕は勝つんだ。誰もがお前の勝利を信じて止まない。そこを嘲笑うように勝利する。……考えただけで面白いだろ?」
イカれている。
黒月は確信すると共に瞼を閉ざす。
「雨森が気づかせてくれたんだー。普通に殴っても面白くない。アイツみたいに、ボロボロになって、お仲間に助けられて、最後に残るのは胸糞悪さだけ、ってね」
だからこそ。
「安心してよ黒月! 僕は正々堂々お前を潰すから!」
新崎はそう続けて、試合開始のホイッスルが鳴り響く。
代表者たちは、一斉に裏返しのプリントへと手を伸ばし――。
「――まぁ、全部嘘なんだけど!」
新崎は、黒月奏へと殴りかかった。
最初から、神帝の加護『50%』出力。
あまりの威力に黒月は反応もできず、その拳は彼の顔面を直撃した。
――かのように、思えた。
「……で、嘘がどうした?」
黒月奏は、新崎の拳を真正面から受け止めていた。
その光景には新崎も驚きを見せたが、黒月の体が赤いオーラに包まれているのを見て納得した。
あぁ、これが身体強化魔法ってヤツか。
「なんでもありだね、くそチート」
「新崎康仁。悪いが、貴様はここで潰れてもらうぞ」
衝撃で、二人の問題用紙は天高くまで吹き飛んでゆく。
最初から、彼らに問題を解く意思はない。
いや、あったにせよ、それは最優先事項ではないのだった。
第九種目、謎解きバトル。
ルールは簡単、最初にゴールへたどり着いた者が優勝。
そしてなにより、他者への妨害は完全に自由。
殴ろうが蹴ろうが異能や魔法をブッパなそうが、全て許される。
故に、新崎康仁は考えたし。
黒月は、雨森の言葉に確信を得た。
――相手を潰すなら、この競技が最良である、と。
新崎は拳を握りしめ。
黒月は、受け止めた彼の拳を締め付ける。
二人の視線が交錯し、そして――一気に姿が掻き消えた。
衝撃音が響き渡って。
そして、加護の所有者同士の戦いが幕を開けた。
雨森悠人の忠犬、黒月奏。
されどその在り方に揺るぎはなく。
その強さにも、一片の陰りもない。
孤高の天才、黒月奏。
絶対的な才能と。
雨森との出会いから今まで、重ねてきた努力。
誰かのために在れと願った力。
今こそ、振るうとしようか。
次回『魔王VS神帝』
かくして、魔王は再臨する。




