4-9『雨森VS堂島』
近接最強の男、堂島忠。
彼の伝説は僕の元まで伝わってくる。
最高に弱い異能を限界まで鍛え上げた鉄人。
努力の果てに最弱から最強へと至った偉人。
果てに素手で異能を砕いた怪物。
その他諸々、彼に関する伝説は留まることを知らない。
そんな学園の伝説が、今、目の前に立ちはだかっていた。
「あー、なんつったか? そうだそうだ。表向き、俺が戦いたいからってのはアレだからな。なんかチョーシ乗ってる一年坊主に灸を据えるのにやってきた、堂島忠だ。特に佐久間と言ったか? 俺からポイント強奪しやがって……さっきまでは特に腹も立てていなかったが、俺は何故か怒っている! 勝負だ!」
「め、めちゃくちゃだよ、アンタは!」
全く怒っていないように見える。
というか、何一つ怒っちゃいないんだろう。
彼が佐久間との勝負後に言った通り、利用して、勝った。それが全てだ。堂島とて同じことをするつもりで佐久間と組んだはず。負けたからと言ってどうこういうのは……堂島風に言うと【男らしくない】はずだ。
それを……僕と戦うこじつけに、わざわざ曲げてきやがった。
「烏丸、この人は……戦闘狂なのか?」
「大正解! 大方……雨森が近接馬鹿ほど強いから、戦ってみたくなっちゃったんだろうさ!」
上空の烏丸が、立ち上がった錦町の肩の上へと降り立つ。
前方を見れば、ごきりごきりと拳を鳴らす堂島先輩。……って、あれっ? なんで両腕空いてるの? 騎馬戦って、そういう感じの競技じゃなかったよね?
驚いて彼の背後を見るも、他の生徒は見当たらない。
見えるのは……堂島先輩に肩車されている小さな幼女の姿だけ。
「よぉーし! いいぞ、堂島! そのままぶっつぶすのじゃー!」
「千波、あまり暴れないでくれ、落ちたら失格だし、なにより雨森と戦えなくなるだろうが」
千波……と呼ばれていた幼女は、彼の言葉を受け、その頭へとぎゅっと抱きついた。金髪だし、制服も着てるし、のじゃロリだし……この学校はなんでもありだな。そして、騎馬が一人しかいないって、それアリですか?
「烏丸! ちょっとそこで待ってやがれ! ちょーど、雨森が身軽になってくれたんだ! ちょっと殴りあってみるからよ!」
「ま、待ってくださいよ!? えっ、そんなのアリなんですか!?」
『アリです! 騎馬が崩れても大将が地面に落ちない以上、騎馬の部品が何してよーと自由になってます! あ、でも異能は使えませんのでお気をつけて〜』
何たる理不尽、やめてくれよ頼むから。
司会進行役の女子生徒から声が飛び、堂島先輩が勢いよく襲いかかってくる。
おいおいおい……初対面の後輩相手に襲いかかるとか、なんなんだあんた、常識って知ってらっしゃる?
僕は姿勢を低くして彼の両手を躱すと、勢いそのまま、彼を転ばせるように超低空回し蹴りを放った。
だが。
「うぉっ、危ねぇ危ねぇ」
「……アンタ、人間か? どうして今のに耐えられる」
僕は、思わず本気で聞いてしまった。
えっ、今のは本気で転ばす気だったんですけど。
どうやったら蹴りをくらって、それでも何事も無かったように立っていられるんでしょうかね?
既に理解不能の領域です。
「あ、雨森!」
「佐久間。悪い、少し時間が掛かりそうだ」
「い、いや……お前、勝てんのか!? お前も十分おかしいが、アレは……やべぇなんてもんじゃねぇ! 俺でも分かる!」
でしょうね、僕も分かってる。
僕は既に、人の域には居ない。
人間の脳に掛かっているリミッターなんてとうの昔に外してきたし、限界を超えた肉体行使に耐えられるだけの肉体作りも行ってきた。
今の僕は、本来なら30%程度の力しか出せないところを、100近くまで引き上げることに成功している。単純計算でも常人の三倍近い肉体性能を持っているわけだ。
まぁ、だけじゃないんだけど、それについては語るつもりも毛頭ない。
問題は――この男もまた、リミッターが外れてるということ。
闘気、とでも表現すべきだろうか?
彼の体中から迸る、目に見えない何か。
大地を這うように、空を突き刺すように。
肌がひりつくような何かが、僕へ向かって一直線に放たれている。
現代日本で、こんな感覚を覚えるのも稀だろう。
この男。明らかに、人間の元来使える【30%】に収まってない。
マンティコアを素手でぶん投げた時点で察していた。
この男は――恐らく僕と同類だ。
「あ、雨森!」
佐久間の叫び声が聞こえた。
驚いて現実を見れば、眼前へと拳が迫っていた。
咄嗟に頭を傾げて拳をかわすと、思いっきり頬が裂けた。拳で頬が裂けるなんて現実世界にあるんですね。びっくり。
「随分余裕な顔してるな!」
「眼科行け」
先輩相手に敬語を使う余裕もない。
伸びた肘へと肘打ちをぶちかますと、衝撃とともに堂島の顔が歪む。
すぐさま姿勢を低くすると、地を這うように堂島忠へと接近する。
――だが。
そんな僕の眼前へ、前蹴りが迫った。
「――ッ」
咄嗟に回避して後方へと飛ぶ。
しかし、回避してから気がついた。
堂島忠の大きな身体。
腕も足も他人より長く。
故にこそ。
常における間合いの外こそ。
堂島忠にとっては、間合いの内なのだと。
「ふんなぁっ!」
強烈な右ストレート。
それを見て確信する。
喰らえば……間違いなく入院コース!
これはきつい。
新崎や熱原には悪いが、純粋な威力だけいえばこちらの方がずっと上だろう。
かといって、回避もきつい。
僕は色々と諦めると、全身から力という力を全て抜き落とす。
顔面へと深々と彼の拳が突き刺さるが……余計な力は一切入れない。加えない。
力の方向に全て身を任せ……逆に脱力からの加速を加え、衝撃と威力の全てを喰らう。
僕の体は大きく吹き飛ばされ……たように見えた。周囲から悲鳴もあがったしな。
けれどダメージはゼロに近い。
せいぜい鼻血が出たくらいかな。
僕は体育着の裾で鼻血を拭くと、それを見て、拳を見下ろして、堂島忠は満面の笑みだ。
「すげぇな……おい。一層気に入ったぜ!」
「悪いな、男色の気は無い」
僕は星奈さん一筋なんでな。
そんな戯言を吹く余裕もなく、堂島忠は襲いかかってくる。
今再びの、拳。
間合いの確認と牽制を兼ねた左の一閃。
威力も『比較的』弱く、食らったところで程度の知れてる一撃だが……。
「よし」
一言呟いて。
拳を躱すと同時に。
拳の【戻り】以上の速度で、堂島忠の懐へと飛び込んだ。
腕の長さ……リーチの長さ。
それは堂島忠の武器でもあるが。
見方を変えれば、弱点でもある。
距離さえ縮めてしまえばそのリーチの長さが仇となるはず。
そう考えての行動だった。
けれど、その直後。
――ふわりと、堂島の体がさらに後方へと飛び退った。
「分かってる、それが最善だ。なら、当然策は考える」
「……ッ」
彼が僕以上の速度で下がったことで、僕の体は間合いの内側へと入った。
警鐘が脳内に響く。
僕は必死に足を動かして逃げようとするが、薙ぎ払われた右腕に、左足が僅かに掠った。
それだけで、骨がビキリと悲鳴をあげた。
「ぐっ……!」
あまりの衝撃に、空中で体勢を崩しながら地面に激突。
そのまま何度かバウンドしながら勢いを殺すと、すっかり荒くなった息を整え、膝に手を当て立ち上がる。
振り返れば、堂島は嬉しそうに笑っている。
「あぁ、あぁ! 俺が1年の時はそんなに強くなかったぜ! 間違いねぇ、俺の頃の十倍は強い! こりゃあ、お前が三年になった時は、今の俺よりずっと高みにいるんだろうな! 嬉しくって仕方ねぇ!」
「なにが、そんなに――」
「嬉しいだろうよ! なんてったって、俺の後釜が存在するんだから! 俺に代わって正義を成す。そういう男を見つけたんだから!」
堂島先輩は、笑っていた。
僕には到底理解できないけれど。
何が正義だ、後釜だ、と。
そう思ってしまうけれど。
彼は心底嬉しそうに、笑っていた。
「……理解しました。アンタとは分かり合えない」
「そりゃ悲しい。俺はお前を自警団に入れたいと思ってるんだが」
断ったはず。
そしてそれは、彼にも伝わっているはず。
だって、他ならぬ黒月から『説明した』と聞いたから。
だから、そう言おうとして――。
「ちなみに断っても諦めん! それが俺だ、諦めろ!」
清々しい程の理不尽に、思わず笑った。鼻でだが。
なんなんだ、この人は。
強いし、アホだし、脳筋で戦闘狂だし。
でも不思議と、この男の言葉を疑おうとは思わない。
……なるほど、こういうのが【正義の味方】と呼ばれるのか。
誰の目にも正しく見えて、どこを切っても清々しくて。
僕とはまるで正反対。
そりゃあ、正義の味方で当然だ。
「はぁ……戦う気力も失せてきますね」
「それは困る! 戦おうぜ雨森!」
彼はそう言うが……物理的に遠慮したいかな。
退院してしばらく経つとはいえ、医師からは「しばらくは絶対安静にしておくように」と言われている。
加えて……さっき掠った左足。
これ、明らかに骨折れてますよ、間違いないです。
掠っただけで骨折とか……ヤバすぎでしょ。一人だけ筋力極振りしてんじゃなかろうか?
僕は助けを求めて佐久間たちを見る。
彼らは僕の状況を一瞥すると、悔しげに頷き返す。
「くっ……雨森! 命が第一優先だ! だれも、お前をボロボロにしてまで勝ちてぇだなんて思ってねぇんだからよ! ……烏丸!」
「くっそぉー、堂島先輩! 恨みますからねマジで!」
佐久間は決断し、烏丸は自分の風船へと手をかける。
僕は両肩から力を抜いて、息を吐く。
これで……第七競技は僕らの敗退となるだろう。
続く第八競技は【腕相撲】。
ウチからは最も体格で勝る錦町が出場予定だ。
確かに錦町なら、運が良ければ入賞することも夢じゃないだろう。
だけどきっと、この人には敵わない。
「なんだ! もしかしてこれで終わりかよ……」
残念そうな堂島先輩。
その目には【遊び足りない】という感情が透けて見える。
「ま、いっか。雨森! お前が自警団に入るって言うまで、俺はお前のこと、絶対に諦めないからな! 悪いがそれは諦めろ! はっはっは!」
その笑い声に、絶望さえ覚えた。
地面が崩れゆく錯覚を覚え、落下する自分を幻視した。
……間違いない、この人はまた僕を勧誘してくる。
いつ、どういう方法で来るのかは分からないが、この脳筋は、きっとまた僕に勝負を挑んでくる。今回が不完全燃焼だったからだ。
「…………」
気がつけば腹の底が熱くなっていて。
らしくもなく、荒い言葉が頭に浮かんだ。
――ふざけんな、と。
なんだよそれ、自由じゃないじゃないか。
僕はアンタなんかに興味はないんだよ。
お前なんかどうだっていい。
生きてても死んでても。
ここで腸撒き散らしてくたばったって興味が無い。
そんなアンタが……僕の自由を妨害しようとしてる。
そこまで考え、ふと気づく。
あぁ、これは怒りだ。
ふざけるな。
ふざけるな。
苛立ちが頭の中を埋め尽くす。
殺意が肌を突き破り漏れる。
ぴたりと、堂島の笑い声が止んだ。
彼は目を見開いて僕を見ている。
僕は大きく息を吐き。
真っ直ぐに堂島忠を見据えた。
「――ッ」
なにを感じたか、彼はゾッと体を震わせて。
僕は、たった一言彼へと問いかけた。
「そんなにも、潰されたいか? 堂島忠」
堅固な仮面の隙間から、僅かに『素』が溢れ出す。
常人には理解不能で、狂人にさえ狂気しか感じられぬような、イカれた性根の底の底。どす黒く染まった闇の深淵、愚泥の根源。
それを感じ取った堂島は、全身から冷や汗を吹き出した。
「は、ハハッ、こりゃあ――想定以上」
彼の言葉が耳に届いて。
彼が呟いたのを見て……僕は頭を振った。
「いや、違う……こうじゃないな。今のは『雨森悠人』の言葉じゃない。……そうだな。堂島先輩、【本気の雨森悠人】と、戦ってみたくないですか?」
「そりゃあ、願ったり叶ったり」
彼の言葉に僕は頷き。
そして、足を引きずり自陣へ向かい始める。
「今夜七時、この場所で」
それだけ言えば、伝わったろう。
この場でやり返さない僕の心情。
あえて誰も居ない場所を選んだ理由。
そこら辺も察せないなら、本気で戦う価値もない。
僕は、最後に振り返る。
強ばった笑みを浮かべる堂島を見つめて。
最後の最後に、こう告げた。
「徹底的に壊してやるよ」
正義の味方、堂島忠。
反吐が出るほどの、お前の正義感に。
吐き気を催すほどの、お前の在り方に。
その強さの根底に積み重なった、無数の努力に。
最大限の敬意を表して――本気で潰す。
それに僕は、自由を妨げるヤツに遠慮はしないと決めているんだ。
嘘に塗れたC組の狂人。
もう一人の、規格外。
誰より強く、誰より孤独に。
その心の内は誰の目にも明かさない。
此度の相手は、伝説の男。
嗚呼、なんという――役不足。
彼の努力は知っている。
彼の強さを知っている。
されど、たった3年間の努力。
それだけで負けるほど、雨森の名は軽くはない。
けれど、まあ、いいだろう。
邪魔なら潰す。
それだけだ。
第四章【後夜談】にて、両雄は再び相対する。
そして、ついに雨森悠人の異能の片鱗が明らかに。
面白ければ高評価よろしくお願いします。
とっても、元気になります。




