4-6『虎殺し』
第二種目、【玉入れ】。
そう、あの運動会の定番とも呼べる玉入れである。
その競技名を聞いた瞬間、やっとこの学校も真面目な種目を取り入れたか……と思ったもんだが、よく考えたら【異能】がある時点で真面目も糞もあったもんじゃないよね!
『おおっと! これは反則なんじゃなかろうか! でもルールには記載はないぞ! 1年C組! 黒月奏! 転移魔法で全ての玉を一気に放り込んだーー!』
反則だろ。
僕はそう思った。
黒月はどこかドヤ顔を浮かべているようだったが、黒月より先に全ての玉を放り込んだ猛者が二クラスもいる。
1つは生徒会長率いる3年A組。
そして、2年C組、生徒会副会長のいるクラスだ。
「いやー、まさか、黒月くんよりえげつない手段を持ってる人がいるとはねー! てっきり、また一位取っちゃったかと思ったよー」
「……2、3年の面目躍如、か」
第一種目じゃ星奈さんに総取り食らったからな。
さすがに同じような不意打ちは効かないみたいだ。今回も玉入れごときにガチで異能力使ってたしな。大人気ないよ、2、3年。
そんなこんなで、二種目目は第3位。
1年生、しかもC組が二種目続けて入賞したんだ。かなり注目や警戒が集まっているように感じて、僕はブルーシートの上で縮こまる。
「黒月くん、凄かったですね。雨森くん」
「星奈さん」
声の方へと視線を向ければ、星奈さんが立っていた。
彼女は僕の隣へと腰を下ろすと、少し恥ずかしそうに頬を染めた。
星奈蕾の【星詠の加護】は、一日に一回限定だ。
といっても、人が武器の習熟をするように、異能もまた使えば使うほどに力が増していく。彼女次第では、この先使える回数も増えていくのかもしれない。
だが、現時点ではそれが限界。
控えめに言っても運動が得意じゃない星奈さんは、先程の神経衰弱で体育祭の出番は終了だ。
「星奈さんの方が凄かった。まさか、あれほどとは思ってなかったからな」
「特に、戦えるような力じゃないので、恥ずかしいですが……」
鍛えれば【ここから先一時間は、お前は私に触れることも叶わない】とか、そんな名言も夢じゃないと思うんだけど。
しかし。
この先1時間の可能性全てを拾う異能、か。
それは彼女の意志を超えて、ありとあらゆる可能性を全て想定しているのか。
あるいは、彼女の意思を尊重した上で、彼女が取り得る未来だけを見せているのか。
……後者ならばいい。
彼女は他人を傷つける意思がないだろうから、そういった未来は見えないだろう。
だけど、仮に前者なら。
文字通り、ありとあらゆる可能性を追求できるというのなら。
雨森悠人がこうして隣にいる時点で。
僕の能力、本性、実力。
それら全てが暴かれる。
……いや、もう暴かれていると見るべきか。
「…………」
「どっ、どうしました? 雨森くん」
黙って彼女を見ていると、顔を赤くした彼女は恥ずかしそうにそういった。
あら可愛い。
「いや、なんでもない」
まぁいいや。
大前提として、僕が公衆の面前で全力を出すことはまず無い。可能性がゼロなものはどう足掻いても見えるわけが無い。
それに、なにより。
仮に彼女が僕を知って。
それを晒すなら、対処法など決まってる。
知ってるよな、星奈さん。
僕は女性だろうと子供だろうと。
友人だろうと、赤の他人だろうと。
潰すと決めた時、一切躊躇はしないんだ。
「不思議な雨森くんですね……」
「そうだな。何をどうやったらこんなに性格が歪むのか。自分で自分が知りたいよ」
微妙に会話が成り立ってない僕ら二人だったが……ふと、いくつかの気配がじりじりと近寄ってくるのがわかった。
うーん、朝比奈嬢はもちろんとして、火芥子さんたちも居るな。明らかに僕をからかう気満々である。なんてヤツらだ。
僕はそれらの気配に気付かないふりを決め込むと、着々と順番が進む第三種目へと視線を向けた。
既に、グラウンドには九名の生徒が集まっている。
第三種目――競技名【虎殺し】!
名前が物騒だって? 残念、内容も物騒なのさ!
競技内容は、屏風から虎が飛び出してくるため、殺してね? 殺すまでにかかった秒数が短ければ短いほど順位が上だよ! というイカレ種目だ。
動物愛護団体とかに怒られてしまえ。
「……しかし、星奈さんの気持ちも分かるよ。強い力には憧れる。……弱ければ自分の誇りすら守れない」
その時になって。
自分の実力不足を嘆いても遅いのだ。
出来ることなんて、その『いつか』になって後悔しないように努力するだけ。
僕も、星奈さんも、朝比奈だってな。
足掻かなきゃ、沈むだけだ。
「なーに二人で話してんの、あーまもりー!」
そんな声とともに、火芥子さんが背中に突撃してくる。
見方によっては抱きついているようにも見えるよね、星奈さんは「あわわ」といって顔を真っ赤にしているし、朝比奈嬢が驚いたように目を見開いた。
「な、なにを、何をやってるのかしら火芥子さん!?」
「あっ、朝比奈さん。……ははーん、もしかして朝比奈さんも雨森のこと狙ってんのー?」
「そ、そそそ、そんなわけ――」
ないと信じたい。
だって僕は星奈さん一筋なのだから。
僕は抱きついてくる火芥子さんの手を引っぺがすと、呆れたように息を吐く。
「火芥子さん。悪いけど競技を見てるんだ。そういうのは後にしてくれ」
「……雨森も動じないよねー。これは、雨森に恋しちゃってる乙女は大変だー。ねぇ、星奈さん?」
「……へぇ? え、あっ、その、えっと……」
えっ、なんでそこで星奈さんに話題を振ったのかしら?
第三種目なんてどうでも良くなるくらい気になるんですが。
勢いよく星奈さんへと顔を向けると、僕と目が合った彼女は両手で顔を覆い、頭から湯気を上げている。やばい可愛い。えっ、持ち帰ってもいいかな?
「まぁ、うん、アレだ。今は、うん。第三種目の方が、重要だな」
「あ、雨森くんがしどろもどろになってる……!」
朝比奈嬢の驚いた声が聞こえたが、無視。
僕は鋼の意思で視線をグラウンドの方へと戻すと、そっちもそっちでなかなかに興味深い面々が顔を揃えていた。
「ハッ、雑魚どもが顔を揃えてやがるぜ」
なんだか懐かしい声が聞こえた。
そちらを見れば、赤髪短髪の【1年A組代表者】が、ポケットに両手を突っ込み、他の代表者を嘲るように顎を突き出していた。
――1年A組、熱原永志。
忘れもしない、僕を瀕死の重傷まで追い込んでくれた野郎だ。
もしかしたら、もう出てこないかもしれないな。
そんなことを思っていた手前、普通に登場してきた熱原の姿に少し驚いた。
しかし、ウチの代表は驚きよりも嬉しさが勝っているようだ。
「……ハッ、この日を夢にまで見たぜ、クソッタレ共」
ウチのクラスの【頂点】は、実に嬉しそうに笑った。
それは、復讐に燃える獣のような獰猛さだった。
彼は拳をにぎりしめる。
真っ赤な炎が吹き上がり、熱原は笑みを浮かべた。
「おやァ? 誰かと思ったら……誰だっけェ? 覚えてないなー」
「佐久間純也。てめぇがボコってくれた一人だよ」
熱原の挑発にも乗ることは無い。
1年C組代表――佐久間は、決意と憎悪に燃えた瞳で彼を睨む。
第三種目、【虎殺し】
屏風から飛び出してくる三匹の虎を、九人が我先にと殺し合う気狂いゲーム。
動物を殺すことに容赦をしない精神力と。
そして、純粋な強さ、迅速さが求められる競技だ。
佐久間は構え、熱原は余裕で返す。
一触即発の空気が漂う中、グラウンドへと巨大な屏風が姿を現す。
その中には……えっ、虎? ライオン? ってより……マンティコアってヤツじゃないのか? 明らかに普通の動物じゃねぇだろ。そんなのが描かれていた。
「ちょ、待っ――」
誰かが絵を見て叫んだ。
もちろん、待ったなど効かなかった。
『それでは第三種目! 虎殺し! スタートです!』
屏風の中から、三匹の化け物が飛び出した。
☆☆☆
マンティコア。
それはライオンの体、蠍の尾、そして鳥の翼を持つ異形の化け物。
現代日本……というか、現実世界に居るはずもない生命体。
虎の要素どこいった? なんてことは聞いちゃいけない。
兎にも角にも、一目でヤバいと察しがついた。
そしてそれは、佐久間も例外ではなかった様子だ。
「チッ……なんだよこれ! 近寄らせるな!【溶岩の王】!」
佐久間の体から炎が吹き上がる。
大地が熔け、溶岩へと変わる。
彼の放つ熱量は、熱原と戦った時よりも遥かに勝る。
この学園には【異能訓練室】と呼ばれる、個室の訓練場があると聞いたことがあるが……もしかしたら、佐久間は僕らの知らない場所で訓練を積んでいたのかもしれない。だが。
「グルァ!」
「うッ、そだろ!?」
マンティコアは、彼の溶岩などものともしなかった。
ヤツは溶岩を突っ切り、一気に佐久間へと遅いかかる。
その光景には佐久間も大きく目を見開いて――。
そして、巨大な人物がその眼前へと割り入った。
「ふんっ、ぬらぁっ!」
それは一言で表せば、巨人だった。
二メートル近い体格に、筋骨隆々とした肉体。
まるで存在感の塊だ。
その男子生徒はマンティコアの牙を素手で掴むと、血管が浮き出るほどに力を込めて、その体をぶん投げた。
「な――! 堂島先輩!」
「あの人、雨森くんと通じるものがあるよね……」
自警団員、倉敷が苦笑いしていた。
僕に通じる部分……ってことは、あの人まさか『素の身体能力』とか言うんじゃないだろうな? 僕は……まぁ、アレだけど、素手でマンティコアぶん投げるとか何それどゆこと? 改造人間だったりするんだろうか?
近接最強の男、堂島忠。
朝比奈嬢の部下として自警団に入ったみたいだが……反吐が出るほどの熱血正義男。前情報ではそんなイメージだ。
「ぬはは! 久しいな化け物! 今回は比較的弱い部類らしいが……おいC組の! あまり無茶はするなよ、こういった類の化け物は元来、人間が勝てるように作られちゃいない!」
「あ、アンタ……これを知ってんのか!?」
佐久間が驚きの声を上げる。
それに関しちゃ僕も同感。
まさかとは思うが、この学園は魔物を飼育しているとでも言うのだろうか?
そして、その魔物たちを試練の相手として用いている……と。
もしもそうならば、この学園に対する考えを大きく変えねばならないだろう。
だって、あの三年生曰く『マンティコアでも弱い方』らしいから。
「堂島先輩には……あとで聞かねばならないことができたわね」
朝比奈も同意見なのか、そんな言葉が聞こえてきた。
戦場では三体のマンティコアが生徒たちへと襲いかかっており、まさかマンティコアが出てくるとは思ってもいなかった生徒たちは、早々にリタイアしたり、逃げに徹したりと様々だ。
だが、その中でも全く動じていない者が数名。
「へぇー! へぇー! すごいなー、カッコイイなー! ねぇねぇ虎さん、餌あげるから僕の下につかない? 僕の秩序を守る番犬みたいな感じで雇いたいんだけどー。あっ、無理なら断っていいよ、殺すからっ!」
文句のつけようがない笑顔だった。
強いて言うならば、ここで浮かべる表情じゃないよね。
明らかにその笑顔を使う場所、間違えてるよね。
そんな感じの新崎康仁。
そしてもう一人は、もちろん熱原永志。
「……はーあ、面倒くせェ。死ねよ雑魚」
彼の右腕が金属へと変わる。
膨大な熱量が膨れ上がり、眼前まで迫ったマンティコアは、直感したようにその場から回避する。
直後、その場所を穿った鉄拳一閃。
あまりの威力に大気が震え、僕も背筋が冷たくなった。
「……以前より、ずっと――」
成長したのは佐久間だけ……では、決してなかった。
仮とは言えど、A組のボス。頂点に君臨する男。
なればこそ、敗北して終わるだけの器ではあるまい。
僕に拳を砕かれ、黒月に大敗を喫した。
それでも折れず、洗脳下で訓練を続けてきたのだろう。
故の現在。
彼の拳は以前に増して速く、重く、強く、熱くなっていた。
……鉄になると動きが鈍くなる。それが熱原の唯一とも呼べる弱点だったんだがな。
それすら改善されつつある。
僕は顎に手を当てて考え込むと、似たような表情の黒月が見えた。
「これは、次戦えば苦戦は必至か」
黒月が、ポツリと呟いた。
彼がそう言う程なのだから、よっぽどだろう。
熱原は両腕を鉄へと変えてマンティコアを追撃する。
チラリと視線を移動させる。
新崎は勧誘に見事失敗。
襲いかかってきたマンティコア相手に素手で掴みかかろうとして、すんでのところで回避されてる。野生の獣相手に新崎の速度がどこまで通用するか。
ちなみに、個人的には通用しないで欲しいかな。
力も強くて、自動回復機能備わってて、僕の拳に耐えられる耐久力あって、更に速度まであったら嫌になる。
そして、速度の問題は熱原も同様。
彼の一撃は新崎にさえ匹敵する……かもしれない。
というか、訓練を経て成長した今の彼が、僕と戦った時のような【鉄の巨人】へとなれば、その時は新崎のパワーさえ軽く凌駕するのかも。
だけど、彼は新崎以上に鈍重だ。となれば、マンティコアを捕まえるのはかなり難しいだろう。
故に、この中で最も優勝に近いのは、きっと――。
「行くぜ先輩! 溶岩よ、壁となれ!」
佐久間の声が響き、マンティコア一体の周囲へと溶岩の壁が反り立った。
しかし、その壁も全方位同時に、というわけには行かなかったようだ。
辛うじて展開が遅れた方向があり、比較的壁の低くなっている場所をマンティコアは飛び越えた。
――その直後、拳がその顔面へとめり込んだ。
「ギャゥ!?」
「はっはぁ! ナイス陽動! わざとらしくなかったな!」
そう、筋肉ゴリラこと堂島先輩とやら、である。
なるほどな……。佐久間は『あえて一部だけ飛び越えられるように壁の発生速度を遅くした』のだろう。わざとらしくない範囲内で。
そうしたら、きっとマンティコアはそこを飛び越える。
そして、その場所を堂島先輩に狙わせる。
マンティコアは鼻面から血を流しながら二人を睨む。
余程今の一撃が堪えたか、マンティコアの両足は震えていて、その姿を見た佐久間はニヤリと笑った。
「窮鼠猫を噛む、とも言いますし……」
「あぁ、油断なく行こう。悪いがポイントはやれんがな」
「それは、こっちの台詞……ッ!」
そう言いあって、二人は一斉に走り出す。
自警団に所属している堂島先輩。
その方針故に、佐久間を救ったというところだが……だからといって、真剣勝負の場で譲り合いの精神を発揮するほど甘ったれては居ないみたいだ。
遠方では熱原や新崎がマンティコアを追い詰めている。
誰が先に殺ってもおかしくない。
そんな現状の中。
やがてマンティコアの断末魔が響き、全員の視線がそちらへと向いた。
かくして、そこに立っていた代表生徒は――。
次回【規格外】
その名を冠するに相応しい生徒は。
一年生の中において、たった二人だけ。




