4-1『自警団』
第4章開幕!
あと、昨日の夜の時点でローファンタジーの日間ランキング、表紙に入っていたみたいです。
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ゴールデンウィーク。
それは、この学園において導入された、年度最初の楽園である。
生徒たちが新しい生活にも慣れ始め。
誰それが校則を破ったなどという話もいい加減聞かなくなってきた。
そんな折に――。
「定期テストまで一か月を切った」
病室に来た榊先生より、絶望の一言が下った。
「嘘……でしょ」
「嘘ではない。一学期、中間テストまで残すところ一か月だ。そして、お前はその内の二週間……ゴールデンウィークも含めて入院生活を送ることになる。……言いたいことがわかるな?」
はっはー、絶望的、ってことですね?
自習でできることにも限りがある。
加えて、この学校において定期テストとはとても重要な役割を持つ。
そう、皆さんご察しの通り、金の入手がかかっているのだ。
「C組の中では……雨森、貴様が最も所持金が少ないからな。何をトチ狂って教室をリースしたかと思ったが、ここにきて最悪な方向に進んでいるな。なあ? 所持ポイント五万弱の雨森悠人」
やばい、これはヤバい。
時間は腐るほどあるが、勉強しようにも利き腕骨折してるし。
正直、勉強のしようがない。できてもせいぜい暗記くらいだ。
「……ちなみに、ポイントはどんな感じで入るんでしょうか?」
「学年一位、100万Pから、第二位、80万、第三位70万、そこからどんどん落ちてゆき、11~30位は30万、31位~60位は20万、61位~は10万となっている」
うっわぁ、何それ理不尽。
一位と最下位で十倍も差があるんですが。
黒月は確実に上位三位以内をとってくるだろうし、朝比奈嬢も頑張れば上位十名には入れるだろう。そのほかにも数名、上位入賞できそうな人物に心当たりはあるが……ううむ。人を羨んでいられるほどの余裕もないんですよねぇ。
「まあ、安心しろ雨森。クラスの平均点がそのまま私たちの給料に直結するからな。私は全力をかけて最高の授業を行っている。ただし、お前は受けられないという話だがな」
なんたる理不尽!
やだよ、星奈さんを助けるために頑張ったんだぜ!
ちょっとくらい優遇措置があってもいいじゃないか!
そう言おうとするが、彼女は小さく息を吐いて立ち上がる。
「まあ、無用な心配だと思うがな。お前にはぜひとも一位を取ってもらいたい」
「頭大丈夫ですか?」
いつも授業で問題にこたえられていない僕に何を求める。
そう返すと、彼女は楽しげに笑って去っていく。
「金が賭かれば手は抜けないだろう?」
机の上へと視線を向けると、彼女が用意したらしい教材がずっしりと積まれている。これを全部やれと? 残りの二週間足らずで? この折れた腕で?
「……笑えないにも程がある」
僕は呟いて、窓の外へと視線を向けた。
……まぁ、結果として。
高校生活最初のゴールデンウィークは、勉強と入院で潰れました。
☆☆☆
その、ちょうど二週間後に僕は退院した。
退院した翌日から学校へと戻った僕は、クラスメイトたちに退院を祝われつつも、かなり遅れて本格的な試験勉強を開始した。
……えっ、みんなに追いつけたのか、って?
おいおい、そんな野暮なこと聞くんじゃないよ。
ご想像にお任せします、ってやつだ。
そして、試験当日。
国語、数学、英語、その他諸々……と。
たった一日に詰め込んだ超ハードスケジュールは流れるようにすぎてゆき、午後四時を回ったあたりで、終業のチャイムが鳴り響いた。
そして、その瞬間、クラス中から安堵の吐息が湧き上がる。
「お、終わった……!」
誰かが呟き、緊張していた空気が一気に霧散する。
僕は天井を見上げて眉根を揉むと、斜め前の席に座っていた倉敷が疲れたように僕を振り返った。
「雨森くんも、さすがにおつかれの様子だねぇー」
「お前もな」
「そりゃそうだよー! 一夜漬けが過ぎちゃったね!」
委員長が一夜漬けでいいんだろうか?
そんなことを思ったが、彼女はどっちかと言うと、完璧な委員長よりも、愛嬌があってどこか憎めない委員長、の方が似合う気がする。
それに、完璧なんてのは朝比奈嬢だけで十分だからな。
「雨森くんは、手応えあり、って感じかな?」
「だったら嬉しいけどな。おそらく、平均点前後だろう」
二週間もの間授業に出ることも出来ず、平均点まで追いつけた僕を褒めて欲しい。そんな思いでそう言うと、彼女はパチパチと拍手しながら褒めてくれる。何この子、ずっと猫被ってた方がいいんじゃないかしら。
「すごーい! なら、次のテストは上位間違いなしだねっ!」
「まぁ、頑張るさ」
僕らはそこで一旦話を断ち切った。
周囲へと視線を向けると、余裕だったり阿鼻叫喚だったり、いろんな生徒がみてとれる。
その中でも一際余裕そうなのは黒月。
アイツは……もう、ぶっちぎりで問題を解き終わるのが早いからな。僕達がカリカリやってる中、一人だけ『よし、満点』みたいな雰囲気で筆記用具を片し始めるのだ。一度でいいからあいつの脳内を覗いてみたい。
次に余裕そうなのは……まぁ、朝比奈嬢だろうな。
彼女へと視線を向けると……何をするつもりだろうか? 彼女は教壇の方まで歩いていくと、クラスメイトたちへと向けて声を上げる。
「みんな、悪いけれど……ちょっと注目してくれるかしら。試験が終わって間もないけれど……次の【体育祭】について、少し話しておきたいの」
出た、体育祭。
この学園において、五月の末……つまりは定期テストが終わってすぐに、体育祭なるイベントがある、らしい。
噂によると、体育祭は【クラス対抗】で行われる。
また、体育祭で得たポイントはそのまま各々のクラスへと割り振られるらしく、例えば30万ポイントを獲得すれば、三十人で分け、それぞれ1万ポイントずつ貰えるらしい。
まぁ、定期テスト程のポイントは貰えないと思うが……それでも、お金がかかっているとなれば、生徒たちは死に物狂いで頑張るだろう。
「嫌な予感しかしねーよー。だって、A組の熱原、B組の新崎、加えて他学年の魑魅魍魎まで入り交じっての対抗戦だろー? 勝てる自信ねー……」
烏丸の言うことも一理ある。
新崎はここの所動きを見せていない。それは、単に僕らへ攻撃するつもりがないのか、あるいは……大きなイベント『体育祭』で一気にしかけてくるつもりか。いずれかに一つだろう。
それに、沈黙したA組についても無視は出来ないし……。
何より問題は【体育祭】という部分にある。
「ええ、確かに敵は強大よ。けれど、私たちC組には、運動神経抜群の、非能力戦、最強の男がいるじゃない!」
じろり、とクラス中の視線が僕へと向かった。
僕は、咄嗟に視線を窓の外へと移動した。
「確かに……体育祭ってことは、異能無しの競技も必ずあるはず。ってことは、上手いこと行けば雨森の一人勝ちになる可能性も……」
「無きにしも非ずよ!」
ねぇよ、と。心の底から吐き捨ててやりたかった。
こうなると予想できたから体育祭は嫌なんだ。
下手に身体能力の高さを見せてしまったが故の障害。
まぁ、朝比奈嬢に『弱いから常に見張って守ってあげないと』と思われ続けるよりはよっぽどマシだが、これはこれで辛いものがある。
「まぁ、できることは限られると思うけどな。……A組にも、明らかに二メートル超えてる外国人居るみたいだし」
「あー、あの、長い金髪してる奴だろ? ロバート・ベッキオだっけ? 闘争要請にも出てたよな?」
そう、A組にはまだ見ぬ規格外が居るはずだ。
その筆頭があの女だが、彼女を除いたとしても、ロバートなんかはひと目で分かる【傑物】だろう。
見上げるほどの身長に、微塵も揺れることない重心。
服の上からでもわかる筋肉の隆起に……もう、弱いわけないよね。
「二メートル超の外国人に……走って勝てるかと聞かれたら自信が無い」
僕の言葉に誰もが苦笑いをうかべる中、朝比奈嬢は教壇を叩いた。
「それはともかく……頑張るしかないわ! それで。今回みんなに聞いてもらいたいのは、体育祭の【警護】について、なの」
「……警護?」
腕を組んだ佐久間が、気になったように口を開いた。
「また、新崎やら熱原やら、あの連中が襲ってくると?」
「佐久間くんも分かっているでしょう? あの連中が、このようなイベントを見逃すはずがない、って」
彼女の言葉に、この場にいた全員が納得してしまった。
それだけの事をやらかしてるあの二人である。
熱原はともかく、新崎は確実にこの体育祭で何らかの行動を起こすだろう。それが他クラスへの攻撃になるのか、嫌がらせになるのか、闘争要請になるのかは分からない。
それでも、何かがある。
彼女はそう考えて【警護】という言葉を使ったのだろう。
「当日、体育祭の警護は、私たち【自警団】が行うわ」
彼女の言葉を受け、倉敷や黒月が頷いた。
組織名――自警団。
それこそが朝比奈霞の立ち上げた新勢力だ。
それは学年、学級問わず、ありとあらゆる人材を集め、学園の秩序を守る為に動く正義の結社なのだそうだ。
結成からわずか数週間で、構成人員は二十人超。
三学年全員で270人居ないとかんがえると、それなりに大きな勢力だ。
ちなみに、倉敷と黒月は、副団長という最高幹部に位置しているらしい。
「といっても、私達も競技がある手前、あまり警備に専念することも出来ないのだけれど。それでも、新崎くんや熱原くんの動きに目を光らせることくらいは出来るわ」
「まー、こんな事じゃ生徒会やらは動いてくれねーしなー」
生徒会が動くのは、闘争要請や校則違反などが起きた場合だけ。
それ以外は基本的に無関心を貫き通す感じらしい。
だから、というのもあるのだろう。彼女が自警団なんてものを作ったのは。
彼女へと視線を向けると、その瞳には大きな覚悟が灯っている。
「ええ、だから。私はみんなの力を借りて、本当の正義を為してみせるわ!」
かくして、彼女の演説は幕を閉じる。
結論だけ言ってしまえば。危険だから自分の組織で警護する、ってだけ。
けれど、彼女の組織も出来たてホヤホヤ。
何もかも完璧にこなせるわけじゃない。
だからこそ、こうして僕らに伝えたのだろう。
『自分一人じゃ守れないから、力を貸してほしい』と。
少し前の彼女なら、全てを一人で為そうと考えていただろう。
そこから、何かしら思うことがあり、変化した。
もう、自分が正しいと信じるだけじゃない。
朝比奈霞は、自分の考えに疑問を持つようになったのだ。
果たしてこの変化を良いものと捉えるか、悪いものと捉えるか。
プライドを捨ててまで、誰かを助けることが正しいのか。
意固地になってでも、初志貫徹をするのが正しいのか。
僕には答えは分からない。
きっと、朝比奈嬢本人にも分からない。
だって答えは、未来にしか転がっていないのだから。
……さて、朝比奈嬢の【自警団】も動き出した。
この気配を感じ取れないほど、新崎やらも馬鹿じゃあるまい。
確実に、何かしらの手を打ってくるはず。
そして、その手の【裏】を読み切り、夜宴で叩く。
……と、そこまで考えたところで。
壇上の朝比奈霞へ視線を向ける。
入学から、既に時は経ち。
幾度と負けて、幾度と挫折し。
その度に少女は成長してきた。
まだ結果には現れていないが。
朝比奈嬢は、確実に正義の味方として開花を始めている。
ならば。
そろそろ僕も、結論を出す頃だ。
C組の神輿として。
学園を潰すリーダーとして。
朝比奈霞は、本当に相応しいのか否か。
「…………」
よし、決めた。
今回、僕は一切の手を出さない。
新崎の相手は朝比奈嬢に一任する。
倉敷と黒月には引き続き手伝わせるが、僕が裏からを手を回すことは無い。四季も、体育祭の間はスパイお休みだ。
その上で。
朝比奈霞が、新崎康仁に敗れるようなら。
使い物にならないようなら。
その時は、1年C組に未練はない。
「……B組か、……あるいはA組か」
使えないクラスに居るつもりはない。
星奈さんのおかげで、闘争要請を介せばクラス移動も可能だと確認できた。
となれば、朝比奈霞が負けた時。
僕の取る手段など、子供でも分かる。
僕は、窓の外へと視線を向ける。
遠くには、真っ黒な曇天が広がっていた。
新崎康仁の相手を朝比奈霞に任せる。
そう決断した雨森悠人は。
されど、一抹の嫌な予感を覚えていた。
敵は、新崎康仁だけじゃない。
きっと、誰も彼もが動き出す。
1年A組や、上級生たち。
そして学園上層部。
仮に彼らを相手取った時。
もはや、異能を出し渋る余裕などあるはずもない。




