3-14『幕間』
いつもの幕間です。
その日。
病室に、女神が舞い降りた。
「あ、雨森くん……来ちゃいました」
「なんて素晴らしい日なんだ……」
そう、女神といえばお馴染みの星奈さんだ。
はっはー、やっぱり星奈さんは最高だね! 病院で入院してる人にいきなり電話ぶっ込んでくるどこぞのアホとは大違いだ!
彼女は遠慮気味に病室へと入ってくると、ベッドの隣に椅子を移動し、ちょこんとおすわりになった。尊い。
「あ、あのっ、大丈夫ですか、体調は」
「ええ、たった今万全になりました」
「ふふっ、雨森くんは、いつも面白い冗談を言いますね」
冗談じゃないんです、本当なんです。
星奈さんパワーとでも言うのかな? もう、なんていうか、近くにいるだけで体の傷が癒えていく感じがする。えっ、もしかして星奈さん、体の周囲に常に【医術の王】を展開してたりする? 井篠の上位互換だったりするのかな?
そんなことを考えていると……コンコンっ、と病室のドアがノックされた。
「ひうっ!」
僕と一緒にいるのを見られるのが気恥ずかしいのか、星奈さんが真っ赤になって体を跳ねさせた。やばっ、何たる可愛さ、萌え死にそう。
「どうぞー」
しかし、僕に待ったは無しだ。
へっへっ、星奈さんとの二人っきりを自慢してやるんだー。
そんな意味も含めて入室の許可を出すと、何やら聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっまもりー。元気だったかー?」
「我が来ましたよ! 雨森氏!」
「ちょっ、火芥子さんっ、天道さんっ! 病室なんだからもう少し……って、あれっ? 星奈部長、来てたんですか?」
やべぇヤツらが来やがった。
なんとびっくり、文芸部、全員集合である。
これならまだ四季が乱入してきて雰囲気悪くなった方が良かったかもしれん。そう思えるほどのざわめきが病室内に駆け巡る。
「おや、雨森。今日も生きていたようだな。まぁ、二次元ならばこの程度の怪我、数ページで完治して然るべき……あるいは、そもそも怪我自体の描写もなく次の章に突入するところだが、これが三次元の限界か」
「雨森氏! 病院は暇かと考え、我が伝統ある古の図書室より、幾つかの英雄譚を持ち出してきました! ぜひ読んでみてください! あっ、ラノベ系なんで、頭空っぽにして読んでくださいね?」
「雨森ー。聞いてよ、星奈さんってば、今、C組で大人気なんだって。もう、男子からモテてモテて……。今や倉敷さん、朝比奈さんと並ぶC組の三大美女に数えられるほどさー」
「すごい納得」
「も、もうっ、雨森くん!」
「み、皆さんっ! 病院ですよここ!」
もう、セリフで分かりますね。
最初から順に、間鍋くん、天道さん、火芥子さん、僕、星奈様、そして井篠である。えっ? 星奈様と井篠だけ呼び方が違う? まっ、井篠は付き合いはある程度長いし、星奈様は無論、特別だ。
通りかかった看護師さんがギロリと鋭い目付きで睨んできたため、僕らは声のトーンを落として話すことになった。
「にしても、雨森も無茶するよー。星奈さんを助けるため、とは言っても、かなーりムチャしたんじゃないの? B組の四季さんには殴りかかるわ、新崎と戦ってボコられるわ……。大丈夫なの? あの後、B組とは」
火芥子さんが、少し心配そうに問いかけてきた。
まぁ、これは星奈さんからも聞きたいであろう質問だな。
星奈さんをみると不安そうに僕を見つめており、僕は肩を竦めてそれに答えた。
「ま、新崎は僕への興味は無くしたみたいだな。四季については、お互いに謝罪して仲直りしたよ。向こうも、星奈さんを弄ってたことに罪悪感を覚えてたみたいでな。星奈さんにも『ごめんなさい、仲良くしてください』だってさ」
「そ、そんなっ! こ、こちらこそです! 四季さんは、裏でいつも私のことを助けてくださっていたので……」
「へー、意外。……って、ちょいまち? 雨森ってば、そんな娘のこと殴っ」
「さて、話題を変えよう」
嫌な雰囲気になってきたため、露骨に閑話休題。
火芥子さんはジトっとした目で僕を見ていたが、完全にスルー。僕はまだ話が通じそうな井篠へ向かって質問を投げる。
「それで、あれ以降……B組からの動きはあるのか?」
「いや……それが、なんにもないんだよ。逆に何にも無さすぎて不気味なくらい、って朝比奈さんもいってた」
「朝比奈? 朝比奈……あぁ、はいはい、居たねそんなのも」
「雨森、お前は三次元の名前を覚えるのが苦手なのか?」
間鍋くんが、心底心配そうに尋ねてくる。
だけど安心して、僕が覚えないのは朝比奈霞だけだから。
その四文字がどうしても思い出せないのよねぇ。どうしてかしら。
「ははは……。でも、朝比奈さんも、最近は生き生きしてるよ? なんでも、同志を集めて何かの団体を作る、とか何とか。あっ! そうそう、倉敷さんと、黒月くんも入るんだってー」
「へぇ、そんなことになってるのか」
まぁ、黒月が頻繁に情報を送ってくれてるから、大抵の事は知ってるけどな。それでも、他から見た感想、ってのは案外重要になってくるもんだ。
「まぁ、そういうことは生徒会やら風紀委員会やらに任せておけば……とも思うけど、あんまり信用出来ないんだよねー、この学校のシステム」
「あぁ、学園生活が始まって……未だに生徒会や風紀委員会が正義を為している姿を見ない」
「あっ、でも、A組と戦った時はきてましたよね、審判員として」
あぁ、熱原の熱量を間近で受けて、汗ひとつかいてなかったあの化け物か。
見た目は普通の女子生徒なのに……人って見かけによらないですよね。
「だが、それだけだろう? 彼らは困っている人を助けようとさえ思っていないきらいがある。朝比奈より……どちらかといえば新崎に近いイメージだな」
「そ、そう、です。新崎くんは、自分が正しいと思ったことを、とことんまでやるタイプの人です、ので……」
「逆に、間違っていること、どうでもいいことには手も出さない、か」
あるいは徹底的に潰すまで考えられる。
そう考えると……気心の知れた朝比奈霞プレゼンツの方がよっぽど有り難いだろう。彼ら彼女らもそんな結論へと話を進めていった。
「それで、この中で……誰か入るのか? その組織に」
「えー、入れるとしたら雨森くらいじゃないの?」
僕は何の気なしに問いかけると、意外な答えが返ってきた。
「……僕が?」
「そりゃそうでしょ。今や雨森ったら、C組が誇る、異能無しの肉弾戦最強の男だからねー。朝比奈さんも、今まで以上にアンタを欲しがるでしょうよ」
うっわ、なにそれ嫌だ!
僕についての情報は全く貰ってないからな……。
想像は付くが、あまり聞きたくないっていうのが現状です。
ですが、我らが女神は目をキラッキラさせて嬉しそうだ。
「そうなのです。雨森くんはすごい人でした。新崎くんと能力も使わずに渡り合ったということで、かなり雨森くんブームがきています」
「嘘だろ……」
黒月ブームの次は僕か。
星奈さんが言うには、僕が生身で戦えているのは、ひとえに身につけた武術の特殊性からだ、とかなんとか、そんな噂が流れているらしい。
ま、そりゃ特殊ですよ、だって我流ですもん。
武術なんて習ったことないですもん。そりゃ、誰も見た事がないから特殊とか思われても仕方ないっすよ。
「それでっ、今、雨森くんに色々と技を教えてもらいたいって人達と、雨森くんを部活に誘いたい、っていう運動部系の人達が沢山C組に来てるんだよ!」
「まー、C組の中にも、雨森の秘密……? 技術か何か知らないけど、そういうのを教えてもらいたい、って奴は多いみたいだけどねぇ。特に、非戦闘系の能力者が多いみたいよ」
確かに……井篠からも教えて欲しいとか何とか言われてたっけ。
力のないものからすれば、僕の力はさぞや神々しく映るだろう。
だけどごめんね、これって純粋な身体能力だから。技術とかそういうので再現出来るやつじゃないから。
「……まぁ、正直なところ、三年間で習得できるような武術じゃないんだけどな。今から習ったって、在学中に基礎まで完成するかどうか……それなら、他の技術を伸ばした方が生産的だと思うが?」
「なるほどねー。それ、来てる人達に言っとくよ。そうすれば少しは静かになるっしょー」
「助かるよ、火芥子さん」
面倒臭がりな感じだが、やっぱり火芥子は頼りがいがある。
もうみんなのリーダーって感じになってるし、文芸部の副部長の座を明け渡しちゃおうかしら。この人の上に立って頑張る未来がみえましぇん。
「と、言うことで、雨森が有名になってる以外には、特に変わったことは無いよ。いつも通り、平穏な日常さー」
彼女はぐてっとしながらそう呟いて。
そして、たたたっと廊下から走るような音が聞こえた。
ノックもなしにバーンと扉が開かれ、その向こうから倉敷が姿を現す。
もちろん、みんなのいる前だし委員長モードのようだ。
「やっほー! 雨森くんげんきー?」
「倉敷さん、病室なんだから静かにしてくれ」
「あ! そっかそっか、ごめんごめん……」
えへへー、と困ったように笑う倉敷。
本当にこういう性格をしてるんだったら素晴らしいよね。
でも、本心は違うんだ。こいつ、こんな表の顔してるくせして、内心はヘドロみたいな汚泥の塊なんだ。
「ほら、みんなも早く入って入って!」
倉敷がそう声をかけると、ゾロゾロと病室に見知った顔が入ってくる。
黒月に、佐久間や烏丸……げっ、朝比奈嬢までいやがる。
「あっ! こいつ、朝比奈さんの顔みて眉がピクっとしたぜー」
「入院していても相変わらずだな……。ある意味安心したな」
烏丸と佐久間がいつもの様子で話しかけてくる中。
いつになく遠慮気味の朝比奈嬢は、チラチラとこちらへ視線を向けてくるばかり。……うん、特に用事がないなら無視するか。そんな感じで視線を逸らすと、彼女は目に見えてしゅんとする。
「うう……雨森くんにも、新しい組織に入って欲しいのに……」
「か、霞ちゃん! 逃げちゃダメだよ、雨森くんは弱ってる、つまり。今なら押せばなんとかなるさ! 弱みにつけ込むんだよ霞ちゃん!」
「そ、そうね……! 何だか悪役みたいだけれど……私頑張る!」
倉敷のせいで、朝比奈復活!
彼女はずいずいと近づいてくるが、僕はいつも通り無視をするだけ。
いつものように朝比奈嬢が崩れ落ち、病室の中に笑いが溢れる。
色々とあったが、C組はいつも通りの正常運転らしい。
それでも、内包している無数の状況には変化がある。
朝比奈霞の新勢力設立。
僕ら夜宴の新メンバー。
そして、新崎康仁の興味の矛先。
変わっていくもの、変わらぬもの。
沢山あると思うけれど……少なくとも、この光景は変わらずにあって欲しいものだ。心のどこかでそう思う僕がいて、僕は少しだけ微笑んだ。
「あー! ちょっと、いまの見た奴いる!? 雨森笑ってたぜ!」
「う、嘘……っ! お、お願い雨森くん! もう一回! もう一回チャンスを!」
烏丸やら朝比奈嬢やらが騒ぎ立て、僕は窓の外へと視線を向ける。
やがて、鬼の形相をした看護師さんが怒りに来るのだが、またそれは別のお話。
平和だなぁ……。
次回から第4章です。
ここで少々、次章のあらすじを。
ついに始まる体育祭。
ちょっと時期的に早くない?
そんな疑問など知ったことかと、選英高校は体育祭を開催する。
熱原、新崎戦と続き身体能力を誇示してきた雨森は、さも当然のようにクラスの期待を一身に背負うこととなるが……。
波乱しか見当たらない狂気の体育祭、開幕!
しかしその裏では、多くの思惑が蠢いていた。
本格的にC組を狙い始めた新崎康仁。
冷たいほど動きを見せない橘月姫。
熱原との戦いを見て、雨森悠人に興味を抱いた上級生たち。
全校生徒を巻き込んでの体育祭は、否応なしに雨森悠人を飲み込んでゆく。
そして、我儘が過ぎる思惑は。
時に、雨森悠人の禁忌に触れる。
「――そんなにも、潰されたいか」
彼の『自由』が阻害されたとき。
眠れる狂人は、動き出す。
第四章 正義の味方 朝比奈霞
選英高校体育祭編、開幕となります。
面白ければ高評価よろしくお願いします。
とっても元気になります。




