3-13『後日談』
その翌日。
案の定というかなんというか、新崎にボコられた僕は、学園の敷地内にある病院へと入院していた。
『入院です。前回の大火傷の際も言いましたが、本当に人間ですか? 普通なら死んでますよ』
数日前、医者に言われた言葉を思い出す。
熱原との戦闘もなかなかに重傷を負わされた僕ではあったが、今回の新崎戦はそれ以上の瀕死まで追い込まれてしまった。
なにせ、嘘偽りなく、本当に気を失ってしまうほどである。
話を聞くに、内臓破裂、肋骨は六本折れて、頭蓋にもヒビが入り……その他諸々、無事じゃない箇所が見当たらなかったそうだ。なんで生きてるんでしょうね。自分で自分が不思議です。
「はい、悠人。あーん!」
声が聞こえてきてそっちを見ると、幸せそうな四季いろはが、僕に向かって切り分けたリンゴを近づけてくる。
その光景を見ているのは、倉敷と黒月の両名。
二人は信じられないものを見たとばかりに四季を見つめており、倉敷は呆然と呟いた。
「……お前、麻薬でも使ったのか?」
「失礼ね! 悠人がそんなことするわけないでしょ!」
僕より先に、四季が倉敷へと突っかかった。
四季はふんすーと鼻息を荒くすると、頬を染めて語り出す。
「単純に、私は悠人に惚れたのよ。暗がりで顔も見えなかったけれど、二年生のど屑連中に攫われ、暴力の限りを尽くされた私を、優しく抱きしめ、助けてくれた悠人! この方は私にとっての王子さ――」
「四季、リンゴをくれ」
「はいっ、ただいま!」
凄まじい変わり身で、四季がリンゴを差し出してくる。
僕は彼女の口からリンゴをかじると、ものすごーく幸せそうに顔をゆるめる四季いろは。すっげぇな、星奈さんに癒されてる時の僕みたいになってるぞ。
ということは……この感情は、愛?
「てか、倉敷さんっていったっけ? アンタ、キャラ違くない?」
「んだよ、雨森。てめぇ説明してなかったのか?」
「あぁ。四季。ちょっと頼み事があるんだけどさ」
「いいですよ!」
即答であった。
というか、なんにも言ってないのに許可が下りた。
えっ、なに、どうしたのこの子。
そう考える僕を他所に、彼女は恋する乙女の表情だ。
「悠人の言うことは絶対に服従するわよ。それで褒めて貰えるならば……あわよくば頭を撫でてもらったり、抱きしめて貰えるならば! 私は全身全霊を以てなんでも致しましょう!」
「なるほどぉ。雨森、やべぇ女連れてきやがったな」
「雨森さん、倉敷さんと同感です」
おいおい止せよ、四季は僕のことが好きなだけなんだ。
なんだったら、僕だって星奈さんのためならなんだってするよ? 抱きしめてあげる、って言われたらこの学園を統一することだってやぶさかじゃない。
つまり結論、星奈さんは偉大だって話だよね!
「まぁ、それは置いておくにしても……。四季。僕らは朝比奈霞という個人を影から支え、この学園をぶっ潰そうと考えている。そのために組織を作ったんだが、それにお前も入ってもらいたい。ちなみに入ってくれたら一週間に一回抱きしめる」
「えっ、断る選択肢がないんですが」
四季は、愕然と呟いた。
よし、これで四季いろはの【夜宴】参入が決定した。
倉敷たちを見るも、四季の能力を知っている手前、「性格に難はありそうだが、仕方ないから入れよう」みたいな雰囲気だ。
四季へと視線を戻せば、相変わらず一人で狂喜乱舞している様子。
そんな姿を見て二人が苦笑する中、僕は、内心で笑った。
――限りなく、想定通りに全てが進んでいる。
まず、四季いろはを手に入れた。
彼女を、僕が拉致した。
存在しない生徒たちをでっち上げた。
痛みと絶望で彼女の思考を大きく削った。
彼女の体内時間を狂わせた。
空腹と絶水の果てに心まで追い込んだ。
まぁ、その根底には僕の【本当の異能】が作用している訳だが、あくまでも『四季いろはの心を壊す』ことへの補正に過ぎない。
大事なのは、最後に差し出した飴の方。
彼女は不幸としか言いようがないだろう。
だって、彼女はなんにも悪くないのだから。
この学園に、新崎康仁を警戒している者は多く居る。
彼が最も厄介だと考えるものも、きっと多い。
だけど、それは間違いだ。
だって、一番ヤバイ人間はここに居るんだから。
なぁ、四季いろは。
言ってみれば、恋は麻薬だ。
お前はもう、僕から離れられない。
この先、僕がお前の心を手放すことなど有り得ないから。
延々と使い続けて、使い潰れるまで隣に立たせる。
そうでなけりゃ、策を弄した意味が無い。
それでもきっと、お前は幸せだろう。
思う存分、僕の【駒】として働き続けて。
小さな愛を、恋を、麻薬のように与えられ続けて。
じわじわと弱っていくのも自覚できなくて。
お前は、死ぬまで僕の駒で在り続ける。
あぁ、また、他人の人生をひとつ、壊してしまった。
僕に出会わなければ、四季いろはにも違う一生があったろう。
誰かと出会い、恋をし、結婚し、子を産んで、次に託す。
そんなことは、もう叶わない。
お前は僕だけに恋し続ける。
決して叶わぬ恋を続ける。
僕が死ぬまで。あるいはお前が死ぬまで、だ。
安心してくれ。不幸にはさせないから。
人生を棒に振ることになるだろうが。
お前の人生、滅茶苦茶になるだろうが。
お前はきっと、この先ずっと幸せだ。
「四季、お前は僕のものだ」
「はいっ! その言葉だけで、私は幸せです!」
四季の言葉を受けて、僕は笑った。
僕の笑顔を見た四季は黄色い悲鳴をあげたが。
対する倉敷と黒月は、引きつったような笑顔をしていた。
☆☆☆
それと同時刻。
朝比奈霞は、考えていた。
「何故……この学園は、こうも荒れているの?」
部屋の中から窓の外を見上げる。
何故、この学園において争いが絶えないのか。
それは、学園が闘争を推奨している……だけでは無い。
朝比奈霞は思った。
生徒たちは、不安なのだと。
不安だから、悪に走るし、争いが起こる。
全てが満ち足りていれば、なんの問題もない。
誰もが幸せだし、争いも悪も全てが無くなる。
秩序で満たされる。
それこそが、彼女の望んだ正義だった。
「今回も……私は」
最初から雨森悠人を助けていれば、彼は入院などせずに済んだ。
けれど、その介入を黒月と倉敷が必死に止めた。
今出ていけば、必ず戦いになり、退学処分となる。
戦いを始めるなら、雨森悠人が限界まで粘ってから。
罰金が発生するにしても、最低限にするべきだと。
朝比奈霞の身を案じ。
どころか、雨森悠人の体の状態まで確認し、二人は言った。
あの場所で、あれだけの判断ができた二人を、朝比奈は尊敬する。
そして同時に、悔しいと思う。
あの二人の制止を振り切って、止めてこその正義の味方。
後先を考えることは確かに大事だと思うけれど。
それでも、守る。
何も失うことなく、全てを守り通す。
それが出来てこその、正義の味方。
「なにが……必ず守る、よ」
何ひとつとして、出来ていない。
だから、悔しさと共に、悲しみと共に、覚悟を決めた。
いい加減、足踏みするのは止めにした。
ここから先は、一切の妥協はしない。
一切の手は抜かない、迷わない。
ありとあらゆる手段を用い、この学園を正しく糾す。
この学園の不正、間違い、不平等、悪を排して。
ただ、絶対的な秩序をもたらす。
「それが、私の――朝比奈霞の為すべきこと」
故に、彼女は決断した。
同志を募ろう、自分と同じ考えの者達を。
自分一人では、全てを守り通すには至らない。
現に、倉敷蛍や黒月奏には、幾度となく助けられている。
だから、二人を含め、多くの人を仲間にしよう。
そして、多くの人を救うんだ。
かくして、朝比奈霞は立ち上がる。
空を見上げれば、雲一つない青空が広がっている。
「それじゃあ、早速交渉に移りましょうか!」
彼女はスマホを操作すると、迷いなく一人の生徒へ電話をかけた。
同志を募るならば、間違いなく【彼】が最初と決めていた。
だからこそ、朝比奈霞は――!
「あっ、雨森くん? ちょっとお話が――」
『お断りします』
ブチリと切れた通話を前に、思いっきり号泣した!
少年は嘘つきだ。
彼ら彼女らは知っている。
彼の言葉に真実など無い。
嘘偽りに固められ、心の底は泥の中。
彼の発する一言一句。
その全てが偽りであっても驚きはない。
ゆえにこそ。
少女を使い潰すというその旨は。
それすら嘘と仮定するなら。
きっと彼の言葉は、至極一般的な想いへと反転する。
『お前は誰にも渡さないし、必ず、死ぬまで幸せにするから』
決して彼は認めずとも。
嘘をよく識る少女は微笑む。
ええ、悠人。
私は今日も、最高に幸せよ。
☆☆☆
以上、第三章でした。
メインヒロインは、星奈蕾と四季いろは、皆様のお好きな方を選んで下さい。
えっ、朝比奈……? 誰でしたっけ?
というわけで、
次回、【幕間】を挟んでから新章開幕です!
――第4章【正義の味方 朝比奈霞】
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