3-8『手紙』
なんか、似たような奴らばっかりだな。
黒月の『魔法』により、彼と視覚を繋げていた僕は、そう思った。
ちなみに、朝比奈嬢は『雨森は教室にいる』と思ってたようだが……残念だったな。僕は朝比奈嬢のストーキングを考慮し、思考のさらに裏をかいて男子トイレに引きこもっている。こればっかりは朝比奈嬢でも見つけられまい。
「にしても……霧道、熱原、新崎と……人を殴る系の奴ら多過ぎだろ」
まぁ、それぞれタイプは違うらしいけど。
まず霧道。コイツは単なるバカだった。
滅ぼすには最も易く、御するのが難しいタイプ。
仮に上手く言いくるめて仲間にしたとて、佐久間やその他の「王」系の能力者がいる手前、彼は何の役にも立たなかったろう。
というか大前提。
僕が居る時点で、C組の戦力は既に完結している。
力しか頼りがいがないのにそれすらも無意味に終わる。
つまり、百害あって一利なしの男である。
次に熱原。
コイツは霧道をさらに厄介にしたタイプ。
熱原は下手に頭が回る上、普通に強い。
並のクラスだったなら、本当に一日で掌握することも出来たであろう。今回は熱原以上が居たため、簡単に傀儡化されてしまったようだが。
そして、新崎康仁とかいう男。
コイツは……なんなんだろうな、よく分からない。
笑顔の絶えない爽やかなイケメン。
だけど、表情と言動が全く一致していない。
爽やかな笑顔で人を殴り蹴り、悪意の限りを吐き捨てる。
しかも、本人曰く【朝比奈や黒月を一緒に相手しても勝てる】とのことだし? それが本当だったら洒落にならない気がするんだが。
強くて、賢い、悪意の塊。
しかもその標的は僕っぽい。
でないと、わざわざその場に居ない僕の名前を出したりはしないだろう。
僕は個室の水を流すと、手を洗い、トイレから出る。
タイミングよくクラスメイトが飛び出してきて、僕を見るなり井篠を呼んでくれと叫んでいる。
わざわざ隣のクラスの揉め事に介入するのはどうかと思うが……それを言ってしまえば星奈さんについてブーメランが返ってきそうだ。
結局僕は何も言えずに、文芸部へと駆け出した。
さて、僕はどう動くべきだろう?
☆☆☆
翌週の火曜日
僕は、下足箱の前で固まっていた。
「あら、おはよう、雨森くん! クラスメイトの朝比奈よ!」
「…………あぁ、おはよう朝比奈さん」
「……あらっ? どうしたのかしら、体調でも悪いの? 雨森くん」
珍しく普通に挨拶を返した僕に、朝比奈嬢が心配そうに声をかけてきた。
いや、毎朝毎朝玄関先で待ち伏せしてる奴が何を言ってるんだと言いたくもなるが、まぁ、今回は置いておこう。それよりも重要な問題がここにはあるのだから。
朝比奈嬢は、不思議そうに僕の視線を追って。
そして、僕の手元を見て愕然と目を見開いた。
「な……!? そ、それは……ッ!?」
僕の手には、一通の便箋があった。
白一色だが、どこか上品さを感じさせる美しい便箋。
ピンク色のハート型シールが、便箋の封をしめている。
ま、まさか……いや、でもこれ……えっ、ラブレターって奴か?
おいおい、どうするよ。星奈さん以外から貰っても大して嬉しくないんですけど。……あっ、もしかして星奈さんから? このラブレターってもしかして星奈さんのヤツ? だとしたら今すぐにでも狂喜乱舞したいところですが。
僕は心を鎮め、慎重にラブレターを裏返す。
隣ではドキドキした様子の朝比奈嬢が固唾を飲んで見守っており。
そして、便箋の表に書いてあった【送り主】の名前は――!
『新崎康仁より♡』
「はっ、しゃらくせぇ」
僕は、その場で便箋を破り捨てた。
「ちょ――! あ、雨森くん!? い、今、新崎くんって――」
「あ? 誰だお前は」
「さっ、さっき挨拶してくれたのに……」
しゅんとした朝比奈を無視して、僕は歩き出す。
なーにが嬉しくて朝っぱらからこんな気分にならなきゃならんのだ。
せめて、嘘でもいいから星奈さんの名前を書いておいてくれるとありがたかった。そうすれば意気揚々と待ち合わせ場所まで出迎き、ドッキリでしたー、と出迎えてくれた新崎の糞を殴り潰す所までは行けただろうに。
そんなことを考えて歩いていると、ふと、見覚えのある生徒たちが前方に集まっているのが見えた。
その中心には……なんだろう、B組の某S崎の姿がある。
集団の中には僕を睨みつけるB組、四季いろはも居て、彼女は僕が近づいて行くや否や、殺意を込めてこう告げた――!
「雨森悠人! アンタに闘争要請を申し込むわ!」
「お断りします」
だが、もちろん即答即断、却下した。
僕は四季の横隣を素通りすると、唖然とした四季は焦ったように僕の肩を掴んできた。
「ちょ! ま、待ちなさいよ! ちょっとくらい思考しなさいよ! というか、アンタ! 手紙思いっきり破いてたでしょ!? 何考えてんの!?」
「手紙? 記憶に無いが……というかお前はどこの誰だ?」
僕の言葉に、四季は限界まで目を見開いた。
どうも、都合のいい記憶力をしていることで有名な雨森です。
朝比奈嬢が『分かるわ、その気持ち。非常に良く分かる!』みたいな顔で頷いていたが、ねぇ朝比奈さん? お前が同感を示している相手、敵だからね?
「し、信じられない……殴った相手のことも覚えてないっての!?」
「殴った相手……? ……まさか、お前……熱原? 性転換したのか?」
「ぶっ殺す!」
四季、激昂!
怒り狂って襲いかかってきた四季を、近くにいたお友達のギャルたちが必死になって止めている。ひー、おっかねぇ。
「で、四季と……そのお供たち。何の用だ?」
覚えてんじゃないのよ! という四季の声をスルー。
僕は彼らへと視線を向けると、集団の中から一人の男が現れた。
彼は、どこにでもいるような、黒髪の優しそうな少年だった。
万人受けするような笑顔は見ているだけで安心する。
生まれてこの方嘘とは無縁の人生を歩んでいるのだろう。
そんなことを考えてしまうほどに、彼の笑顔は完璧だった。
だからこそ【作り物】感が半端なかった。
「やぁ、こんにちは、雨森悠人。君に興味があって待っていたんだ!」
「あ、貴方……新崎康仁! どうしてここに――」
背後で、朝比奈嬢が敵意をあらわにする。
なるほどー、記憶間違いだったら良かったんだけどな。どうやらこの男が新崎ってことで間違いないらしい。
僕は改めて新崎の姿を見据える。
……どうやら、戦えるって言うのは嘘じゃないらしい。
上手く誤魔化しているが、制服の上からでも筋肉の隆起が見て取れる。先程から全く重心がブレていないし……純粋な殴り合いでも結構強そうだ。
「いやー、実はね! いろはちゃんを情け容赦なくぶん殴り、人の目なんて気にせず自由にやるその感じ? 見ていてスカッとするような君の言動? 実に目障り極まりなくてね? 潰しに来たんだー」
とか思ってたら、衝撃発言。
あれっ? この人……僕の事を潰すとか言わなかった?
もしかしなくても聞き間違いかな? だといいな、切実に。
僕は無言で佇んでいると、新崎は親切にも同じことを言ってくれた。
「君を、潰しに来たんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、僕はC組へと逃げ出した!
やだっ、何この人、めっちゃ怖いんだけど!
虫も殺さないような優しい笑顔で平然と人を殺そうとしてるんですけど! なんなのこの人、サイコパス? やべえよこいつ、熱原よりも怖いんですけど。
歩き出した僕の肩を、がっしりと新崎が掴んだ。
その力は非常に強く……僕をして全く動けないほどだった。
「もしかして、サイコパスなんて思ってたりする?」
「……心を読む系の能力者なのか?」
「否定しないんだねっ、すっごい胸糞!」
そんなに爽やかな笑顔で『胸糞!』って言った奴、初めて見た。
ただ、その瞳の奥は全く笑っていなかったけど。
「僕はね、子供の頃にヒーローに憧れたんだ。……あぁ、その在り方に憧れたわけじゃないよ? ただ、他人を救って色んな人から信仰、信頼されるヒーローという立場に恋焦がれたんだ。俗に言う、子供の頃の夢、ってヤツだね!」
「そんな世俗に塗れた子供がいてたまるか」
僕のツッコミも、完全にスルー。
彼は楽しげに言葉を重ねている
「でも、ある日思ったんだよ。ヒーローって、ちょっと高望みしすぎじゃないのか、ってさ。多くを望むから何もかも取り零す。なら、最初っから取捨選択すればいい。必要な悪は放任し、必要な犠牲は妥協する。そうして世界を回してく。誰かが犠牲になった上に、90%の平和を築く。それが最も簡単で、実現的で、正しいことなんだ」
彼の言い分に、朝比奈嬢は飲まれていた。
新崎の言い分を信じるならば、彼もまた正義の味方なのだろう。
ただ、朝比奈嬢のソレとは、全く別の立場のソレだ。
彼女の正義は全てを守ること。
対して新崎の正義は出来る限りを守ること。
似ているようで、相反する。
犠牲を許容するか、断固として反対するか。
それは、決して交わることは無い、遠く離れた平行線だ。
「で、その話が何に繋がる?」
「星奈蕾は、1年B組の生徒が平穏に過ごすため、必要な犠牲だ、生贄なんだ。だから、返してくれないかな? 放課後や昼休みになると、必ずいなくなっちゃうんだよね……。君が隠しているんでしょ?」
「さてな、知っていても教えると思うのか?」
僕は、新崎の腕を払い落とす。
その光景に、新崎やB組の面々が大きく目を見開いていた。
新崎も腕っ節にものを言わせてクラスを掌握したクチだろう。おそらく、新崎の強さをB組はよく知っているはずだ。
「あ、アンタ……ちょっと新崎、なに手ぇ抜いてんのよ」
「……はは。肩の骨を砕くつもりだったんだけどねー」
新崎の笑顔が、ここに来て初めて『僅かに』曇った。
ほんっと、倉敷ばりに表情を崩さないやつだな。何を考えているのかは知らないけれど……少しは敵対する相手を考えた方がいい。
「それとお前、星奈さんを【返せ】と言ったか? なるほど、どうやらお前は大したことがないらしい。これなら熱原の方が厄介だった」
「…………」
ここまで頑なに笑顔で居られると、無性にその笑顔をぶっ壊したくなってくる雨森悠人です。
僕は一歩踏み出してそう言うと、B組の面々が頬を引き攣らせた。
「熱原なら、公衆の面前で僕を殴ってでも脅しをかけて来ただろう。……こうして、校則に則って交渉に来てる時点で、お前は熱原ほど厄介じゃない。非常に御しやすい、井の中の蛙だ」
「……素晴らしいね。こんなにも腹が立ったのは幾年ぶりかな」
新崎の体から、殺意が溢れる。
彼は拳を握り締める。
自然体から、拳を振り抜くまでは秒と掛からなかっただろう。
あまりにも喧嘩慣れした男の拳。
速く、鋭い、何より重そうだ。
……え? なんで想像なのかって?
そりゃあもちろん、この場にはもう一人正義の味方が居るからさ。
「――雨森くん、文句の付けようのない挑発だけれど……時と場合を考えてちょうだい。危なかったわよ、今」
気がつけば、僕の体は朝比奈嬢に抱えられていた。
わお、まさかお姫様抱っこ【される】側に回ろうとは。
僕は無表情で朝比奈嬢を見上げていると、誰もいなくなった虚空を殴り付けた新崎は驚いたように目を丸くした。
「……おやっ、確かに殴ったと思ったんだけど――残念だったな、それは残像だ、ってやつかな! すごい、初めてそんなの現実で見たよ!」
「そう、よかったわ。これでも速度だけなら最強の自信があるの。人ひとり抱えていても、これだけの速度なら十二分に出せるみたいね」
朝比奈嬢は、僕を下ろすと背後の新崎を振り返る。
彼は楽しそうに笑っていた。
それは、朝比奈嬢の速度を見たからか。
あるいは、僕が彼の拳を目で追っていたと理解しているからか。
「……雨森くん、そろそろホームルームの時間よ。行きましょう」
「あぁ、この程度なら、コイツに害はなさそうだからな」
「……雨森くん? 少しお口が悪いわよ?」
そうして、僕と朝比奈嬢はC組へと歩き出す。
去り際に振り返れば、新崎は笑っていた。
四季たち、B組の面々は悔しそうに歯を食いしばり、僕らを厳しく睨みつけている。この感じだと……まだ、諦めたようでは無さそうだ。
さて、新崎康仁。
熱原以下と貶されて。
挑発に乗って拳さえ振り上げ、躱されて。
振った話も一蹴されて、何もなせずに時を浪費した。
これだけで終わるなら、楽ちんでいいよな。
苛立ちを星奈さんにぶつけるようなら、それこそ熱原以下……いや、霧道と同レベルという烙印を押し、お前を退学まで追いやろう。
ただ問題は……それ以外の選択肢を取ってきた場合だ。
「やっぱり……君は潰さないと気が済まないよ。雨森悠人」
背後から、そんな言葉が聞こえてきた。
僕は、何となく直感した。
この男はきっと、最悪の手段を取ってくるに違いない。
気に喰わない。
気分が悪い。
今日の内にでも、あの男を潰してしまいたい。
我儘な子供のような無邪気さで。
自分なりの正義の心に則って。
されど、害意の限りで考える。
さて。
雨森悠人のされて嫌なこと、いったいなーんだ?
少年は笑顔のまま、その少女へ歩を進める。
考えればすぐに分かった。
彼が守ろうとしたもの。
彼が大切に思っている人。
それを、引き合いに出してしまえばいいんだ。
「ねぇ、放課後時間あるよね――星奈さん?」
彼女さえいれば。
雨森悠人は、『闘争要請』を受けざるを得ない。
次回【対峙】




