3-6『未解決』
「はっ! そんなに死にたいなら、私が殺ぷぎゃ!?」
目の前の女の顎目掛けて、掌底を叩き込んだ。
脳が揺れて、一瞬にして意識がシャットダウン。
力なく崩れ落ちた少女を見て、残る二人のギャルがたじろいだ。
「ま、マジで言ってんの!? コイツ、頭沸いてるよ!」
「ちょ、ち、近寄んないでよ変態! た、助けて! 誰か助けて!」
二人は周囲のクラスメイトへと助けを求める。
その声に応じて僕を睨みつけたB組生徒の姿もあったが。
「おおっと、今は授業中だぞ? まさか、授業を抜けて他のことに現を抜かそうなどという生徒はおるまいな?」
榊先生のサポート、発動!
簡潔に言うと『授業に反したことをすれば退学にするぞ』だ。
ひやー! 恐ろしい! 教師って怖いね、逆らいたくないですぅ!
僕は拳をごきりと鳴らすと、二人は瞬く間に棄権を宣言した。だが。
「ちなみに、これは訓練だ。訓練とは学ぶためにある。おい、B組の。まさか、生徒に棄権を許すなどと、そんな世迷言を言うつもりは――」
「ないですぅ! 負けるのも立派な経験! 思う存分、内臓をぶちまけちゃってくださぁい!」
B組担任からの承認が出た。
ド天然でドSの破綻者……とは聞いていたが、凄いなこの担任。
曰く『自分のクラスが絶望する様を見たくて』との話らしいが……うん、うちの担任が榊先生で、ほんっとうによかった! ありがとう榊先生!
僕は残る二人へと視線を向けると、肩を鳴らして二人へ告げた。
「蹴られるのと殴られるの、どっちがいい?」
残りの二人は、その後数秒と経たずに気絶した。
☆☆☆
「も、もうっ! なんであんなことをしたんですか……!」
数分後、僕は正座していた。
場所は体育館の一角。
目の前には頬を膨らませ、プンスカと怒っている女神……じゃなかった、星奈さん。これがめちゃくそ可愛いんですが。
「申し訳ありません、カッとなって殺りました」
「危ないです、怖かったです。雨森くんが怪我をしたらとおもうと……心臓が飛び出ちゃうかと思いました……! 心配しました!」
彼女は涙目で僕を睨んでる。
が、全然怖くない不思議。僕はじーっと彼女の目を見ていると、逆に恥ずかしがって目を逸らしちゃう星奈さん。やばっ、可愛さが心の中で破裂しそう。
「にしても、やっぱり強かったんだねぇ、雨森」
ニヤニヤしてる火芥子さんが、そんなことを言ってくる。
気になってはいたのか、井篠も目をきらきらさせてこっちを見ており、僕は軽く肩を竦めてみせた。
「昔、ちょっと鍛えてたことがあってな。……こんな異能だから出来ることは限られるだろうが、純粋な肉弾戦なら任せてくれ。唯一と言っていいほどの自信がある」
「すごい……かっこよかったよ雨森くん! そ、その、今度、教えてくれないかな……? 僕もああいうの、なんか憧れてて……」
「あぁ、もちろん」
そう返すと、井篠は嬉しそうに駆け回った。
その光景に星奈さんは微笑ましそうにしていたが、やがて、僕を怒っていたことを思い出したんだろう。再び頬をふくらませた。はい、安定の可愛さ。
「あ、雨森くん。私は、許してませんからね……!」
「どうすれば許してもらえるんでしょうか」
「そ、それは……」
それは……なんだろう?
きっと、特には考えてなかったんだろうね。
心配したから怒ってる。だから何に繋がる訳でもない。
今後、似たようなことはしないで欲しい。
きっと、彼女の思いはそれだけなのだから。
でも、ごめん星奈さん。僕は『我慢』はしないんだ。
「……悪いけど、似たような場面になって……星奈さんが傷つきそうになったなら。僕は何度だって同じことをする。そればっかりは譲れない」
悪口だけなら我慢した。
が、四季は星奈さんを殴ろうとした。
だから殴った。他の選択肢など存在しない。
「あ、雨森、くん……」
「それに、これで解決とはいかないだろうし」
視線を移動させると、そこにはこちらを睨む四人組の姿がある。
その先頭には、鼻頭に絆創膏を貼った四季いろはの姿。
ウチの井篠が治療を施したようだが、完治までは行かなかった様子。
他の三人は僕も手を抜いて軽傷で留めたし、見た目のインパクトほど彼女らに痛みはなかっただろう。四季の顔面パンチは別だがな。
「覚えてなさいよ……星奈! それに、お前! 絶対に……ぜったいに後悔させてやるわ!」
四季は、そういうや否や立ち去っていく。
お供の三人もまた、彼女の後に続いて去っていく。
もちろん、去り際にこちらを睨みつけていくのだが。
「うっへー、雨森ー、まーた変な奴に目ェ付けられてんなぁー。熱原もお前のこと恨んでるだろうし……なんだかんだで、一年でいっちばん恨み買ってんのお前じゃねーのか?」
「そのチャラ声は……烏丸か」
安定のチャラさ、烏丸が僕らへ声をかけてきた。
既に、大方の訓練は終了している。
僕のグループや朝比奈チーム、黒月チームあたりは勝ったみたいだけど、他はほとんど負けた様子だし、きっとこの訓練はC組の敗北で幕を閉じるだろう。
それはいい、ただのゲームだし。
問題は……B組のリーダーが誰なのか、って点だ。
「実はな。お前が戦ってる間、今にも駆け出しそうな朝比奈さんを引き止めて、俺らで『B組のリーダー』ってのを探してたわけよ」
「てめーなら、女子供でも勝つって分かってたからな。そうなりゃどんな天才でも表情の一つや二つ、崩れるってもんだろ」
「佐久間……。言っとくが、考えるのは苦手だ。そんなことを僕に言っても意味ないと思うぞ」
そう言うと、佐久間は疑わしそうに僕を見た。
何を疑ってるんだこいつは。僕は首を傾げてみせると、彼は疲れたようにため息を漏らした。
「んじゃ、名前だけ言うぜ。【新崎康仁】、これがボスだ」
その名前を聞いて、星奈さんが大きく震えた。
彼女の反応を見て顔を見合せた佐久間と烏丸。……こいつら、半分カマかけてやがったな? そして、今の反応で確信したと。
「……新崎? 誰だそいつは」
「簡単にいやぁ、雨森、てめぇと正反対に位置する野郎だ。クラスの中心人物、常に笑顔のポーカーフェイス。社交性も高く、クラスのほぼ全員と友達とかいう、倉敷ばりの友好範囲と来たもんだ」
それは……どんな化け物だろう?
えっ、もしかして男版の倉敷ですか?
そう考えると、僕とは表の倉敷って正反対に位置するんだよなぁ。
裏返してしまえば似たりよったりのクズ野郎なんですけどね、お互いに。
「で、そんな【いいひと】っぽいのが、どうして黒幕だと?」
「んなもん決まってる。てめぇが四季を殴った時、B組の中で、たった一人だけ笑ってた。どころか笑みを深めた」
……なるほどぉ。
それはそれは、『黒』っぽいですね、その人。
まぁ、新崎の行動そのものも演技で、他に黒幕がまだ存在している、って可能性もあるだろうが、そういうケースは非常に稀だ。
だから、ひとまずは新崎康仁。その男をB組のボス(仮)ってことで見ておくべきだろう。
それに、佐久間と烏丸が見ていたってことは、倉敷、黒月ペアも確実に見ているはずだ。後で二人にも話を聞いてみるべきか。
「いずれにしても、難しいことは分からない。僕が出来るのは戦うことくらいだからな。考えるのはお前たちに任せる」
「おうとも! お前は俺らの最終兵器的なポジションだからなー。胸張ってどんと構えて待っとけい!」
おいおい、最終殲滅兵器アサヒナを忘れてやいないかい?
アレは一種の天災さ、だって、まだストーキング続いてるもん。
あの女は一体いつまで僕をストーキングすれば気が済むのだろうか?
そんなことを考えていると……くいっと、袖を引かれるような感覚を得た。
「あ、雨森くん。やっぱり、すごい人なんですね」
そこに居たのは、尊敬の眼差しを向けてくる星奈さん。
その目を直視した瞬間! 僕は凄まじい衝撃に晒された!
な、なんという威力、なんという萌え!
や、やめてくれ星奈さん! そういう、無意識な……なんていうの? 袖を引っ張る仕草とかが、純粋無垢過ぎて心が萌える! もう心の中でなにかが破裂しそうです!
「もう、怒るのはいいのか?」
「……あっ! そ、そうでした。私は怒っていますよ、雨森くん!」
やばい好き。
もう、それ以外に言葉が出てこない。
星奈さん。僕、あなたのファンクラブがあったら入りたいです。もしも入れたら本気で親衛隊長を目指します。
「つーわけで、俺らはもうちょい、B組の内情を探ってみるぜ」
「その子に説明させる、ってのも、ちょいと『違う』感じがするし。なにより、犯人探しみてーで楽しそうだからなー!」
そう言って、佐久間と烏丸が去っていく。
その姿を、星奈さんは申し訳なさそうに見つめていた。
「ま、星奈さんは気にしなくていいじゃん」
「で、ですが――」
「我々にもまた、矜恃というものが在るのですよ、星奈氏。貴方はなにも心配しなくていいのです。私たちが、絶対に貴方を悪の呪縛より解放致しますので」
「あぁ、三次元には、三次元のやり方がある」
「アンタら二人はややこしくなるから黙ってて」
天道さんと間鍋君の言葉に、火芥子さんが苦笑した。
文芸部は、いずれも戦闘とは無縁の能力者ばかり。
だけど、戦闘以外の面においてはプロフェッショナルばかりが集っているのもまた事実。けして、頼りがいのない面子ではない。
「星奈部長……頼りないかもしれないけど、僕達は、星奈部長の味方なんだから。だから、思う存分頼ってよ!」
井篠がどんと胸を張り、その姿に目を丸くした星奈さんは……やがて、何が面白かったのか、クスリと笑った。
「……はい。ありがとうございます、皆さん」
「もー、そんな仰々しくしなくていいじゃん、星奈さん」
火芥子さんが星奈さんと肩を組む。
なにそのポジション、羨ましい。
そんなことを思いながらも……僕は、目の前の光景から視線を外した。
そして、先程からずっと感じていた視線の方向へと目を向けた。
その先には、一人の男が立っている。
絶えず笑顔を浮かべた男子生徒。
その笑顔はどこまでも自然で、故に胡散臭い。
まるで、僕が多くの感情を失っているように。
彼は、笑顔以外の表情を失っているようにさえ思えた。
きっと、彼の名前は【新崎康仁】。
烏丸はB組のボスだと疑っていたけれど……今、確信を得た。
この男は、どこか、僕に似ているのだ。
雰囲気も、その在り方も。
だからこそ、確信に足った。
『君は、僕より強いのかな?』
この距離じゃ聞こえない。
だけど、そんな声が聞こえた気がした。
僕は拳を握りしめ、大きく息を吐く。
この学年で、最大の敵はA組だと疑って止まなかった。
けれど、……ここに来て、とんでもない男が現れた。
「……? どうかしたの? 雨森くん?」
「……いや、なんでもない」
井篠にそう答え、僕は新崎より視線を外した。
新崎康仁。
彼はきっと、僕の『敵』になり得る存在だ。
日常編、終了のお知らせ。
A組、熱原の驚異は去った。
学園生活も日常と化し。
されど、悪意は未だ、なりを潜める。
次回『嫌な男』
C組に朝比奈が君臨するように。
B組には、いつだってその男が笑っている。
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