3-4『合同訓練』
「おい雨森、朝比奈が使い物にならねぇんだが?」
ある日、倉敷が不満を漏らした。
水曜日の放課後。
夜宴……サバトと言えば土曜日の夜と相場が決まっている。
だが、土曜日は休日だ。休日に仕事をするとか愚の骨頂。
ということで、水曜日だけは文芸部を抜け、こちらの集会に顔を出している。……といっても、メンバーはまだ三人だけだがな。
「朝比奈が?」
「あぁ、最近はてめぇを追うのに躍起になって、他のことが見えなくなって来やがってるぜ。そろそろ捕まってやったらどうだ?」
なるほどな……朝比奈嬢、そういえばまだストーキング続けてるもんな。
まだ一回も僕を捕まえられたことないけれど。
「にしても、凄いですよね、雨森さん! 目を悪くする、でしたっけ? どうやったらあの能力で朝比奈さんを撒けるんですか?」
「まだあんな能力信じてたのかよ……嘘に決まってんだろ。てめぇ、雨森が関わると途端にポンコツ化するよな」
それは同感。
基本的に黒月は天才だが、僕の言葉を疑わない。
だから、たまーにポンコツ化するのだ。
彼は首を傾げると、不思議そうに口を開いた。
「でも、雨森さんの言う通りにしていれば、最終的には勝ってるんですよね? なら、雨森さんが関係することで頭を使うなんて馬鹿馬鹿しいじゃないですか」
「……まぁ、そうならいいんだがな」
そう言いながら、僕を見る倉敷。
うっはぁ、期待が重い。
なんでこんなに信頼されてるの? 僕。なにかしたっけ?
あ、そうだ。熱原と戦ったんだった。
最近は星奈インパクトが強すぎて、熱原のことなんてすっかり忘れていた。大丈夫かなアイツ、多分洗脳されてるんだろうけど。
「とりあえず、朝比奈に関しては考えていることがある。……そろそろあの女には現実を見てもらわないと困るからな」
問題は、どうやって現実を見せるのか。
テキトーな生徒でも見つけてきて、自作自演で虐めを再現するか?
虐めの標的は僕で問題ないだろうが……下手なことをすると佐久間や烏丸といったクラスカースト最上位まで出張ってきそうで怖い。まぁ、騙し切るだけの自信はあるけど。
「二人には、その場その場で、最適な行動をしてもらう。……お前たちなら、特に何も言わなくても問題は無いだろう」
「けっ、期待が重いな。肩が凝りそうだぜ」
安心しろ倉敷。僕は無理だと思うことは言わない。
お前らなら、どーせ出来るんだろう?
なら、やれ。
僕が望むことはそれだけだ。
「あと黒月。お前は朝比奈と仲良くなるのも並行して進めてくれ。倉敷はもう親友レベルまで到達してるだろうが、お前はまだまだクラスメイトってだけだ。あらゆる手を使え。なんなら僕を踏み台にしても構わない」
「了解しました! では、次は僕も雨森さんのストーキングをお手伝いしようかと思います!」
ひええ、お前まで加わるのかよぉ、なんてこったい。
変身能力だけで、朝比奈と黒月の二人を撒けるのだろうか?
少し不安だが、やってみるだけやってみよう。
無理なら素直に諦めよう、それが一番だ。
そう結論づけ、僕は椅子から立ち上がる。
外は夕暮れ、帰宅時間だ。
「では、解散。寄り道せずに帰るんだぞ、二人とも」
「うんっ! また明日ねー! 雨森くんっ!」
「ああ、また明日会おう。雨森さん、倉敷」
見事に『外面』を被った二人は、それぞれ別々にクラスを後にする。
僕もまた大きく息を吐くと、二人と時間を開けて教室を後にした。
☆☆☆
「今日、一年生、合同での異能訓練がある」
ある日のこと。
榊先生より明かされた事実は、C組へと衝撃をもたらした。
一年生合同の訓練……ってのもそうだが、いやいや、この人もしかして『今日』って言いました?
冗談だろおい、そんなことを考えていると、錦町が声を上げた。
「へぁ!? ちょ、ちょっと待ってくれよ榊先生! 合同訓練……ってことは、A組も一緒なんじゃないのか!?」
彼の言葉に、クラスメイトたちの顔が曇る。
A組、熱原による影響はほぼ元通りになったとはいえ、過去は変えられない。アイツからの恐怖はまだ色濃く残っているだろう。
だからこその、錦町の発言。
それに対し、榊先生は呆れたように頭を振った。
「あぁ、本来ならばそうであったのだが……何を考えているのやら。A組の担任教師曰く、『A組の全生徒が体調不良で欠席した』とのことだ。従って、今日の訓練は、B組とC組のみで行われる」
「な……それって――!」
間違いない、ヤツの仕業だ。
ちなみにヤツと読んで熱原とは書かない。
橘と書いてヤツと読むのだ、勘違いしないようにね。
「これではっきりしたと思うが……A組は担任までもが『ヤツ』の手中に収められているようだ。……全く、今年度のA組は、歴代でも最悪の生徒が混じっているな」
榊先生は、橘の存在に気づいているのだろうか?
少し考えたが、よく考えたら知っていても知らなくてもさほど変わらない。僕は僕のやるべきことをやるだけだ。
「最悪の生徒……ですか」
「あぁ。朝比奈、気をつけることだな。貴様が正義の味方として君臨し続けたいのであれば……おそらく、最大の敵はA組となるだろう」
最大の敵を『学校』とは、彼女は言わなかった。
それの言わんとする意味を考え、内心で唸る。
A組をそれだけ評価しているのか。
あるいは、学校から見れば朝比奈は敵じゃないということか。
いずれにしたって肌寒い。悪い意味なのは間違いないだろう。
「というわけで、諸君。A組がいない間に力をつけろ。今より体育館へと移動する。各々、体操着へ着替え、現地集合しろ」
かくして、彼女は話を括る。
「……やっぱり、アレだけじゃ終わらない、って訳かー。雨森、またお前さんの出番が来るかもしれないなー」
「……烏丸か」
気軽に声をかけてきたのは、前の席の烏丸。
「アイツとマトモに勝負できる奴なんて、朝比奈さんか、黒月か、実際に戦ってた雨森くらいなもんだろー?」
「悪いな、僕はもう戦いたくない。痛いのは嫌だ」
それに、お前が戦えばいいだろう。
だってお前――。
その先を言いかけて……でもやめた。
なんとなく、今言うべき言葉じゃない気がしたから。
烏丸との会話もほどほどに。
僕らは更衣室へと向かい、体育着へと着替えると、その足で体育館へと足を運んだ。
体育館は……入学式の時に入って以来か。
既にB組の面々は到着しているらしく、その中には星奈さんの姿も見えた。星奈さんもきょろきょろしていたが……うん、僕のことは見つけられなかったようだ。井篠たちと楽しそうに手を振り合っていたよ。悔しい。
(雨森さん、雨森さん。B組は、なんか危険な人とか居るんですか?)
唐突に黒月の念話が飛んでくる。
そうだなぁ……B組の事はほとんど知らないからなんとも言えないが、まぁ、誰かしら居るんじゃないかな?
初日の校則違反を免れた四名。
内の三人が、僕、朝比奈嬢、そしてA組の橘だろう。
でもって、最後の一人はA組、C組共に違うと思う。
だって、クラスの潰し合いを許容するような学校だ。
一クラスに最低でも一人、やべぇ奴が居ないとおかしい。
でないとクラスの均衡が崩れてしまうから。
だから、僕は考えていた。
C組における、朝比奈嬢と倉敷蛍、黒月奏。
A組じゃ、その三人に匹敵する【個】として、橘月姫が選ばれた。
となると、B組は……なんだろうね? 星奈さんかな? なんてったって図書室の女神様。朝比奈に勝ち目なんて万がひとつにもありゃしないよ。
(さぁな。僕もよく把握してない。黒月も目を光らせておけ。この学校のことだ……なにもないってことは無いだろうからな)
(了解しました!)
元気よく返事が聞こえ、黒月の視線が気持ち鋭くなった。
僕は黒月から視線を外すと、改めてB組へと視線をめぐらせた。
倉敷は……すげぇなアイツ、B組の中にずいずい入っていってるよ。なにあのコミュ力モンスター。他クラスに友達がいるってどゆこと? 僕なんて同じクラスにさえ友達がほとんどいないのに。
「雨森くん、今回のこと、どう思う?」
「話しかけないで貰えますか、ド変態が移るので」
「ま、まだそんなことを……!」
話しかけてきた朝比奈嬢から数歩とおざかる。
そういやこの人、あの後、ずぅーっとトイレの前で待ってたらしいね。
倉敷から連絡が来て、渋々『あ、ちなみにだけど、もう寮に戻ってるから。まさか、まだトイレの前で待ってるとは思ってないけどさ』みたいな連絡を入れたら、恥ずかしそうな声と共に通話が切れた。ドンマイ、今回ばかりは相手が悪かったよ朝比奈嬢。
「それに、なんで僕に聞く。聞くなら……倉敷さんでも、黒月でも烏丸でも居るだろう」
「蛍さんはあの通りだし……黒月くんには事前に聞いたわ。烏丸くんは信用出来ないわ。だってチャラいもの」
「なんか、俺の悪口が聞こえた気がする」
遠くの方から烏丸の声が聞こえた気がした。
その声に内心で苦笑うと、朝比奈嬢へと一瞥くれた。
「……黒月はなんて?」
「『A組、B組、C組……それぞれバランスが取れていないとおかしい』だそうよ。C組における、私や黒月くんに匹敵する『誰か』が、A組やB組にも居て然るべき。……A組における『ソレ』が熱原永志だとするならば……B組とて、油断なんて一部たりとも出来ないわ」
それなりに正解です、朝比奈嬢。
それに黒月にも。僕が説明しなくたって全部察してるじゃねぇかコノヤロウ。なんで僕に聞いた? 次からは聞かれても念話を既読スルーしよう。
僕は小さく息を吐くと、朝比奈から視線を外す。
「一つ質問。熱原永志は、そんなにも強かったか?」
「……? 何を言っているのかしら。彼は強かったに決まって――」
朝比奈嬢は、そこまで言って言葉を止めた。
その瞳は大きく見開かれており、彼女は驚いたように僕を見る。
「ま、さか……」
「公言は勧めない。僕も、戦っていて、思っただけだからな」
熱原永志は、確かに強かった。
だけど、朝比奈霞はもっと強い。
誰がどう見てもひと目で分かるほどの力量差。
熱原でさえ戦いを避けるほどのチート加減。
それが朝比奈嬢だ。
そんな彼女に、黒月まで居るのだ。
彼女はきっと、こう考えているだろう。
『それは、釣り合っていると呼べるのだろうか?』
「……熱原くん、だけじゃない?」
「さぁな。それはお前が調べることだ。僕は特に興味もない」
僕から与えられる助言は、せいぜいこれくらい。
これ以上のヒントは『できる奴』認定を受けてしまいそうだからな。ただでさえギリッギリのグレーゾーンなんだ。これ以上は無理です。
僕は彼女へ視線を向けることなく、たった一言口にする。
「……期待を裏切るなよ」
「――ええ、二度と」
暫し開けて、彼女は返す。
その言葉には、強い覚悟が灯っていた気がする。




