2-15『後日談』
後日談には。
物語の根幹に関わるくらい重要なのに、あえて書かなかったシナリオを詰め込んであります。
「嘘……だ。嘘だ嘘だ嘘だ!」
黒月奏は叫んでいた。
闘争要請が決着した、翌々日。
僕の怪我も、歩ける程度まで回復した。
井篠様々の治癒速度だが……まぁ、それは一先ず置いておくとして。
さっそく黒月を『僕の教室』に呼び出した訳だが――。
「あァ? 嘘だ嘘だうるせぇな。喚くなよハエが」
「こっ、こんなの倉敷さんじゃない!!」
倉敷の変貌ぶりを見て、黒月は絶叫した。
おいおい、一応防音は完璧にしてあるとはいえ、あまり大声は出さないでくれよ……? なんか心配になってくる。
「あ、雨森さん! こ、これ、本当に倉敷さんですか!?」
「……残念なことにな。それと『さん』付けは止めてくれ」
黒月は、何故か僕を『雨森さん』と呼ぶようになっていた。
理由は聞いていないが、たぶん、彼の中で『雨森>黒月』という公式が出来てしまったんだろう。……あれだけの力を披露された後だし、なんか微妙な気分だけども。
「残念ってなんだよぶん殴るぞ、雨森コラ」
「ひ、酷すぎる……こんなの、中身が熱原永志になったって言われた方がよっぽど納得できますよ……」
「よーしっ、黒月くん、ちょっと殺すからそこに立ってて!」
いよいよ倉敷が立ち上がり、可愛い笑顔で拳を鳴らす。
その姿に真正面から挑もうとする黒月も黒月だが……やめといた方が賢明だぞー。倉敷って、多分お前と同じくらい強いから。
「まぁまぁ、二人とも落ち着けよ。倉敷もカッカすんな」
「ええっ? だって黒月くん、私のことを『中身熱原』とか言ったんだよっ? そんなの骨格変わるまでぶん殴るしかないじゃんっ!」
「委員長に戻ってもダメなものはダメだ」
そう言うと、再び裏人格になった倉敷は雑に椅子へと座り込む。
その姿を見て『ひいい』とか言ってる黒月。
僕は彼へと視線を向けると、改めてここに呼んだ理由を説明する。
「で、黒月。お前には僕の作る【組織】に入ってもらう」
「いいですよ! 雨森さんの願いとあらば!」
「……即答だな。まぁいいけど」
なぜこの男はこんなにも従順なのだろうか。
少し不安だが、瞳がキラッキラ輝いてるし、悪意は無さそうだ。
僕は少しため息を漏らすと、隣の倉敷が質問してくる。
「んで、その組織、っての。なんとなーく、ふわっとは想像出来てるけどよ。何やるんだ? 朝比奈のサポート、とはいっても、ここに来て決定的な敗北だ。アイツを完全に立ち直らせて、台風の目にするのはもうちょい時間がかかるぜ?」
「それは問題ない。朝比奈も、ふわっとした理由で決意されても困るからな」
「……? イマイチ、話の流れが分かりませんが、朝比奈さんを中心にして何かをやる、ってことですか?」
「まぁ……似たようなものだ」
かくして、僕は黒月へと説明する。
僕たちが【自由】を求めていること。
今の学校の体制に不満タラタラなこと。
学校そのものを倒すため、表と裏で動くこと。
表を、何も知らない朝比奈霞が動き。
裏で、全てを操る【僕ら】が動くこと。
「そして、朝比奈を思い通りに動かすため、必要なのが……」
「朝比奈さんの隣で、一緒に皆を引っ張っていく倉敷さんと、雨森さんの作戦をそのまま朝比奈さんへ伝える、参謀役の僕、って訳ですね」
やだこの子、理解が速すぎやしませんか?
黒月は顎に手を当てて考えており、説明してもいないことをどんどん勝手に理解してくれてるようだ。
「雨森さんは常軌を逸した天才。朝比奈さんを思い通りに動かしたいなら、雨森さんが直接参謀役に入った方が……いや。そうしないということは、それに相応しい理由があるということ。……雨森さん、もしかして、かなり警戒している人物でも居るんですか?」
「おっ、それそれ、私も気になってたんだよ」
何も話していないのに、気がついたら痛い所を突かれていた。
本当に気になっていたらしい、倉敷も話に乗っかってくる。
「お前、言ってたろ。お前が直接参謀役にならねぇのは、目立っちまうから。お前が全力で相手をしないといけない相手が出てきた時に、自由に動ける状態であるため、的な感じのことをよ」
「……言ってたか? そんなこと」
言った記憶があるような、無いような。
まぁ、うん、確かに居るさ。
僕を知ってるやつなんて居ないだろ、と思っていたこの学校で、唯一見つけた僕の同郷。幼い頃からの知人。僕の過去を知っている女。
僕が認める、天才。
「……まぁ、一人、A組にいるよ」
「……A組、ですか? でも、A組のリーダーは……」
熱原永志だ。誰がどう見てもそう映る。
けど、その実態はまるで異なるはずだ。
「まさか……あの熱原を掌で踊らせてる野郎がいんのかよ」
倉敷の言葉に頷き返す。
これが居るんだよ。だって、闘争要請の時に思いっきり居たもん。
えっ、なんでこいつこんな所に居んの?
心の底からそう思ったもん。表には出さなかったけど。
「じ、じゃあ……あの傷だらけの女の子も、その黒幕が『熱原から虐められる』って方向に誘導してたんですか? だとしたらかなりの外道ですよ……」
「まぁ、な。アイツはかなりの外道だよ」
僕ほどじゃないとは思いたいけど。
さて、アイツの話はここら辺にしておこう。
なんか、話してたら本当に出てきそうでおっかないから。
だから、こっからは真面目な話に戻ろうと思う。
「でもって、だ。黒月。お前には、倉敷と協力して、朝比奈の誘導を頼みたい。裏から朝比奈をサポートする影の実力者。表には滅多に出てこないが、朝比奈と同等の力を……影響力を持つ存在としてな」
「分かりました! 魔王の加護で『念話』って言うやつが使えますので、逐一雨森さんに相談しながら頑張ります!」
「なんでもありだな魔王の加護……」
そう言いつつも、僕は笑顔を浮かべて拳を握る。
二人へと拳を突きつける。
まだまだ考えることは多いだろう。
これから先、想定外も起こるだろう。
だけど、その全てを想定内に覆すのが僕らの仕事だ。
「目先の目標は一年生の統一。A組の本来のリーダー、そしてB組の不穏分子を叩き潰す」
誠に不本意だが。
学園を潰すのは、その後だ。
一年生の不穏分子を掃討し。
憂いがなくなったところで……初めて学園をぶっ潰す。
そうでもしなければ……おそらく、学園と戦っているうちに足元を掬われる。
1年A組。
1年B組。
そして1年C組。
それらに平等に戦力を割り振ったのだとしたら、間違いなく両クラスには朝比奈と同格か……それ以上が居ることになる。
それは、無視するにはあまりに大きな障害だろう。
「当面は、朝比奈霞をサポートするのが主な仕事だ。難しいことは言わない、あの女を『負けさせない』ことに全力を尽くせ」
朝比奈霞は、正義の味方だ。
そして、A組、B組の中には悪が棲む。
それがどのような規模かは知らないが……それが悪である限り、朝比奈センサーがビンビン反応するっていうもの。
僕らが何をしなくとも、A組、B組との敵対関係が出来上がってくるだろうさ。
「……ったく、最初から難しいこと言ってんじゃねぇか」
「任せてください! どんな任務だろうと完璧にこなしてみせます!」
僕の言葉に、倉敷、黒月が僕の拳に拳で返す。
闇に棲み、裏から表を支配する。
朝比奈が太陽――【昼】の顔ならば。
僕らは影――【夜】の顔で在らねばならない。
そうだなぁ。
夜、夜……夜、か?
なら、組織の名前は、こうしようか。
「組織名【夜宴】。僕らはここから、この学園をぶっ壊す」
雨森悠人。
倉敷蛍。
黒月奏。
この三人から始めよう。
学園を敵に回した、命懸けのサバイバルを。
「……いや、その中二病臭ぇ名前、どーにかなんねぇのかよ」
うるさいな。
これでも高校一年生だぞ。
光より闇、表より裏。
そういうのに憧れる年頃なんですぅ。
☆☆☆
「案の定、負けてしまいましたね」
少女は、とても楽しそうに呟いた。
場所は1年A組の教室内。
熱原永志が敗北し、C組が勝利を収めた翌日のこと。
これは、夜宴設立の前日譚。
「この公式は、こうであるからして――」
「俺が王だ、俺が一番強いんだ、ありえないありえないありえない……」
担任教諭が、黒板へ向かってチョークを走らせる。
熱原永志は、ぶつぶつと戯言を呟いている。
……彼らの瞳は、虚ろだった。
何の感情も見えず、どころか正気さえも窺えない。
まるで、誰かに洗脳されているようでもあった。
「案の定って……なによアンタ、負けるってわかってたの?」
赤髪の少女が、呆れたように口を開いた。
少女の名は、紅秋葉。
闘争要請の際、エントリーされていた一人でもある。
熱原の敗北後、A組の生徒は全員が『棄権』したため、彼女らが戦うことはなかったが……もしもこの場に雨森がいたならば、紅という少女を強く警戒したであろう。
それほどまでの風格、威圧感が彼女の身には纏われていた。
「紅、失礼ですよ、その物言いは」
「はあ? じゃあ邁進、アンタはA組が負けるなんて予期してたわけ?」
「いえ、私はただ、ご命令に従うのみですので」
A組の長たる少女に付き従うのは、黒髪の少女。
同じく闘争要請にエントリーされていた、邁進花蓮だ。
「……まぁ、予想はしていましたよ。だから闘争敗北時の条件を『熱原永志』個人へと誘導させたんです」
A組において危険なのは熱原永志。
故に彼を制限することでA組全員へルールが適用すると考えていいはず。
だから朝比奈は『貴方に求めるのは』と、ルール設定の時に口にした。
当然そう考えたから、居合わせた倉敷達も口を挟まなかった。
それが、異能で誘導された発言だとも気づくことはなく。
「これで、私たちはまたC組に挑めるわけです」
周囲には、同じく『ロバート・ベッキオ』や『米田半兵衛』などの姿もある。
いずれも、あの場で棄権した生徒たちだった。
「つーか、あいつよあいつ……黒月、って言ったかしら? あいつヤバすぎでしょ。なにあれ。熱原って頭はいかれてるけど、能力だけならパラメータバグってるチート野郎じゃなかった? それを完封とか……ヤバすぎでしょC組」
「だけじゃないと思うぜ。朝比奈霞、どうやら頭が固いお馬鹿さんらしいが……なかなかどうして強そうだったじゃねえか。まともに戦ってたら俺が本気出してても負けてたぜ?」
紅に続き、米田がC組を評価する。
C組の中でも、特にヤバいのは二名。
朝比奈霞と、黒月奏。
他にも強い生徒はいるだろう。
雨森悠人や、佐久間純也などはその代表例だ。
けれど……見て理解した。あの程度なら勝てると。
だからこそ、彼らの中で警戒すべきはその二名となっていた。
少女が、ある人物の名を言うまでは。
「――雨森悠人。一番はあの方でしょう」
その言葉に、A組が静寂に包まれた。
相変わらず、授業を進める担任教諭と。
椅子に座り、戯言を呟き続ける熱原を除いて。
その場にいる全員が、驚きに固まった。
「……なに、えっ、どういう気の吹き回し?」
「いや、いやいやいやいや……アンタが他人に敬意を向けるなんて……なんの冗談ですかい?」
天才ばかりが集まった1年A組において。
その誰もが認めていた、彼女には勝てないと。
誰もが認める稀代の天才。千年に一度の才能者。
それが彼女だ。
彼女が、たとえ冗談でも『誰かに敬意を見せる』ことはあり得ない。
だって、この世の全生命は、彼女より劣っているはずなのだから。
「相変わらず……何を考えているのかわからない人でした。けれど、彼が何もしなければ、黒月奏は熱原君を前に棄権していた。……そうなれば、雨森『様』とて実力を見せるかも。そう考えての闘争要請でしたが……まさか、黒月奏をやる気にさせるとは」
「お、お嬢様……? その、お知り合いでしたか? あの男と」
「ええ、とっても良く、知っています」
少女は、雨森悠人を知っていた。
と、いうより。
少女は、雨森を追ってこの学園へと入学した。
少女は、窓の外へと視線を向ける。
その横顔は、赤く染まっていた。
まるで、憧れの人へ恋い焦がれる乙女のようで。
懐かしい玩具を見つけた、悪魔のようで。
その表情に、その場にいた誰もが戦慄し、恐怖した。
彼女はかつて、たった一時間でA組を支配した。
熱原永志の力を見抜き、自身の駒にするべく洗脳した。傀儡にした。
他クラスへと意識を向け、ありとあらゆる危険因子を分析した。
1年B組、新崎康仁。
1年C組、朝比奈霞、倉敷蛍、黒月奏。
そして、雨森悠人。
「B組は、新崎君に気を付ければ、放置していてもいいでしょう。ただし、貴方は違う。あなたは、この私が認める怪物なのだから」
それに、と少女はA組を見渡す。
その顔には笑顔が張り付いていた。
「言っておきますが、手加減してあの威力、ですからね」
その言葉を聞いた、その瞬間。
その場で、1年A組の総意が決まった。
1年C組、雨森悠人。
最重要警戒対象は、間違いなくあの男だ。
……彼が表舞台に出てきてくれれば対応も楽になる。
だが、おそらく彼は、表には出てこないだろう。
自分が、自由に動くために。
傀儡として……そう、黒月奏あたりを配置するはずだ。
そこまで未来を想像して、少女は笑う。
「話したいことが、沢山あるのです」
白髪を風に揺らし、赤い瞳を愉悦に細める。
瞬きをすれば、少女が熱原より受けていた傷は、消滅した。
無かったことになった、幻のように消え失せた。
否、最初から傷など無かったのだ。
「雨森悠人様。……あぁ、早くあなたと戦いたい」
少女の名は、橘月姫。
千年に一度の、天才である。
雨森悠人の同郷にして。
彼の過去を知る者。
そして同時に、唯一雨森悠人の『敵』足り得る少女。
誰より賢く、誰より強く、誰より気高く。
されど牙を隠し、本性を隠し。
彼女もまた、今日も平穏に隠れ棲む。
いつの日か。
再び、1年C組と争う時まで。
以上、第2章本編でした。
一見、知的に見えるこの少女。
意外と筋肉ゴリラなので、悪しからず。
次回、幕間を挟んで新章突入です。
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