2-14『魔王』
満身創痍な僕を、C組の皆が出迎えた。
「あ、雨森くん……こんなになって――」
「……あぁ、自信満々に挑んでおきながら、戦いもせずに砕け散った朝比奈さんじゃないか」
「ぐはっ!?」
僕の言葉に、朝比奈は吐血した。
オーバーキルのダメージが入ったんだろう。
彼女は膝から崩れ落ち、それを見ていた僕を、隣から烏丸が支えてくれる。
「……ったく、お前はどこまでもいつも通りだなー。俺たちは、お前が想像以上に強くて、けっこう衝撃受けてんだけど」
「……僕は、一度も『弱い』とは言ってないが?」
「うーん……まぁ、そうなんだけどよ――」
烏丸がなんとも言えない表情で苦笑する。
僕は烏丸の肩を借りながら、傷を負った佐久間の隣へ座り込む。
……どうやら、C組が世界に誇る男の娘、井篠が佐久間の治療をしていたらしい。井篠は僕と佐久間、どっちを優先すべきか悩んでいたようだが、佐久間が大きなため息と共に僕を指さした。
「おい、井篠。どー考えてもこの馬鹿の方が重傷だ。つーか、死ぬ直前じゃねぇか。さっさと治してやってくれ」
「う、うんっ! あ、雨森くん、大丈夫……?」
さっすが佐久間、さりげなく男前である。
佐久間だって蹴られ殴られ、決して軽い怪我ではないはず。
にも関わらず、なんの迷いもなく自分の治療を中断するとか、なかなか出来ることでもないだろう。……まぁ、僕の怪我が酷すぎる、ってのもあるんだろうけど。
「い、いきます!【医術の王】!」
やがて、井篠が僕の体に異能を用いる。
彼の力は【医術の王】。
ありとあらゆる怪我を治癒する、優しい力だ。
彼の両手が緑色の光を放ち、その光が僕の体へと吸い込まれていく。
……重傷箇所から治癒されるのか、肺になんか違和感が。これは……焦げた肺が治っている最中なんだろうか? 初めての感覚だ。
「ひ、酷い……。肺がほぼ機能してないし、身体中もやけどで……ほ、本当に、雨森くん大丈夫なの? ちょっとこれは……」
「あぁ、なんの問題もない」
強いて言うなら、常時、全身へ激痛が走ってるくらいかな?
はっはっはー……。……うん、強がってみたけど無理でしたね。めちゃくちゃ痛いよぉ。助けてくれ井篠。あんな無茶、二度とするかっての。マジ勘弁。
井篠が僕の怪我を治療してくれていると、ふと、僕に影が差した。
見上げれば、なんとも言えない表情の黒月が立っている。
「……雨森、くん」
彼の瞳には、驚きだけが映っていた。
その目を見て、僕は大きく息を吐く。
「まぁ……何か言いたいことがあるなら、全部終わってから話そう。全部カタをつけて、自由を掴んで、気分よく話し合おう」
僕は、体にムチを打って立ち上がる。
黒月は僕を見下ろす。その目をしっかり見返し、拳を握る。
そして、その胸へと叩きつけた。
「次は、お前の番だ」
「……っ」
彼は大きく目を見開いた。
黒月奏。
お前は、天才だ。
時に、その才能が人を傷つけるかもしれない。
時に、友人がその才能に嫉妬するかもしれない。
だけど、それは誇っていいことなんだ。
才能があるというのは、善いことなんだ。
けして、悪いことじゃないんだ。
お前は、もっと胸張って生きろ。
才能を磨け、高みを目指せ。
そんな所で、立ち止まるな。歩き続けろ。
お前に嫉妬した全員が、お前に負けたなら仕方が無いと。
諦念を浮かべ、匙を放り出すまで極め尽くせ。
どーせ、お前がどれだけ努力しても、僕には届かない。
僕は、お前よりもあらゆる面で優れ続ける。
だから、今更『出し惜しみ』なんてするんじゃねぇよ。
お前は思う存分、【天才・黒月奏】で居続けろ。
彼は、胸に叩き込まれた拳を見下ろし、何を想うか。
焦った井篠が僕を無理矢理に座らせる中、黒月は、僕を見下ろし、覚悟を返す。
「――あぁ、任された!」
その瞳に、もう、迷いは見えなかった。
☆☆☆
雨森悠人は、天才だ。
僕は、心の底からそう思う。
「はぁ、はぁっ……く、クソが! クソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソがクソが! なんでだ、なんで俺が……恐怖? ふざけんな! なんで俺が、あんな虫けら相手に……ィ!」
僕は、熱原永志の前へと進みでる。
朝比奈さんを策に嵌め、佐久間くんを叩き潰した。
あの時の熱原永志は、既にそこにはいなかった。
能力の安定も出来ちゃいない。
大きかった体は元の大きさへと戻り、熱気も先程とは程遠い。
今の彼に、威圧感なんてなにもない。
ただ、恐怖に侵され、畏れ、震えるだけなのだから。
「……雨森くんは、そんなに怖かったかい?」
「……っ!? て、てめぇは……ッ!」
僕が声をかけると、熱原くんは過剰な反応を示した。
きっと、彼の名前に反応したんだろう。
彼は砕かれた右腕を押さえ、僕を見上げる。
……まぁ、気持ちは分かるよ、熱原くん。
彼は、言ってみればモンスターだ。
色々と言っていたみたいだけど、彼は嘘をついていた。
最後の最後、熱原くんへと放った拳。
あれは、【技術】なんてものから最もかけ離れたものだった。
……あの拳は、ただの【暴力】だ。
技術もへったくれもありゃしない。
ただ、腕力に物を言わせて振り抜いた。
その拳が、加護の能力を真正面から打ち砕いた。
なんの補正もなく、なんの能力も使わずに。
素の身体性能で、熱原永志を超越した。
……鳥肌が立った。
化け物って言葉すら生温く感じた。
あれは、人間やめてるよ、いやほんとに。
しかも、頭までキレるって言うんだから、一周まわって笑ってしまう。
「……これは、完敗だ」
自分が『世界で最も優れてる』だなんて思ってたのが恥ずかしい。
僕よりもすごい人が、こんなにも近くに居たじゃないか。
僕が出来ないことを平気で実行出来る人が、目の前に居たじゃないか。
ならばもう、どこに迷う必要がある?
「……イツキ、カナエ。……今なら二人に、笑顔で会いに行けそうだ」
二人に会ったら、謝ろう。
そして、笑顔で語ってやろう。
僕の盛大な敗北譚を。
雨森悠人という、僕が最も畏敬した人物を。
「う、うるせぇ! うるせぇうるせぇ! もう、全員黙り腐れ! どいつもこいつも俺を舐めやがって……もういい! てめぇら全員、俺がこの手で地獄にたたき落としてやるよ!」
「――展開・【魔王の加護】」
熱原永志は、叫びと共に力を解放した。
その力を目の当たりにして、やっぱり思う。
「先に謝っておくよ、熱原永志」
「アァ!?」
苛立ち混じりに叫ぶ彼へと、僕は事実を叩き付けた。
「僕はね、世界で二番目に天才なんだ」
☆☆☆
「魔王の加護……か」
恐らく、加護の中でも上位に位置するであろう力。
きっと、【神】の名を冠する朝比奈嬢の『雷神の加護』なんかは、加護の中でもぶっちぎり最上位に位置する力だろう。
そしてきっと、彼の力は『その次点』に君臨する。
「――凍れ」
黒月は、たった一言そう告げて。
次の瞬間、燃え滾っていた炎が全て凍りついた。
肌を焼く熱気が、冷気へと変わる。
熱原へと視線を向ければ、鈍色の体は全て氷に閉ざされている。あっという間に熱原永志の氷像の完成だ。
「うっわ……雨森よりやべぇのが居るぜ」
隣の佐久間から呟きが零れる。
僕も中々に衝撃的だったろうけど、黒月はその上を行った。
なにせ、たった一言で熱原の【熱】を完封したのだ。
しかも長身でイケメンときた。すっげぇ映えるしカッコイイし、なんか、僕の活躍が前座に見えるくらいの格差です。
……だけどまぁ、熱原もこれで終わる器じゃないがな。
「しゃら、くせェ!」
ビキリ、と氷にヒビが入る。
次の瞬間、氷が熱波と共に弾け飛び、ほぼ無傷の熱原が姿を現す。
今の一撃……間違いなく王の能力、最上位クラスの威力はあったんだが……それで無傷って何アイツ。やっぱり強さのパラメータバグってるよ、絶対に。
「お前……あんなチート野郎にどうやって打ち勝ったんだよ……」
「運が良かったんじゃないか?」
佐久間からの質問を見事にスルーし、黒月の反応を見る。
……どうやら、驚きはないみたいだな。
なんとなーく、自分の力を、自分の出せる威力を【確認】しているように思える。一体どうして……と考えて、すぐに一つの可能性を考えた。
「……まさか」
「もしかして黒月くん……一度も本気を出したこと、ない?」
いつの間にか近くに来ていた倉敷が、思いっきり頬を引き攣らせていた。
彼女の言葉にC組全員がぎょっとする中、問題の黒月は、冷静沈着な表情で熱原を見据えている。
「次は、一点に集中して――凍らす」
再び、冷気が弾ける。
馬鹿みたいな熱量が一瞬で凍り付く。
おいおいおい……さっきよりも威力高かったんですが?
僕、あんなの食らったら即死する自信があるんですが?
頬を冷や汗が伝う中、熱原は再び氷の中より舞い戻る。
「……クソが! てめぇ……戦う気が――」
「もう一度」
黒月は手を振るう。
先程よりも膨大な冷気が溢れ出し、熱原が凍る。
……そこまで来て、僕も黒月のしようとしていることが理解出来た。
熱原が氷を熱で突き破る。
黒月が熱を氷で冷やす。
熱原が氷を熱で突き破る。
黒月が熱を氷で冷やす。
その繰り返し。
ただ、変化はある。
黒月の力は、使う度強くなっている。
早く、強く、何より巧く。
とてつもない速度で成長している。
……あぁ、やっぱりお前は天才だよ。
戦闘の最中で成長するとか、どこの主人公だよお前は。
心の中で苦笑していると、再び熱原が氷を破る。
「いい加減にしやがれ! どいつもこいつも腹が立つ……! なんだよ、もしかして異能の根比べでもしようってのか!? あァ!?」
「……いいや、もういい。成すべきは終えたから」
再び黒月が氷を使う……ことは無かった。
周囲の生徒たちは不思議そうに首を傾げたりしていたが、倉敷は頬に冷や汗を伝わせていた。やっぱり彼女も気づいたか。
……戦闘がド派手で、かなり大規模だったから、見落としている人も多いだろうし、熱原の【熱の力】ばかり見ている人も多いと思う。
けれど、熱原の力はあくまでも【熱鉄】だ。
熱が強過ぎるなら、【鉄】の弱点を狙えばいいだけ。
パキリ、と熱原の腕から音が鳴る。
熱原は、愕然と目を見開いて右腕を見下ろす。
彼の右腕は、確かに僕が拳で砕いた。けれど、あくまでも【多少】だ。使用不能になるほどの怪我じゃない。
だけどそれは、【付け入る隙】程度にはなるだろう。
「ま、まさか……てめぇ!」
「……仮にも加護の力の一端だ。ただ、冷やしたり熱したりしても、特に影響はなかった……かもしれない。けれど、雨森くんが示してくれた。道を作ってくれた。それだけの損傷があれば……そこから決定的な破壊を引き起こせるはずだ」
僕の与えた傷は、言い換えれば『弱い部分』だ。
その部分を含めて急激な寒暖を繰り返せば、金属だって弱くなる。脆くなる。僕の与えた傷を中心として、崩壊が迫る。
「こ、こんな……こんなことが! ふざけんな! 俺は熱原! 一日でA組を締めた天才だぞ! 俺が……俺がテッペンだ! 俺が王なんだ! 俺がこの学園に君臨する! そのための駒だぞ、てめぇらは! 踏み台だ! それが……なんでったって俺に噛み付きやがる!?」
「……天才? 意味を分かって使っているのか?」
黒月は、右手に巨大な『黒い弾』を創り出す。
……僕と戦った時よりも、一回りも二回りも大きなヤツだ。
熱原の顔が大きくひきつる。
同時に、熱原の腕の崩壊が始まった。
その崩壊は、もう止まることは無いだろう。
「く、くそっ! なんで、なんで、なんで……!」
喚く熱原を一瞥し。
黒月は容赦なく一撃を叩き込んだ。
「天才というのは、僕らを指して使う言葉だ」
熱原永志へ、黒い弾丸が直撃する。
悲鳴は、無かった。
一瞬で意識を刈り取られた熱原は、白目を剥いて倒れ伏し。
そして、黒月は無表情で彼を見下した。
「それと、君は【王】という言葉を、もう少し調べた方がいい」
その姿は、控えめに言っても【魔王】だった。
次回【後日談】




