2-13『雨森VS熱原』
この学園に入学して。
最初の失敗は、弱者の皮を被ったことだ。
目立たなければいいと思っていた。
波風立てず生活できると思っていた。
けど、そんなことは無かった。
強すぎるのは、注目を呼ぶ。
けど、弱すぎるのは厄介を呼ぶ。
だから『少し』くらいなら――まぁ、いいだろう。
「てめぇ……調子にノんじゃねぇ!」
熱原は激昂した。
明らかなる格下、油断と慢心タラタラで挑んだ勝負。
C組のカースト頂点を余裕で降した自信。
それが、瞬く間に砕かれたんだ。
動揺を隠すために激昂だってするだろう。
「死に晒せェ!」
熱原は、鋭い拳を放ってくる。
ボクシングでも習っていたのかな? 一般人とは思えないキレッキレな拳だった。こりゃ、佐久間がやられたのも頷ける。
けどそれ、僕に通用すると思うか?
「ぶぐっ――!?」
最短距離での、カウンター一閃。
熱原の顔面から鮮血が吹き出し、彼はたたらを踏んで後ずさる。
彼は驚き目を見開いて僕を見つめ……そして、鮮血に染まった僕の左拳を見て、さらに目を見開いた。
「て、てめぇ……!」
「な、何が、どうなって――」
察した熱原と、状況を理解出来ていない朝比奈嬢。
ちらりと倉敷へと視線を向けると、彼女は驚いたような顔を浮かべつつも、僕へとアイコンタクトを飛ばしてくる。
『いいのかよ、こんなにも目立っちまって』
まぁ……うん、良くはないよね。
それでも、この状況で、僕がこうする以外にC組が勝てる未来は存在しない。
仕方ない、そう、仕方ないのだ。
そんな感じで返すと、倉敷から『嘘くさっ』とアイコンタクト。
僕は『フォロー頼むよ』と視線で返すと、彼女がため息をしたのがわかった。
「もしかして……雨森くん、ものすごく『目』がいいのかも……」
倉敷が発した『それらしい』言葉に、注目が集まる。
さて、どんな言い訳してくれるんだろう? ワクワクしてきた。
熱原もまた倉敷の方へと意識を向けているのが分かる。敵前にして情報収集とは……僕を警戒し始めているのだろうか。
……ま、どっちでもいっか。
「運がいい……そう思っていたけど、違ったのかもしれないよ」
「なるほど……! 天に恵まれた幸運とは仮の姿! 彼の真なる力は、神の二眼とも称される、その動体視力! 霧道氏から攻撃を受け、致命傷を避けられ続けていたのも、黒月氏の攻撃をかわせていたのも、偶然ではなく、必然であった、と! そういうことですね! 倉敷氏!」
「え、えっと……うん。たぶん!」
倉敷の説明を、近くにいた天道さんがぶん取った。
彼女の説明を受けた生徒たちが僕の方へと注目する。
うーん……動体視力と来ましたか。
まぁ、自信が無いわけじゃないし、これからはそういうキャラで行こうと思います。にしても【神の二眼・雨森悠人】って……なんかカッコイイじゃないっすか、天道さん。さすがです。
ああ、それと倉敷。
安心していいよ。
たとえ熱原を殴っても、最終的に僕が目立つことはない。
全部考えた上で、僕はここに立っている。
「なるほど……ただの雑魚じゃなかった、って訳か。……だが! この学校じゃ、異能の強さこそが至上! どれだけ『下地』が優れてようが、てめぇみたいな雑魚能力、俺の【加護】からしたら虫以下なんだよォ!」
「か、加護……やっぱり!」
佐久間がやられた時点で、彼が加護の能力者だとは分かってた。
熱原は鼻から溢れる血を拭い、両手を交差させる。
彼を中心として大きな熱量が弾け、彼は勝利を確信し――。
「褒めてやろう! 俺の能力を使わけぶげっ!?」
その顔面を、普通に殴った。
彼は顔面を押さえて蹲り、僕は無表情で彼を見下ろす。
「話してないで能力使えよ」
彼に限ったことじゃないが、一年生はまだ能力を使いこなせていない者が多い。
一見無敵な能力に見えても、こうして『能力を発動しようと思った』瞬間から『能力が発現する』までの待機時間が必ずある。
なら、その一瞬を殴ればいい。それだけの事だろ。
……えっ、霧道?
だれだっけそいつ。
「あ、アイツ……あんなに強かったのかよ」
烏丸の呆れたような声が聞こえた。
少しは、絶望感を晴らすことに貢献出来ただろうか。
応援しろ……とまでは言わないが、ちょっと重苦しい空気だったしな。そろそろ、空気の入れ替えをした方がいいと思います。
「こ、この……この俺を! コケにしやがって……ぶっ殺す!」
熱原は、怒気を全面に表し、僕へと迫る。
咄嗟に身をかわし、彼の片腕を掴んで背中へ回し、その背中を踏みつける。
俗に言う『関節極める』って奴だ。
「動くな。動けば骨を折る」
「……ッ、て、てめぇ! ふざけやがっ――ぎぃっ!?」
囀った所で、腕に一層の力を込めた。
彼は背中越しに振り返り、僕の目を見る。
そしてその目に、恐怖が宿った。
――僕は、本気だ。
必要なら腕の一、二本へし折ってもいい。
それでも足りないなら、両足までいっておこうか。
僕の目から何を読んだか、彼は大きく歯を軋ませて。
そして――僕が異変に気がついたのは、間もなくのことだった。
「……? これ、は――ッ」
彼の腕を離し、大きく距離を取る。
盛り上がっていた生徒たちは僕の行動に首を傾げて……次の瞬間、立ち上がった熱原をみて目を見開いた。
彼の周囲の地面は、溶けていたから。
「……チッ、やっと、出しやがったか……」
「さ、佐久間! 大丈夫なのか!?」
振り返れば、気を失っていた佐久間が目を覚ましたらしい。
彼は僕を一瞥し、再び熱原へと視線を向けた。
「俺の力が……一切通用しなかった。つーことは、アイツの能力は熱を完全に無効化する力。あるいは……俺を超える熱系能力以外に有り得ねえんだ」
熱原を中心として、大地が溶ける。
相対しているだけで燃えそうだ。
熱気が肌を焼く。眼球がチリチリと乾き、息を吸い込めば肺が悲鳴をあげる。こりゃたまらんと、僕は服で口元を押さえつけた。まぁ、焼け石に水だろうけどな。
「てめぇは……俺を怒らせたぜ。雨森……つったか? 雑魚顔すぎて、名前も思いだせやしねぇんだがよォ」
「熱原、過度な挑発は馬鹿に見えるぞ」
もしくは、本当に名前覚えるの苦手なんですか?
そう続けようとした……次の瞬間、僕は咄嗟に右手を突き出した。
次の瞬間、掌へと凄まじい勢いで『鉄塊』が飛んでくる。
思わず受け止めてしまったが……ジュウウ、と肉が焼ける音と痛みが走り、僕は、すぐに鉄塊から手を離した。
「これは……」
掌を見れば、大きな火傷痕がのこっている。
足元に転がった鉄塊を見下ろせば、やばいくらいの蒸気が吹き上がってる。えっ、何これやばくね? 危機感が頭を通り過ぎた。通り過ぎて消えた。
前を見れば、熱原の体は鈍色へと変化していた。
肌は鋼鉄、纏う空気は炎そのもの。
殴る蹴るしか能のない僕にとって、その姿は悪夢みたいなもんだ。
複合系の能力は滅多に見ないけど……なるほど。熱の能力だけじゃないというわけか。これは、黒月が相手でも分が悪そうだ。
「ぶっ殺す――【熱鉄の加護】!」
威圧感が溢れ出す。
あまりの熱量に空気が震える。
衝撃が撒き散らされ、僕の前髪を吹き上げていく。
「これは……触ってもいいものなんだろうか?」
「さぁ……試してみろよ、糞虫が!」
熱原は、叫びと同時に駆け出した。
先程と……動きは変わらない。いや、むしろ遅くなっているように感じる。
身体中が鉄になったんだ。そりゃあ、動きも鈍る。
けれど、これは――ッ。
(あ、つい……ッ!)
あまりの熱量に、僕は攻撃を躱して距離を取る。
途端に熱が遠ざかり、僕は大きく深呼吸した。
「俺の能力は……最強の矛と盾なんだよ。全てを破壊し、燃やす炎! 全てを耐えきり、無傷を誇る鉄の肌! 熱鉄にして天下無双! それこそがこの俺! 熱原永志だァ!」
彼は鼻から流れ出る血も構わずに、僕へと突撃してくる。
あまりの熱量、さしもの僕でもあまり長時間は耐えられない。
むきになって本気を出すのも大人げないし……。
うん、ここらが負け時だろうか?
「あ、雨森くん! それ以上は危険よ! お願い……降参を……!」
「雨森! 後のことなら気にすんな! 俺たちが残ってんだ! 能力も使わずに……よくやったさ! あとは任せて降参してくれ!」
朝比奈嬢や、烏丸の声が飛んでくる。
他の、話したこともないような生徒からも声が飛ぶ。
ここらが限界、僕の今できる最大限度。
僕は、黒月へと視線を向ける。
彼は震えながら、首を横に振っていた。
もういい、もうやめてくれ。
今の熱原には絶対に勝てっこない。
そんな感情が透けて見えて。
僕は、大きく息を吐き、逃げるのをやめた。
「……まだ、認めちゃくれないか」
「あぁ? なんだよ、鬼ごっこは終いかァ?」
逃げるのをやめた僕を見て、熱原は笑みを深くした。
対する僕は、肩の力を抜き、深呼吸する。
……なぁ、黒月。
お前なら、この状況、生身で熱原を倒せるか?
もしも『出来る』と答えるなら、もうこっちが諦めよう。こんな化け物に生身で勝てるんならマジの天才だわ。もう好き勝手にしたらいい。
だけど、出来ないと思うなら。
――勝ち目はない。
そう思っているのなら、しかとその目に焼き付けろ。
僕は、拳を構える。
今まで、一度として行わなかった戦闘準備。戦闘態勢。
熱原はピクリと反応を示すが、特に警戒した様子もなく、僕へと一歩、また一歩と近づいてくる。
「てめぇは嬲り殺し決定だ。最後に言い残すことはあるか? ああ、命だけは助けてくれ……ってのは無しだぜ? てめぇは確実にぶっ潰す」
「そうだな……。実は、武術経験者だって言ったらどうする?」
真っ赤な嘘だけど。
熱原は目尻を吊り上げるが、それ以外の反応はない。
彼は拳を握りしめ、苛立ち混じりに僕を見下す。
「まだ、勝つ気で居んのかよ。前言撤回だぜ。朝比奈よりも、さっきの虫けらよりも……雨森。てめぇが一番気に食わねぇ。もういい。全力で――ぶっ殺す!」
鈍色の鉄の体が、一回り大きく膨れ上がる。
僕と同じくらいの身長だったはずの熱原は、今や二メートルはくだらないだろう。見上げるほどの巨体、はち切れんばかりの鉄の筋肉。圧倒的な重量。どこをどう見ても『殺す気満々』ってヤツだ。
「雨森くん……!」
「――C組。闘争要請中における手出しは禁止されております。……もしも破るというのであれば、此度はC組の無条件敗北となりますが」
C組の皆へ、審判の女子生徒から声が飛ぶ。
彼女は僕へと視線を向ける。
僕もまた彼女の方へと視線を向けると、汗一つかいていない女子生徒と目が合った。
「……雨森悠人。降参することを推奨します。――死にますよ?」
「忠告、ありがとうございます」
そう返して、熱原へと視線を戻す。
彼は殺意を瞳に宿し、1メートル近くまで膨れ上がった巨大な拳を振りかぶった。
熱波が肌を焼き、肺を焦がす。
眼球も限界ギリギリだ。
視覚からくるプレッシャーも相まって、僕は瞼を閉ざす。
「死んじまえよ、【熱鉄拳】!」
膨大な熱の塊が、振り下ろされる。
直撃すれば、即死する。
確信するに足る威圧感が体を襲う。
目を閉じていても分かる。
今、目の前に死が迫ってる。
熱原は、勝利を確信しているだろうか。
朝比奈嬢は、手を出そうとしていないだろうか。
黒月は、この光景を見ているだろうか。
「……見晒せ黒月、これが僕だ」
僕は、拳を握り、目を開く。
眼前へ迫る巨大な拳、死の鉄拳。
それを前に、僕もまた右の正拳突きを叩き込む。
――瞬間、衝撃波が突き抜ける。
固いもの同士を叩きつけたような鈍い音。
巨大な拳と、細腕から繰り出された小さな拳。
されど、その二つは拮抗していた。
「な――ッ」
熱原の驚きが、周囲へと伝播する。
けどまぁ、驚くには少し早いかもな。
僕は、拳へと力を込めた。
捻るように、拳を回転させ、衝撃を叩き込む。
そして――ピキリと、熱原の拳から悲鳴が上がった。
「ぐあッ!?」
強烈な痛みと共に。
バキリ、と鉄の肌がヒビ割れる。
真っ赤な鮮血が溢れ出し、熱原はあまりの激痛にたたらを踏み、後退る。
彼の瞳には、僕の姿が映っていた。
全身、大火傷。
拳は肌が焼け朽ちて、肺も限界迎えてる。
片目から血が流れて、視界は半分潰れてる。
誰がどうみたって満身創痍。
けれど、僕の方が優勢だった。
「霧道は、速すぎてどうすることも出来なかった。日常生活で、拳を振るうことは絶対にしないしな。だけど……鈍間なお前となら戦えそうだな。熱原永志」
大衆に対する言い訳。
焼け石に水程度の、その場の戯言。
されど、彼はもうそんなこと聞いちゃいない。
「こ、この……! な、なんなんだよ、なんなんだ、お前は!」
熱原の瞳には恐怖しかなかった。
本気を出して。
それでもなお、生身に真正面から打ち破られた。
雨森悠人は、まだ異能も使っていないのに。
気づけば彼の息は荒くなり。
隠しきれない動揺が、こっちまで伝わってくる。
怖がらせたみたいで、すまない熱原。
まぁ、相性が悪かった。
今回は、運が悪かったと諦めてくれ。
僕は大きく息を吐き、両手をあげる。
そして、最後に一言、呟いた。
「――降参する。さすがにもう限界だ」
そんなこんなで。
僕は、熱原永志に敗北を喫した。
【嘘ナシの豆知識】
雨森悠人の真骨頂。
それは圧倒的な身体性能にこそあります。
1年A組に所属の彼の知人曰く、『雨森悠人に勝つ、すなわち殴り合いで勝利してこそ』らしいです。
その下地の上に『正体不明の異能』『冷酷無比』『賢さ』『狡猾さ』『狂気』が乗っかって、今の雨森悠人が存在しています。
ちなみに、そんな雨森君をして『これは勝てない』という妹もいるようですが、登場するとしても雨森たちが2年生に上がった後ですね。
そこまで学校が潰れなければ、出てくるかもしれません。
 




