2-12『ぶち壊す』
正義は敗れ。
悪は咲き。
天才は俯き。
そして、狂人は登壇する。
「お前は、何を考えて生きている?」
僕は、黒月へと問いかけた。
その言葉に対する反応は、かなり大きかったように思う。
大きく身体を震わせた彼は顔を俯かせ、大きく息を吐いた。
「……なんのことか、分からないが」
「言い方を変えようか。お前はなんで、才能を隠すんだ?」
僕の言葉に、彼は顔を上げる。
その瞳には、何かを失ったような黒い光が映っていた。
何か、というより『誰か』かもしれないけれど。
……やっぱり、どっかの誰かによく似た目をしてる。
僕の目を見下ろしていた黒月も、やがて、何かに気がついたように目を見開いた。
「お、お前……もしかして」
「なぁ、黒月奏。アレをどう見る?」
僕は、近くにあった木へと背中を預ける。
腕を組み、熱原と佐久間の戦闘へと視線を向ける。
佐久間の能力は【溶岩の王】。
炎系統の力を『ほぼ』無効化し、溶岩や炎といった物を好き放題召喚、使役、操作することが出来るというチート能力。
だけど、熱原の力は、きっと……。
「……佐久間、君が、劣勢に見える」
黒月の言う通り、佐久間は劣勢に見えた。
というか、かなーり劣勢だった。
現在、戦闘の中心は紅蓮の炎に包まれている。
大地を溶岩が流れ、真っ赤な炎は空気を焼く。
あの場に居るだけで足を焼かれ、肺を焦がされる。……常人ならば数分だって生きていられないだろう。
そんな状態で、熱原永志は笑っていた。
「……炎。溶岩、熱……その全てが無効化されている。おそらく、熱原君の能力は――佐久間純也の上位互換」
「……熱系最上位――【加護】の能力か」
つまるところ、朝比奈嬢や黒月と同格の能力ってわけだ。
こりゃ、相性もだが、佐久間に勝ち目はなさそうだな。
どころか、他の生徒だって、手も足も出ないだろう。
ちらりと見れば、朝比奈は今にも死にそうな顔で佐久間を見ている。
「……きっと、この戦いは、C組の敗北だ」
黒月は、弱気なことを口にした。
まぁ……そうかもな。僕も、熱原に勝つとしたら朝比奈嬢だと思っていたから。だから、彼女が封殺された時点で敗北まで考えていた。
ただ問題は、これで敗北なんてしてしまえば、朝比奈嬢が『責任をもって退学する』とか言いかねない、ってことだ。
彼女にはまだ、やってもらわねばならないことがある。
今回を乗りきって、成長してもらわないといけない。
……それに、僕も金欠だから20万なんて払えないし。
だから黒月、お前が必要なんだ。
「熱原に勝てるとしたら……黒月、お前以外には居ないだろう」
「………………」
僕の言葉に、黒月は無言で返した。
「黒月奏、お前は天才だ」
「……そんな、ことは」
「あると知っているだろう。今更、無自覚でしたなんて、口にはするな」
過去に何があったのかは、知らない。
何を考えて今生きているのかも。
どうしてこの学校に来たのかも。
何も知らない、興味もない。
けれど、これだけは分かってるつもりだ。
お前は意図的に、自分の才能に蓋をしている。
「ぐ、はぁ……っ!?」
「あっれぇ……? オイオイ、まだ能力使ってねぇんですけどぉ?」
佐久間の腹に、熱原の拳が突き刺さる。
あまりの威力に佐久間の体がくの字にへし折れ、たたらを踏みながら後退する。一度も能力を使わず、王の能力を追い詰めた。……これは、想定してたよりもずっと強そうだな。
「俺は……僕は。天才だよ、ずっと昔から、知ってるさ」
ふと、黒月の声がした。
見れば、彼は肩を抱いて震えている。
余程のトラウマがあったのだろう。
小刻みに震える今の彼には、きっと何を言っても届かない。
「だから、僕はこの才能が疎ましい……! 考えて。考えて……どうして泣かしてしまったのか。僕は何を間違えたのか。ずっと考えていた。そして、気づいたんだ。きっとイツキは、僕の才能に狂わされた」
イツキって誰?
とは、雰囲気的に聞けなかった。
「……中学生の時にね。僕は……特に考えもせず、自分の才能を公表してた。誰かの力になればいい。そう思って……けれど、その結果が……親友からの嫉妬、恨み、怒りさ。……笑えるだろう。雨森君。僕は……親友に憎まれ、遠くまで逃げてきたんだよ。遠く、遠く……僕の知り合いが絶対に居ない、この学校まで」
「…………つまり?」
「僕は、もう、こんな才能使いたくない……」
黒月奏は、蚊の鳴くような声で、そう言った。
「何かを失うくらいなら、才能なんていらない。なにもできなくったっていい! 僕が何もかも望んだからすべて失ったんだ……この才能がイツキを狂わせた。……こんなモノ、こんなモノ……ッ! 僕は持って生まれたくなんてなかった!」
それは、悲しみよりも恐怖に近かった。
肩を震わせ、涙を堪え。
年相応の少年のように、恐れていた。
「あの目が……っ、想像しただけで、僕は、怖いんだ……」
……詳しいことは分からない。
彼の過去に何があったのか。
想像するに易いが、知ろうとも思わない。
僕は、彼から視線を逸らして戦場を見た。
「どうやら……勝負あったみたいだな」
彼の言葉に重ねるように、僕は呟き。
そして、佐久間が膝をつき、その場に沈んだ。
審判員が佐久間の敗北を宣言し。
……佐久間の頭を、熱原が踏みつけ笑う。
「ハァイ、終ー了ー! 霧道とやらの後釜座ってる佐久間クゥンは、俺に一度も能力を使わせることも出来ず、敗北したのでしたァ! おつかれー」
その光景に、クラスメイトたちから絶望感が溢れる。
そりゃそうだ、佐久間はC組でもトップクラスの実力者。
そんな彼が、熱原に能力を使わせることも出来なかった。
……ぶっちゃけ、やべぇ。
僕も、まさかここまで強いとは思ってなかった。
何こいつ、強さのパラメーターだけバグってない?
「お、お前……! くそ、佐久間!」
烏丸が、悔しそうに叫んだ。
熱原は挑発するように表情をゆがめると、佐久間の体を強く蹴り、C組の陣営の方へと戻してくる。
「き、貴様……!」
「A組、熱原永志。敗北した者への暴力は認められません。……これ以上、ルールを逸脱した言動を見せるならば、貴方を敗北扱い致します」
「おー、怖い怖い。まぁいいですよ。これで、俺がぶっ潰してぇ二人は退場した。後は、わざわざ挑発する価値もねぇ雑魚どもだ。一瞬で潰してやんよ。――さぁ、次は誰の番だっけかぁ!?」
熱原の大きな声が響いて、僕は一歩を踏み出した。
黒月が、目を見開いて僕を見る。
「黒月。つまりお前は、『自分は誰よりも優れているから本気を出したくない』ってことを言いたいんだな?」
「あ、あぁ……そう、だけ、ど――」
彼の言葉が、途切れ途切れになる。
振り返れば、彼は僕を見て震えていた。
その瞳には想像を超えた驚きが映っており、僕は笑った。
とっても素敵な笑顔で、笑って見せた。
「なら、良かった」
つまり、お前以上が現れればいいんだろう?
お前が全力を尽くして。
精魂使い果たして、それでも届かぬ壁があれば。
お前の前を歩く男が居れば。
お前は本気で戦える、ってことだよな。
なぁ、黒月。
お前は確かに天才だよ。
だけど、お前は世界を知らなさすぎる。
お前は決して最優ではなく。
当然、最強なんかとは程遠い。
……現に僕は、天才なんかじゃないけれど。
少なくとも、お前よりもずっと強いよ。
「さて、次は僕の番だったな」
熱原の方へと歩き出す。
僕の姿を見た倉敷が大きく目を見開いているのが見えた。
本当に僕が動くとは思ってなかったのかな。
その驚きを僕は一瞥したが。
されど、彼女よりもクラスメイトたちの驚きの方が大きかったように思う。
「あ、雨森君!」
「おい雨森! お、お前……見てなかったのか!? 佐久間が手も足も出なかったんだぞ……!」
歩く僕の手を、朝比奈嬢が強く掴んだ。
倒れた佐久間を診ていた烏丸が叫び、僕は頷く。
「……見ていたよ。だから、出ないといけない。さしもの黒月でも、戦って勝てるか分からないからな。だから、できる限り体力を削ってくるさ」
そう言うと、制止を振り切り、前に出る。
熱原は僕の顔を見て、少し驚いていた。
おそらく、『霧道を退学させた人物』を探していた際に、僕のことも調べたんだろう。最弱の能力を持ち、学力も身体能力も、実に平凡。才能の欠片も無いように見えるただの一般人。
「おいおぉい、マジかよ……。てめぇ、正気か?」
「正気じゃなかったら狂気だろうか?」
僕はそう言うと、熱原は楽しそうに笑った。
「こりゃあ、新しい鴨がネギ背負って来やがったな。たしかお前は……朝比奈霞のお気に入りだったよなァ? てめぇを眼前でぶちのめせば……アイツはどんな声で鳴くんだろうなぁ?」
「あ、雨森君! お、お願い……私が、私が責任を取るから! だから、お願いだから降参して……! 熱原君は、霧道君よりも、ずっと――」
朝比奈嬢の叫び声を聞いて、熱原が更に笑みを深める。
やっだぁ、もう、狩る気満々じゃないっすかぁ。
だけどまぁ、僕もやるべきことがあるんでね。
普通なら『負けました』って諸手上げているところだが、今回ばかりは易々と引いてはやれない。
だから、最初に謝っとくよ、熱原永志。
「悪いな、屈辱を味わってもらう」
「…………あ?」
熱原が、唖然と声を漏らす。
「それでは、熱原永志対、雨森悠人。始めてください」
審判の女子生徒から声がかかる。
誰もが僕の瞬殺を疑わない。
審判の女子生徒さえ、直ぐに止められるよう準備をしている。
遠くから、朝比奈嬢の悲鳴が聞こえて。
僕は、熱原の眼前へと踏み込んだ。
「……は?」
驚きの声がした。
熱原は大きく目を見開いて。
――僕はその顔面を、普通に殴った。
「ぶげふっ!?」
醜い悲鳴とともに、熱原の体が縦に数回転。
その勢いのまま、地面に激突した。
周囲から、もう悲鳴は聞こえない。
誰もが目を見開いて固まる中。
動いていたのは、殴った僕と、殴られた熱原だけ。
「な、い、一体、なにが……」
熱原が困惑混じりに呟いたので。
先程彼がやったように、汚い靴裏でその頭を踏みつける。
熱原は理解不能に目を見開いたが。
踏みつける足に力を込めれば、その瞳に怒りが映った。
「立てるだろ熱原。……見た目は派手だが、力は込めてない」
彼にだけ聞こえるように、呟く。
わざわざ手加減してやったんだ。
僕が勝ったら、目立っちゃうだろ?
このまま終わったら、まるでお前が弱かったみたいに見えるだろ。
ほらほら、頑張れよ、強い熱原。
お前にはまだ、してもらう仕事が残ってるんだから。
「ちゃんと勝たせてやるから、ほら、立てよ」
目に見えて彼の体が震え、大きな歯ぎしりが聞こえてきた。
「て、てめぇ……!」
彼は力を込めて、僕の足をはねあげる。
数歩下がって彼を見据える。熱原は何とか立ち上がるが、体はふらつき、明らかにダメージが残っている。
怒りと、それを上回る理解不能と。
様々な感情が混じりあったものが、彼の目には浮かんでいた。
ちらりと、黒月へと視線を向ける。
多くは言わん。まぁ、見てろ。
どこにでもいる凡人が、天才を超えた証拠を出すから。
「本気で来い、熱原」
断言しよう。
今日をもって、お前の【天才】をぶち壊す。
次回【雨森VS熱原】
慢心とは、油断とは、舐めプとは。
どのような状況、場面、劣勢にあっても。
必ず勝てるという確信があって初めて成り立つものである。
 




