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11-41『ありがとう』

【朗報】

この作品!

なんと第4巻!!

発売決定だってさ!!!

 ――偽神。


 霧の生み出す疑似生物。

 その頂点に君臨する、神の模倣とも呼べる化け物。

 裏六番から、裏九番。

 ガルダ、バハムート、カリュドーン、ウロボロス。

 それら神話の獣、四体を従える雨森悠人ですら、ついぞ使いこなすには至らなかった異質。それこそが偽りの神たる最後の獣。

 なにせ、神は全知全能。

 その模倣である。

 いくら劣化版に過ぎずとも。

 その性能は、他の追随を許さない。


【……】


 ゆったりとした佇まい。

 そこから、物理法則を無視した超加速。

 その速度は、優に音を置き去りに。

 瞬く間に眼前へと迫った偽神。


 それを前に、雨森は冷静に観察を続ける。


 迫る拳。

 受け止めるべく掌で迎えるが――ふっと、その拳が透過する。

 肉体の霧化を用いた、透過再現。

 当然、雨森もよく知り、扱っていた技術。

 動じず拳を躱そうと動き始めるが、視界の端に弥人の影が映る。


「そう来るか、なら――」


 偽神と本体での同時攻撃。

 霧を用いての瞬間移動だろう。背後に回り込んでいた弥人を一瞥し、雨森は始動する。

 といっても、行動としては至極簡単。

 現在、拳を振るう偽神を前にして。

 ちょい、と。

 その脚を、かるーく左方へ、蹴り払う。

 たったそれだけの、不意の一撃。

 それは威力などなく、殺気などない、ただの小手先の技。

 されどタイミング、角度、全てが完璧な、()()()()()使()()()()()()()


 偽神は察知が遅れ、透過が間に合わず。

 その『小細工』は偽神の体勢を崩し、拳は逸れる。


「……っ!?」


 逸れた拳は、弥人へ向かう。

 偽神は咄嗟に透過を使い、弥人への直撃を避ける。

 だが、眼前へ迫る拳へ、わずか数瞬の動揺。

 すり抜けた一撃に対する、小さな安堵。

 それらほんの小さな、弥人の『隙』。


 ソレを、雨森悠人は見逃さない。


 ――回し蹴り、一閃。


 寸分たがわず弥人の胴体を、一撃が抉る。

 一切の防御動作を許さず。

 天守弥人の不意を、意識外から狙い打ち。

 ……ぴしり、と。

 最硬の肉体、その肋骨に亀裂が走る。


 悲鳴などなく、転げる弥人。

 その光景に、雨森は追撃はせずに、背後へと裏拳一閃。

 対し、背後まで迫っていた偽神は、咄嗟に肉体を透過。

 ――させるより早く、拳がその顔面へと直撃する。


【……!?】

「さっきから鈍いんだよ、お前」


 肉体を霧に変える、透過する、と。

 ただでさえ通常の透過よりも工程の多い無敵状態。

 弥人ですら追いつくのが必死の、今の雨森悠人の一撃。

 その尋常ではない拳速を前に、偽神の透過では追いつけない。


「神、といっても。本物の劣化版だろ?」


 ――偽神。

 その性能は、個で概念使いに比肩する。

 小賀元はじめ、橘月姫、朝比奈霞、橘一成。

 それら『最上位』には勝てずとも……勝負にはなる程の脅威。

 橘のお歴々では、まず手を焼くほどの単騎性能。

 常軌を逸した身体性能に加え。

 偽神本体が霧を用いて、裏六番から裏九番を使役する。

 術者とは完全に接続を切り、単独で動く最終兵器。

 それこそが、偽神。



 ――そんな偽神も、今回ばかりはあまりにも相手が悪過ぎた。



 血の滲むような努力。

 多くの挫折、多くの失敗。

 それら過去より積み重ねた執念。

 その果てにつかみ取った、一握りの運。

 成った覚醒。その果てに――今の雨森悠人は完成形に至りつつある。


 つまるところ、初代天守。

 ()()()()()()()()()()()、人類史上最大の異質(イレギュラー)


 その強さに、今の雨森悠人は迫りつつある。

 つまり、正真正銘の神すら滅ぼせるほどの強さ。

 当然、偽の神ごときでは相手にもならず。


 雨森、様子見、観察の結果。

 ()()()()()()()、と結論。

 そうなれば、末路は確定だ。


 裏拳の直撃を受け、尋常ではない衝撃が走る偽神。

 その大きすぎる隙を前に、ぶち込むのは全身全霊。

 雨森悠人、ただ一撃の正拳突き。

 今度は、小手先の技など使わない。


 ただ、対応など間に合うはずもなき、神速の一撃を放り込む。


 悲鳴などなく、おそらく、視認すら間に合わず。


 拳に寸分たがわず頭蓋を砕かれ――偽神はその場で命を散らす。







 ――その展開を、天守弥人は読んでいた。






 最後の翼が、灰に染まる。

 雨森悠人の強さを信じ。

 最強である偽神すら捨て駒に。


 あまりにも豪華な前座を経て。


 天守弥人はたしかに、その名を告げる。




()()()()




 その単語に、雨森悠人は目を見開き、振り返る。


 咄嗟に警戒するは、かつて見た奇跡。

奇跡開帳(アルヒテラス)

 開けてみるまで内容不明の奇跡の強要。

 術者すら何が起こるか分からない、パンドラの箱。

 時に、死すら覆す埒外の反則能力。


 ……それが、攻撃技として発動してしまったら。


 背筋に冷たいものが走る。


 だが、同時にそれはありえないと理性が叫んだ。


 雨森悠人はよく知っている。

【偽善】そのものに、天能臨界は存在しない。

 オリジナルより分かたれた事が原因だろう。

 格が半分へと落ちた結果、偽善は天能臨界を起こすことが不可能なまでに性能が低下している。

 故に、天守弥人から【奇跡開帳(アルヒテラス)】は喪われている。


 ――だが、それでも。


 脳裏に過ぎった、万が一の可能性。

 それは、ありえないと雨森自身考えた。

 そう、普通ならばありえない。



 だが同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



「ま、さか……ッ!?」


 焦り、その『起こり』を潰すべく雨森は駆ける。


 だが、相手は天守弥人。

 頂点になるべく生を受け。

 死を経ても朽ちぬ強烈な意思を持ち。

 その上で、弟の想いに応えるべく目覚めてしまった――もう一人の怪物。

 覚醒したその性能は、一時、雨森の全力すら置き去りに。

 天守周旋の習得した『臨界の簡易発動』に迫るほど、驚異的な初速を見せる。


 それは【偽善】の臨界ではない。


 当然、奇跡の開示にはなり得ない。

 そんな上等なものでは無く。

 ただ、技巧と経験と、極まった集中力。

 そして、ひと握りの【力技】で完成された神業。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「【閉瞳血幕(カル・ノワール)】」




 天守弥人。

 最後に得た能力は――【()()()()()()

 期せずして、それは最弱の能力。

 その完成形が、雨森悠人の全身を襲う。


「――ッ!?」


 有無を言わせず、眼球に血の幕が下りる。

 その『血の幕』こそが、天守弥人の天能臨界。

 物理的な、無視覚の強要。

 それは状態異常や幻覚ではない。

 ゆえに、どのような耐性があれど防ぐことは叶わない。


 雨森の世界が黒く染まる。

 視覚の完全封鎖。

 それは、戦闘中においては致命的な欠落だ。


 例えば、常日頃から嗅覚、聴覚を鍛えていれば話は別だろう。だが、視覚を失う前提で常日頃から訓練を重ねる――などと、そんな酔狂な者は少ない。

 まして、雨森悠人の『常日頃』には余裕は無い。

 わざわざ視界を奪われる前提での訓練など積んではおらず。


 故に、その天能臨界はよく通った。


 驚愕、動揺、焦り。

 天能臨界の直撃を受け。

 終始不動であった覚醒後の雨森悠人に、ここにきて初めて『隙』が生まれる。


 その一瞬を、天守弥人は逃さない。


 覚醒を経て、雨森悠人が人の理を超えようというのであれば。

 天守弥人もまた――その思いに応じて、限界を超える。

 兄として、そして、負けられない好敵手(ライバル)として。


『まだ、君には負けてやるもんか』と。


 笑顔で握り締めた拳に、雷が宿る。

 小細工など一切なし。

 在りし日、橘克也との一騎打ちで見せた最大火力。

 それをはるかに上回る一撃を、拳に乗せる。


 ――紛うことなき、天守弥人の最大火力。




()()()()




 それは、()()()()()()()()()使()()

 規格外の怪物の中でも、ごく一握り。

 上澄みのわずか数名。

 それらが奇跡に奇跡を重ねて、やっとたどり着ける理外の境地。


 ――天守弥人は、死後にしてついに人外の領域へと足を踏み入れた。


【目を悪くする】で動きを止め。

【雷】で、確実に葬れる一撃を用意する。

 あまりにも凶悪無比。

 回避することなど――土台不可能。


 それは、雨森悠人とて例外ではない。


 天守弥人は、全力で拳を構える。

 手加減などない。

 兄として、弟に対し。

 全力の想いには、全力で応じる。

 それが、天守弥人としての、兄としての最期の贈り物。


 覚悟を決めるように、わずか数瞬の硬直。

 後に、天守弥人はその一撃を弟へ放つ。




「――【神が与えし彼の雷槍(ロンゴ・ミニアド)】」




 放たれるは、神速の雷槍。

 その火力は、朝比奈霞の極雷をも超え。

 その速度は、とうに光を超えていた。


 回避? 受け流し?

 そんなもの、不可能と告げたはず。


 ――直撃。


 視界を失った雨森悠人。



 その胴体を、槍は寸分たがわず貫いた。







 ……はず、だった。




「……っ!?」


「……感謝する。これでこそ、僕が超えたかった天守弥人だ」



 ()()()()()()


 天守弥人は、困惑と動揺を隠せなかった。

 神の雷は、確実に雨森悠人へ直撃した。

 自らの拳には、たしかに感触が残っていた。

 手ごたえがあった。


 ――なのに。


 重傷には違いない。

 相応の傷であることは否めない。


 だが。

 だが、それでも。


 がしりと。

 自らの腹を打ち付けた、拳を掴む。


 雨森悠人の頬には、楽しそうな笑顔が浮かんでいた。




「ありがとう。お前のおかげで……()()まで来れた」




 雨森悠人。

 天能臨界の二度の直撃を経て――なお、揺るがず。

 その強さには、一切の陰りなく。

 すべての枷から解き放たれた肉体は。


 真正面から、二度の臨界を受け、耐えて見せた。


「……っ」


 弥人の表情が、大きく歪む。

 雷の臨界を生身で受け止め。

 前後左右も覚束ない闇の中で、余裕すら崩れない。


 理不尽。

 不条理。

 いくら言葉を尽くそうが、表現は難しい。


 何せ、技の極致たる天能臨界を、ただの力業で殺されたのだ。

 偽善の臨界だから?

 不完全なものだったから?

 そんなものは関係ない。


 こちらが不十分など、言い訳にもならない。

 ()()()()()()()()()

 それ以上もそれ以下もない状況だった。


 それに、今の一撃で命に届かないのであれば。

 天守弥人に、もう、その先へと届く手段は残っていない。


 近接戦闘においては、勝機など欠片もなく。

 距離をとって戦おうにも――まだ、雨森悠人には天能がある。

 全開となった【アレ】を引き出されれば、なおのこと敗北は濃厚。

 ……結論としては、変わらない。


 勝てない。


 勝てるわけがない。




 雨森悠人は――既に兄を超えている。




「……認めるさ」



 ふと、声が響く。


 その声に、雨森悠人は反応を示す。


 だが、視界のすべてを失って。

 雷の臨界を受け止めた、その直後のこと。

 聴覚、嗅覚、その他すべての五感が狂い。


 咄嗟に、その声の居場所を特定できなかった。


「……ああ、てめぇは強い。俺より強いさ。史上最強だと認めてやるよ」


 ――老害は告げる。

 ただし、その言葉とは裏腹に。

 その声には、常軌を逸した熱量が込められている。


 ……ああ、そうさ。

 天守弥人が敗北を認めたとて。

 もう、勝ち目はないと達観したとて。


 まだ、【生きること】を諦めていない者もいる。



「お前は最強だ。……ただし、それは一対一での話だよなァ!」



 それは、暗闇に包まれた雨森悠人の、知覚範囲外。

 老人は懐より、一丁の銃を取り出す。

 込められた弾丸は、特別製。


 名を【神死弾(ロード・グリム)


 最初にその『中身』を発見したのは、今は亡き八雲所長。

 彼は研究の過程において、とある特異物質を発見してしまった。

 それは――()()()()()()()()()()()

 おそらくは、天守の細胞に基づいて発生したものだろう。

 神を殺すものとして生まれたがゆえに、身に染みた天守としての特性。

 神殺しの一族、その由縁たる、名も知らぬ『なにか』。


 ソレをかき集め、たった一つの弾丸に集約したのが、八雲選人の作った神死の弾丸。


 この弾丸は、あらゆる神秘を貫通する。

 そのうえで、身に打ち込まれると同時に、その肉体に備わる神秘をことごとく破壊する。

 ……元はといえば、史上最強『橘一成』が出張ってきたときのために用意したもの。

 この弾丸であれば、彼の守り、彼の肉体を破壊しつくし、一方的に殺すことができる。

 いわば、橘一成のためだけに生み出された、最低最悪の初見殺し。


 ――だがこの局面に至って、八雲選人は使い時を見誤らなかった。


「本来なら当たるはずもねぇ……。だが、今は話が別だよなぁ!?」


 平時であれば、どう立ち回ろうと雨森悠人には直撃しない。

 まして、今の覚醒した雨森悠人ならば、なおのこと。

 特別製、されどただの弾丸一つ――だったとしても。

 八雲選人が用意した、という時点で彼は触れることを許しはしない。


 ……だが、それは平時の話。


 あり得るはずのない天能臨界。

 その直撃を受け、立ち直りつつある今この瞬間。

 言い換えれば――まだ、多少なりとも影響(ダメージ)が残っている状態。

 なら、今、この瞬間だけは話は別だ。

 雨森悠人は、今だけは正常に動けない。


 知覚外からの攻撃を、この瞬間だけは避けられない。


 そうと分かれば、迷いはしない。

 今の雨森悠人を前に。

 橘一成と比べた上で。


 ――なお、こちらの方が脅威だと判断した。


 放てば、必中。

 当たれば、必殺。


 八雲選人は、ここに来て狙いなど外さない。


 冷静に、確実に、悪意を以て死を放つ――。




 ☆☆☆




 されど、彼もまた雨森と同様、()()()()()()()()()()()


「く、くそ……ど、どうすれば……ッ」


 八雲の行動に、痛みにうめきながら烏丸は足掻いていた。

 だが、それは無意味な抵抗。

 雨森悠人の肉体をもってして『耐えられない』拒絶反応。

 その痛みは全身を駆け巡り。

 常人である烏丸にとっては、痛みだけでも死にかねない程。

 当然、覚悟一つで動けるような状態ではない。


 死ぬ。

 このままでは、烏丸は何もできずに死んでしまう。

 友の危機に、動くこともできず。

 その友に、叫ぶ余力すらなく。

 ただ、痛みの中で力尽きて死ぬ。


 そう、彼自身思ってしまった。


 そしてその考えは、八雲選人とて同じこと。

 烏丸冬至は、壊すではなく、奪ってしまった。

 それは、同情からの行動か。

 あるいは、友情からの行動か。

 いずれにしても、烏丸冬至には耐えられない。

 自滅以外に道はない。

 殺したいほど憎たらしいが、わざわざ動くほどではない。

 そう八雲選人は、今の烏丸を思考の外へと追い出した。


 それは、この土壇場において最適解に近い選択だ。

 凡人にすぎぬ彼が、執念ひとつではじき出した、おおよその正解。

 烏丸冬至は放置する。

 雨森悠人を殺すことに集中する。

 それが正解。

 その結論に、一切の『否』は挟めない。




 ――だが、一つだけ。


 八雲選人は、たった一つだけ判断ミスを犯す。



 それは、小さなボタンの掛け違い。


 されど、大きすぎる『優先順位』の誤認識。



 そう、彼が生き残る上で、最優先で殺すべきは雨森ではない。


 

 それ以上に常識はずれで驚異的な存在を。



 ――その正義の味方を、彼は最後まで軽視してしまった。




「烏丸君! ()()()()()()()()()()()()!」




「……っ!? あ、朝比奈……!」



 自分の肩を叩いた存在に、彼は大きく目を見張る。

 彼女とて、とても歩ける状態ではないだろう。

 間違いなく、命にかかわる重傷。

 下手をすれば、この場にいる誰よりも危うい状態。


 ――なのに彼女は、覚悟一つで這って動いた。


「……ば、けものかよ……っ」

「ゴタゴタ言ってる暇はないの! いいから、早くなさい!」


 烏丸冬至の選択。

 壊す、ではなく、奪う。

 八雲選人が、常識的に『間違い』だと断じ。

 その上で、気にすることではないと放置した。

 その正解に。


 その過程に。


 その想いに。


 その覚悟に。



 朝比奈霞は、土壇場で勝機を見出した。



「雨森くんの『想い』、私なら引き継げるはずでしょう!!」



 それは、偶然か必然か。

 あるいは、ほんの小さな神の気まぐれか。

 命を懸けて、雷を『失った』ことで。

 天守弥人が命を懸けて弟へ与え。

 雨森悠人が命を懸けて守り通し。

 烏丸冬至が命を懸けて強奪し。


 多くの人の手を経て受け継がれてきた――その『想い』。



 今、朝比奈霞が、その継承先へと選ばれる。



「だ、だけど……」


 烏丸は、奇跡のような現実に思わず踏み出せない。

 加えて、彼が抱える『想い』は特別製だ。

 そもそもが、通常の天能ではない。

 抱えることで、どのような副作用があるかもわからない。

 まして、正常に他人へと引き継げるものかも定かではなく。


 ――渡したことで、朝比奈の身に不幸が訪れてしまったら。


 そう思考が走り、先へと進む足が止まる。



 けれど。



 正義の味方は、まるで失敗することなど考えない。


 ただ、滾る情熱を胸に。


 大丈夫だって。


 誰もを安心させるような顔で、瞳で、烏丸冬至の心を溶かす。




「任せて頂戴。()()()()()()()()使()()()。そんな気がするの」



『約束だ、忘れるなよ』



 彼女の、その姿に。

 その表情に。

 かつて、少年の憧れた正義の味方の、姿が重なる。


 思わず、涙が滲んだ。


 彼女は、あの人に追いつけたんだな、って。

 そう思えた、その時には。

 もう、迷うことは何もなかった。



「……なら、後は……託すぞ。朝比奈」


「必ず、守り通すわ」



 そして、烏丸は朝比奈の手を取った。


 これも、偶然か必然か。

 烏丸が【虚神の加護】を使うまでもなく。

 もとよりその『想い』には、託す力は備わっていた。



【指定した能力を一時的に譲渡する力】



 かつて、雨森悠人が星奈蕾を救った能力。

 誰かを救うために、得た能力は。


 巡りに巡って、彼を助ける。



 そして、想いは繋がる。


 彼が残した善性は、次なる世代へ継承される。



「――朝比奈。お前に【偽善】を託す」



 それは本来、一時的な譲渡に過ぎない。


 だが、そこにいくつかの偶然が重なった。

 ひとつ、烏丸冬至が譲渡の期限を考えなかったこと。

 ひとつ、継承された能力と朝比奈の親和性が非常に高かったこと。



 ひとつ、受け取ると同時に天能が変質したこと。



 それらが影響して――その『想い』は、朝比奈霞へと完全に継承される。




()()()()



【所有者:朝比奈霞】



【保有する天能を再構築致します】



【天能再編】




【該当者に完全なる天能を授けました】




【天能名 ”善”】




【あなたの道行きに、幸福が在らんことを願います】





「ありがとう、烏丸君」




 そして、正義の味方は再起する。


 力尽きるように眠った烏丸より、視線を敵へと戻す。


 八雲選人は、銃を構えて雨森を狙う。


 その姿を見て。


 直感的に、『間に合わない』と理解が及んだ。


 傷だらけのこの体。

 いくら不滅を得たからと、すぐに治るものでもなく。

 この一瞬、この刹那。

 無茶を通すには、彼女の体は傷つきすぎていた。



 ――だが。



『なら、()()()()を使えばどうだ?』



 どこからか、優しい声が聞こえて。



 朝比奈は、新しく『その力』を獲得する。



 手を伸ばす。


 もう、この手は届かないけれど。


 あの瞬間には、間に合わないけれど。



 不思議と、この力であれば『届く』という確信があった。



 伸ばした手に、光が集う。


 それはどこか冷たい、白の輝き。


 何も無い空間から形が生まれ。


 光はやがて実像となる。




 その武器の名は――【銃】




 彼女が心より憧れた、天守優人の扱った力。




「死ね! 雨森悠人!!」




 八雲選人が、死を放つ。


 ――よりも早く、朝比奈霞は弾丸を放っていた。



 狙いは、外れない。


 不思議とそんな予感があって。


 放った弾丸は、寸分たがわず八雲選人の手を貫いた。



「が、あ……っ!?」



 神死弾を放つ直前。

 その刹那を狙い撃たれた八雲は、激痛に狙いが逸れる。

 放たれた死は、見当はずれな方向へと飛んで行き、大地を貫く。


 ――不発。


 八雲選人の最後の手段は、なんの成果も得ずに消失し。

 その事実に、彼の表情は絶望に染まった。


「な、なんで……なんでだよ! ふ、ふざけんな! どうして、どうして!?」

「……神様が、助けてくれるとでも思ったのかしら?」


 銃を手放し、安堵の息を吐いて朝比奈は言う。

 ぎろりと、血走った目が朝比奈を睨む。

 けれど、結果は変わらない。

 もう、どうしようもない。


 八雲選人に、もう助かる道は残されていない。




「言ったでしょう。後悔しても遅いって」


「あ……ぁ、っ、朝、比奈あぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」




 八雲が、自身の敗因となった少女へと怨嗟を吐き捨て。


 その声を聞いて、雨森はすべてを察し、苦笑いをこぼす。



「……ったく、何度僕を救う気だ、お前は」



 幾度となく助けられ。

 今回もまた、背を押されてしまった。

 ……なら、その想いには応えないと嘘になる。


 雨森は、拳を握る。


 暗闇の中で。

 差した光に目を細め。

 正義の味方に背を押され。


 ふと、口から飛び出したのは、彼の本音。




「ありがとう、朝比奈。最高だよお前は」




 そして、拳が天守弥人の身体を穿つ。


 全身全霊の、たった一振り。


 それは、瞬く間に彼の暗闇を晴らしてゆき。


 再び、日のもとに照らされた彼の視界には。



 満足げに笑って倒れ伏す、兄の姿と。


 満面の笑みでサムズアップする、朝比奈霞の姿があった。




【嘘なし豆知識】

Q、八雲選人の敗因は?

A、朝比奈霞。




☆☆☆




兄弟喧嘩は決着へ。

兄を超え、過去を超え。

しがらみを超えて。

ついに雨森悠人は、終局へ至る。



次回【雨森悠人の名を捨てて】



元より決めていた。

お前が母の死体を壊した、あの瞬間から。


生死を疑う余地もなく、確実に【天能臨界】で破壊する、って。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[気になる点] 質問です天守家はなぜ天能を使えるんですか?
[一言] そう言えばもう一つの物語は完結させる気はありますか? 凄く面白いです!!
[一言] 最高です。最高すぎます。 4巻おめでとうございます 終わってしまうのが寂しいです
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