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11-39『嘘の王様』

 朝比奈が刺された事実。

 烏丸という役立たずがこの場にいる理由

 八雲所長、という切り札。

 それらの情報を改めて整理し。

 僕は、一つの結論に至る。


「お前、手札を出し切っただろ」


 僕の言葉に、八雲は顔を歪めるばかり。

 その表情に含まれるのは、怒り、後悔、焦り……そして恐怖。

 ……こう見えて、僕は嘘が得意でな。

 だから、他人の嘘はすぐにわかる。


 ――お前の恐怖(それ)は、嘘じゃない。


 まぁ、完全に使い切った、とまでは断言できないが。

 それでも、もう『瀬戸際』であることは間違いない。


 確認のため、背後を振り返る。

 ……八雲所長の、姿はない。

 隠れたか?

 一瞬、頭にそう過ぎる。

 だが、安心した顔でぶっ倒れている朝比奈と、目が合って。

 彼女の忌々しいほど自信満々な表情を見て。

 僕は、顔をしかめつつ理解に至る。


「……あいつが勝って、僕が負けたんじゃ笑いものだな」


 八雲所長は、朝比奈霞に潰された。

 その事実が、おそらくは八雲選人を焦らせている。


「くそッ! な、んで、こうも上手くいかねぇ! なんで、なんで!」

「上手くいかない理由だと? そんなもの、お前の無能以外に何がある」


 喚く八雲を一蹴する。

 お前の読みが甘かった。

 お前の考えが緩すぎた。

 朝比奈の登場にはしゃぐのはいい。

 彼女の強さにあこがれるのはいい。

 だが、その強さを得ようとしたのが間違いだった。


「朝比奈が乱入した際、嫉妬に駆られて動いたお前と、あいつを信じて()()()()()()()僕と。……結果だけ見れば、僕の対応が正解だったみたいだな」


 まあ、それは結果論だ。

 後からならいくらでも言える。

 だが、……まあ、なんというか、な。


「そもそも……相手が悪すぎる。お前、いつも手を出す相手を間違えてるな」

「うるせぇ糞が! 死に体風情が、なに上から目線で語ってやがる!!」


 そう叫ぶ老害を前にして。

 僕は大きく息を吐き、目を細めた。


 ――滑稽。

 その単語が頭に浮かぶ。

 八雲選人は脅威である。

 僕の中にあったその思考が、揺らいでゆく。

 それは、彼の無様な失敗を目の当たりにしてのこと。


 八雲選人。

 ただ、恵まれただけの小悪党。

 力はない、知恵もない。

 ただ悪意と執念だけで生き延びてしまった害虫。


 そんな彼を僕が評価していた理由。

 それは、八雲選人は失敗をしないから、()()()

 彼は臆病で、病的なまでに慎重で。

 ゆえに、幾重にも準備を重ねて確実性を追い求める。

 だからこそ、失敗しない。


 ――はず、だった。


 そんな臆病で慎重な八雲の目を、正義の味方が眩ませてしまった。

 輝かしいほど美しく。

 かつての弥人をも超える強さを持ち。

 精神性すら完成されてしまった、かつて輝いた星の再来。


 その姿に。

 その力に。

 八雲は、己が嫉妬を殺せなかった。

 慎重さも、臆病さも押し殺し。

 いつしか、嫉妬のままに動いていた。


 だから、失敗した。


 僕に対する即死級の『奥の手』を失い。

 同時に、積み重ねてきた努力も泡と消え。

 思い描いていた『策』の過半を失い。

 それでも威勢だけは失えず、力ない言葉を吐くだけ。


 哀れで、滑稽で……なにより無様で。

 僕は八雲選人に対する評価を、一変させる。


 少なくとも――今のお前は、もう怖くない。



「お前の手札が今のですべてなら……もう、()()()()()()()()()()()()?」



「……っ!?」


 これでも、大変だったんだぞ。

 お前がどれだけ手札を残しているかわからない。

 どれだけ準備してきたか、今の僕では読み取れない。

 だから、全力ではあっても――策を出し尽くすことはしなかった。

 どのような局面に至ろうと。

 最後の最後でお前を殺せるだけの策だけは、残しておいた。


「勘違いしているようだから、教えておく。お前が僕を恐れ、僕を殺すために多くの準備を整えたように――ああ、そうさ。僕だってお前を殺すために備えてきた。お前を殺す、ただそのためだけに生きてきた。その過程、その積み重ねに一切の後悔はない」


 僕は、背の黒翼を広げる。

 僕が自由に使える翼は、残り三枚。

 背中を見れば、三枚だけが黒く染まって。

 残りの四枚は、灰色に染まっている。

 だから、僕の手札は、残り三つ。



 ――と、お前は勘違いしているはずだ。



「な……っ!」


 八雲選人の目の前で。

 三つの翼のうち――()()()()()()()()()()

 この局面で、新たに能力を得たのか?

 きっと、八雲の脳内にはその思考が過るだろう。

 そしてすぐ、『そうではない』と理解が及ぶ。


 現に、八雲はすぐに目を剥いて。

 今さらながら、その真相にたどり着く。


()()()()()()()()()()……! て、てめぇ! もう既に――」

「ご名答、すでに切り札は使い終えている」


 僕が今日得た能力は――すでに六つ。

 霧の能力。

 雷の能力。

 自己再生の能力。

 能力授与の能力。

 そして、翼の色を誤魔化す能力と、もう一つ。


 最後の最後。

 残りの一枚を残した状態で。

 僕はすでに、どこかのタイミングで最後の切り札を抜いていた。


 八雲の顔色が、青白く染まる。

 おいおい、どうした先生、まるで死体みたいな顔色だぞ。

 まるで、致命的なミスに今更気が付いた――みたいな、さ。

 僕は口角を吊り上げ、無様な学長先生を見下げ果てる。



「さあ、問題。僕はどこで、何を仕込んだと思う?」



 今日、この日が始まった瞬間から。

 学園祭が始まる前。

 始まって以降。

 夢に飲み込まれ。

 それから醒めて。

 今に至るまで。


 いずれかのタイミングで、僕はすでに確殺の一撃を仕込み終えている。


「もとより、お前を殺せるか否かは考えていない。どちらかというと、お前の悪意がいかほどか、どれだけの策を用意していて、どれだけの殺意が向けられているのか。いわば、八雲選人の腹の内だけが懸念点だったわけだ」


 ――そして今、お前はその『腹の内』を出し切った。


 なら、もう躊躇うことはない。

 未知に怯えることはない。

 見えない悪意に怖がる必要はない。

 底の見え透いた今のお前は――ただの実力不足の小悪党だ。


「確約しよう。僕はもう、いつだってお前を殺せる」

「……ずいぶんと騙るじゃねぇか。現実、見えねぇのか低能が!」


 八雲の額に、くっきりと青筋が浮かぶ。

 僕は、猛る老人から視線を外し、最後の敵へと目を向ける。

 ……ああ、お前の自信もよくわかる。

 確かに手札は残ってないだろう。

 お前にはこれ以上の策はない。


 ――だが、お前にはまだ最高の死体が残されている。


 僕は肩を回して、兄に対する。

 もう、八雲選人は敵ではない。

 たとえ逃げられたとしても、確実に葬る術がある。

 後ろには通さない、という制限こそあれど。


「やっと、小難しいこと抜きで戦えそうだな」

「…………」


 悪いな、今までは集中しきれていなくて。

 八雲には思考が割かれるし。

 朝比奈の乱入やら、八雲所長の存在やら。

 いろいろと脳内が混雑してた。

 けれど、それももう終いだ。


 僕は拳を構える。

 ほぼ同時に、兄もまた拳を構えた。


 僕と兄との、比べ合い。

 ついぞ一度もかなうことのなかった勝負。

 僕は満身創痍、兄は魔改造済み。

 随分とまた、実力差が広がったようにも思うけれど。


 今日ばっかりは、背中を押してくれた彼女に応えたい。


「悪いが、今日だけは勝たせてもらう」


 なんて言っても、一人じゃないんでな。

 二人で超えると言ってしまった。

 彼女は、僕の期待に応えてしまった。

 なら、今度は僕が応える番だろう。


 僕は、拳を強く握りしめ。

 青白い顔を浮かべる兄へと、最後に告げる。



「だから兄さん。アンタは安心して……逝ってくれ」




 ☆☆☆




 雨森悠人。

 異能の複数所持により汚染された彼の状態は、八雲の告げた通り『死に体』という言葉が相応しい。


 彼本来の能力に加えて、偽善というイレギュラー。

 二つの所持だけで、肉体に掛かる負担は計り知れない。常人であれば、痛みに暴れ狂った上で死ぬ、と表現すれば、彼の無茶が多少なりとも想像つくだろう。


 それでも、彼が耐えられていた理由。

 その一つが、偽善の特異性にあった。

 偽善とは、天守弥人が振るった『善』よりわかたれたもの。言わば、オリジナルの半分の性能しか持たない。

 故に、格も半分であり、負担も半分となる。

 その時点で、彼の肉体へと掛かる負担は相当に緩和されている。


 そして二つ目が、雨森悠人の『偽善』には半分と呼ぶには不相応な程に強力な回復能力が含有されていることだ。

 それは在りし日の死闘の後、より『助かる見込みが少ない』とされた雨森悠人へ、天守弥人がより多くの治療効果を『分けた』ためであったが、それが巡りに巡って雨森悠人の【無茶】を加速させていた。


 だが、それも本来はありえない未来へと、無理やりに細い糸を通しているに過ぎない。

 いつ途切れるとも分からないほど、脆く細い糸。

 それを手繰り寄せて『生』へとしがみついているのが、雨森悠人の現状であった。


 それに対するは、死した天守弥人。


 死体として、当時より成長は止まっている。

 当然、身体機能も当時のままだ。

 だから、八雲選人は策を弄した。

 彼の肉体を弄り尽くした。

 筋肉を増量し。

 肉体強度を高め。

 もっと速く、もっと鋭く。

 仮に天守弥人が生きたまま成長したとして。

 それでも追いつけぬ高みへと、死体を改造した。


 故に、八雲選人は断言出来る。


 今の天守弥人は、肉体としては人類最強である。

 事実、かのエミリア・ハートダストと真正面から戦わせたとしても、問題なく勝てるとの計算結果を叩き出していた。


 ――最強の手札。


 そう呼んで差し支えない程、彼は天守弥人の死体に自信を持ってる。

 まして、相手は()()雨森悠人だ。

 ()()()()ならいざ知らず。

 今の雨森悠人は、押せば死ぬほど弱り果てている。

 肉体的には全盛を遠く離れ。

 動く度に身体中を出血が走る。

 外傷ももちろんそうだが。

 異能の複数所持により、中身も相当傷んでいるはずだ。


 加えて、雨森悠人、八雲選人、両人とも知らぬ事だが、弥人の死に際の裁量によって、雨森悠人へと渡された偽善を『回復力強め』とした結果、彼の元に残された偽善は『回復力が弱い代わりに個々の能力が強め』とされている。

 事実、雷ひとつ取ったにしても、雨森悠人が扱うモノより、天守弥人が扱うモノのほうが性能的には格段に優秀であった。


 その理由こそ分からずとも、戦いの最中で八雲選人は、二人の天能の性能差には気が付いていた。

 故に、彼の自信は確固たるモノへと変わる。


 肉体的にも。


 そして、偽善の性能を比べた上でも。



 雨森悠人は、何ひとつとして今の弥人に敵わない。






「な、なにが、どうなっている……ッ!」




 ――その自信が今、崩れようとしていた。


「……ッ!?」


 翼を一枚しか残さぬ雨森と。

 雷、透過、銃と使い、まだ四つ残した天守弥人。

 肉体的にも、天能の性能的にも。

 そして手札の数としても。

 何ひとつとして負ける要素は無い。


 なのに、()()()()()()()()()()


 雨森の拳が、弥人の顔面へ直撃する。

 あまりの衝撃に、首の骨から軋む音。

 透過など許さないと言わんばかりに。

 クールタイムを寸分違わず狙い撃ち。

 当たり前のように致命傷をぶち込んでくる。


「ど、うしてーーッ」


 理解不能を前に、学者は思考を巡らせる。

 なぜ押し負ける。

 どうして勝てない。

 何故、雨森悠人はこうも強い。


 弱った振りをしていた?

 ……いいや、それだけはありえない。

 最初の疑念に即答を返す。

 雨森悠人の弱体化は、間違いのない話だ。

 誰がなんと言おうと、雨森悠人は全盛期では無い。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 先程の朝比奈の強さにも十分痺れた。

 だが、より『相手にしたくないのは』と聞かれれば、十人が十人、【あの日の雨森悠人】と答えるだろう。


 アレに比べれば、今の青年はあまりに弱い。


 だが、だが。

 八雲選人の頬に、一筋の冷や汗が伝う。



「ち、()()()()()()……ッ」



 アレに一度は殺された者として。

 アレの理不尽を知る者として。

 八雲選人の脳内に懐かしさが走る。

 あの鮮烈で強烈で、絶望的な強さが過ぎる。

 在りし日の【悪魔】の姿が、雨森に重なる。


 間違いない。

 今、この瞬間。

 最も死に近づいていながら。

 ……否、死を目前にしたからこそ。


 雨森悠人は、かつての強さを取り戻し始めている。


(理屈? んなもん関係ねェんだよ! 天守ってのは、人の身で神をぶっ殺しやがった理不尽の権化だ!)


 理由など説明はできない。

 だって、天守なのだから。

 たとえ、純血ではなかったにしても。

 たとえ、後天的に与えられた者だとしても。

 今の雨森悠人には、限りなく純度の高い【天守の血】が流れている。


 かつて、人の身で神を打倒した。

 言わば、理不尽。

 意味不明という言葉の具現。

 そんなモノの後継が。



 今、死の淵において【覚醒】を始める。



「……させねぇ、させる訳にはいかねぇだろうがよ! 意地でも、んなご都合主義を認めてたまるか!」



 八雲選人は、土壇場で嫌でも理解する。

 雨森悠人。

 彼の才能まだ、完全なる開花を迎えてはいない。

 せいぜい、覚醒し始めている。という程度。

 まだ、手遅れでは無い。


 なら、まだ殺せる。

 凡人が、天才へと花開く前に。

 その才能が、覚醒し切るより前に。


 ありとあらゆる手を用いて――彼を殺す。



「まだ、動けんだろうが、()()()()ィ!!」



 その叫びと共に、弥人の両腕が雨森の腕を捉える。

 雨森を上回る剛力。

 咄嗟に抜け出すことは適わない。


 その絶好のタイミングを、復讐者は逃さなかった。


 舞い散る砂埃。

 その中から、雨森の背後へ烏丸が飛び出す。


「…………」


 感情のない、雨森の瞳が烏丸を捉える。

 だが、反応はしない。

 天守弥人を眼前に。

 咄嗟に、烏丸冬至へと対応できない。


 それは、油断からのモノか。

 あるいは、慢心によるモノか。

 烏丸の攻撃であれば、命には届かない。

 いざとなれば【星】で対処出来る。

 そう考えて、烏丸冬至への対処優先を、天守弥人より下げてしまったのか。


 烏丸が、拳を振るう。

 その拳は、真っ直ぐに雨森悠人への背へと向かい。

 触れる、直前。

 拳を開いた烏丸を見て、雨森悠人は目を見開いた。



「――ッ、お前、まさか!?」


「……ごめん、雨森」



 二人の反応を見て、八雲選人は顔を歪める。

 それは、歓喜によるものだった。



「あぁ、そうさ! 八雲所長による『授与』こそ、お前に対する特攻だった、切り札だった! 確殺の一撃だった! だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」



 烏丸冬至の役割は、雨森悠人の注意を引くこと。

 そして――()()()()()()()()()()()()()

 当然、前者が彼の本来の役目。

 後者の案は、あくまでも八雲所長が失敗した場合の代案でしかない。事実、八雲選人はそこまでしなくとも雨森悠人は殺せると考えていた。


 だが、そこを朝比奈が邪魔をした。

 雨森悠人に対する切り札を尽く破壊して行った。

 だからこそ、こんな代案に縋ってしまった。


「我ながら情けねぇが、ようは、お前を殺せりゃ何でもいいもんなぁ!? 雨森悠人ォ!」


 烏丸冬至。

 異能名【虚神の加護】

 願った能力になる能力。

 である以上、()()()()()()()()()()()()


 烏丸の手が、雨森の背へと触れる。


 もう、回避はできない。

 雨森悠人に、その一撃を回避する術は無い。

 焦りをその目に見せる雨森に対し。



 烏丸冬至は、深く息を吐き。



 たった一言、呟いた。







「【()()】」――と。

それは、語られなかった話の続き。

かつて過ぎ去った、夏の一時。

橘月姫と邂逅した、あの森で。

雨森悠人は、烏丸冬至と語り合う。



次回【6-12『烏丸冬至の交わした約束』】

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[一言] 海老原は科学者としてはどのくらい優秀ですか?(性格を考えない場合)
[一言] 偽善ってランクの割に強すぎないですか? 鍛えたからですか?
[良い点] 仕込んだものはアレですかね…… 2年越しの6-12がついに [気になる点] 朝比奈がいなかったら負ける可能性あったか [一言] 興奮で心臓が音ゲーはじめた いまBPM300
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