11-38『朝比奈霞②』
ちょっとお知らせ。
おそらく、あと10話もしないで完結します。
最後まで突っ走りますので、ぜひお付き合いください。
正義の味方に憧れて。
必死に駆けて、いつしか追いついて。
その人に並んで、初めて。
私は、その『先』を思い描く。
私は、どうやって生きたいのだろう?
正義の味方になったとして。
ソレを張り続けることができたとして。
その次は?
あなたは何を目指すの、と。
自分自身へと問いかけて。
ふと、一人の背中が頭に浮かんだ。
ずっと、闇の中を歩くその人。
自分なんて必要ないと勘違いして。
みんなからの信愛を見て見ぬふりして。
平然と、死に向かおうというその人。
こうして、隣に並んだその人を、守りたい。
正義の味方になる。
そう息巻いて、いつしか押し殺した『少女』の願い。
ただ一人の人間として、一人の女の子として。
見て見ぬふりを続けた、ちっぽけな想い。
それが、正義の味方を追うことをやめて。
初めて、こうして自覚に至る。
「……思えば、簡単なことだったのね」
八雲選人。
きっと、死体を操る能力者。
そして、死体には生前の異能が宿るのでしょう。
だから奪えた。……そして、奪えるのなら、与えられる。
なんとなく、察せたの。
私から奪った雷も。
その奪う能力も、与える能力も。
貴方はみんなまとめて、雨森くんに押し付ける。
……そうなったら、きっと雨森くんは耐えられないから。
最後に一度だけ、背後を振り返る。
雨森悠人は、私のことを見てはいない。
彼はただ、私を信じて前を見ていた。
その背中に。
泣きそうになるし。
縋りたくもなるし。
喜び踊りそうにもなるけれど。
いろいろな感情は、またあとで、と割り切って。
私は、断腸の思いで視線を切る。
あなたが信じてくれる。
そう思えただけで、私は戦える。
私ができるのは、あなたにとっての万難を排すこと。
この人があなたを害そうというのなら、私が倒す。
なにがあろうと、ここで止めて見せる。
「八雲学園長、先に言っておくわね」
「あァ!?」
青筋を額に浮かべ。
極雷を上空に待機させる、怪人。
彼へと向けて、私は再度宣言する。
「私が勝つわ。負けた後、雨森くんに謝る準備はしておきなさい!」
「ほざけ、クソガキが!!」
話し合いなど、無意味といわんばかりに。
極大の、雷が落ちる。
それは神の怒り。
すべてを打ち貫く、雷神の一投。
それを前に、私は驚くほど脱力していた。
万全とは程遠い。
力も奪われ、重傷も負い。
控えめに言っても、絶不調。
対して眼前に立ちふさがるは、かつて私が用いた全力。
……まあ、あの八咫烏には通用しなかったけれど。
それでも、中途半端で防ぎきれるような代物ではない。
けれどね、八雲学園長。
使い手だからこそ知る弱点も、ちゃんとあるのよ?
「【雷神刀】」
手に握るは、私が最も使い慣れた『カタチ』。
速さはなく、特殊能力も何もない。
ただ、切り裂くためだけの、鋭さだけを求めたモノ。
それでも、これはただの刀。
私には、刀を扱う技量はない。
雨森くんの妹さんのような才はない。
この刀一本で、眼前のすべてを切り裂くことはできない。
この、神の一投を前にして。
刀一振りでは、心もとなく感じてしまう。
「あ、朝比奈……!」
事実、烏丸君から声が飛ぶ。
そうよね、心もとないと思うわよね。
でも、大丈夫。
誰一人として傷つけさせない。
敗北なんて、万が一つにも許さない。
万難を排して。
ただ、その勝ち筋が細いものだったとしても。
「大丈夫、正義の味方は負けないんだから」
下段で、腰だめに刀を構える。
刀に込めるは、今できる最大火力。
たった四割。
されど、敵を穿つには十分なソレ。
見据えるは、極雷。
一見、隙のない範囲攻撃に見えるでしょう。
私もそういう考えのもと、生み出した技だったから。
でもね、その技は今日初めて考えて、今日初めて使ったもの。
いわば未完成。
当然、打ち崩せるだけの『穴』はある。
目を細め、その一点を睨む。
極雷。
中核となる一筋の雷に、幾重にも最大出力の雷を巻き重ねる。
その結果が、広範囲にわたる殲滅級の破壊技。
威力も速度も攻撃範囲も、我ながら一級品だと思うわ。
けれど、それ以外は未完成もいいところ。
仮に、私がもっと早く【雷】に触れていれば。
もっとたくさん、新しい力を使っていれば。
いっぱい練習して、使い慣れていれば。
きっと、違う『完成形』もあったのでしょう。
でも、それは過程の話。
現実は変わらない。
「八雲選人。あなたの失敗を教えてあげるわ」
一つは、未熟な私から異能を奪ってしまったこと。
堪え性がなかったのね。
あなたが模倣したのが、未完成なものではなく、完成された極雷であったら。
そう考えると、少し考えさせられるわ。
……ああ、それともう一つ。
これは、言ってしまうと少し恥ずかしいのだけれど。
あなたは雨森くんの敵なわけだし。
私としても、容赦をかけたい相手でもない。
だって、雨森くんが怒ることなんて、後にも先にも一つだけでしょう。
あなたはきっと、雨森くんの家族を傷つけた。
ええ、なら、文句はないわ。
正義の味方として。
もう、万人を救えるだなんて思いあがらない。
どうあがいても、救えない悪は存在する。
である以上、あなたには一切の容赦はしない。
「…………ッ!」
握る刀に、余力をすべて注ぎ込む。
もう、二度と異能を使えなくなってもいいから。
それだけの覚悟で、意志で、わずか一時――全霊を超える。
――そして、ただ、刀を振るった。
一閃。
それはきれいなものではない。
技術なんて以ての外だ。
ただ、力任せに振りぬいた一撃。
されどその速度は雷速を超え――やがて光速にすら迫る。
それはまるで、地より天を穿つ、逆向きの流星。
瞬く間に、天より堕ちる極雷と衝突。
そして――抵抗なく神の一投を両断した。
「はぁっ!?」
唖然と目をむく、八雲学長。
驚いているところ悪いけれど、当たり前のことよ。
極雷の最も秀でた部分は、その中核に設定した最初の雷。
威力、性能、速度、何もかもが他とは一線を画す。
中核の雷に比べれば、周りに巻いた雷など児戯だろう。
だから、私はそれを破壊した。
最も優れているが故に。
最も速いが故に。
他の雷を置き去りにして、突っ走る中核。
真下から攻撃で迎えれば、最初に衝突するのはその中核だ。
……後は簡単な話よね。
その中核よりも、さらに上回る火力を出せばいい。
ふっと、刀を振りぬいて。
私の手から、雷神刀が消失する。
と同時に、私は呆然とする八雲選人へと駆け出した。
「……っ、て、てめぇ!」
「私を相手にしたこと。それが、貴方の最大の敗因よ!」
不思議と、体は重かった。
そりゃそうよね、代償はある。
思い切り拳を振りぬいた。
けれど、その拳はいとも簡単に八雲選人に受け止められる。
……そう、強奪可能な掌で、受け止められる。
「け、ひ、ひひひ! なにが敗因だ! たった一撃防いだところで、こうして捕まっちまったら意味ねぇよなぁ!? どうした正義の味方、疲れて速度が鈍ったかァ!?」
「そうね、だいぶお疲れなことは否定しないけれど」
奪われる。
私の雷が、消えていく。
私は目を閉じて、胸の内から消失する『相棒』を思う。
……思えば、ずいぶんと長い間、一緒に戦ってきたものね。
ありがとう。
そして、ごめんなさい。
できることなら、ずっと一緒にいたかったけれど。
最後の最後に、一人だけ。
どうしても、倒したい相手がいるの。
私は、目を開く。
八雲選人は、私から雷を奪っている。
その満足げな顔を見て。
私は、自信満々に笑ってみせた。
「あなたこそ、顔色が悪いわよ?」
「…………はぁ?」
理解できないとばかりに、八雲選人はそう吠えて。
――ぼろり、と。
次の瞬間、彼の右腕が崩れ落ちた。
「な……ッ!?」
崩壊は、それだけでは留まらない。
ぴしりと、顔面にひびが入る。
私の拳をとらえていた手に、力はない。
その腕は、肉体とは反して老いて見える。
きっと、体に力なんて入らないのでしょう。
彼は、何とか私の拳を掴んだまま。
それでも、がくりと膝をつく。
「異能の複数所持は、体に悪いのでしょう?」
「ふ、ふざけるな!! ま、まだ、余裕はあったはずだ! 奪ってから数分も経っちゃいねぇだろ!」
「数分? ……ああ、それくらいなら耐えられる、って予想だったのかしら」
……そうね、死体だものね。
生きてすらいないのなら、無理は通せる。
たしかに、新しく異能を奪ったところで、数分は耐えられたのかもしれない。
あなたの計算は合っていて、順当にいけば私は殺されていたのかもしれない。
けれど、現実は残酷よね。
「計算間違いね。ケアレスミスでもしたかしら、学園長先生?」
「て、てめぇ……ま、さか!」
「私の雷をよその異能と同格とみていたでしょう?」
ええ、きっとそこが計算違いの大本ね。
あなたはきっと、もう一つくらいなら数分耐えられると踏んでいた。
与える能力とか、さっきの隠れる能力とか。
いろいろ奪って、研究した末の結論だったのでしょう。
けれど、その研究課程に【雷】は存在しなかった。
「私自身、最後まで使いこなせなかった『じゃじゃ馬』よ? たった一つですら持て余しているのに、それを複数所持したわけでしょう? ……そりゃ、暴れるにきまってるじゃない」
「く、そが……ッ!! な、なら、お前に返して――」
まだ、八雲選人は私の拳を掴んでいる。
ええ、まだ返却は効くでしょう。
手遅れにしか見えないけれど。
まだ、私に雷を返す、っていう選択肢は残っている。
――まあ、異能が使えていたら、の話だけれど。
「もう二度と異能が使えなくなってもいい。そう願ったから、かしらね」
「な、んで!? なんで使えねぇ!? ど、どうして!!」
八雲選人は、異能が使えなくなっている。
理由は簡単。私の雷を奪ってしまったから。それだけに尽きるわ。
正直、雷を渡すだけでも勝てるとは見ていた。
けれど、確実ではなかったの。
だから、壊してから贈ることにした。
もう再起不能なほどにぶっ壊して。
なんだったら、他の異能を使うことにすら支障が出るとか。
そういうレベルの【呪い】に転じさせた上で、堂々と奪わせる。
私は、弱った手を振りほどく。
そして、正真正銘の無能力者、として。
雷、強奪、授与、隠匿。
多くの異能を持つであろう、史上最強の男を見下ろした。
「一度あげたものを返してもらうのは、みっともないと思うのよ」
「こ、この……っ」
もう、崩壊は止まらない。
ぼろぼろと。
雷に内から焼かれて、崩れていく。
その姿を見下ろして。
哀れな男の、その最後を目に焼き付ける。
救えない悪として、救うことを諦めた。
この選択を、未来の私はどう思うのかしら。
納得して、また歩き出すのか。
未来永劫、後悔し続けるのか。
……まあ、そんなのは明日起きてみないとわからないけれど。
それでも、まあ、一応ね。
私はあなたを救えなかった。
そのお詫びとして――【雷】は、あなたにあげるわ。
「強くなりたかったのでしょう? 自分より誰かが優れているのが気に食わなかったのでしょう? だから、最後になるけれど……私があなたを認めてあげるわ」
もう、男の原型は残っていない。
この声が、聞こえているかも定かではないけれど。
せめてもの、慈悲として。
あなたを救わなかった者の、謝意として。
誰も認めなかったであろうあなたを、私だけは認めてあげる。
「さようなら、最期だけの世界最強さん」
男は、崩れ落ちて塵となる。
その最期を見送ってから。
私もまた、その場に大の字になってぶっ倒れた。
「あ、朝比奈!」
「あら、烏丸君。無事でよかったわ」
咄嗟に駆けつけてくれた烏丸君。
見た感じ、傷はなさそう。
まあ、相手は極雷使ってきたわけだし、少し心配だったけれど。
……まあ、大丈夫そうで何よりだわ。
「私も……本当なら、雨森くんのお手伝い、行きたかったのだけれど」
体に力を込めてみる。
けれど、もう、指一本だって動かない。
ま、死にはしないでしょうけれど。
残念ながら、今の私は無能力者。
もう、彼の戦いに入っていけるだけの力はない。
「……私は、少し休むわ。ちょっと寝てれば歩ける程度にはなるでしょう」
「む、無茶言うなよ……心臓近く刺されてんだぞ……!」
「あら、優しいのね。さっきまでとは別人みたい」
私の言葉に、烏丸君はびくっと肩を揺らした。
……ま、そうよね。
雨森くんと烏丸君が喧嘩してて驚いたけれど。
二人とも、ずっと仲が良かったものね。
心配する必要、そんなになかったのかもしれない。
「ほんと、参っちゃうわね。どこまで考えているのかしら、あの人」
私は、遠方で戦う一人の青年を見据える。
そして、もう問題はないだろうと、瞼を閉じた。
私の心中を占めたのは、ただ一つ。
未だ戦う八雲選人、その本人。
彼に対する――哀れみだった。
「残念だけれど、雨森くんは、まだたくさん隠してるわよ」
八雲選人。
終始自らの掌の上で転がしていたと思っていたでしょう。
私も、雨森くんは本気でピンチだし、本気で絶望してると思ってた。
――けれど、ふと思い出す。
雨森悠人。
彼は、嘘と演技が得意だった、と。
【嘘なし豆知識】
〇朝比奈霞
『もう二度と、異能を使えなくなっても構わない』
かつて、天守優人が自らの過去、記憶を代償にしたのに対し。
朝比奈霞は、自らの未来を代償とし、一時の火力を得た。
そのため、最後の一閃を放ったのち、変質は起きた。
史上最強たる【雷】から、術者への【異能の使用不可】の呪いへ変質。
その上で、異能の複数所持のみが強みの『八雲所長』へと押し付けた。
返品など受け付けない。
八雲所長は奪ったものを返せなくなり。
ただ、身を雷に焼かれて消滅するに至る。
結果として、彼女は自らの異能を代償とし。
雨森悠人に対する即死級の『切り札』を相殺した。
正義の味方として、しっかりと大切な人を守り通した。
ただし、朝比奈霞に【雷】が帰することはない。
失ったものは、二度と戻らない。
彼女が世界最強に君臨していたのは、わずか一時。
もう、彼女が雨森悠人の隣に立つことは、二度とない。
――はず、だった。
☆☆☆
全てが嘘とは、言わないさ。
そんな虚構は脆いから。
嘘はしっかりと、真実に混ぜた。
朝比奈の登場は想定外だったし。
彼女の危機には、心が揺れた。
けれど、それでも。
――最初から、僕の【策】は変わらない。
八雲選人が気づけていない切り札。
誰もが騙されている、とびっきりの嘘。
そして、もう一つ。
お前を殺すためだけに。
お前を騙すためだけに。
幾重にも嘘を積み重ね。
やっと、ここまでたどり着いた。
八雲所長は、朝比奈が倒すだろう。
なら、お前の切り札はそこで終いだ。
もう、お前に残された手札はない。
天守弥人さえ倒してしまえば、お前は無力になり下がる。
なら、もう、いいよな。
出し惜しみは、もうやめてもいいよな。
そろそろ本気で――お前を殺したって大丈夫だよな?
次回【嘘の王様】
その男は、端から嘘で出来ている。




