表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
231/240

11-37『朝比奈霞』

 目標は、高く持つべきだ。

 少なくとも私はそう思うし。

 目指すべき先が高ければ高いほど、きっといいことだと思うし。

 だからこそ、私は一番高い目標を定めたつもりだった。


 ――正義の味方。


 それが、どれだけ難しいのかは分かってるつもり。

 だって、それは絵本の中の存在だから。

 人々が空想し、夢想し、憧れて。

 でも、ただ一人として届かなかった。

 そんな、英雄に私は憧れた。


 きっかけは、些細な事。

 ある人が、私を助けてくれた。

 ある人が、私に手を差し伸べてくれた。

 弱くて何もできなかった私を。

 それがなんだと笑い飛ばして、助けてくれた。


 この人たちのように、生きてみたい。

 そう生きられたのなら、どんなに楽しいだろうか。

 どんなに世界は輝いて見えるだろうか。

 彼らの隣に、立てたのなら。

 そこには、どんな景色が待っているのだろうか。


 強くなりたい。

 この人たちに並び立てるように。

 私があの日、助けられたように。

 私も、いつか誰かを助けられるように。


 そう願い、突っ走った。


 時に、忘れてしまうこともあったけれど。

 挫けそうにもなったけれど。

 何度も何度も、失敗したけれど。

 それでも、こうして振り返ってみれば。

 私は、()()()()一直線に駆け抜けてきたんだと分かる。


「……我ながら、嫌になるくらい一途よね」


 少しくらい、余所見くらいしなさい、っての。

 青春なんて知ったことかと。

 ただ、憧れに邁進し、その半生を賭してきた。

 そんな生き方を振り返って。

 可哀想だと、素直に思った。

 けれど同時に、後悔もなかった。


「さて、朝比奈霞、私に問うわ」


 貴方は目標を、既に遂げたわ。

 雨森悠人の隣に立つ。

 正義の味方になって見せる。


 それはもう叶えた。



「なら、貴方は次に何を目指すの?」



 自分自身へと、そう問うた。


 答えは、思いのほかあっさりと返ってきた。




 ☆☆☆




「あ、朝比奈……っ」

「烏丸君、ごめんなさいね。話はあとで聞くわ」


 少女の声に、一切の余裕は感じられなかった。

 絶望したような、暗い瞳で烏丸は俯く。


 ――烏丸冬至は、八雲所長の寄生を知っていたのか?

 その答えは、否である。

 当然、八雲選人は烏丸冬至を信用していない。

 駒としては優秀だとは考える。

 たしかに、雨森悠人を殺すうえでは重要な駒だ。


 だが、彼程度ならば代用が効く。


 烏丸がダメなら、小賀元で。

 小賀元がダメなら、幾年で。

 それでもダメなら、予備は腐るほど生き残っている。

 あくまでも、烏丸冬至は『最も憎悪が深かったから』選ばれただけ。

 言い換えるならば――『天守優人と最も仲が良かったから』。

 だから、選ばれたに過ぎない。


 ……当然、そのような『部品』に真実を明かすことなど無い。


 八雲選人は、無断で烏丸を利用した。

 烏丸冬至に、朝比奈を刺す気は欠片もなかった。

 彼は、朝比奈のことを敵とは認識していなかった。


 だからこそ、正義の味方に油断が生まれた。


「けひひっ、どの時代も正義の味方ってのは脆くて助かるぜ! 意味不明、理解不明な言動晒して、果てに毒呑んで自滅した前任も! イキって人助けする自分に酔って油断晒した当代も! どいつもこいつも簡単に死んでくれそうで、先生感激に涙しちまうよ!」


 大声で笑い、けらけらと涙を流す死体。

 当然、八雲所長の意志ではない。

 死体は涙など流さない。

 生前の彼は、そのようなことでは笑わない。

 嗤っているのは、八雲選人、彼の意志だ。


【屍】には戦闘能力はほぼ皆無。

 だが、こういった【ずる】は数多く許されていた。

 腐り果てても、概念使い。

 史上最悪と呼ばれたソレは、戦闘以外には他の追随を許さぬほどの尖りを見せる。


「言っている意味が、よく分からないわね」

「ああ? 分かんねぇか。んじゃぁ、先生が教えてやるよ、クソ生徒」


 八雲は、唾液を撒き散らし叫ぶ。



「ご愁傷様ァ! てめぇはここで死ぬってこった!」



 瞬間、雷が八雲の全身を走る。

 それは朝比奈の攻撃――などでは、なく。

 彼が奪った【雷】の能力が、彼の身体能力を飛躍的に向上させる。


「ひゃは!」

「……ッ」


 今まで、自分が振るっていた能力。

 それが、そっくり敵へと寝返ったのだ。

 朝比奈は迫る八雲に目を剥き、紙一重で拳を回避する。

 しかし、長い髪がその手に触れる。

 ほんのひと房。

 僅か、数本。


 されど、奪うには十分は『接触』だ。


「『強奪』」


 触れていた時間は、コンマ一秒にも満たない。

 それほどの刹那。

 互いに雷を纏って交差した、ほんの一瞬。

 それだけで、朝比奈の体から能力が溶け出してゆく。


「こ、れは……っ」

「ご都合主義って奴さ、ヒーロー!」


 天能名――【強奪の加護】

 八雲所長が生前より保有する天能。

 その発動条件は、極めて容易にして単純。


()()()()()()()()()


 ただ、掌で触れる。

 あるいは、掌で握った物体を通して、相手に触れる。

 それだけで、強奪は発動する。

 蹴ろうが、触れようが、たとえ抱き着こうが。

 他にどれだけ肉体的な接触があったにせよ、能力は発動しない。

 故に、両掌を破壊された時点で、彼の天能は死ぬ。

 どのような措置、義手、再生を施したところで。

 彼の元来である『掌』を通さない以上、天能は扱えない。


 それこそが、八雲所長の保有する【強奪の加護】の欠点。

 その他にも、他の天能を奪った時点で天能の複数所持により死ぬ――等と言ったピーキーな部分はあるが、かの力は総じて多くの欠点を持ちながらも、相応の『強力さ』を含有する。


「そう。……そういう能力ね」


 朝比奈霞は、刹那にそこまで思考が至る。

 当然、詳細までは妄想に過ぎない。

 あるいは、掌以外も強奪の対象なのかもしれない。

 そういった警戒は、当然ある。

 その上で、彼女の想定は八割がたが正当だった。


 彼女は、全身へと雷を走らせる。

 と同時に、八雲所長の体を衝撃が貫いた。


「が……ッ!?」

「なら、()()()()()()()()()()()()?」


 雷速に乗った、肘打ち一閃。

 咄嗟に反応が遅れ、直撃を受ける八雲。

 彼の体はすさまじい速度で吹き飛んで行き、幾度も地面を跳ねて転がる。


「こ、の……ッ」

「あら、攻撃しても奪われないのね。……なら、全ての接触が強奪対象ではない、っていうのは正解かしら?」


 瀕死の重傷を負いながら。

 天能を過半奪われていながら。


 ――雷神、未だ衰えず。


 世界が認めた特異点。

 何ら揺るがず、敵を冷静に見据え続ける。


 その姿に、八雲は思わず歯噛みする。


「てめぇ……なんで動ける! 胸の傷はどうした……!」

「質問に質問で返すけれど、()()()()()()()()()、どうしたの?」

「……ッ!!」


 くっきりと、八雲の額に青筋が浮かぶ。

 死に体の相手。

 どう足掻いても勝てるような相手だ。

 天能など既に六割近くを強奪した。

 朝比奈に残されたのは、残り四割。

 二割も違えば、純粋な出力差で押しつぶせる。


 ――はず、なのに。


(み、見えなかった……反応できなかった!? な、なんでだよクソが!)


 嘘だ、嘘だと言い聞かせ。

 八雲は再び、大地を駆ける。

 その速度は、自然界の雷速を優に上回る。

 なにせ【雷】の出力六割。

 その全開で、周囲の被害など構うことかと大地を巡る。

 その速度は、既に雨森悠人、橘月姫の両名をも上回り。

 純粋な『強さ』においては、世界最強に片手を伸ばす。


 ……けれど、届かない。


「がは……ッ」


 全力で大地を駆ける。

 当然、残る四割では追いつくことも叶わない。

 はずなのに。

 気づけば、朝比奈の姿を見失い。

 その直後には、彼女の蹴りが側頭部を打ち抜いている。


「な、なんで……なんでだよ畜生が!」

「なんで? 私の方が速い。それだけの話でしょう?」


 雷の六割を奪った八雲。

 残る四割を扱う朝比奈。

 前者が順当に勝つであろうその戦いは。

 されど、順当を外れて後者に軍配が上がる。


「クソ、クソクソクソクソ……クソがぁ!」


 信じてたまるものかと、八雲は叫び、駆ける。

 殴り蹴り、掌を押し付けて。

 奪うために、足掻く足掻く。

 されど、当たらない。

 触れない。


 まるで、速度で劣っているように。

 触れそうになるたびに。

 まるで、霞に巻かれているように。

 ふわりと、彼女の姿が消えて、見失う。


 どうして?


 八雲の脳内を疑問が埋めつくす。

 対して、朝比奈の脳内には過去の教訓だけが残っていた。



「生憎と、()()()()()()()()()()()()()()()()



 八雲所長は今、世界の誰より速いだろう。

 その事実は、何があろうと揺るがない。

 そう、朝比奈霞もそうだった。


 そう思っていた。

 あの日、あの瞬間。

 手酷い敗北を味わうまでは。


 自分より速い相手。

 どう足掻いても届かない相手。


 朝比奈の脳裏に、黒衣の怪人が過ぎる。

 もう、その正体は察しが付いているけれど。

 文句の一つや二つでも言ってやりたくなるけれど。

 姿を隠してまで導いてくれた友を思い。

 今はただ、感謝を送る。


「確かにあなたの方が速いわ。けどね、積み重ねた挫折の数も、積み上げた努力の量も、今まで真摯に異能に向き合ってきた時間も、何一つとして貴方に劣っているとは思わないわ!」


 それこそが、二人の差異。

 たった二割、されど二割もの出力差。

 それを、朝比奈霞は【技術】で埋めた。


(不思議よね、雨森くん。あの日の八咫烏と、あの日の私の異能の差、たぶん、現状とそっくりだったと思うの)


 あの日、八咫烏が用いた【黒雷】

 あの日、未完成だった【雷神の加護】

 その間に存在していた性能差。

 それは、朝比奈の直感していた通り――現状とぴたりと合致する。


 言わば、かつて敗した条件下と同一。

 あの日は勝てる気はしなかった。

 けれど、今は違う。

 負けるつもりなど毛頭ない。


『その責任感は、思考放棄では無いのか?』


 ふと、脳内に声が響く。

 全ての可能性を考えろ。

 全てを読み切り、勝利しろ。

 負けることなど許されない。

 失敗したでは、済まされない。

 そう、かつても聞いた金言に思わず苦笑し。

 彼女は迷うことなく否定した。



「ええ、()()()()()()()()()。どう考えたにしても、この人が私に勝つ未来は存在しないわ」



 世界が認めた特異点。

 雷神、朝比奈霞。

 瀕死の重傷を負い。

 異能の過半を奪われて。

 それでも、彼女はかつてなく好調だった。


「なにを、言ってんだ糞ガキがぁぁぁあああ!!」


 八雲は叫ぶ。

 怒り、焦り、緊張。

 多くがあっただろう。

 そして多くの悪意が、その下にはあるのだろう。

 まだ、油断はできない。

 そう思考していながらも。


 思い出すのは、かつての【授業風景】だった。


『雷を常に纏うのは間違いではない。が、必要なのは、瞬間瞬間の最高電圧。長くは要らん。短くていい、最大値を上げろ。相手が自分と同じ速さで動くなら、一瞬で回り込み、一瞬で硬直させればいい。それで勝てる』


「ええ、分かってるわ」


 八雲が、常に最大出力を保っているのに対し。

 朝比奈は、雷を常時使っていない。

 それは、雷速を前には自殺行為にも思える。

 一歩間違えれば、通常時の肉体性能で雷速を迎えることになる。そうなれば反応も叶わず敗れるだろう。


 だが、そうはならない。


 過去の敗北が、過去の努力が。

 多くの過程が、『直感』として彼女を導き。

 その上で、かつてない頭の冴えがその『直感』をより高位の次元へと導いてゆく。


 八雲の攻撃など、掠りもしない。

 どれだけ速く動こうと。

 どれだけ雷を伸ばそうと。

 もう、ほとんど【雷】を切っている生身の少女を捉えられない。まるで、先読みされているかのように、攻撃する時点で彼女はその『先』から外れている。


 そして、隙を貫くカウンターが走る。


「ぐ……ッ!?」


 眉間、喉、鳩尾。

 人体の急所を、ほぼ同時に拳が貫く。

 死体と言えど、衝撃は変わらない。

 八雲の肉体はたたらを踏み、それを息一つ荒げぬ朝比奈が見据えていた。


 その目に浮かぶのは、敵意ではなかった。


 朝比奈霞は、ひたすらに同情していた。


「哀れね貴方は。貴方は勝てないし、救われない。幸せになんてなれない。だって……貴方は少々やりすぎたのだから」


 自分を哀れむような目で見ながら。

 自分の目の前で、毒を飲み散った男がいた。

 お前はきっと後悔するよと。

 そう断言して、死んだ男がいた。


 その男と、朝比奈霞の姿が重なる。



「後悔しても遅いわよ。貴方を私は救わない」


「こ、殺す……ッ!!」



 激情が、雷の性能を限界超えて引きずり出す。

 それは、朝比奈霞が扱っていた【極雷】。

 彼女が十割十全に異能が揃っていた頃に、放った一撃。


 それを、八雲選人は怒りと執念のみで『六割』の出力から抽出、再現してみせる。

 期せずして、それはかつて天守優人が、自らを犠牲にして出力を増した技術に似通っていた。

 当然、それを四割の出力で相殺などできるはずも無い。



 ――はず、なのに。



「不思議よね、全然負ける気がしないわ」


 頭上に展開された致死の一撃。

 背後には守るべき相手がいる。

 雨森くん、そして烏丸君。

 二人を守った上で。

 この一撃を防いで。

 さらに、八雲所長を打ち倒す。

 確かに難題。

 けれど、出来ないとは思わない。


 彼女は大きく深呼吸して。

 正義の味方らしく、笑顔を見せた。



「さぁ、正義執行と行きましょうか」



 彼女は、残された【雷】を胸に抱き。

 雷神として、最期の攻防に臨む。

僅か一時。

されど、最強の座は伊達では無い。

世界最強、何ら揺るがず。

その力燃え尽きるその時まで。


彼女の道行に、敗北など有り得ない。



次回【朝比奈霞②】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[良い点] 出力頼みの戦いが多かった昼比奈がちゃんと技術を扱えるようになってるところに成長を感じた。それから、技術がないといくら天能が強くても勝てないようになってるのもいいと思います!もう最終話に近づ…
[良い点] 朝比奈の雷の化身として最初で最後の戦いって感じがして面白い。特に雨森(当時は八咫烏だけど)との闘いで学んだことを活かして戦っているが感動する。ちゃんと学んで正義の味方になったんだなって感じ…
[良い点] 戦闘経験の差 彼はあくまで研究者だからね [一言] 朝比奈霞がイレギュラーすぎた
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ