2-6『偶然か必然か』
「……ふん、運のいいヤツだ」
黒月は、結局そう結論づけた。
彼は再び右手を構える。
そして、さっきよりも大きなオーラを出し始めた。
おっとやべぇ、これを食らったら間違いなく死ぬ。
死の予感を覚えた僕は、黒月の周りを走り出す。
そんな僕の姿へ、黒月奏は目標を定めた。
「今度は外さん『ブラックボール』!」
先よりも大きめな声のブラックボール。
威力も大きさも速度も先程以上。
なんつー能力だよ……と文句を垂れつつも、僕は察した。これはかわせない。さすがに生身の人体でかわせるような速度じゃないわ。
そう考えつつも……はたと、僕は気がついた。
気が、ついてしまったのだ!
「あっ、部屋のストーブ、消したっけ」
立ち止まり、顎に手を当て考え込む。
そして――僕の鼻先をブラックボールが掠り抜けた――!
「――っ!? ま、また……躱しただと?」
「……? 今、なんかしたのか?」
僕は全く気づいてなかった!
僕の鼻先をブラックボールが掠めて行った、などとはな!
ええ、全然気づきませんでしたし、全部偶然ですとも。
ブラックボールの直撃しないギリッギリの場所で立ち止まったのも。
さっき、偶然にも靴紐の解れに気がついたのも。
唐突に、ストーブの電源が気になったりしたのも。
全てが『たまたま』ってやつ。
俗に、奇跡や偶然って呼ばれるヤツだ。
僕の様子を見ていた生徒たちは、大きく目を見開いて固まっている。
その中で、真剣な表情を浮かべた倉敷が、なんか調子に乗って変なことを言い出した。
「なるほど……。前々から、雨森君は只者じゃないと思ってたんだよ」
「く、倉敷……さん?」
朝比奈嬢からの困惑の声。
クラスメイト達から注目が集まる中、倉敷はこんなことを言い始めた。
「あれだけ強い霧道くんに暴力を振るわれ続けて……骨折のひとつもしてなかった。それには理由があると思ってたけど……やっぱり! 雨森くんは、非常に運がいいんだよ!」
何言ってんだこいつ?
僕と、過半のクラスメイトはそう思った。
しかし、朝比奈嬢は全く別の反応を示している。
「……っ! た、確かに……。霧道君からの暴行も、運良く急所を避けることが出来ていた……? だ、だとしたら……」
「――【運命の悪戯】とでも言いましょうか」
誰かが言った言葉に、朝比奈嬢が目を向けた。
声の方へと視線を向けると……うん、何故か眼帯をしてるクラスメイト、天道昼仁さんの姿があった。
彼女は「ふっふっふー!」と笑い声をあげると、厨二病全開で声を上げた。
「そう! それこそが雨森氏へ贈られた先天的ギフト! 目を悪くするという低位の能力を引き当てたのもまた運命! 強すぎる『強運』であるがゆえ、天が定めた神の鎖!」
「つ、つまり……!」
「意外と雨森氏は強いかもしれない! ということで……」
「『ブラックボール』」
「ぶへっ!?」
情け容赦ない一撃が、僕の腹へと直撃した。
……盛り上がってるところ、なんかすいません。
さすがに、生身で三回も回避するのは無理でした。
僕は潰れたカエルみたいな声で吹っ飛び、腹を抱えて蹲る。
その光景に、天道さんは眼帯を押さえて含み笑う。
「強い、かもしれない! だがしかし、あくまで『意外と』の範囲内ということをお忘れなきよう! そういう運命の下にあるのだからッ!」
「…………つまり?」
「まぁ、黒月氏にはさすがに勝てないよね、って話です」
結局のところ、そんな結論に落ち着いたらしい。
朝比奈さんが物凄い速度で駆け寄ってきて、クラスメイトたちから『まぁ、雨森だしね……』って雰囲気が溢れ出す。
そりゃそうだ、霧道にさえ勝てなかったんだから、そもそも黒月に勝てるわけないじゃん。そんな運の良さがあったなら霧道とのバトルで発揮してるっての。
「だ、大丈夫かしら、雨森君! ほ、保健室へ……」
「大丈夫……だ。見た目ほど、威力はなかったみたいでね」
彼女の手を借りず、一人で立ち上がる。
正面を見れば、黒月奏は僕の姿を見つめていた。
――信じられない。
そう言わんばかりに目を見開いて、僕を見ていた。
「やっと、僕を見たな」
「……?」
僕の言葉に、朝比奈嬢は理解が及ばず首を傾げた。
しかし、対する黒月には効果抜群だ。
「お、お前、は……ッ」
「ありがとう、黒月君。わざわざ手加減をしてくれて」
「……ッ」
ここに来て初めて、黒月の表情が歪む。
彼の表情を一瞥してから、榊先生へと両手をあげる。
その姿を見た彼女はニヤリと笑い、訓練終了を告げるのだった。
☆☆☆
「ありえない」
黒月奏は、誰も居なくなった教室で呟いた。
放課後、既に日が暮れ始めた頃。
部活にも参加していない黒月は、一人窓の外を見つめていた。
……思い出すのは、体育での『戦闘訓練』について。
訓練相手に榊先生が選んだのは、雨森というクラスメイトだった。
誰が見ても平凡、凡庸、普通の男。
才能なんて感じない。
霧道に目をつけられ、標的にされた哀れな男子生徒。
そういう風にしか、見てなかった。
つい、あの瞬間までは。
「僕の攻撃を……躱してた」
黒月奏は、天才である。
勉学においては学年でも最高クラス。
運動、武術においてもその才は抜きん出ている。
故に、気づくことが出来た。
雨森悠人は、こちらの攻撃を視認していた。
その上で、あんな演技をする余裕まであった。
余裕綽々で、こちらの攻撃を躱していた。
そう気づいた瞬間、戦慄が走った。
自分の力に無自覚な訳では無い。
強いと、理解している。
状況次第では朝比奈霞をも倒せると確信している。
下手をすれば、学年でも最強の能力。
それこそが、【魔王の加護】。
彼に与えられた『新たな才能』。
疎ましくて仕方がない、忌むべき力。
その、はずだったのに……。
「どうして」
彼の力は、弱かったと記憶している。
興味がなかったから、詳しい能力までは覚えていない。
ただ、驚く程に弱い能力。そうとだけ覚えている。
にも関わらず、こちらの攻撃を二度も躱した。
そして、二度も躱され、驚き、『手加減』のブレた三発目。
――威力も速度も『本気』で撃ってしまった、最後の一撃。
常人ならば、死んでいてもおかしくない。
それほどの威力だったと、放った本人が一番よく理解していた。
それを、どうして、何故、どうやって。
なぜ、あの男は平然と立ち上がることが出来たんだ。
えも言えぬ『気味の悪さ』を感じ、片腕を掴む。
それは、雨森へとブラックボールを放った右腕だ。
下手をすれば殺人者となっていてもおかしくなかった。
放った瞬間に、やばいと思った。
……でも今は、それ以上の感情を覚えている。
自分は天才だ。
自他ともに認める怪物だ。
けれど、そんな怪物をして……恐ろしいと思った。
寒気が止まらない、鳥肌が治まらない。
恐怖さえ感じられるほどの、底の見えなさ。
「雨森、悠人。……彼は一体、なんなんだ……?」
黒月奏は、今日、初めて認識した。
雨森悠人という人間を、一つの『個』として。
――確りと。
☆☆☆
「あぁぁぁぁぁぁ…………、死にそう」
僕は、自分の部屋で呻いていた。
ベッドの上に仰向けに倒れ、腹の痛みに顔をしかめる。
「黒月奏……なんて威力、してやがる」
自分の腹へと視線を落とせば、赤い染みが広がっている。
あの一撃を受けた瞬間、やばいと思った。
人間であれば確実に死ぬ。そう確信できるほどの威力が、目にも止まらぬ速さで迫った。直撃した。
あんなもん、強能力持ちの連中でも普通に死にかねない。躱すなんて以ての外だ。
「あー……くそ。しばらくは動く度に痛みそうだな」
傷については、まだ倉敷にも話していない。
朝比奈嬢は以ての外。
たぶん、榊先生あたりは気づいているのかもしれないが、何も言ってこないところを見ると関わらないつもりなのだろう。
ただ、その『無関心』も今回ばかりは助かった。
「さて……黒月。やっとお前と『話し合える』」
今回の件で、黒月奏は僕を見た。
二発も攻撃を『自発的に回避』し、明らかに本気で撃った三発目を受け、無傷(のような雰囲気)で立ち上がった。
自他ともに認める天才、怪物とさえ思える黒月奏。
彼が、おそらく生まれて初めて遭遇した格上かもしれない相手。自分よりも、さらに才能があるかもしれない相手。
そんなもん、意識しない方がどうかしてる。
「黒月の『強さ』に関しては、理解がついた」
圧倒的な『武力』に加え、魔法全般を使えるという万能性。
そして、先の二発を『躱された』と気がつくだけの知性。
いずれも、及第点以上。僕の想定していた最高ランクの性能を持っていた。
ならば後は、引き摺り込むだけ。
性格なんざ知ったことか。
裏切る可能性が見えるなら、僕が事前に躾けるだけ。
暴力、拷問、精神攻撃。
全て使って従順な『駒』に仕立て上げる。
……まぁ、最良は『積極的に協力してくれる』ってことだがな。
僕は上体を起こすと、近くに置いてあったスマホを取る。
見知った名前へ電話をかけると、数コールで繋がった。
「……知っての通り、僕の方は順調だ。黒月奏に僕自身を認識させることに成功したからな。だから……次はお前の番だ」
僕が黒月奏を仲間にすること。
それに並行して、彼女には『表』を進めてもらう。
朝比奈嬢を『台風の目』へと仕立て上げる準備。
そして、1年A組、熱原への対処について。
「そっちは任せていいんだな、倉敷委員長?」
僕の問いに、彼女は無言で電話を切った。
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