11-35『悪意胎動②』
「か、烏丸君! ちょっと落ち着きなさいよ!」
朝比奈霞は駆けていた。
対峙するはクラスメイト。
いつも陽気で明るく、優しくて。
誰にだって気配りの出来る青年。
烏丸冬至は、眼前に立ち塞がる障害に吠える。
「うるせぇ! 邪魔だ退け、朝比奈ッ!」
「落ち着いたら退けてあげるわよ!」
朝比奈の雷神刀。
烏丸の生み出した異能の刀。
両者が激突し、火花を散らす。
眼前で歯を剥き出しにする烏丸冬至。
彼の形相を見て、朝比奈は困惑を加速させる。
「なにを……どうしてそうも人の話を聞かないのよ! ちょっとは落ち着いて話し合いましょう! 友達なんだから、暴力での喧嘩は良くないわ!」
「うるせぇなァ! テメェはいつもいつも、なんも知らねぇ癖して語りやがって! 今の今で忘れてたヤツが、今更になって出しゃばって来んなよ!!」
烏丸は、力一杯に刀を弾く。
思わず上体を逸らされた朝比奈へ、一閃。
されど雷を捉えるには速度及ばず、何も無い空を切る。
「お前には分かんねぇだろ! 俺たちが優人にどれだけ支えられて生きてきたのか! 俺たちがどれだけあの人に感謝していたのか! ……そして、その人が殺されたと知って、どれだけアイツを恨んだか!!」
烏丸冬至は、天守優人を慕っていた。
友として、恩人として、目標として。
あんな人になれたらいいな、と。
誰にでもさりげなく気を配って。
なんでもない風で、誰かを救って。
そんな自分を誇ろうともせず。
それが当たり前だと、鼻で笑った。
そんな、正真正銘の【正義の味方】に憧れた。
「……ッ、で、でも、確証なんて!」
「ねぇなァ! そうだぜ、何もねぇさ! ただ同時に、優人が無条件で生きていると信じられる根拠もねェ! お前が語ってんのは終始説明のできねぇ妄想なんだよ!」
烏丸の手から刀が消える。
と同時に、空間を埋め尽くすほどの『槍の群』が彼の背後に現れる。
「ーーッ」
まるで、橘月姫の『幻』だ。
彼女ならばこういった『再現』も可能だろう。
だが、それを『加護』の能力で再現した烏丸冬至。
果たして、彼の体にはどれだけの負荷がーー。
「躱してみろよ正義の味方ァ! ただし、後ろのクソ野郎は諦めるんだな!」
「か、烏丸君……貴方!」
止める間もなく、無数の槍は発射される。
その行先には、朝比奈ーーの、姿はなく。
そのさらに後方、今まさに天守弥人と戦っている雨森悠人の姿があった。
(躱すのは容易……では、あるけれど!)
躱してしまえば、槍は全て雨森へ向かう。
普段の雨森悠人であれば、この程度の槍など片手間に回避出来るのだろうがーー今回は、普段とは異なる点が多すぎる。
雨森悠人は今、尋常ならざる戦いの最中にあること。
そして。
『朝比奈、お前を頼りにしている』
朝比奈霞には確信があった。
今の雨森悠人は槍を躱さない。
何があろうと。
どんなに遅い攻撃であっても。
朝比奈霞が攻撃を通したというのなら。
きっと、その行為には何らかの意味があるのだろう、と。盲目とも呼べる全幅の信頼を寄せ、背後からの攻撃には一切の抵抗を示さない。
だから、こちらを見る素振りもない。
きっと、気配を探ることだって止めているはず。
だって、背中は任せたのだから。
『背中は任せてある。なら、お前が何とかしろ』
と、無責任に言ってのけるだけだ。
「……ほんっと、鬼畜ね貴方は!」
そう言って、彼女は笑った。
バチリ、と雷が弾ける。
躱さない、なら躱せない。
雨森悠人が信頼してくれている以上。
その信頼に応える他に、道はなく。
故に、朝比奈霞は足を止め。
速度を殺し、前を見据えて。
ただ、放つーー。
「【極雷】」
天より堕ちるは、一筋の雷光。
目にも追えぬ程の速度で。
何もかもを破壊する、槍が落つ。
それは、神の雷。
木っ端な槍など全て飲み込み。
余波で残る全てを破壊し尽くし。
ただ一筋。個で群を消滅させる。
「ぐ……ッ!?」
「あ、あら……ちょっと火力高すぎたわね。次からはもうちょっと手加減するわ。ごめんなさいね烏丸君」
余波で吹き飛ぶ烏丸へ、朝比奈は告げる。
事実、朝比奈は終始手加減をしていた。
本気を出せば、この場の全員弾け飛ぶから。
雷を絞り、火力を抑え、今の今まで戦ってきた。
だが、雨森悠人からの信頼。
それひとつで、僅かに制御が緩んでしまう。
「て、てめぇ……!」
「なにも、私は貴方を殺したい訳では無いの。言っていることは分かるし、なんだったら雨森くんが悪いもの。ちゃんと責任はとるべきだと思うわ、烏丸君」
ーーでも、それは今じゃない。
朝比奈霞は、烏丸冬至の前に。
真っ直ぐな、正義の化身として立ち塞がる。
「まずは八雲選人を打ち倒す。その後で、しっかり雨森くんに話を聞くのよ。貴方の復讐は、それからだって遅くはないじゃないのよ」
「そ、れはーーっ」
「安心してちょうだい。雨森くんが本当に悪いのなら。天守くんが本当に死んでいたのなら。その時は私も雨森くんを怒るつもりよ。私は正義の味方なんだから」
揺れる。
烏丸冬至の、復讐心が揺れ動く。
確かにーーだ、なんて。
そんな言葉が頭を過ぎり始めた。
だって、朝比奈霞は嘘を言っていなかったから。
彼女は本音でそう言っていたから。
だから、響いた。
その綺麗事が。
彼の復讐心を、じわりと溶かす。
「そ、んな、都合のいいーー」
「都合なんて知らないわよ。ただ、貴方は騙されて、都合のいいように利用されているように見えるの。全てを知った上で同じ道を行く……というのなら、まぁ、しょうがないのでしょうけれど」
そう言って、朝比奈は烏丸の肩を掴む。
至近距離からその目を見つめ。
しっかりと、言い含めるよう彼に伝える。
「でもそれは、真実を知って、しっかりと考えてから出すべき答えよ烏丸君。少なくとも、今の貴方には貴方の生き方を任せられないわ」
「……ッ」
揺れる、揺れる。
もう曲げないと決めたはずの覚悟が。
絶対に復讐してやると決めたはずが。
正義の味方の、その目を前に。
音を立てて、覚悟が崩れる。
「お、俺、俺は……ッ」
復讐なんてしたくない。
また、みんなで仲良く暮らしたい。
本音が、漏れそうになる。
けれど、けれど。
胸の内にどろりと溜まった怒りが。
その矛先を、誰に向けたらいいのか。
どうすれば、この怒りが消えるのか。
分からなくて。
どうしようもなくて。
ほろりと、目尻から涙が零れた。
「俺、どうしたらーー……」
どうしたらいいんだよ。
言いかけた、弱音。
ーーそれと同時に、鮮血が散った。
「……えっ?」
「…………は?」
ぐさりと、ひと突き。
朝比奈の胸を、烏丸の刀が串刺しにする。
朝比奈も。
そして、烏丸自身も。
咄嗟に何が起きているのか、理解できなくて。
やがて、烏丸は自分のやったことを理解して。
自分の意思ではないと。
ここに来て、初めて自分の異常に気がつく。
「な、んで……」
思わず零れた、困惑。
まるで、それを嘲笑うように。
ただ、烏丸の喉の奥から。
その体内から。
悪魔の笑い声が聞こえてきた。
「さぁ、第三幕と行こうじゃねぇか」
かくして、悪魔は吐き捨てる。
この場で最も聞きたくなかった、最悪の二文字を。
「【強奪】」
そうさ、雨森悠人。
本気のお前を前にして。
お前の守りを崩せるとは思ってねぇよ。
だから、お前の信頼を頼ることにした。
後ろは任せたんだもんなぁ?
もう、そっちのことは気にしてねぇもんなァ?
大丈夫。
お前は確かに正義の味方を守ったさ。
「ただ、俺の悪意の方が上だった、って話さ」
次回、休載になります。




