11-33『攻略開始』
【お知らせ】
もしかしたら、7月に入ったらどこかで一、二週ほど休載になるかもしれません。
理由? 試験だからです。
大人になっても試験勉強があるからです。どっかの日曜日で試験受けてくるので、その前後で唐突に休載が挟まりましたら、『ああ、前に言ってた奴ね』と察してください。
そのため、感想とかもしばらく返せず放置になる可能性があります。
別に消息不明になったわけではありませんので、ご理解ご協力のほどよろしくお願いいたします。
天守弥人は、誰より優れていた。
決して最強という訳では無かっただろう。
彼の能力は、いわゆる万能なものだったから。
個に特化した天守周旋や、橘一成には及ばない。
そう、分かっている。
けれど、総合的な能力で言えば。
自分の知る限り最高は、天守弥人だ。
彼には欠点というモノが存在しない。
他が一つの能力に特化して鍛える中、その道中で『余分』と切り捨てたもの全てを、彼は100点満点中の95点で保有している。そんな感じだ。
だから、弱点は無い。
どのような逆境、どのような局面であろうと。
あらゆる力を総合し、平然と切り抜ける。
それが、天守弥人の最もイカれていた部分と言えるだろう。
それでも強いて挙げるなら……精神性か?
正義の味方、そして、家族への愛。
その在り方そのものが、彼の唯一とも呼べる弱点。
最高傑作として生まれていながら。
人であることを止めなかった。
そういう機械になろうとしなかった。
だから、一度は死んだ。
そして、二度は無い。
☆☆☆
「朝比奈」
「あら、何かしら雨森くん」
肩を並べて。
隣に立った正義の味方へ、僕は言う。
されど、視線は彼方より逸らさない。
……いいや、逸らせない、が正解か。
「僕は、八雲選人を評価している。そしてあの死体は、八雲が僕を確実に殺すために作ったモノだ」
「……そう。やっぱり、そうなのね」
記憶が戻った……ということなら。
朝比奈も、天守弥人のことは思い出しているはずだ。
これといって明確な接点はなかったが、二人は何度か顔を合わせているはずだし、喋ったことだって一度や二度ではないだろう。
彼女の眉間によった皺を見れば、コイツがどう言った思いで弥人を見ているのか……何となく心中察せられた。
「……まぁいい。とにかく、僕が言いたいのは、だな」
ーーカタログスペック上、あの死体は今の僕よりずっと強いはずだ。
そう、僕が言うが早いか。
八雲の額に青筋が浮かぶーーのと、同時に。
天守弥人の死体が、凄まじい速度で加速する。
馬鹿の一つ覚え。
速度で劣る朝比奈を前に、苛立ち混じりの特攻。
ーーと、普通なら見るだろう。
だが、相手はお前だ、八雲選人。
お前はそうじゃないだろう。
もっと悪意的に。
もっと狡猾に、確実に。
僕の命へと、駒を進めてくるはずだ。
朝比奈が、再び動き出そうと始動する。
より早く、視線ひとつで動きを制止させる。
……いいや、今の彼女のことだ。
僕の動きを見ただけで、止まっていたかもしれないが。
「【裏九番・ウロボロス】」
左右の指、合わせて九本。
組み上げて作ったのは、裏に登録した霧生物。
溢れ出した膨大な黒霧。
その中より出ずるは、巨大な黒龍。
そのアギトが、天守弥人を噛み砕くーー。
ように見えたが、きっとそうでは無いんだろうな。
だって、手応えが無かった。
「ーーッ」
僕と同時に、朝比奈が反応する。
初動は同じでも、その後は彼女の方がずっと早い。
朝比奈は僕を抱えると、尋常ではない速度で空中へ逃げる。
ーーと同時に、僕らのいた場所へと天守弥人の触腕が突き刺さった。
「な、なによあれ……!」
「剣みたいな触手のことか? ……あるいは、あの反則的な異能のことか?」
「どっちもよ!」
僕らの視線の先で。
弥人の肉体は、ウロボロスを透過していた。
……二つ目は【透過】か。
弥人の背から伸びる白銀の翼は、今ので二つが色褪せている。……残りは五つ、先は長いな。
朝比奈は距離を離して着地する。
彼女の腕から離れつつ、僕は天守弥人の性能を説明する。
「能力名は【偽善】、当日限りだが、日に七つの能力を好き勝手に取得できる能力だ。……ちなみに、個々が概念使いの出力に迫る」
言ってて、自分で酷い皮肉だと思った。
今まで、堂島、新崎、橘、そして朝比奈。
多くの猛者を翻弄し、蹴散らしてきた僕の【偽善】。
それが最後の最後で、敵に回ることになるとはな。
「な、なによそれ! 反則じゃないの!?」
「……少なくとも、僕らには言われたくないだろうな」
改めて振り返れば、イカれた性能だよ、【偽善】って。
でも、こちとら【星】と【雷】である。
八雲からしたら、朝比奈の今のセリフをそっくりそのまま言ってやりたい気分だと思うよ。
それに、こちとら偽善のプロフェッショナルだ。
何年間その力と向き合ってきたと思ってる。
戦いやすい状況下、効率的な使い方。
そして、されたら嫌なこと。
なにもかも、知り尽くしている。
その上で、僕がされたらいっちばん嫌なこと。
ーーそれは、手札を全て使わされることだ。
偽善の強みは、その手札の多さ。
たった七つ。
されど、七度もの適応能力。
相手の戦い方や癖に合わせて、七度適用し、その場に見合った力を見繕う。
ようは、一度でも負けたら命取りな死合において、最初の七回は無条件で後出しできる、と言っているようなもの。
だから、まずはその七回を使い潰す。
「まずは底まで力を引き出す。一切の『予備』は残さない。七つ使わせてから、その力に沿った方法で奴を詰める」
「……そうね。七つ……ってことは、今ので雷と透過、残るは五つかしら?」
朝比奈が、僕の背から伸びる片翼を見てそういった。
……まあ、今の僕らを見れば、同様の異能を保有しているのはバレるか。
なんだったら、弥人の雷を見て、僕も雷を使える事を理解し、八咫烏の正体にまで至っているかもしれない。考えれば考えるほどに頭が痛くなる話だが……まあ、朝比奈とてここで無駄話をするつもりはないだろう。
「一応伝えておく。僕が使ったのは、霧、雷、自己再生、そして能力の譲渡だ」
「……同じ能力、として受け取るわね。そうしたら、雨森くんは後三つ、ってことかしら」
「ああ。だが、予備として『二つ』は使うつもりはない。僕が好きに使えるのは、あと一つだと考えてくれたらいい」
先ほどは、その最後の一つを使うつもりだったんだがな。
朝比奈の成長が想定以上だったこともあり、首の皮一枚つながった。
僕にはあともう一つだけ、好きに扱える『後出しの権利』が残ってる。
……残りの二つは、いつ使うのか?
その答えは、まあ、アレだ。
今は使えない、とだけ答えておく。
「…………ふうん」
じとっと、朝比奈嬢が僕へと視線を向ける。
とっても何かを言いたげな様子ではあったが、結局何を言うこともなく。
代わりに、僕は更なる情報を重ねた。
「加えて言うと、それとは別の異能もある。自然を操る類の能力だな」
「……前言撤回よ、雨森くん。貴方の方がずっと反則だわ」
……まあ、傍目にはそうだろうな。
実際、僕が『雨森悠人』と『天守弥人』、どちらと戦いたくないかと聞かれれば断然前者だ。星と偽善を有している以上、雨森悠人ほど相手にしたくない人物を僕は知らない。
といっても、それは『全盛期の』という但し書きがある前提だがな。
「とにかく、偽善は個々の能力が概念使いに迫る。……ただし、それは近しいという意味であって、完全に同格、とは思わない。事実、あの透過だって相応の条件が存在するはずだ」
本家本元、天守弥人の有していたままの性能であれば話は別だろう。
生粋の概念使い120点とすれば、生前の弥人は99点まで引き出せていた。
そこから肉体を改造され、脳を弄られ、死体に転じて。
多くの制限を取り払った今の弥人なら、100点を超えていても不思議ではない。
――だが、そこは【善】であれば、の話だ。
こうして概念使いに至った【雷】を前にして。
僕の黒雷では手も足も出ないと理解した瞬間、疑念は確信へと変わった。
今の天守弥人は、凶悪で反則的な怪物ではあれど――無敵ではないのだ。
「透過……かしら。見るからに反則みたいな能力だけれど……」
「そうだな。だが、偽善である以上、無敵は絶対にあり得ない」
「……同じ能力よね? 雨森くんならその条件、なんだと考えてるの?」
……そうだな。
橘のお歴々の中には、透過の能力者もいた。
だが、彼女は『まともに使えるまでに百年。戦闘で有益になるまで五十年。強敵相手に使えるようになるまで百五十年。のべて三百年は……ま、これ以上は言わんでもいい話か』と語っていた。
それを聞いた時点で、僕はその能力を訓練することを諦めていた。
その上で、僕が考えるあの『透過』の条件。
「時間制限および長いクールタイムの強制」
僕の声を受けて、八雲は表情を変えなかった。
その態度が、むしろこの考えが正解なのだと確信づける。
「僕の能力の中で最も万能な【霧】であっても、相応の前提条件が必要になる。その上で、透過ほどの無敵さには至らない。……である以上、条件は僕が使っている能力よりもはるかに多いはずだ。その条件を犠牲に扱いを容易にしているのなら尚更――制限時間しかありえない」
僕の視線の先で、再びウロボロスが弥人を襲う。
しかし、今度は透過をしない。
真正面から黒龍に対峙し、その触腕で龍の首を打ち落とす。
「朝比奈!」
「任せなさい!」
合図するが速いか、彼女は右手を振り落とす。
と同時に病院の屋根を突き破り、雷が弥人へ落ちる。
あまりの速度、あまりの熱量。
だが、二度も繰り返せば、三度は通じない。
弥人は咄嗟に回避を決行。
雷の直撃を避けた様子だが――わずかに、触腕の先が雷に触れる。
「……っ!」
「三度は通じないでしょう? だから、麻痺させることに特化してみたの」
僅か数ミリ、雷に触れた。
直撃などでは決してない。
だが、触れた先から全身へと電撃が流れる。
伝わった雷は全身の細胞という細胞を焼き、神経を焦がし、一時的に行動不能な麻痺へと追いやった。……って、とんでもないなこの女。どこまで強くなってんだ。
「見事だな、正義の味方」
指を鳴らす。
と同時に、弥人の側面へと黒点が生まれ落ちる。
それは、全てを飲み込み、押しつぶす重力の渦。
「【星の終焉】」
今の僕が放てる、最も殺傷能力が高い技。
それが生まれ落ち、形を成す。
――その直前で、邪魔が入った。
「――させねぇよ!」
「……つくづく邪魔だな。お前は」
背後から、気配を殺した烏丸の襲撃。
生み出した岩の刀で、彼の振るった剣を受け止める。
当然、脅威ではない。
そろそろ来るだろうとは読んでいた。
……読んではいたが、僅かに思考が逸れる。
逸れた思考で、星の終焉は正常には働かない。
僅かに、されど確かに、引力の働きが遅れる。
――その刹那に、透過のクールタイムが回復する。
重力を、雷を透過し、弥人は重力の渦から回避。
……およそ、一分と言ったところか。
透過が解除されてから一分以内でないと決着にはならない。
透過していられる時間はもう少し短いと考えても……厄介な力だな。
そして厄介な相手が弥人だけではないのだから、頭が痛くなる。
「チッ」
「ちょ!? か、烏丸君!? なにやってるのいきなり!」
苛立ち交じりに烏丸を蹴り飛ばすと、朝比奈が驚いていた。
そんな彼女の驚きも、烏丸は一蹴。
「いきなり……!? そいつは……志善は、優人を殺したんだ! 許せるわけねぇだろうが!」
「えっ!?」
烏丸を愕然と見ていた朝比奈。
すぐさま僕を振り返り、それ以上の驚きを向けてくる。
その目は、『あなたが天守優人を殺したの?』と雄弁に問うて――……きては、いなかったな。朝比奈嬢はなんだか妙ちくりんな目をしていた。
……まさか。
ふと過った、疑念。
嘘だろお前、とは思いつつ。
そんなわけがないだろうとは思いつつ。
僕は恐る恐る、彼女へ問うた。
「……まさかお前、僕が天守優人だとでも思っていたのか?」
「ぎくっ」
大きく体を震わせた少女を見て、僕は頭を抱えた。
……星奈さんですら、僕の正体は察していた。
それ以上の付き合いがあるお前なら…………いや、もう何も言うまいよ。
だって朝比奈嬢だしな。
それ以上の言葉は不要である。
「……はぁ、呆れた」
「な、なな、何よ! 紛らわしい名前してる方が悪いんじゃないの!」
返す言葉もございません。
……が、今の今まで、天守優人として接せられていた事実にため息が出る。
それに、烏丸のカミングアウトにも、一切触れてないしなこいつ。
「……そんなことより、僕が優人を殺した事実について思うところは無いのか?」
返ってくるのは、失望が憎悪か。
天守優人に誰より憧れていた少女だ。
思うところが、無いワケが無い。
むしろ、烏丸以上の激情があっても不思議ではない。
そういう思いで、あえて問うた。
しかし、彼女はきょとんとした顔で。
「何を言ってるのかしら。あの天守くんが死ぬわけないでしょう?」
自信満々に。
何を今更、と当然のように言った朝比奈。
その姿に、僕は思わず目を剥いて。
烏丸は、大きく歯ぎしりを鳴らした。
「……そうか」
「ええそうよ。だって、死んでも死なないような人じゃない? あの人」
絶大な信頼を前に、僕は思わず苦笑する。
ちらりと烏丸を見れば、彼は悔しそうに拳を握っている。
「どうやら、天守優人に対する信頼では、僕らは負けてたみたいだな、烏丸」
「だ、黙れ……ッ!」
天守優人の死亡を疑わない烏丸と。
天守優人の生存を疑わない朝比奈。
救われた者同士……こうも違う結果になるとはな。
いや、朝比奈の頭の中がお花畑なだけ、って可能性もあるが。
「……お前と話したら、悩んでいるのが馬鹿らしくなってきたな」
「な、なによ! そんなこと言われたって意見は変わらないわよ!」
「ああ、変えなくていい。お前はそのまま、突っ走っていけ」
僕は、もう歩みを止めてしまった。
だから、お前は止まらなくていい。
むしろ、心配なのは僕の方だ。
どこまでも、無限に駆けていく正義の味方。
その暴走とも無謀とも取れる足取りに、僕はついていけるのか。
……いや、ついていかなくちゃいかないんだよな。
正義の味方に負けたんじゃ、逝った彼らに顔向けできないからね。
天守弥人の死体を振り向く。
ふと、背中に朝比奈の背が触れた。
振り返れば、僕に背を預け、烏丸へと対峙する彼女の姿が見えた。
「言われなくとも、置いて行かれないよう気をつけなさい!」
「……はっ、誰に物言ってる、弱虫が」
「も、元弱虫よ! いまはちゃんと頑張ってるんだから!」
その声を聞いて、烏丸から視線を外す。
背中は預けた。
今の朝比奈なら大丈夫だと、信頼しているし。
今の彼女が抜かれたのなら、その時はしょうがないと割り切れる。
……その代わり、僕も頑張らないと嘘になるがな。
「さて、そろそろ動くか? 悪の親玉」
能面のような顔で、瞬き一つなく僕らを見据える八雲選人。
たらりと、口の端から涎が落ちる。
まるで、心ここにあらずと言った形相で。
彼が見据える先は――僕を超え、僕の背後に立つ正義の味方。
……そうだよな。
お前なら、今の朝比奈には惹かれるだろうさ。
なんせ、かつての弥人を超える逸材だ。
正義の味方でかつ、現状、この世界の中心人物。
お前が欲しがらない、わけがない。
「意地でも通すかよ」
自分に言い聞かせるよう言葉を吐いて、背中を守る。
そんな、僕の耳に。
「いいなぁ、それ」
悪魔のつぶやきが、遠くから届いた。
その一言で、全てが始まった。
その願望で、全てが終わった。
何もかも、奪われた。
その男の、幼稚な想いで、全てが壊れた。
――いいなぁ、それ。
かつても囁いた、嫉妬の言の葉。
吐いた言葉は、戻らない。
発した羨望は、もう隠せない。
悪は、その力を欲してしまった。
である以上、奪う他あるまいよ。




