11-25『泥仕合』
この間宣伝してた新連載。
さらっと昨日から連載開始しております。
まだ2話しか出てませんが、毎日更新なのでブックマークだけでもよろしくお願いします!
【黒】
それは全てを飲み込み、平等の下に公正を貫く力。
一切の奇跡が介入する余地はなく。
どのような力、どのような要因。
才能であれ、善であれ、執行官と名乗る影であれ、ただの豪運であれ。
その力の前には等しく無力。
力はただ、対峙する際に限った力の徴収。
それは一時的なものではあれど。
その力は、弱者が強者を下すには余りあるモノ。
そして同時に、強者が順当に弱者を下せるモノでもあった。
「お、らァっ!」
イツキの拳が、黒月の腹へと深々と突き刺さる。
鍛え上げた腹筋も、この【黒】の前では通じない。
敵も味方も、関係ない。
身内びいきなど何するものぞ、と。
平等に、術者である黒月奏にも相応の弱体化が入っていた。
当然、拳は弱いが、それ以上にフィジカルも弱い。
尋常ではないダメージが突き抜ける――だが。
「が、はッ!」
カウンター気味に、頭突き一閃。
殴り込み、接近したイツキの頭を確かに捉えた。
互いの堅い頭蓋が直撃し、鮮血が弾ける。
だが、ダメージはイツキの方が大きかった。
「ぐ……ッ!?」
額から真っ赤な血を流し、イツキが後退する。
当然、黒月のダメージも大きい。
腹に突き刺さった拳の一撃。
それは呼吸不全を起こすには十分なモノ。
だが、それでも彼は止まらなかった。
酸素が薄いと肺が叫ぶ。
頭は痛いし、腹なんて抱えて転げまわりたいほどだ。
だけど、譲れないものがあった。
絶対に、諦められないものがあった。
手を延ばせば、届く距離に友が居た。
なら、黒月奏は諦めない。
もう二度と――親友を失いたくなんてなかったから。
「イツキッ!!」
「奏ぇぇぇええ!!」
拳を振るう。
黒月の一撃は、確かに彼の頬を直撃し。
同時に、イツキの拳も黒月の頬を抉っていた。
脳が、揺れる。
互いに大きなダメージに思考が霞む。
同じ性能、同じ体格。
そこから繰り出される、同じ拳。
受けるダメージに、違いはない。
同じだけ、寸分たがわぬ傷を負い。
それでも、二人が倒れることは無い。
歯を食いしばり。
血反吐を吐いて。
それでも二人は、友から目を逸らすことなく。
大地を踏みしめ、拳を振りかぶった――。
☆☆☆
「カナエと奏、ってさ。なんか名前似てね?」
「何いきなり、唐突過ぎて怖いんだけど」
イツキの唐突の発言に、僕はちょっと身を引いてそう言った。
なにからどうなって、どうしてその発言に繋がったのか。
僕は椅子を引くと、教室の前の席に座っていたイツキが苦笑する。
「いや、いきなりじゃねぇよ。まえから思ってたよずっと」
「……まあ、似てる、とは思うけど。全然他人だからね?」
「ッたりめぇだよ。お前の家族になるつもりはねェ」
むしろ他人であってくれ、と言うイツキ。
彼の姿に苦笑して、僕は頬杖をついた。
「なに、まるでカナエと結婚するみたいじゃん」
「ばっ!? も、ももも、もしもの話だろ! からかうなよ奏!」
……相変わらず、カナエのこと好きなんだなぁ。
きっと、カナエもイツキのこと嫌いじゃないと思うから、さっさと告白すればいいのに。
いや、もしかしたら、僕が居なくなった後に告白したのかな。
だったら、どうなったか教えて欲しいんだけど。
「ねぇねぇ、式はいつ? 僕は呼んでくれるのかな? 友人代表スピーチとか考えたほうがいい?」
「だ、だからっ! そんなんじゃねぇって! ま、まだ……そ、その、緊張して、告白とか、考えらんねぇし。……断られたら、軽く死ねる自信あるし」
「ええ……大丈夫でしょ、たぶん」
イツキなら大丈夫だと思うけどなぁ。
そう思っての素直な発言だったけど、イツキは必至な目で僕を見た。
「たぶん、じゃダメだろうが! 想像してみろ奏。いいか、俺が仮に、万が一に、想定としてカナエに告ったとする。で、返ってきた答えが『ごめん、奏のことが好きなの』だったらどうする! 俺は怒り狂ってお前と共に死ぬ覚悟があるぞ!」
「やめてよぉ……」
その目……君ならマジでやりかねないじゃん。
それに、ほら、僕とカナエは大丈夫だよ。
なんか、色恋沙汰に発展しそうな雰囲気、欠片もないし。
「そもそも、僕とカナエはただの友達だよ。それ以上じゃないって」
「本当かぁ? 俺たちと離れてから、ころっと気持ち変わったんじゃないのか?」
「変わってないって。あの時から何も変わらないよ」
イツキと喧嘩別れして。
なんか、色々と嫌になって、部屋にこもって。
それから……もう、どれくらいたったんだっけ? 二年くらい?
僕はイツキを真正面から見据え、改めて言う。
「僕は、何も変わらない。……二人はどんな感じ?」
「……俺は。俺たちは、だいぶ変わっちまったかもな」
椅子の背もたれに体を預け、苦笑交じりにイツキは言った。
「何があったの?」
「言ってもつまんねぇぞ? 面白い話じゃねぇし」
「でも、親友二人の話さ。聞きたいに決まってるでしょ」
僕の言葉に、彼は少しだけ目を見開いて。
「……やっぱ、お前もだいぶ変わったな」
って、そんなことを言った。
「……そうかな。まぁ、雨森さんに会って、変わったのかもね」
「俺としてはそっちだよ。雨森の話聞きたいんだけど……先にこっちの話だったな」
そう言って、彼は微笑を浮かべたまま語る。
その口調はあっさりとしたものだったけれど。
告げられた事実は、とても軽く流せるものではなかった。
「カナエがさ。ちょっと病気になっちまって」
「……カナエが?」
風邪を引いたところなんて一度も見たことが無い。
元気の塊みたいな彼女が、病気?
身を乗り出すと、彼はその続きを語る。
「なんでも……地球がこんなになっちまってさ。それ以降に現れ始めた珍しい病気なんだと。まるで体の中で何かが反発しあってるみてぇに、そのうち体まで内側からボロボロになっちまう病気だってさ」
「……治るの?」
「治んねぇんだとよ。普通はな」
普通は。
彼はそう言った。
「……八雲、選人か」
「相変わらず察しがいいな。そう、アイツだよ」
八雲選人。
この学園を作った男。
科学で異能を作り出した天才。
そして、雨森さんが憎む敵。
「……なんでアイツが」
「不思議だよな。カナエが病気になって、入院して、治療方法なんてなくて。……そんな折に、まるで見計らったみたいなタイミングでアイツが来た。自分なら彼女を治せるってな。今にして思えば、カナエの病気もあの男が仕組んだものかも知れねぇな」
イツキの仮説に、僕は否定を示せなかった。
異能の複数所持。
それについていつか、何の気なしに雨森さんが語ったことがある。
たしか、僕が『魔法で新しい異能を生み出して使えないか』と考えた時だったか。
雨森さんが珍しく本気で止めるものだから、よく覚えている。
「異能の複数所持は、物理的にあり得ないらしくてね。内側から体が崩壊するんだって」
「……マジかよ。タイミングよすぎるからとりあえず恨んでただけなんだけど、八雲の野郎、もしかして本当にカナエと俺のこと嵌めやがったのか?」
「……ありえる、話だと思うよ」
……その後の展開としては、容易に読める。
カナエを治せるのは、カナエを病気に陥れた八雲だけ。
八雲ならカナエを救える。
イツキはきっと、必死に願ったのだろう。
そして八雲は、条件付きでそれに答えた。
きっと、その当時は条件なんて言わなかったと思うけど。
後になって、取り返しのつかない状態になってから。
改めて【黒月奏の抹殺】を条件として提示した。
「カナエはさ。八雲のところで入院してんだ。まだ、完全に体が治ってないって。たまに会うことは出来るんだけど、まだちょっとつらそうにしててさ。……カナエを救うには、八雲に従い続けるしかない」
「…………」
少し、暗い雰囲気で彼が言う。
けれど……なにそれ、イツキ、何にも悪くないじゃん。
そう思ったので、その額にデコピンかました。
「痛っ!?」
「ちょっと、暗い雰囲気にならないでくれる? 悪いの全部八雲でしょ?」
イツキは、カナエを助けるために必死だっただけ。
悪いのは、僕を抹殺するためだけに二人を利用した八雲と。
そんな大切な時に、二人の隣に居てやれなかった僕自身だ。
僕は椅子から立ち上がり、ぐぐっと伸びをする。
「だいたいわかったよ。とりあえず、八雲をぶん殴ればいいんだね」
「おいおい……簡単には言うがよ」
「簡単だよ。真っ直ぐ向かって行って、ぶん殴るだけ。それだけでしょ」
難しいことは、よく分かんなくなっちゃったからね。
僕は、今の凡人の僕に出来ることをするだけだよ。
とりわけ、そういった脳筋ごり押しは僕の異能に適してるしね。
「エミリアに同じこと言えんのかよ……」
「僕の【黒】には、彼女の異能封印は通じないよ。何もかも塗りつぶせるからね。その上で、あの筋肉ゴリラにも僕と同等のよわよわスペックを強制できる。……まあ、その上でも彼女に殴り合いで勝てる未来は見えないけどさ」
同等。何もかも同じには出来るはず、だ。
けれど、だからってあの人に殴り合いで……勝てるかなぁ。
新崎とか堂島さんとかいれば話は変わって来るけれど。
……もう、イツキとはだいぶ長い間戦っている気がする。
みんな無事でいてくれればいいんだけど。
「とにかく、だ。君は倒すし、カナエは救うし、八雲は殴る! 以上!」
「……なんか、バカみてぇな事言い出したな、お前」
「あはは。なんてったって、凡人だからね!」
当たり前のことを言うイツキに、そう笑い返して。
☆☆☆
黒月奏は、拳を全霊で振りぬいた。
……まるで、何か夢でも見ていた気がする。
放課後の教室で。
まるで、世間話をするように。
語っていた気がする。
戦いつつも。
殴り合いつつも。
笑って喋っていた気がする。
けれど、現実は違う。
体中が痛い。
もう、血塗れだ。
視界なんて半分くらい潰れてるし。
もう、息も絶え絶えだ。
けど、諦めなかった。
手放さなかった。
君を助けると、誓ったんだから。
「げほっ、ごほ……っ」
「……イツキ」
今の一撃で、イツキが大の字で地面に倒れた。
それと同時に、周囲の空間を埋め尽くしていた【黒】が消える。
……勝敗は決した。
それと同時に、黒は奪ったものを返却する。
イツキは、腫らした顔で僕を見上げる。
その表情には悔しさが滲んでいたけれど。
どこか、吹っ切れたような晴れやかさがあった。
「く、っそ。……勝てねぇかよ。同等になってんだろ、これ」
「あはは……、そう、だね。でも、そりゃ勝つよ。だって僕だもん」
僕は彼の隣へと歩いていくと、力尽きるように腰を下ろした。
もう、半分倒れるみたいな勢いだ。
イツキはびっくりした様子だったけれど。
僕は彼を見て、優しく笑んだ。
「黒月奏は負けないよ。だって、君に誇れる人間でありたいからね」
「……ああ。そう、いう……ヤツだったな。お前は」
イツキは、少し固まって。
でも、納得したようにそう言った。
彼は、ふいっと視線を逸らしたけれど。
その声は、少し震えているように思えた。
「……頼んでも、いいのか」
「うん。なにもかも。僕が全部殴って救い出す」
八雲を殴り飛ばし。
カナエを救い出し。
ついでに、雨森さんも救って来ようか。
たぶんあの人のことだし、また無茶してるだろうし。
今度は、僕が――
「……ああ、でも」
僕は、イツキの隣に大の字で倒れる。
彼は驚いて僕を振り向いたけれど……うん、大丈夫だよ。
気絶したわけじゃない。
でも、さ。ちょっとだけ。
「……ちょっとだけ、疲れた。少し休憩してから行くよ」
そう言った僕に、親友は苦笑して殴ってきた。
その拳には、まったく力は籠ってなくて。
「カッコつけるなら、最後まで頑張れよ、クソ親友」
その言葉には、先ほどまでの棘は無かった。
そう思える。
〇久遠イツキーー敗北・戦闘不能。
〇黒月奏――勝利するも、重傷につき戦闘不能。現在回復中。
☆☆☆
「さあ、場は温まったかな!」
怪物は叫ぶ。
相対するは、全生徒。
だが、まだ足りないと獣は嗤う。
恐怖が足りん。
死臭が足りん。
この身を震わせるには『脅威』が足りん。
「皆纏めて磨り潰す。せいぜい足掻けよ、小僧諸君!」
規格外の怪物――エミリア・ハートダスト。
対するは、覇王・新崎康仁。
「ハッ、やってみろよクソゴリラ」
異能戦、皆無。
そこに在るのは殴り合いだけ。
男も女も、関係ない。
ただ、己が拳一つで怪物を討て。
次回【レイドバトル】
集団リンチ?
望むところだ、ちょうどいいハンデではないか!




