11-17『再会』
順調すぎる。
僕が違和感を覚えたのは、現状の好調ぶりについてだった。
「く、くそ……ッ」
迫る烏丸へと手を振るう。
大地から突き出した岩の槍が彼の肩を貫き、そのまま空中へと磔にする。
また、悲鳴が上がった。
「…………」
善の複製品。
紛い物の『虚ろ』。
それを持つにしては……あまりに烏丸は弱かった。
これならば、無人島で戦った時の新崎や、王聖と戦った時の小森の方が良い動きをしていた気がする。
その理由を考えてみたけれど。
すぐに、反吐が出そうな答えに当たって頭を振った。
……いや、まさかな。
僕を動揺させ、精神的に削るつもりで放たれた駒。
それが、僕を刺してしまったことで逆に動揺して動きが鈍った……だなんて。そんなことがあるわけもない。
おおかた、素質の問題だろう。
偽善も、虚神の加護も。
持つ者の技量によって強さは変わる。
千差万別、あらゆる力を使えるのだと言われたところで、それを適材適所使い分けて扱えるかどうかは別の話。
そういう意味で、僕は及第点。烏丸は落第点。
それだけの話だ。
それ以上も、それ以下もあっちゃいけない。
「……見事だねぇ、もう少し手間取るかと思ってたけど」
「その目は節穴か? 誰が、誰に苦戦するって?」
八雲の方から声がして、そちらを向く。
……順調だ。
あぁ、順調すぎるほどだ。
こうして終着点へと辿り着き。
八雲選人及び、操られているであろう死体の群れと対する。
その場で初めて『臨界』を切り、全霊で仇敵を叩き潰す。
それが、大まかに僕の描いていた【想定】だった。
当然、その過程にいくつかの異分子は在った。
けれど、それら全ては挽回できる程度のモノ。
星奈蕾を使っての削りとて、【偽善】から【星】へとメインの天能を切り替えて戦えばいいだけの話。結果的には、精神的に動揺させる以上の効果は何もなかった。
烏丸冬至を使っての陽動だって、不意打ちの初撃以外は意味もない。
心臓を刺されたのは痛手だが、それは偽善の自己治癒で相殺できる程度のモノ。
旧友からの正論程度じゃ、僕の覚悟は揺るがない。
であるなら、苦戦する道理は無い。
僕を削る削らない以前に、僕の相手を務めるには烏丸冬至では実力不足が過ぎている。
ならば、なんだ。
この『順調』の理由はなんだ。
僕は何を見落としている?
思考は加速する。
きっと、いや間違いなく。
僕は良くない方向に進んでいる。
順調に行くはずがないのだ。
八雲選人を相手にして。
苦戦は必至。
そういう覚悟でここに来た。
僕はこの男をそれだけ評価している。
だからーー。
「……お前、世界の観測が出来ねぇんだろ」
「…………」
八雲選人の言葉に、内心で顔を顰めた。
世界の観測……恐らくは『記憶盤』のこと。
僕の天能臨界は星そのもの。
故に、星の上に存在する全てを観測する。
それは過去、現在の文字通りすべて。
まぁ、簡単に言えば『知識の海に意識を繋げる』といった技術だが……確かにそうだ。その力が使えていたのなら、僕はとっくのとうにこの男を殺している。
この男の居場所。
隠している切り札。
逃げる手段。
用意してきた準備。
それら全てを見透かして、物理的に避けられない瞬間に最大火力をぶつけるだけで済む話。
仮にそうして殺していなくとも、天能臨界を発動し、知りたいと願った時点で必要な情報は全て流れてくる。
……どっかの馬鹿みたいに『星の上でのみ観測されるなら、星の外に準備すればいいだろ』とか、そんな【例外】がなければ僕の力は万能だ。
ならば、僕が観測できていない以上、この男もそういった例外の上に立っているのか? ーーいいや、違う。
単純に、今の僕が『記憶盤』を使えないだけの話だ。
「……詳しいことは解体して見ねぇと分からねぇが、おおかた、【偽善】を保有した状態では無茶ができないってところだろ? んで、世界の観測はその『無茶』にあたるワケだ」
「…………」
隠したところで意味は無いだろう。
そう考えて無言を通した。
事実、僕の能力の中で最も消耗が大きいのが記憶盤だ。
それもそのはず、人間の脳では収まりきらない程膨大な記憶、記録を一時的とは言えど読み解くのだ。
たとえ、一時に全てを観測する訳では無いと言っても代償はある。例えば……観測時に限り、偽善の効能が著しく低下する、とかな。
そうなれば至る結末は明白。
偽善の効果が消えれば、僕は死ぬ。
天能の複数所持だなんて、元々即死の大禁忌だ。
そんな状態で10年近くも生にしがみつき、その上しがみついていた命綱を手放すようなものだ。
うん。自殺行為、と受け取ってくれて構わない。
「そうだよなぁ。うん。今だからこそ言うが、俺もそれだけは『賭け』だったんだ。全てが読まれてるなら、弱者に勝ち目は存在しないからな」
八雲選人は笑っている。
けらけらと。
くつくつと。
まるで、これなら安心とでも言いたげな顔で。
忌々しくも楽しげな表情で。
僕らの絶望の上で、笑っている。
……きっとこの男は、他人の気持ちなんて分からないのだろう。自分が壊したもの、自分が傷つけたもの。それら全てを『必要経費』と割捨てて、自分がその立場になった時のことを考えてもいない。
だから、好き勝手やるし、好き放題できる。
いわば、悪意をばら撒く無敵の人、だ。
他人の意見なんて意にも介さない。
だから、傷つくことなんてない。
吐き気を催す程の邪悪。
身の毛がよだつ程の醜悪。
悪の側として断言出来る。
僕を含め、僕が出会った何者よりもこいつは悪だ。
今でも鮮明に思い出せる。
全て壊された、あの日のことを。
あの絶望を。
あの憎悪を。
この男の笑い声を。
僕の原点を、毎日のように夢に見て来たから。
そしてその度に。
朝、目が覚める度に。
何度も、何度も思った。
燃えたぎるような激情を胸に。
その笑顔、壊して見せたら傑作だろうな、と。
「【記録盤】」
「………………は?」
八雲が、唖然とした声を出す。
使えないと思ったか?
あぁ、使えないよ。
使ったらお終いだ。
自殺行為だって分かってるさ。
でも、使わなきゃお前の思惑は崩せないんだろ?
なら、無茶を承知で使ってやるよ糞野郎。
お前は『悪意』に関しては僕の上を行く。
ソレを混ぜた作戦を立てられたのなら、僕には読み切れるだけの自信はない。そして、この『違和感』の正体が僕がお前の策を読み切れていないが故のものだとしたら。
発動と同時に、全身へと激痛が走る。
脳の血管が切れた。
血反吐の濁流が喉の奥から溢れる。
視界が血で滲む。
けれど、死までは届かない。
届かせない。
満身創痍で終わらせる。
この男一人殺すだけなら、満身創痍でも十分だ。
「ーーぶっ壊してやるよ、何もかも」
知覚する情報は必要最低限。
僕の半径、1キロに限らせる。
その上で、僕が確認できていなかった全ての情報を意識に直接接続する。接続時間はーー持って『0.3』秒。それ以上は体が持たない。
当然、全てを完璧に読み解く余裕はない。
だけど、それで十分だった。
明確な姿形は捉えられなかった。
けれど、そこに居るのは判別できた。
僕の意識が届かなかった場所。
そう、僕が立っている場所の『真下』。
この地下階に、何かがいる。
呼吸は無い。
生き物としての音が感じられない。
けれど、明確に【動く何か】が、そこに在る。
そう、僕が気づくのと【ソレ】の始動は同時だった。
突如として、立っていた床が切り刻まれる。
恋の斬撃……よりはずっと荒い。
けれど、同等の速度と威力のみじん切り。
咄嗟に身を捻って躱すが、落下までは防げない。
僕は、【ソレ】が待ち構える地下へと落下する。
薄暗い場所。
見通せないほどの闇が揺蕩う。
頭上からの明かりを頼りに周囲を見れば……一部、見覚えのある『引き出し』が見えた。それはまるで霊安室の遺体保管場所のようでーー。
「ーーッ」
思考を切り裂くように、何かが迫る。
咄嗟に手刀で迎撃しようと考えたが、先程の斬撃を思い出し中断。烏丸の腕を切り飛ばした『刀』で迎撃する。
凄まじい衝撃と共に、地下全体が揺れる。
そして、僕が迎撃したものが【鞭】のようなものだと分かった。
「鞭……いや、なんだ、これは」
触手、とでも呼ぶべきか。
先端が刀のように尖った何か。
先程の斬撃はこれの仕業だろうか。
周囲をさらに見れば、闇の中からさらに二本の触手が迫る。咄嗟に飛び退くと、先程まで僕のいた場所を深々と貫いていた。
「なるほど……烏丸も意識を逸らすための前座か」
妙だとは思った。
アレが切り札とは思えなかった。
けれど、本当の切り札を隠すための隠れ蓑と言われれば納得出来る。
「ケヒ……ッ、まぁ、バレたもんは仕方ねぇか」
頭上から声がする。
そちらの方を向く余裕もない。
それだけ、闇の中から感じる圧は相当のもの。
再び、触手が迫る。
今度は三本同時だ。
下手をすれば音にも迫る速度。
僕は歯を食いしばりながらも、刀を手にそれらを掻い潜る。
1歩踏み出す度に体が軋む。
けれど、確信していた。
僕らの周囲に、コレ以外の『なにか』は無い。
間違いなく、今相対しているモノが八雲選人にとっての切り札。これを倒せば八雲選人に抗う術はない。
だから、必死に痛みを我慢して。
挫けそうになる体を鼓舞して。
刀を握りしめ。
目の前の趣味の悪い化け物を、斬り殺すーー。
そう、思っていた。
暗闇の中。
薄らと見えた、その正体に至るまでは。
「そいつを殺れ、天守弥人」
見覚えのある、その姿。
記憶の中と何も変わらない。
ただ、悪趣味に身体を弄られて。
背から有り得ない触手を生やした、兄の亡骸。
「……ッ」
自分を殺そうと迫ってくるモノ。
それが兄だと知って、勢いが失せる。
切っ先が鈍る。
僕にとっての禁忌。
家族殺し、を前にして。
覚悟がーー揺れる。
「…………ゆー……と」
「……っ」
聞き覚えのある声と共に、僕の体は触手の直撃を受け、地上階へと吹き飛ばされた。
「く……っそ!」
見えなかった。
一瞬だけ、戦意が解れた。
その姿に、懐かしさに。
それを上回る『気持ちの悪さ』に。
戦うことを、完全に精神が放棄していた。
何とか立ち上がり、力を込める。
それでも、大丈夫だ。
天守弥人の死体を八雲選人は持っている。
その時点で、この【最悪の可能性】は考えていた。
烏丸が出てきた時点でその可能性は薄いと考えていたけれど、見通しが甘かった。
相手の悪意を侮り過ぎた。
そりゃあ、八雲選人だ。
僕の想定し得る最大の最悪くらい、平然と出してくるさ。
「ケヒッ、ひひ、ハハハハハハ!!」
笑い声が聞こえる。
地下へと繋がる大穴から、異形が浮かび上がる。
土気色の肌。
蛆が湧いたような死臭。
それを隠す強い香水と。
背から生えた悪趣味な触手。
奥歯を噛み締め、感情を殺す。
今すぐにでも、あの男を殺したい。
抱えきれぬ程の殺意、憎悪に蓋をして。
冷静を繕って、息を吐く。
「傑作だ、傑作だろ志善悠人ォ! お前を殺すため、コレを超える怪物を作ろうと思ってたんだがよォ……結局はコレがいちばん強くなっちまったんだァ。残念で仕方ねぇよ。お前に、また兄貴を殺させるつもりはなかったんだがなァ!!」
「……ッ、外、道が」
吐き捨てる。
されど、その亡骸から視線を逸らせない。
星が生み出した最高傑作にして。
神に祝福され、全てを持って生まれた優しい怪物。
それが、かつて一度として僕へと向けることのなかった『本気の殺意』を向けてきている。
それが、悲しいやら、辛いやら。
色んな感情が湧いては来たけど。
それを上回る緊張と恐怖が、全てを塗り潰す。
そんな僕を見て、八雲選人が笑った気がした。
「……なに、をーー」
今の僕を見て嘲笑っているのか。
最初はそう思った。
けれど、違った。
亡骸が、空へと浮かぶ。
その背に、7つの片翼が顕現した。
「……………………はぁ?」
眩いほどの、純白の翼。
死体に似つかわしくないほど眩くて。
目が灼ける程に神々しい、全能の翼。
「ーー……どう、して」
知っている。
その力を知っている。
きっと、世界の誰よりも。
僕は、その力を知っている。
「なんでそいつが……【偽善】を、持ってる」
有り得ない。
有り得ない……はず、なんだ。
だって、そうだろ?
天守弥人は、その力を授けたはずなんだ。
僕らの命を救うために分かち。
片方を僕へと授け。
もう片方を使ってあの人を助けたはずだ。
だから、天守弥人の体に天能は残っていない。
残っていないに決まってる。
……けれど、もしも。
天守弥人の体内に……善の片割れが残っていたのなら。
「抱いてたんだろ、希望? んなもんねェって分かってんのに!」
……分かって、いた。
希望なんてないと。
自分の過ちは絶対に消えないと。
そんなこと、分かってたはずなんだ。
自分が彼を殺したことは、変わらない。
でも、あの人なら。
なんでもない顔して、生きてるんじゃないかって。
自分が生きていたんだから。
彼だって生きていたって不思議じゃないと。
弥人なら……絶対に助けているはずだと。
……そう、信じていた。
「親切丁寧に教えてやるよ、俺は教師だからなァ!」
八雲は嬉々として叫ぶ。
耳を塞ぎ、膝から頽れる。
けれど、忌々しくも声は聞こえた。
その真実は、深々と僕の胸を抉った。
「天守優人が、生きているわけねぇんだよォ!!」
「………………あぁ」
ぴしりと、何かが軋む音がした。
懐かしい音。
かつて、家族を失った日に。
幾度となく耳にした――心の悲鳴。
もう、壊れるような心なんて残ってないと思ってた。
けど、残ってたんだな、僕にも。
罪を恐れ、希望を抱く。
そんな、人間らしい『心』が。
「……そう、か」
心のどこかで、思ってたんだろう。
また、いつか会えるって。
僕が殺したって分かってる。
それでも、また会える日が来るんだって。
いつか、直接彼に謝れる日が来るんだって。
そう、信じていた。
その妄信を心の支えにして。
きっと僕は、ここまで歩いてきた。
それが、ポッキリと折れた音がした。
心の支柱は粉々に。
僕を殺そうと迫る兄を、呆然と眺める。
笑い声が聞こえる。
耳触りな声。
殺してやりたいほど憎んだ男。
それが、今ではもう……どうだっていい。
ここで死ぬのなら、僕はそれまでの出来だったんだ。
願いには手は届かず。
復讐も叶わず。
悪にも正義にも成りきれない。
ただの出来損ないとして。
道半ばで、倒れたとしても。
「……ごめん、兄さん」
ここで、僕は死ぬだろう。
だって、もう僕を救ってくれる兄は居ない。
僕に、手を差し伸べてくれた正義の味方は居ない。
そんなもんは、みんな僕が殺してきた。
過去には手が届かない。
いくら悔やんだところで。
僕が憧れた正義の味方は、もう居ない。
凶刃が迫る。
瞼を閉じる。
走馬灯が脳裏を流れる。
家族と過した日々。
人生で1番楽しかった瞬間。
馬鹿みたいに笑っていた時間。
幸せな日々。
それらを切り裂くように。
喉元に、冷たい刃が食い込んだ感触があった。
間もなく死ぬという、確信。
僕は、首を落とされた自分を幻視した。
その、瞬間だった。
「ちょっと待ったぁぁぁぁぁ!!!」
――雷鳴が、轟いた。
あまりの衝撃に、驚いて目を剥く。
目の前には、兄の亡骸の姿はなくて。
代わりに、鬱陶しい黒髪が揺れていた。
「あら、らしくもなく絶望した顔ね! 雨森くん!」
少女は、笑い飛ばす。
僕の絶望も、何もかも。
八雲の笑い声とは違い。
その声は、不思議と心を落ち着かせてくれた。
「……天守弥人を吹き飛ばした、だと……?」
呆然と呟いた、八雲の声。
見れば、遠く……壁にめり込んだ天守弥人はそれなりのダメージを負っているように見えた。
「ゆ、ゆゆ、……と」
まるで壊れたラジオのように呟くソレを前に。
朝比奈霞は、僕を振り返る。
「安心なさい、私が来たわ!」
その姿に僕は……ありし日の『兄』を垣間見た。
次回、朝比奈霞VS天守弥人
……と、行きたいところですが。
次回【黒月奏の未精算】
役者は全て揃い踏み。
されど、過去を忘れていい理由にはならないよな?
忘れたとは言わせねぇよ、奏。
俺は、お前のことを忘れちゃいない。




