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11-14『忘れたとは言わせない』

 肌が灼けるような感覚。

 精神の奥底まで突き抜けるような存在感。

 遠くから感じ取った『懐かしい感覚』に、振り返る。


「……今のは」


 ずっと昔、似たような現象に対した覚えがある。

 ……多くのモノを捨て、多くを忘れて。

 それでも強烈に、意識の根底まで刻み込まれたモノ。


奇跡開帳(アルヒテラス)


 僕たちの足掻きなんて一切合切を無視して。

 等しく救うと、要らぬ世話を強要する。

 他でもない、天守弥人の天能臨界。

 過去、最大火力の【終の雫】をもってしてのみ滅せた秘技。


 そんな反則能力と同等か……下手をすればそれ以上の異常を感じ取ったんだ。

 ()()をよく知る僕からすれば、使用者の特定は容易かった。


「橘、しか居ないか」


 橘月姫。

 僕が知る限り、人類史最高峰の天才。

 天守弥人や橘一成、黒月奏、その他多くの才人を見てきた僕が断言できる。

 あの女は怪物だ。

 なんてったって、()()()()()()()()()()()()相手だ。


 闘争要請、ゲームのルール内。

 いくらでも言い訳は効くだろう。

 それでも、雨森悠人では勝てなかったんだよ。

 積み上げてきた身体能力。

 鍛え上げた偽善の翼。

 もちうる全てを総動員して――それでも勝ちきれなかった。

 最終的に闘争要請には勝てども、タイマンでは僕の大敗だ。


 橘一成や、天守周旋。

 ああいった『積み重ねてきた年月が違う』相手に負けるのは納得できる。

 だが、同年代に雨森悠人が負けた時点でお察しだろう。


 加えて、先ほど感じたあの存在感……。

 間違いなく、僕らの世代最強は、あの女だろう。


「……つくづく、二度と戦いたくない相手だな」


 なにが『負けました』だ。

 僕が『僕』である限り、お前にはきっと勝てないよ。





「――なぁ、そう思うだろ? ()()()()




 僕は、正面に佇む男へと問いかける。

 学園附属病院。

 その正面玄関を抜けた、その先で。

 がらんどうのロビーに、白髪の老人は立っていた。


 人の気配は、ない。

 インテリアも全て消えている。

 照明は落ち、窓からの日光だけが薄暗く室内を照らす。


 白髪の害虫は、薄っぺらい笑顔を張り付け、そこに居た。


「難しいことを聞くんだね。私は君と橘君の戦いすら観測できなかったというのに。……今にして思えば、闘争要請時に監視カメラへと細工をしたのは榊教諭だったようだね。彼女の異能であればそれが可能だ。実に良い人選だよ雨森くん。彼女ほど優れた【駒】はそう居ない」


 ……駒、ねぇ。

 僕は目を細め、気味の悪い視線を真正面から受け止めた。


「ちなみに、質問に答えるならば『是』だね。結果だけ見れば、雨森悠人でさえ橘月姫には敵わなかった。なら、戦いたくないに決まってるさ。……まあ、君が『雨森悠人』を辞めれば勝敗だって変わるかもしれないが、君はどうやら秘密主義のようだからね。彼女相手に本性を晒すことは無いだろうと仮定させてもらうよ?」


 ……まるで『私は知っているが』とでも言いたげな雰囲気で男は語る。

 今にも反吐が出そうだったが、吐き気を堪えて息を吐く。


「随分と喋るな、害虫。緊張で腹でも下したか?」

「問われたから答えただけさ。そんなに私とのおしゃべりが嫌かい?」


 答えることは無く、殺意を向ける。

 病院中の窓ガラスが割れ飛び、八雲は目を閉じる。

 まるでぬるま湯の中で心地良さげにしているような表情に、苛立ちが一層に加速する。


 ……落ち着け、相手の狙いは分かってるだろ。

 大前提は変わらないんだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、こんな学園を用意したことからも明確だ。

 純粋な個として勝ち目が無い。

 だからこそ数を用意した。

 場を整え、僕を削った。

 そうでなければ戦いにもならないから。


「最後は病院か。……お前の墓場にしては随分と上等な舞台セットじゃないか?」

「そう()くなよ親友。時間は私たちの味方だぜ?」

「……残念ながら、時間はいつも僕の敵でね」


 戯言に、過去を振り返り言葉を返す。

 いつだって。

 僕に時間が用意されたことは一度もなかったよ。

 もっと時間があれば。

 もっとできることがあったんじゃないか。

 そんな後悔ばかり。

 だから、時間なんて言葉は嫌いだ。


 そして、八雲選人。


 お前のことは、もっと嫌いだ。


「お前を殺す前に、ひとつ聞かせろ」


 時間稼ぎには付き合わない。

 会話はもう不要だろう。

 ここに来て『改心は無い』と判断した。

 だから、もうお前を殺すという前提の上で。


 ……たった一つ、それでも聞きたいことがあった。



「……どうして、お前は天守を狙ったんだ」



 世界中に、人間なんて腐るほど居る。

 その中で、どうして天守に目を付けた?

 特別だったからか?

 いいや、それは橘も同じこと。

 親戚の連中にだって、天能を引き継いだ奴は居る。

 だから、聞きたかった。


『どうして僕らに不幸を向けたんだ』と。


 僕の問いに、彼はきょとんとして。

 顎に手を当て、首をひねり。

 少し考えた後に、あっさりと言った。



「えっ、何となく、かなぁ?」



 ぴきり、と。

 何かが千切れ飛ぶ音がした。


「……なんとなく、だと?」

「うん。そもそも研究者として君たちの家に行ったのは偶然だよ。そして、あの家で八雲所長と話している内に……色々と学ぶことがあってねぇ」


 自分の『今の体』を指し示し、男は笑っている。

 屈託のない笑顔。

 対してその言の葉には悪意だけが乗っていた。


「嫉妬だよ、嫉妬。君たちだけが神秘を保有し、それをあまつさえ私たち『下々(しもじも)』に隠して悦に入ってるのが気に食わなかったのさ」


「私もね、最初はただの嫉妬で終わらせるつもりだったんだよ? だけどね。想像してごらんよ。生まれながら絶対的な力を持ち、その力のおかげで遥かなる地位を保っているというのに、平民はそんなことも知らずに努力を重ねてその地位に手を伸ばす。……残酷だとは思わないかい?」


「なんて酷いことをするんだ天守は!」


「私はそれはもう怒ったよ。民のためにね?」


「天守の中で神秘を秘匿させておくのはつまらな……じゃなかったね。平等では無いと思ったんだ! だから神秘は解体することにした。誰の目にも届くよう、こうして公表することにした」


「神秘が日常に溢れる【神代の日ノ本】を取り戻そうと頑張ってきたわけさ」


「そのために、天守には踏台になってもらったワケ」


「面白いと思わないかい? 誰もが神秘を保有し、個が今よりもずっと、大きな力を持つ世界。争いの規模が今とは文字通りの【桁違い】となった世界」


「誰もが平等に神秘を持つんだ。……まぁ、その過程で神秘を与える側にある私なんかは『神』扱いされるのかもしれないけれど、そんなこたァどうだっていい。そうだろ、雨森悠人?」


「長々と語ったが、簡単に言ってやろうか」




()()()()()()()()()()()。それだけだ」




 その結論は。

 自分でも驚くくらい。

 すっと、胸に落ちてきた。


「……そう、か」


 納得……いや、これは諦念か。

 この男の行動に理由を求めるのが間違っていた。

 どう転んでもこの男は悪以外にはなり得ない。


 一番最初に、この男に目をつけられて。

 この男が、死体を操る天能を得て。

 天守家が『人が良すぎた』から起きたコト。

 奇跡的に起きた、一族の崩壊。


 ……あれだけの、偶然の上にあったんだ。

 きっと、天守は神に嫌われていた。

 それ以上もそれ以下もない。

 もう、他に言葉は必要ないだろう。



「ーーじゃあ、殺すか」



 僕がそう呟くのと同時。病院の玄関を突き破り、無数の死体が病院内へとなだれ込んでくる。

 その中にはどこかで見た顔もあった。

 校舎内で見た事のある用務員。

 病院で働いていた看護師。

 食堂で働いていた料理士。

 ショッピングモールの店員。

 それら顔ぶれを見渡し、顔を顰める。


「お前はどこまで……ッ」


 人の尊厳を握り潰し。

 死の安寧にすら土足で踏み入る。

 その厚顔の裏に、一体どれだけのーー。


 僕は咄嗟に黒翼から雷の権能を取り出す。

 威力は、死体の原型が留まる程度で。

 それでも、再起不能な強度の雷を設定する。

 範囲はこのフロア全体。

 上階には入院患者だっているかもしれない。


 だからーー




「あ、雨森!」




 雷を走らせる。

 その、寸前で。


 響いた聞き覚えのある声に、行動が一瞬止まる。

 そして、すぐさま再起動。


 視界の端。

 死体に人質として捉えられている友人を見つけ、その死体周辺へと雷を集中させた。



「……()()。どうしてここに」



 雷は瞬く間に彼の周辺を灼き焦がす。

 咄嗟のことで死体を守れるような手加減はできなかったが、何とか烏丸を無傷で助けることが出来た。


「す、すまねぇ……助かったぜ! なんか、起きたらあいつらに捕まっててさ……!」


 彼は安堵から声を上げ、こちらへと駆けてくる。


 ーー嫌な予感。


 ふと、胸を焦がした寂寥感。

 何が僕にそう感じさせたのか。

 刹那の直感に、僕は理由を探そうとした。




 ーーその一瞬の思考が、命取りだった。




 ずぷり、と。


 僕の心臓を、鋭い刃が串刺しにした。



「…………は?」



 ごふりと、喉の奥から血が溢れる。

 鋭い痛みは、この現実が夢ではないと突きつけてくる。

 僕の眼前で、刃を突き立てた『友人』は。


 ……いいや、()()()()()()()()()()は、憎悪に燃える瞳で僕を睨んでいた。


「……どう、して」

「どうして? 今更何言ってんだよ」


 烏丸冬至は、死体では無い。

 血の通った人間だ。

 八雲に操られている訳では無い。

 だって、いうのに。


 烏丸の憎悪は、本心からのモノだったと思う。


 ……あぁ、分かっていたさ。

 見ないふりを続けてきた。

 烏丸冬至とは、初対面だと。

 この学園で初めて出会った友人だと。

 僕も、コイツも。

 互いに、()()()()()()()()()

 友達として、歩んできた。



 その、わずか半年と少しの関係が。


 この場面で、わずか数秒。


 僕の判断を、遅らせてしまった。



(友達……か)


 一年前の僕に聞かせたら、笑われるな。

 この局面まで至って、まだ。

 ()()()()()()()、だなんて。

 一蹴されて、そんなものは不要だと否定されるはずだ。


 けれど、この半年と少し。

 僕と彼との間に築かれた友好関係は。

 あっさりと、切り捨てられるようなものでは無くなっていた。


 ……少なくとも、僕はそう思っていた。



「お前は、俺の一番の友達をぶっ殺しやがった。それを、忘れたとは言わせない」



 至近距離で、親友は吐き捨てる。


 遠くから、害虫の笑い声が響いていた。




「そうだろ、()()()()




 僕は大きく息を吐く。


 かつての友に、返事をすることは無かった。

 返事の代わりに、覚悟を示した




「【()()()()】」




 謝罪はしないよ、烏丸。

 お前に憎まれていることは知っていた。


 けれど、止まれないんだよ。


 もう、止まるなんて選択肢は無いんだ。


 お前が僕の邪魔をするのなら。

 問答無用で叩き潰して、あの男を殺す。


 そのあとなら、僕を殺してくれて構わない。

 だから、さ。




「【星の恩恵(スターズ)】」




 発動と同時に、烏丸の体が吹き飛ぶ。

 十数メートル先で、何とか姿勢を整えた古き友。

 彼の姿を見下ろし、僕は冷酷に吐き捨てる。




「黙って失せろ、烏丸。でなければ殺す」




 あの男を殺すこと。


 それ以外、今の僕にとっては些事なんだから。

【嘘なし豆情報】

〇烏丸冬至

雨森悠人のクラスメイト。

1年C組に存在する学園側の内通者。

1年B組より星奈蕾が来たことにより内通者は二人となったが、星奈蕾が烏丸冬至を内通者だと知ることは無い。

誰にも明かすことなく、この半年と少しの間、クラスの情報を八雲選人へと伝え続けた。


ーー全ては、あの男を殺すために。


「雨森、お前と同じで……俺も嘘は得意なんだぜ」





次回【雨森悠人を殺す策】



悪魔は笑う。

この十年間、この日のために準備してきた。

一切の手抜きは無く、一切の躊躇もなく。

ただ、かつて悪魔をも殺した『怪物』を討伐する。


さぁ、怪獣退治(レイドバトル)の開幕だ。

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[一言] そんなに見た目似てたんだっけ2人とも 過去の知り合い全員天守優人説否定するやん
[良い点] 遂に雨森の正体判明か? [気になる点] 弥人の【善】がかなりぶっ壊れだったので【偽善】でも天能臨界ぐらいは(元の能力には及ばずとも)出来そう [一言] 後書きの嘘なし豆情報に書かれていない…
[良い点] 嘘なしで書かれないと信じられない体になっちゃった [気になる点] 天能臨界すれば体内の天能は一つになるから身体制限は解除されるのでは……! 11-2見返してきたら天守優人に見えてきた 偽…
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