11-13『私は全てを否定する』
橘は人類に敵対した神の子孫であり。
天守は神を殺して身を守った人類の味方である。
である以上、その時点で天守と橘には明確な優劣がついている。
学生時代。
当時、まだ若かった橘一成はそう考えた。
原初の神が天守に敗れた。
その時点で、天守が橘を破る道理が在る。
天守が橘に勝つ理由は説明できる。
だが、その逆はあり得ない。
橘が天守に勝つ理由は説明できない。
いくら橘が優れていようと。
どれだけ寿命が長かろうと。
族間で果てなく戦力差が広がろうとも。
彼我の差は、神と人ほどは広がらない。
である以上、この因果は逆転しない。
天守なら、勝てるのだ。
勝てるだけの理由、実績が過去には在る。
神殺しを成した一族だ。
今更人殺しなぞ、何するものぞ。
始まりが神であったにせよ、今ではすでに人の域。
そんなまがい物が、天守の一族より優れているとは思えなかった。
『まずいよね……特に、僕の同年代はヤバいみたいだし』
きっかけは、同じ学校に通う天守家の現当主だった。
その目を見た瞬間、今の自分では彼に勝てないと直感が働いた。
才能は圧倒的に違うはずだ。
自分は天才、彼は凡才。
されど、乗り越えてきた死線の数が違う。
姉を殺し、兄を殺し、父を殺し、母をも殺し。
いずれ神すら殺し得るほどの『なにか』を持った少年。
事実、当時の橘一成は、その少年には勝てなかったであろう。
それが、天才、橘一成が味わった初めての挫折。
そして、最強へと至るための第一歩だった。
彼は考えた。
天守を橘として倒すには、何を得るべきか。
なにから学び、何を吸収し、何を使うべきか。
その過程で、彼は一つの疑問に至る。
それこそが、その技術の根底にあるモノ。
『天能という檻を壊せば、何が出てくるのだろうか?』
☆☆☆
天能壊玉。
その本質は、恐らく天能臨界とは対極なのでしょう。
私が見た、天守の臨界。アレはおそらく天能に在る力全ての圧縮、凝縮、その果ての具現化にこそ本質があるはず。
神を殺すには持ちうる全ての技能を一点に集中させ、究極の壱を創る他道は無い。……なるほど、道理です。
ただし、それが橘に可能かと聞かれれば否でしょう。
それは天守にだけ許された特権。
よほど世界に祝福され、神に愛されて生まれてきた人物でもない限り、その技能を天守の血筋以外が使うことは出来ないはずです。
だって、この身に宿る力を体外で具現化する……だなんて、この私を以てしても【一生賭けてもたどり着ける気がしない】と思いますもの。
「運命、なんでしょうか。橘の最強がたどり着いた果てが、天守のたどり着いた極地とは正反対だった、なんて」
呟く私へ、無数の斬撃が迫る。
されどもう、それらの攻撃に脅威を感じません。
だって、私の技はもう成ったのですから。
ふと、目の前で斬撃が消える。
幾十、幾百と続けざまに斬撃が走れど。
消える、消える。
何も無かったかのように。
私の間合いに入ったその時、その瞬間。
なんの抵抗もできずに【否定】される。
「天能とは、神の権能を封じる檻。私たちはその檻の隙間から、権能の一部を受け取って、その都度行使しているに過ぎない。……とある橘の考えです」
お歴々の一人。
数代前の奇才が父へそう言ったそうです。
父からその考えを教えてもらった際、馬鹿げてると思うと同時に、面白い意見だとも思いました。
父も、きっとそう思ったのでしょう。
だから壊すことにした。
「きっと、力の源泉は人の身で扱うには大きすぎるのでしょう。だから、天能という檻を創り、人の身で扱えるように設計した。……今にして思えば、概念使いやらなにやらと、異能の【位】は檻の頑丈さを意味するのでしょう」
例えば、堂島忠の【目を良くする】。
最下位に位置する異能。
である以上、それは『檻が最も頑丈』であることを意味するのでしょう。檻が頑丈であるがゆえ、引き出せる力も少なく……逆に言えば、堂島忠にはそれ以上の出力は認められなかったということでもある。
そういう意味では、彼は肉体には恵まれど、力を扱う才能には恵まれなかったという話でしょう。
例えば、新崎康仁の【王】。
最上位に位置する異能。
である以上、彼は『檻が弱い』ことを意味します。
だからこそ大量の力を引き出すことが可能であり、そういう意味で彼は力を扱う才能が大きかった、という証明でもあります。
力が強ければ強いほど、その人は力を扱う才能に恵まれている。……である以上、父がその【檻の中】に意識を向けるのは時間の問題でした。
……正直、無謀だとも、勇敢だとも。
なにより馬鹿だとも思いますが。
最も檻が弱く生まれた一族ーー橘の末裔として。
橘一成は、その檻を壊す技術を生み出しました。
それこそが、天能壊玉。
檻を壊して、力の【オリジナル】を扱う技術。
しかし、人の身で扱えるように設計された檻です。
それを破壊して、オリジナルを制御する以上、最低でも『人の身』であることは超えねばなりません。
神の域へと、1歩踏み出さねば会得もできぬ超高難易度技術。……当然、並大抵な者ではスタートラインにも立てません。
どうやって檻を壊すかは企業秘密と言ったところですが、檻を壊すのが第1関門。そして、壊したとして溢れ出した力を制御出来るかというのが第2関門。そして、制御出来たとして、壊した檻へと力を戻せるかというのが第3関門。
壊し、制御し、戻す。
これら3つの技術が高い完成度で仕上がってない限り、この技は発動したが最後、戻すことも制御することも出来ず暴走するだけの自爆技に成り果てます。
だからこそ、私は使うことが出来ませんでした。
ーー今、この瞬間までは。
「天能壊玉ーー【私は全てを否定する】」
何かが壊れる音がした。
世界がーー私色に塗り潰される感覚があった。
胸の底から、力の奔流が溢れ出す。
逆らうことも難しい、純然たる力の濁流。
溢れ出すことを、止めはしない。
ただ、溢れ出した先を制御する。
私の幻、否定の力。
それを、私を中心に3メートル以内に留めて固める。
それはまるで結界のよう。
私の手が届くもの。
全てを否定し、無条件で拒絶する。
私を守り、敵を消す。
ただそれだけの、究極の形。
「初めて使いましたが……我ながら反則ですね」
小賀元はじめから、無数の攻撃が飛ぶ。
斬撃。
ギロチン。
槍。
毒。
熱。
思い至る限りの、多彩な攻撃。
暴走状態とは思えないほどに正確に。
ただ、私の命を散らすためだけに攻撃が飛ぶ。
それら一切合切無に帰して、私は歩き出す。
今までは攻撃を受け、その都度傷を消していました。
私の肉体に直接作用する能力はそれなりに消耗しますし、雨森さまとの戦いなんて、それはもう疲れました。
ですが、この能力はそれ以前の部分で働きます。
受ける、受けないとか。
そういう前提をすっ飛ばし。
間合いに入った時点で消し飛ばす。
天能を使う、という思考すら不要。
ただ、その場に在るだけで周囲の全てを否定する。
きっと、速度なんて関係ないのでしょう。
たとえ光の速さで攻撃が飛んできたとしても。
触れた時点で、私の認識なんて関係なく。
私の無意識下でも平等に消し飛ばす。
「私を負かせられる相手を求めておきながら、結局、私はこうして戦うことすら否定しているわけですか」
きっともう、私は戦いを楽しめない。
この力を得た以上、私はもう負けないでしょう。
例えば……そうですね。無条件の必中必殺、みたいな反則能力者が居れば話は別ですが、そんな都合の良い強者が居るはずもありませんし。
たとえ居たとしても、存命かどうかも分かりません。
ですので、これは私なりの覚悟です。
今まで、敗北を知りたくて停滞していた私から。
敗北を知り、あの悔しさを知って。
二度と負けたくないと思ったがために、手段を選ばず最強へと手を伸ばす私へと、変化するため。進化するため。
戦闘を楽しむという【余分】を、此処で捨てる。
さようなら、弱かった私。
これから私は、最強として歩みます。
「……大変長らくおまたせしました」
暴走し、やがて死に至る少年の前に立つ。
彼我の距離は、3メートルと10センチ。
あと一歩。
踏み出すだけで、勝敗は決する。
きっと、貴方と再現勝負が出来れば、楽しかったのでしょうが……そんな楽しみはもう不要です。
貴方は強かった。
私に負けを認めさせたこと、誇ってもいいです。
ただ、私の脅威ではなかっただけの話です。
私は一歩、前に進む。
私の否定が、その少年を飲み込んだ……その瞬間。
彼の暴走はピタリと止んで、全身の傷が無かったことへと帰っていく。
否定対象ーー小賀元はじめの暴走及び、その原因。
本来私であれば難しかったであろう、原因の否定。
ずっと昔、年単位で過去に施されたであろう事象を遡っての全否定。つまるところ【反則】である。
私はそんなことができるようになったことに驚きつつも、自分のぶっ壊れっぷりに苦笑する。
指を鳴らすと、天能の檻は元通りに。
壊玉は終息し。
やがて、私の世界は幕を閉じます。
生まれて初めて使った、天能壊玉。
さすがに疲労は大きいですが……この度、学園との戦争における私の役目はこれで終わり、なのでしょう。
私は後方を振り返る。
倉敷様に肩を貸され、こちらへと歩いてくる兄の姿。
その更に後方、学園校舎の向こう側。
その場所に、不思議と『彼』がいるような気がしました。
「さて、私は勝ちましたよ、雨森さま」
貴方が何者であれ。
本来の天能が何であれ。
私はこうして、最強の座に指をかけました。
……もしも願いが叶うのであれば。
貴方が、この戦いを生きて終える事が出来たのであれば。
その時は、今度こそ。
私と、全力で戦っていただきたい。
そして……これは、無理な願いかとは思いますが。
貴方にはいつまでも、私と『対等』でいて欲しいのです。




