11-11『橘月姫に遺されたモノ』
【お知らせ】
書籍第3巻、発売決定!
2/25よりオーバーラップ文庫様より出版になります。
詳しい情報は、追ってホームページの方に掲載されると思いますので、お楽しみに!
『すごいのぉ……天才、というヤツじゃな、お主は』
私が覚えている、一番古い記憶。
それは年老いた『橘』からの賞賛の声だった。
私の頭を撫でながら。
あきれた様子で、その橘は私を見下ろす。
「てんさい?」
『おっと、難しい単語使って悪かったのぉ』
まだまだ無知だった私に、その人は苦笑で返す。
そして、幼き私へ真理を説いた。
『天才とは、なんでも他人より出来てしまう呪いじゃよ』
その人物曰く。
天才とは、持って生まれた『欠落』である。
真理がどうあれ奇異な意見だと、今なら思う。
『結果が全て。最近はそういう風潮が流れておるが、実際には逆じゃ。最終的に失敗しようと、その過程には学びは必ずあるはずじゃ。その学びの積み重ねこそが人を強くするというのに、多くの者は結果にこだわるあまり学びの機会を無駄にしておる。……まぁ、わしらの時代は、失敗=死じゃったから、そういった考えを抱く余裕も無かったんじゃがな』
「……むずかしくて、わかんない!」
当時の私には、その人――橘環の言っていることが分からなかった。
実際、あの人は私に何かを伝えたかったわけじゃない。
教えを説いていたわけでもない。
何かを学ばせようとしていたわけでもない。
ただ、呆れるほどの賞賛と、それを塗りつぶすような【憐憫】を以て。
染み入るように、言葉を重ねた。
『……天才、という言葉は、結果に至った過程を無視しているようで……あまり好きではなかった。じゃが、お主は橘の歴史のなかでも頭三つほど抜けておる。認めざるを得ない天才じゃ』
不思議とその言葉を思い出し。
今になって、全てを理解するに至る。
彼/彼女が言いたかったこと。
天才の欠点。
過程を知らないということが、どういうことか。
『のぉ、月姫』
橘環は、憐れんでいた。
最強となるため生まれたが故。
自分より優れた生命体を知らぬ人間。
神の域へと足を踏み入れた、文字通りの化け物。
そんな私を見て。
あり得ない未来を願い、言葉を贈る。
『いつか、お主を負かしてくれる怪物が現れたらよいな』
そしてその数年後、橘月姫は生まれて初めての敗北を知る。
「…………はっ?」
それは、なんてことはないカードゲーム。
その当時流行っていただけの、今ではタイトルも思い出せない児戯。
生まれて初めてそう言った遊びに触れた私は、初戦でいきなりの敗北を味わった。
私を負かした相手を見る。
その少年は、ちょっと引くほど喜んでいた。
常日頃から私に挑み続け、同じ数だけ敗北を重ね。
その果てに、掴み取った小さな勝利。
実際には、初めて遊ぶ初心者相手に全力勝負で勝ちをもぎ取っただけなのだが……まあ、相手は自分以上の子供だったし、大人げない、と言う言葉は飲み込んだ。
「……そんなに勝って嬉しいですか?」
私は、呆れ交じりに少年に問う。
今では、声や顔もおぼろげにしか覚えていない。
そんな少年は、堂々と、恥じることなく言ってのけた。
『嬉しい』のだと。
その言葉に少し驚く。
けれど、その後に続いて少年が『あっるぇ? もしかして月姫さんってクソ雑魚ですかぁ? 僕にコテンパンに負かされて心折れちゃった感じ? ごめんね、僕ってつよすぎるからさァ!!』等と煽ってきたため、関節技をキメて黙らせた。
ちなみに、少年が私に勝ったのはその時一度だけのこと。
再戦した際にはすでにルールは熟知していたし、私の圧勝で道を飾った。
というか、クソ雑魚は少年の方だと後で知った。
なんでも、仲間内では『連戦連敗、勝ち知らずの■■』と呼ばれてたみたいだし、そんなクソ雑魚に負けたのかと、私は少し落ち込んだ。
けれど、よく考えたら■■が汚い手を使って初心者潰しを図って来ただけのこと。
そんな汚い真似をしなければ勝てもしない■■……もとい、クソ雑魚のことで悩むなど時間、人生の浪費だ。私はたった一度の黒星を完全に記憶から抹消することにした。
私はその少年のことを、考えないようにした。
考えないように。
思い出さないように。
たとえ、少年が行方不明となっても。
気にしないように。
あの楽しかった日々を、忘れるよう努めた。
そして月日は流れ。
ほんの、数か月前。
私は生まれて二度目の、敗北を知ったのだ。
☆☆☆
「少し、眠っていたようですね」
指を振る。
頭蓋を貫通していた槍が『無かったこと』になった。
近くには、瀕死となって倒れている愚兄。
同程度の傷を負いながら、回復途中の倉敷様。
役にも立たない執行官。
そして、串刺しにされた生徒たちの姿があった。
「……ふむ」
起き上がり、一考。
すぐに状況を把握する。
再び指を振れば、周囲の【不幸】は全て水泡に帰す。
傷は癒え、死は生へと逆転する。
「私たちを眠らせた第三者との戦闘中、という判断でよろしいですか、倉敷様」
「あ、あぁ……って! そんなのんびり話してる余裕ねぇんだよ!」
彼女が叫んで間もなく、無数の斬撃が教室内に生まれる。
これは……恋様の【斬】のようにも見えますが、別物ですね。
オリジナルに限りなく近い高位のモノだとは思いますが、おそらくは偽物。
本物を限りなく本質に近いレベルまで複写し、再現する系統の能力でしょうか。
再現する、という一点においては間違いなく私の上位互換。
謎の敗北感を感じながらも、私は兄の現状に納得した。
「……なるほど、兄上が死にかけるほどの敵ですか」
三度、指を振る。
その斬撃はすべて消えた。
「な……っ!?」
その光景に、唖然とする倉敷様。
彼女を放ったらかしにして、兄へと向き直る。
全ての傷は、復元した。
ただ、精神的なダメージは話が別だ。
彼は疲れた顔をして、私を見上げていた。
「この程度ならば、貴方の敵ではないでしょう、橘克也」
「……今は王聖だ。それに、事実私は負けている」
ここに来て言い訳をする兄に、私は鼻で笑い返す。冗談だろう、と。
「何を寝ぼけたことを。攻勢に転じた橘克也であれば、負けることなど万が一にもありえないでしょうに」
橘……いえ、王聖でしたか。
王聖克也が例の五回勝負を経た後に負けたというのであれば、私は彼の実力以外の部分に敗因があるのだと考えます。
例えば……そう、相手を殺せない縛りがあったとか。今回もきっとそういった類の敗北なのでしょう。
でなければ、王聖克也のフルスペックは一度とはいえ橘一成を負かしたほどだ。あの最強に勝てるというのなら、そこら辺の敵に負ける道理は無い。
「無敵を攻撃面に行使すれば、全てが文字通りの一撃必殺。防いだからと無事で済む代物ではありません」
「……ふん」
……防がせた、のでしょうね。
彼の顔を見て事情を察する。
恐らく相手は、殺してはいけない相手。
だから必死に手加減して攻めた結果、何らかのアクシデントがあり制限時間がオーバーしたと言う流れ。
そして倉敷様の表情から察するに、勝敗を急いでいる様子。その理由は……まぁ想像はつきますが、詳しく考えるのは戦い終えてからでも遅くはないでしょう。
そこまで考え、私は思考を打ち切る。
「まあいいです。貴方たちはここで休んでいてください」
指を鳴らす。
私の体は幻と消え、次の瞬間には遠方……王聖克也を負かした敵の元まで移動していた。
「ぁ、あ、ああああ、あああああああああああああああああああああ……ッ!?」
頭を掻きむしり、全身から血を流し。
瀕死ながらも激痛に叫ぶその少年を見て、私は顔を歪めた。
「……なるほど、いつぞや見た顔ですね」
名前は確か……小賀元はじめ。
面識は一切ありませんが、天守の地下実験場と呼ばれる施設の出身。その後、引き取られた孤児院で姿を消した者の一人……だったはず。
私は写真しか見たことがありませんでしたが、面影は残っていますし、間違いないでしょう。
そんな少年が、目の前で死にかけている。
「八雲選人……ですか。雨森さまがあれほど嫌う理由がよく分かりました」
今すぐその少年の【異常】を無かったことにしたいところですが……片手間にどうこうできるようなモノでは無いでしょうね。
いくら腐り果てた外道とはいえ、異能を再現するような天才が施した暴走なんですから。
だから、診察には時間をかけて。
確実に、彼を正常へと叩き戻す。
(雨森さま、貸し一つ、ですよ)
別に、貴方に恩を売るために彼を助ける訳では無いですが、貴方のご友人を救ったとなれば、ひとつくらい言うこと聞いてくれてもいいと思うのです。
そんな下心を持ちつつも。
私は暴走を続ける『怪物』に、一方的に宣言する。
「とりあえず勝ちますので、悪く思わないでくださいね」
事象の再現において、私を上回る怪物。
寝起きの準備運動としては、上等な相手となりましょう。




