11-9『ボーナスタイム』
あけましておめでとうございます!
その変化は一瞬だった。
ぞわりと、悪寒が小賀元の背筋を這った。
全身が総毛立つような、嫌な感覚。
異能を手にして初めて感じたーー自身の敗色。
『Congratulation! 文句なしだゼ王聖克也!』
ーー仮面が落ちる。
道化の被りモノが剥ぎ取られ。
その下から現れたのは『真っ暗闇』。
どこまでも深く続くような、深淵。
それが、執行官の顔に張り付いていた。
「チィ……ッ!」
小賀元はじめは駆ける。
既に王聖克也の五連勝は確定した。
その変化は止められない。
だが、変身途中であれば、あるいはーー
『【最終結果:橘克也の五連勝】』
『【よって、規定に則り橘克也を無敵にする】』
声が響く。
同時に小賀元は異能を最大出力で展開。
(変質が完成するより先にーー命を斬り落とす!)
「我思う故に我あり……『模倣展開、天守恋』」
その瞬間、王聖克也の四方へと無数の斬撃が生まれた。
本物にこそ威力は劣れど。
人を殺すには余りある火力を誇る『疑似の斬』。
軽く十を超えるだけの『致死の一撃』が、雪崩のように変質中の王聖克也を飲み込んだ。
「『模倣展開、雨森悠人』」
そして、続くは『最強の肉体』の擬似模倣。
踏みしめた床が爆ぜる。
視界が一気に流れゆく。
全身に力が漲り、拳を握る。
それは小賀元であっても認めざるを得ない、純粋な肉体強度の到達点。振るうは、その肉体から放たれる必殺の一撃。
もはや、油断はしない。
この校舎すら吹き飛ばすつもりで、一撃に力を込める。
そして、振るった。
その瞬間。
『【橘克也。この一時、貴殿を神と認めよう】』
「……ッ!?」
響いた声に、目を見開いた。
拳は、一切の淀みなく振り抜かれた。
振り抜かれた……はず、だった。
衝撃で、砂埃が消し飛ぶ。
現れたその姿は、先ほどとは一変していた。
全身に闇を纏うような、黒衣。
肩にも届かなかった髪は、腰辺りまで長く伸び。
年齢は高校生の姿から、さらに大人びて変貌。
青かった両目は、片方が赤く染まっている。
放った拳はその腹に直撃していた。
その上で、玉体に一切の損傷は見当たらなかった。
「……化け物が」
全身全霊。
本気の一撃だ。
自分が考え得る最強の具現。
いくらオリジナルには劣ろうと、8割以上は再現出来ているはず。……それでもなお、届かないというのか。
「……ッ」
ふいに、黒い腕がなぎ払われる。
小賀元は咄嗟に能力で障壁を10枚ほど張り防御を行ったが……その一撃は、いとも簡単に全ての防御を貫通した。
障壁など、なんの意にも介さず。
一切減速なく、腕が小賀元の脇腹にめり込む。
「が……!?」
衝撃に、一切受け身も取れずに弾け飛ぶ。
体が地面とは水平に吹き飛んでゆき、校舎の壁も窓ガラスも破壊して……100メートルはくだらない廊下の対面の壁へと激突する。
それでも勢いは止まらず、校舎の外へと小賀元はじめは叩き出された。
(う、そでしょ……っ)
彼の想像を絶するほどの、一撃。
小賀元は戦慄していた。
なんていったって、これが通常攻撃だ。
たった一度を耐えるだけで、体力の9割近くが消し飛んだ。『もう一度耐えろ』なんて言われたら『間違いなく死ぬ』と即答するだろう。
それほどの威力がありながら、通常攻撃だ。
力も込めず、ただ腕を払っただけ。
それだけでーー
「げほっ、げほ……ッ」
「時に、【無敵】とはなんだと思う。小賀元はじめ」
立ち上がろうとすると、血の混じった咳が出た。
そして、目の前から声がする。
焦って顔を上げる。
目の前には、黒い神が立っていて。
赤と青の双眸が、無感情に自分を見下ろしている。
「このーーッ」
何とか立ち上がり、腕を払う。
もはや、校舎への影響なんて考慮する余裕は無かった。
後のことなんて考えられない。
今はただ、この男を倒すためにーー。
全身全霊、その身を切り刻む『大竜巻』を呼び出す。
「『刃旋獄』!」
王聖を中心に、巨大な竜巻が産み落とされる。
竜巻の内部には鋭い岩の刃と、天守恋から模倣した『斬』が幾重にも混ざっている。可視の岩と不可視の刃は、瞬く間にその体を切り裂く……なんて、そんな甘い考えは既に捨てていた。
(足止めにしかならない……今のうちに次の手を!)
王聖克也の5回目を経た『無敵状態』
無敵、と呼べるほどの規格外の超強化。
先程の攻防で嫌になるほど理解した。
今のこの男に、外傷を与えるのは不可能だと。
であれば、内傷ならどうか。
王聖克也から距離を取る。
次の瞬間、竜巻は木っ端微塵に弾け飛んだ。その中から姿を現した王聖克也はーー当然のように無傷。
想定通りの結果を目にし、淡々と次の手を打つ。
「『地龍』」
直後、王聖克也の足元に巨大な『口』が生まれる。
牙が無数に並んだ大きなアギト。
それは王聖の体を丸呑みにし、地上から空へ、龍は彼を飲み込んだ状態で飛び立った。
しかし、それも一撃。
内部から拳の一振で粉砕。
龍の頭部が上空で炸裂し、その中から王聖克也は無傷で現れる。
ーーだが、それもまだ想定内。
小賀元は上空へと手を掲げる。
そして作り出すのは、人を殺すには余りある『毒』。
毒の極点を作り出すには、今の彼では技量不足。
だが、なにも人を殺すには『あの臨界』でなくても事足りる。
「『模倣展開ーー星外毒』」
空が割れる。
ありえない光景に、王聖は空を見上げた。
そこから溢れ出すのは、不可視の毒性。
放射線、と呼ばれる星外の毒。
かつて、ある男が作り出した『人を殺すための技』。
小賀元は顔を顰めつつ、その技を使う決断に至った。
王聖克也は、こうでもしなければ倒せないから。
「堕ちろ、王聖克也!」
5分間の無敵時間。
それを耐え抜けば小賀元が勝つ。
だが、耐えて勝つなんて選択肢を選ぶつもりは毛頭なかった。
無敵だろうが、なんだろうが。
理不尽すらも叩き潰して、実力で圧倒する。
「その絶対防御、ぶち抜いてやるよ!」
強者として、揺るがぬ自信。
雨森悠人。
橘月姫。
彼らに並び立つほど規格外の強さ。
それは慢心ではなく確信だった。
自分ならば、可能だと。
彼はなんの迷いもなく考えていた。
ーーだが。
「非常に臭くて、目障りだ」
たった、一撃。
こじ開けた空の割れ目が、粉砕した。
「………………はっ?」
ありえない光景を前に、思考が止まる。
小賀元の視線の先で、王聖克也は音もなく着地していた。
当たり前のように無傷である。
その光景に、膝が震えた。
それは恐怖だった。
実験を強要され。
多くを失い。
廃人のようになった今。
人生で二度目の『死ぬかもしれない』という恐怖。
「先の問いだが」
ふと、王聖克也は語る。
曰く『無敵とはどういうものか』。
その問いに、小賀元は答えていなかった。
もしも、正直に答えていれば、王聖からは否定が返ってきたはずだ。
それもそのはず。
小賀元は、無敵を『規格外の強化』だと考えた。
その思考を走らせた時点で、彼は間違っていた。
大前提、無敵状態は、強化ではない。
「何があろうと傷つかず、攻撃は全てが一撃必殺」
「……っ」
物理法則。
生命の在り方。
そういったものを全て無視した上で。
『傷つかないんだから、傷つかないでしょ』と。
定めたのなら、その通りに進むはずだと五分間だけ因果をねじ曲げる。
それこそが、王聖克也の無敵状態。
それをぶち抜くなど、土台不可能な話。
ーー数年越しの答え合わせをするのであれば。
かつて、王聖克也と天守弥人の神人試合。
あのまま戦っていれば、勝っていたのは王聖克也だ。
「……くそ。僕の、負けか……よ」
もはや、万策尽きた。
無敵という言葉の本質を理解し。
自分の体力を鑑みて。
『これは勝てない』と、小賀元はじめは分からされる。
絶対的な実力差。
抵抗するのも阿呆に思えてくる程の隔絶。
現に、王聖克也が一撃を入れるだけで、いとも簡単に小賀元はじめは絶命するだろう。
それが分かったから、小賀元は抵抗するのをやめた。
「お前の敗因は幾つか挙げられるが……戦いを通して、私が感じた疑問は一つだけだった」
黒衣の死神。
彼の瞳には困惑が見えた。
そして、その困惑を隠すつもりもないらしい。
つい先刻まで、自分を殺そうと迫っていた刺客へ。
王聖克也はただ、感じたままの直感を告げる。
「雨森悠人への憎悪なんて最初から無いのだろう?」
「…………どういう意味かな?」
想定外の言葉に、小賀元は少し固まる。
ややして出てきた言葉は、苦笑交じりのものだった。
「私は、『復讐者』としての雨森悠人を見てきたつもりだ。仮にお前が同じ立場だとするならば……お前の言動には理解できない点が多く存在する」
「…………」
答えない。
小賀元はじめは、黙って王聖克也の憶測を聞いた。
「一つ。雨森悠人が入学した時点で、お前は真っ先にあの男の抹殺へ動くべきだった。雨森の場合は学園全土が敵だったために、早々に動くことは出来なかったが……お前の場合は個が相手だ。入学早々に雨森殺害へと踏み切らなかった理由がない」
「……あの男は、時間が経つにつれて弱っていく。なら、確実に勝利するために時間をかけるのは間違いじゃないだろう?」
真っ当……のように聞こえる答えだった。
王聖克也は僅かに思考し、次へ行く。
「二つ。お前は戦いの最中、志善悠人の能力を多用した。心の底から憎む相手の能力を、だ。……そんなことが有り得るか? 復讐者であれば、そんな真似は絶対にしない」
「するだろ? 憎むべき男の能力で、その男の知人を殺す。自分の能力で自分の知り合いが殺された……だなんて。復讐としては上出来だろう?」
一切の迷いなく、よどみなく男は言う。
「……三つ。最後まで倉敷蛍を殺さなかった。彼女を殺せば雨森悠人への復讐の足掛かり程度にはなるだろう。にもかかわらず、彼女は今も生きている」
「偶然だろ? 途中から、あの子の相手よりお前への警戒心が勝っただけさ。現に、僕はお前に負けたわけだし」
肩を竦めて男は言った。
「四つ。ここに来てあっさりと敗北を認めたこと」
「そこまで言うか? さすがに僕もそこまでみっともなく無いよ。負けを認めないで無駄に足掻いて死ぬとか、それこそ……雨森悠人への復讐が途切れるだけさ。僕はこんなところで死ぬ訳にはいかない」
そこまで聞いて、王聖克也は呻く。
彼の言葉は正しかった。
一切、不審な点は見当たらなかった。
違和感など欠片も無い弁明だった。
だからこそ、不思議だった。
それほど完璧な弁明を……この局面で、一切の迷いなく、一切のよどみなく返せる男の姿に、違和感を覚えた。
だからこそ、最後に一つ、憶測を述べた。
「五つ、この弁明は誰の入れ知恵だ?」
「……なんのことだろうね」
その答えに、王聖克也は確信を得る
この弁明。
この展開すら想定し。
いずれかのタイミングで、小賀元はじめへと入れ知恵した人物がいる。ーーそう考えれば、自ずと一人の男が頭に浮かんだ。
(……まさか)
嫌な予想が、脳裏を過ぎる。
その可能性に至ったのとーーほぼ同時。
目の前で、小賀元の目尻から血が溢れた。
「……あ、れ…………?」
ごぼりと、彼の口から大量の鮮血が溢れる。
その光景に目を剥き、その予想が正しかったのだと今になって確信する。
そして、彼の体の中から。
今、最も聞きたくなかった声がした。
『負けた能無しは死んでくれ。ついでに、そこら辺の邪魔くさいのを道連れにして、さ』
そして、少年の【暴走】が始まった。
次回『目覚め』




