11-8『王聖克也②』
王聖克也。
本名は、橘克也。
僕は彼のことをよく調べていた。
だって彼は、あの天守弥人と引き分けた男だ。
僕ら実験室組が警戒するには、その一言で十分だった。
『あの男の最も強い部分は、その豪運だ』
かつて聞かされた言葉を思い出す。
まるで世界から祝福されているような豪運。
神に『そうあるべし』と祝福され。
橘家の誰よりも弱く生まれ落ちた。
体格は恵まれている。
それでも、男に強靭な筋肉は備わっておらず。
橘家特有の耐久性能も持ち合わせていない。
雷すら捉える動体視力も。
簡単な毒なら体内で分解し、平然と生きながらえる異常性も。
その男には、一切が無い。
にもかかわらず、男は【運】だけで橘の一席に座っていた。
だから、運の関与する勝負に持ち込んではならない。
そう、口を酸っぱく言われている。
わずかでも運が勝敗に影響するならば。
一縷でも『奇跡的に勝利する』なんて可能性があれば。
王聖克也はなんの努力も確率も意に介せず、勝利する。
『彼に勝利したいのなら、圧倒的な実力差でねじ伏せるしかない』
予定通りに王聖の心臓を貫く。
肉を切り裂く嫌な感触。
不意に【あの人】の言葉が蘇った。
『勝って当然、負ける余地なし。そういう結果を残せ』
後方には、気を失い倒れる倉敷蛍。
目の前には、心臓を刀で一突きされ、吐血する王聖克也。
対する僕には傷一つ……いや、蛍ちゃんから殴られた傷があったか。
まあ、いずれにしても『圧倒的』と言って差し支えないだろう。
「でも、まだ『可能性』はあるわけだよね」
「ぐ……ッ、げほっ」
大量の血を吐きながら、彼は片手に刀を握りしめたまま。
僕が油断したり、他に気を取られればその刀でバッサリ……なんてこともあるだろう。
そう、可能性として有り得る敗色だ。
なら、王聖克也に対してそういった道は残してはいけない。
「……」
無言で、心臓を貫いた刀を捻る。
激痛に王聖克也の顔が歪む。
僕は気にせず刀を振り抜くと、心臓から横腹までがバッサリ斬れた。
貫通していた刀を、振り抜いたんだ。
どれだけの傷になるかは、じっくりと見なくてもわかる。
吐血は、もうほとんど無い。
喉の奥からせり上るより早く、その傷口から尋常ではない量の血が垂れ流されているからだ。
ぐしゃりと。
彼の体が血溜まりに沈んだ。
僕は刀に付着した血を払い、鞘へと戻しながら彼を見下ろす。
「王聖克也。君は橘としての肉体強度を持っていない。これが雨森悠人や、橘月姫なら『この程度では死なない』と考えるけど、君は別だ」
反応は無い。
当然だ。
心臓を貫かれ。
胴体の半分を切り裂かれ。
片腕も失って。
これほどの怪我で、彼が動ける可能性は完全にゼロだ。
「運を除けば、君は一般人と変わらない」
言いたいことを言い切って、僕は彼へと背を向け歩き出す。
王聖克也は、じきに死ぬ。
というか、もうほとんど死んでるはずだ。さすがの僕も死体に鞭を打つような真似はしたくない。
それに、時間は有限だ。
倒したのなら、次の相手を狙う。
倉敷蛍……は、まぁ、後回しでいいか。
気絶しているはずだが、仮に起きてきても彼女程度であれば敗色は見えない。
仮に天能変質が起ころうとも、変質した天能を使いこなすより先に殺せる。
問題はない。
だから。
僕は、その少女を次の標的にした。
学園長室の真下は、1年A組。
眠りに落ちる直前まで、偶然にも雨森悠人のチームが居座っていた場所。
そこには彼の姿こそなかったが……代わりに、彼と同じチームになっていた生徒の姿はあった。
「橘月姫」
白髪の少女は、今も眠りに落ちている。
この少女さえ殺してしまえば。
もう、この戦い。
あの男に、勝機は無い。
☆☆☆
「馬鹿だねぇ、カッツーは!」
夢を見ていた。
目の前には、かつて失ったはずの男が立っていて。心底呆れた様子で私を罵倒した。
「貴様と比べれば誰でも知能的に劣るだろう。馬鹿か貴様は」
「うっわ、久しぶりの再会、開口一番がそれ? カッツーってば、何年経っても変わらないねぇ」
夢だ。
そう確信した。
この男はもう、ずっと前に死んでいる。
そう、聞かされていたし。
この目で確かめる機会もあった。
だから、間違ってないはずだ。
これは、私が都合よく見ている夢。
そのはず……なのに。
私は思わず、口元を歪めた。
きっと、顔に貼り付いたのは笑みだろう。
確かに、な。
これが夢であろうと、なんだろうと。
今の私を見れば、お前ならそう言うのだろうな。
そう理解したから。
私は久しぶりに、他者との会話を楽しいと思ってしまった。
たとえ、その相手が死者であろうとも。
「というか、小手先で戦うなんてカッツーらしくないじゃん!」
小手先……か。
そうだな、実に私らしくない一手だ。
「だが、そうでなければ勝てない相手だ。なにせ、実力だけなら以前のお前と並ぶ怪物だ」
「……まぁ、認めたくは無いけどね。そもそも犠牲の上に成り立つ力なんて邪道だよ。そういう意味では、優人と彼はよく似てると思う」
天守優人……か。
随分と懐かしい名前だ。
「だけど、決定的に違うのは、その選択を自分で選んだか、悪意ある第三者に選ばされたか、だ」
「……海老原、か」
「そ。今は八雲選人、って名乗ってるんだっけ?」
つまらなそうに、男は口を尖らせる。
「ほんと、あの時やっつけとけば良かったよ! 我が生涯に一片の悔い無し、と言いたいところだけど、あの時、エビを倒せなかったことだけは後悔してる!」
倒さなかった、ではなく。
倒せなかった、と男は言った。
なにか理由があるのか。
……いいや、これは私のただの夢。
なら、明確な根拠がある発言ではないだろう。そう思うことにした。
「いいかい、カッツー。何があろうとも彼らは被害者であり、守るべき対象だ」
ふと、男は言う。
「力を得る対価。自分が失うモノを選ばせてくれるほど、あの男は親切じゃない。きっと、対価の説明なんて何も無く、彼らはただ、手術して目が覚めたら大切なものを奪われてただけなんだ」
そして当然、その自覚は無い。
自分で気づくことも出来ず。
ただ、大切なものを奪われた。
「まぁ、カッツーには弟……今は雨森悠人だったっけ? のお世話もお願いしたいから、あんまり無茶は言いたくないけどさ」
そう言って、男は握り拳を私の胸へと叩きつけた。
「勝って救ってよ。出来るだろ、親友」
「……本当に、無茶を言う」
「……ッ!?」
目が覚める。
私の言葉に、小賀元が過剰に反応した。
私は体に力を込め、立ち上がる。
傷は癒えていた。
心臓も、胴体の傷も、腕も。
まるで『無かった』ように、復元している。
「な、なんで……どうしてッ!?」
『さァーて、時間と相成ったぜ! それじゃあ準備はイイかよ、二人ともォ!』
執行官が元気に叫ぶ。
さぁ、四回目だ。
私は拳を構えると、小賀元も焦って構えた。
『じゃあ行くぜ!【じゃんけん、ぽい】』
勝敗は、語るまでもない。
私が運で負けることは無い。
当然のように勝利した私を見て、小賀元の表情に初めて『焦り』が滲んだ。
「な、なんで……お前が立ち上がっている!? 心臓を潰したはずだ! お前が持っている『治癒』『身体強化』『武器具現』じゃ、到底……」
彼は叫ぶ。
だが、馬鹿では無いらしい。
言っているそばから、自分の発言に違和感を覚え、動きが止まった。
私はその答え合わせをするように、執行官へと今回の報酬を要求する。
「異能の複数所持に耐えられる自動回復能力」
『アイヨ!』
そして、私は四度目の能力を取得する。
それによって、この数十秒間私を苦しめ続けてきた激痛は和らぎ、小賀元は愕然とした表情で声を上げた。
「ば、馬鹿な……自己治癒能力を今になって取得しただと……!? なら、最初の1回は……いや、順番が一つずつズレていたのか!」
その考察は、限りなく正解だ。
私はこの男と対した瞬間から、マトモに戦っても勝ち目はないと確信していた。
なんせ、雨森悠人に敗した直後だ。
安直に戦っても負けるだろうと考えるとは当然のこと。
だから、策を弄した。
「1つ目に身体強化、2つ目に武器の具現。そして3つ目に【1度きりの死の無効化】」
異能の複数所持は身を滅ぼす。
だから、初手は治癒能力を取得する。
その上でさらなる強化を上乗せする。
……そういう前提をガン無視した上で、私は異能を選択した。
当然、そんなことをすれば体への負担は計り知れない。
この脆弱な体では、一分であっても耐え切ることは出来ないだろう。
だが、どうせ死ぬなら同じこと。
死を無効化し、1度だけ復帰出来るというのなら……その程度のリスクは無いも同然だ。
そして、ここまで来れば五回目は見えた。
「あと10秒」
私の言葉に、小賀元は動き出す。
今度こそ私を殺すべく、大地を駆けた。
男の脳内は、私の五回目を止めることで一杯になっていることだろう。
だから、私が一人で戦っている訳では無いことを失念する。
「オラァ!!」
「ぐ……っ!?」
背後から、倉敷蛍の拳が直撃する。
それでも直前で反応したのは流石だ。
直撃を受けながらも、歯を食いしばって倉敷へと回し蹴りを叩き込む。
既に満身創痍だった倉敷は抵抗もできず、その一撃で壁まで吹き飛び、力無く倒れる。
だが、彼女は頭から血を流し、それでも勝ち気に私へ笑った。
「ほらよ! きっちり時間は稼いだぜ先輩!」
「……あぁ、あとは任せろ」
小賀元は、なにも橘のような耐久能力を有している訳では無い。
倉敷蛍の全力全霊の一撃は確実に効き、
わずかでも足が止まる。
そうなれば、もはや間に合わない。
『さぁテお待ちかね! 五回目だ!』
執行官が、楽しげに笑っている。
もう、時間だ。
私は強くは無いけれど。
一人で戦う術はないけれど。
友が、後輩が。
こうも背を押してくれたんだ。
「負ける訳には、いかないな」
そして、私は勝利する。
さぁ、ボーナスタイムの始まりだ。
次回、【ボーナスタイム】
それでは皆さん、良いお年を!




