11-7『存在定義』
そういえば前回200話でした!
いつもありがとうございます!
精霊王の加護。
倉敷蛍が後天的に与えられた異能。
その能力によって得られる天恵は多く存在するが、突き詰めていけば結論、『精霊と交信が可能になる』という一点に尽きるだろう。
精霊を視認し、会話を可能にするだけの力。
状態異常の無効も。
身体能力の強化も。
自然治癒力の増強も。
精霊と仲良くなり、彼らの力を借りたに過ぎない。
精霊たちは、裏表のある倉敷蛍を愛していた。
彼女のことが好きだった。
――だからこそ、必死に戦いを止めようとしていた。
『だめ、だよ』
『この人は、無理だ』
『戦っちゃ、だめ』
普段は彼女の背を押す精霊が、今は体を後ろに引っ張っていた。
その感覚をこの学園で味わうのは、実に三度目だった。
一度。
雨森悠人の胸倉をつかんだ時。
あの男の目を至近距離から覗いた時。
二度。
病院の屋上で、橘月姫と対した時。
彼女の赤い瞳で見据えられた瞬間。
そして、三度。
『こいつは、あいつらと同じ』
『戦っちゃいけない――化け物だ』
精霊たちが、怯えていた。
彼らの反応が、本能的に察した実力差を証明している。
この男と自分の間には、覆せない差が存在していて。
それは、一朝一夕でどうにかなるようなもんじゃない。
闘争要請でA組の紅が見せた『変質』でもあれば話は別だが――。
倉敷蛍はそんな奇跡は信頼しない。
ご都合主義など夢物語だと、現実的に考えていた。
だから、勝てない。
その事実から目を逸らすのはやめにした。
そして……勝てないまでも、負けない手段を模索する。
『三度目いくぜぇ!』
後方から、執行官の声がする。
今から三度目のじゃんけん勝負。
この勝負が終われば、残りは30秒。
倉敷は残り時間に背を押され、一気に駆け出す。
(まず論外! 真正面から馬鹿正直に戦う案!)
一直線に駆けることはない。
彼女は速度と動きに不規則な緩急をつけ距離を詰める。
小賀元はじめ。
異能は――今のところ不明。
だが、王聖克也は彼の異能が『橘月姫と同類』と看破した。
それを小賀元は明言こそしなかったが、あの反応を見る限りは正解に近いのだろうと倉敷は確信している。そして、橘月姫と同類――典型的な後衛タイプの異能と仮定するならば、距離を詰めればまだ攻め手は残されているはず。
迫りくる無数の凶刃。
それらを紙一重で回避しつつ、一気に懐まで潜り込む。
目を見張るほどの速度に、王聖だけでなく、彼女自身も驚きを見せた。
それは倉敷蛍が生まれて初めて行使する【精霊王の加護】の全開。
今まで、ついぞ『全力を出しても勝てない相手』と戦う機会が無かったために封じられていた、王の加護の本当の力。
強化された肉体は踊るように大地を蹴り飛ばし。
迫る刃はスローモーションのように瞳に映った。
(これなら――っ)
僅かに見えた光明。
勝てる、とまでは思えずとも。
これだけの速度……たとえ概念使い相手でも勝負には持ち込める。
彼女にはそういう確信があった。
だが――。
「急くな倉敷! その男は――」
王聖から声が響く。
倉敷の耳元までその声が届いたのと、ほぼ同時に。
小賀元が、小さく囁いた。
「『我思う、故に我在り』」
「……っ!?」
その瞬間、倉敷は急ブレーキをかけその場を飛びのく。
間一髪、頬の皮を切り裂き、何かが過る。
凄まじい暴風と、破壊音を聞いた。
飛びのいた先で振り向けば、自分よりなおも早く拳を放った小賀元の姿を目撃する。
その拳は易々と床を砕き、大地を失った学園長室が崩壊する。
「う……っそだろ!」
下階へと落下しながら、倉敷が叫ぶ。
そうだった、この男はあいつら怪物と同類なんだ。
いくら遠距離型の異能を持っていたって、安心はできない。
怪物どもは、平然と殴り合いでも強いと倉敷蛍は知っていた。
ちょうど、学園長室の真下は一年A組の教室だった。
多くの生徒が眠りにつく中、瓦礫となった床が降り注ぐ。
「チッ……執行官、なんとかしろ。私の気が散る」
『他人を守りながらの勝負は【公平】とは言えネェか。なら、仕方ねェナ』
瞬間、にゅるりと出てきた執行官。
彼の腕が一気に膨張すると、瓦礫全てを飲み込んだ。
その光景に唖然とする倉敷と、音もなく着地し、目を細める小賀元。
「……なんなんだろうね、その異能は。下手に術師を強化するより、その異能本体で戦ったほうが確実に強いだろうに……頑なにそれをしようとしない」
「そんなことはどうだっていい。……それよりも、小賀元。貴様――」
王聖は小賀元の疑問を切り捨てる。
その上で、彼を鋭い視線で睨み据えた。
「力を得るのに、貴様は何を失っている?」
その言葉に、倉敷は目を剥き、小賀元は眉根を小さく動かした。
「……なんの話かな」
「いいや、聞いた私が悪かった。言わずともわかる。おおよそ【他人に対する好感】とか、そのあたりだろう。だから、知人の血縁を殺すことに躊躇いがない。他の生徒が巻き込まれようと興味が無い。……なにより、幾年が眠り続けることに何も思えなくなっている」
彼の言葉を受け、倉敷は頭上の学園長室を見上げた。
少女は、今も机に突っ伏して眠っている。
その少女がもしも小賀元の知人であれば……彼女が眠っていることを小賀元が何も思わないわけがない。……にも関わらず、彼は今も平然としていた。
薄笑いを浮かべ、肩を竦めて口を開く。
「僕は何も失ってなんかないさ。ただ、甘っちょろい自分とさよならしただけだよ。僕の目的は雨森悠人へ復讐すること。それ以外は些事だって、八雲選人の下に来てから分かったんだ」
「……自覚は、ないか」
小賀元の言葉に、王聖は目を伏せる。
その上で、絞り出すように言葉を漏らした。
「……あの、外道が」
「それは、雨森悠人の方だろう?」
独り言に言葉を返し、小賀元は始動する。
「ともかく、……もう三度見逃した。あと30秒。そろそろ仕留める」
「……ッ、おい先輩! もっと下がれ!」
射貫く視線の先には王聖。
倉敷はその視線を遮るように間に入る。
だが、引き上げた警戒も徒労に終わる。
「目障りだよ、君」
なんの反応も許さず、その手が倉敷の頭蓋を掴む。
倉敷の背筋が凍る。
目にも映らぬ超速度。
反応するとか、しないとか。
そういう次元じゃない。
目の前に現れて。
頭を掴まれて、今。
やっと異変に気が付くような、異次元の初速。
「く――」
「まず、一匹」
反応しかけた倉敷を置き去りに。
小賀元は、その頭蓋を床へと叩きつけた。
ぐしゃり、と。
嫌な音が響く。
未だかつてない衝撃に、倉敷の意識は一瞬で暗闇へと落ちた。
砂埃が舞う中、気絶した少女を小賀元は見下した。
「確かに僕は脆弱さ。だから、僕は強いのだと再設定した」
小賀元はじめ。
彼の能力は、橘月姫のソレと非常に類似している。
彼女の【幻】が、在るものを無いと断じ、無いものを在ると定義する『事象の入れ替え』であるならば、小賀元の能力はその半分に特化したモノ。
「僕の力は【在】。現存しないモノの存在を定義する力」
橘月姫のように、目の前にある現実を否定できるような力は一切ない。
傷は消せないし、過去も改変できない。
だが、その反対ならば、彼の力は全てに届く。
存在しないものを生み出す力。
あるはずも無い処刑器具を生み出し。
全てが記された攻略本を創造し。
ありえない身体能力を『備わっているもの』と定義した。
代償を糧に得た反則。
あの日の志善悠人を超えるべしと設計され。
非道の果てに八雲選人が作り上げた【最高傑作】。
それこそがその青年、小賀元はじめの正体だ。
「言ってなかったね。僕が、学園側の最強だ」
同時に、王聖が煙の中から姿を現した。
その手には鋭い刀が握られている。
小賀元は咄嗟に同じ刀をイメージし、右手に召喚。
受け止めると同時に衝撃が全身へと走り抜けた。
「3度目でこれか……」
1度目の異能取得は、間違いなく『治癒系』だろう。
2度目はおそらく、『身体能力向上』。
そして3度目に『武器の具現化』と言ったところか。
最初の2つは小賀元も納得の選択だったが、3つ目に武器を選んだのは失策だろうと鼻で笑う。
「……武器なんて選ばずに、僕から逃げ延びる方向で異能を選べばよかったのにね。守るのに必死な人は、簡単に選択を間違えるから御しやすくて助かるよ」
実際、小賀元は『隠密』系の異能を取得されていれば相応に困っていたはずだ。対処する術がない……とは言わないが、残り30秒足らずで隠密を見破り、その上で王聖克也を戦闘不能に追い込むのは骨が折れる。
だが、彼はその選択をしなかった。
弱った後輩を前に、戦うことを選択した。
「ありがとね、馬鹿でいてくれて」
王聖の刀を弾き、返す刀で袈裟斬りにする。
肩口から脇腹まで、斜めに一閃。
数瞬遅れて鮮血が噴き出し、痛みに王聖の顔が歪む。
「ぐ……っ」
「片腕は残しておくよ。ジャンケンできる状況じゃなきゃ、僕がその式神にペナルティ喰らわされるんだろ?」
王聖克也はたたらを踏み、後退。
それよりも早く、白刃が煌めいた。
「さようなら、橘克也」
心臓を、寸分違わず刀が貫く。
王聖克也の喉奥から、致死量の血が溢れた。
【嘘なし豆情報】
〇最高傑作、小賀元はじめ
八雲選人がこの数年間で作り上げた人造異能者。
その中でも、彼が胸を張って最高傑作と呼ぶ存在。
代償としたものは多い。
同郷の者への親愛。
他人への興味関心。
それら『他人との繋がり』を犠牲にした果てに、その怪物は生まれ落ちた。
「それなりに弄ったからなぁ。あと数年も動けば御の字……と言ったところ。せめて、邪魔者の一人や二人は道ずれにして死んでくれ」
寿命すら消し飛び。
大切な人への想いすら消え果て。
残ったのは、胸の奥の復讐心だけ。
その青年は、今もまだあの男の背中を追いかけている。
たとえそれが、悪魔の掌の上だとしても。
彼が、それに気づくことはもう無いのだろう。




