2-3『新入生歓迎会』
新入生歓迎会。
そんなものがあるらしい。
体育館へと集められた一年生一同。
出席番号一番、C組一番前列の、そのまた一番端っこへ配置された僕は、何やら慌ただしく動き回る上級生たちを見つめていた。
「ち、ちょっと、楽しみだね、雨森くん」
「……あぁ、井篠か。そうだな」
話しかけてきたのは、隣に座る一人の男子。
小柄で線が細くて、髪も男子にしては長めなボブカット。
そんなナリだから女子に間違えられそうになるが、れっきとした男の子。
彼の名前は、『井篠真琴』。
あまり話したことは無いが……とりあえず、今のイメージとしては『気弱な男子生徒』ってところだ。
見れば、井篠は端的に返した僕に苦笑している。
……せっかく、このようなボッチに話しかけてくれたんだ、少しはこちらからも話題を振って話を伸ばそう。
「新入生歓迎会……。部活の宣伝目的だったか?」
「そうだね……。僕はあまり運動系が得意じゃないから、できれば文化系の方に行きたいなー、とは思ってるんだけど」
「……あぁ、本当に、同感だな」
あはは……と、苦笑い井篠。
なにせ、僕ときたら初っ端の体育から途中退場した逸話の持ち主だ。
運動なんて得意なわけが無い。井篠からしたらそんな感じだろう。
「雨森くんは、なにか部活決めたの? やっぱり朝比奈さんとか、倉敷さんと同じ部活……なのかな?」
「あさひ……? そいつが誰かは分からないけど……まぁ、たぶん帰宅部になるんじゃないか? 少なくとも、倉敷さんと同じではないな。確実に」
だってあいつ、陸上部だもん。
そんなバリッバリの運動部なんて入りたくもない。
というか、なぜその二人の名前が出てきたんだろうか。
そう問いかけようとするが、それより先に理由がでてきた。
「そうなんだぁ……。雨森くんって、あのふたりと仲良いイメージがあったから。……ごめんね? なんか、変な事聞いちゃって」
「……いや、大丈夫」
彼の言葉に、少し考える。
僕としては一定の距離を取ってるつもりだが、そういう偏見のなさそうな井篠でもそう思ってるとは……よっぽどだな。少し策を考えるか。
「それに、倉敷さんは誰にだって優しいだろ。たぶん、僕の立場に他の誰が居たって変わらない。そう思うよ」
「そうかなぁ……?」
井篠がそう首を傾げて、僕は続けて言葉を紡ぐ……つもりだったけれど、どうやら新入生歓迎会の準備が出来たようだ。
前へと視線を向けると、マイクを持った女子生徒がステージへ上がる。
その女子生徒は開会の挨拶を始め、どこからか春らしい音楽が聞こえてくる。
ふと見れば、隣の井篠は楽しそうにステージを見つめていて、僕もまたステージの方へと視線を戻す。
「……」
その際に、さりげなく確認した黒月は。
相も変わらず、無表情を顔に貼り付けていた。
☆☆☆
黒月奏。
彼について調べ、分かったことを挙げようと思う。
北海道出身の、選英高校一年生。
黒髪に青い瞳。ルックスもよく女子に人気もありそうだが、誰とも話そうとしないせいで孤立。今では休み時間など、一人本を片手にくつろいでいる。
そして、ここから先が『協力者』伝てに手に入れた情報だ。
「黒月奏。入学の学科試験では受験者中、堂々【第三位】。オマケとしてやった運動試験でも……学科ほどじゃないけどかなり上位の成績を残してるみたいだな。まぁ、俗に言う【天才】って奴だろう」
そう言って、倉敷へと入学試験の結果表を渡す。
それを見た彼女は彼の叩き出した高得点に大きく目を剥く。
「なんだ……この点数。一周まわってアホじゃねぇの? 朝比奈でも第八位ってのに……。というか、コイツより高得点出した二名を知りたいんだが?」
「悪いな。今回はC組だけだ」
上位から高得点が並んでいる順位表。
C組以外の生徒の名前は黒いペンで塗り潰し、閲覧出来るのはクラスメイトの名前だけになっている。まぁ、見せるの恥ずかしいから僕の名前も消してあるがな。
「というか、てめぇどうやってこんなのを……」
「お前よりも先に声を掛けたんだ。余程優秀だと悟ってくれ」
倉敷蛍は、想定以上に優秀だった。
けれど、僕が真っ先に身内へ引き込んだ人物は彼女じゃない。
それだけ言えば、彼女は色々察してくれるだろう。その察した結果が正しいか間違っているかは別として、な。
「……お前と一緒になって、霧道の偽造写真を撮った野郎か。こんなもんを手に入れられるんだ。ハッキング系統の異能力者か?」
「まぁ、そういう感じだ」
僕は椅子から立ち上がる。
既に放課後。
学生たちは各々帰途へつくか、新入生歓迎会を経て部活動へと見学に行くか、はたまた既に入部していて参加しに行くかあるのだろうが……少なくとも、黒月は部活動には興味ないらしい。
視線の先には、一人帰途へとつく黒月の姿があり、僕の後ろから黒月を覗き込んだ倉敷は「うへぇ」と声を上げる。
「暗そうなヤツ」
「だから良いんだ。最適だろう」
圧倒的な異能を誇り。
身体能力、頭脳共に学年で見ても最高峰。
そんなスペックがあるのに、目立とうとしない。
そこまで全て揃っているなら、完璧だ。
あとは、黒月のことをさらに知ること。
そして、彼へとメリットを提示することが大切だ。
そのためにまず、探らなきゃいけない。
彼は何を求めて目立たないようしているのか。
そして、何を与えれば力を貸してくれるのか。
倉敷のように、初めから方向性が似ていればいいんだけど……。
「まぁ、簡単にはいかなさそうだな」
頭をかいて、眼下の黒月から視線を外す。
その先で、どこからか視線を感じた様子の黒月は周囲を見渡しており、『こりゃ厄介だ』と倉敷も呆れ顔。
「なにか策は?」
「じっくり行く。けど、少なくとも朝比奈嬢が動く前には決断する」
仲間にするか、否か。
そう続ける僕を他所に、興味をなくした様子の倉敷は鞄を手に取った。
「ま、それならそれでいいさ。安心しろよ、失敗しても見捨てるだけだ。安心してじっくりしてろ。……私は朝比奈との仲を進展させとく」
「あぁ、黒月に関しては僕に任せてくれ」
僕の言葉を聞いた倉敷は、扉を開けて帰っていった。
その背中を見送った僕は、頭の中で構図を浮かべる。
今のクラスの状況、僕の立場、黒月奏。
そして、他クラスの現状況と、これからの推測。
一通りならべ、組み立て終えた僕は瞼を開く。
「……まぁ。なるようには、なるさ」
かくして、僕もまた今日は帰途へとつく。
今日は疲れた。明日から本気を出そう。
そんなことを考えながら。
☆☆☆
「『霧道走』……ねぇ?」
男は、机に両足を上げ、窓の外を見つめていた。
ぽつりぽつりと下校していく生徒たち。
そんな背中を眺めながら、男は弓のように口の端を吊り上げる。
「まさか、一番最初の退学者が『C組』から出るとはなぁ?」
クラス内へと視線を戻す。
放課後にも関わらずそのクラス――『1年A組』から出ようとする生徒は一人もおらず、男は椅子から立ち上がり、教壇へと向かう。
向かう先には、椅子に縛られ、口も利けなくされたクラスメイトの姿があり、男はそのクラスメイトを――思い切り殴り飛ばした。
鈍い音と共に鮮血が舞い、クラス内から押し殺した悲鳴が上がる。
しかし、男は笑みを崩さない。
楽しげな、子供みたいな無邪気な笑みで。
狂気をその瞳に浮かべて、椅子ごと倒れたクラスメイトの髪を鷲掴む。
「一番最初の退学者は、このクラスだと思ったんだがなー!」
その男――【熱原永志】は、気味の悪い笑顔を浮かべる。
その男にカリスマはない。
人望もない、人脈もない。
だが【暴力】があった。
これ一つでクラス中を黙らせられるだけの力があった。
そして、【加護の異能】にも恵まれていた。
故に、彼は初日からA組という一クラスを完全に手中に収め、掌握していた。
「さぁーて! 俺は今からこいつをボコるが、文句ある奴ァ手ぇ上げろ! 俺に勝てるんなら、いくらでもこの地位、明け渡してやるからよォ!」
クラスの中心。リーダーの地位。
誰一人望まなくとも、その立場に今、熱原という個人が立っているのは明白だった。
けれど、それもそのはず。
初日の体育でクラスメイト全員を倒した前代未聞の大事件。
他でもない、彼自身の手によって箝口令が敷かれたため、他クラスへ噂が漏れることもなかったが……その一件は熱原という個人の力を明確にしてしまった。
――まとめてかかっても、熱原には敵わない。
「ケヒッ」
まるで見透かしたように、熱原は笑う。
その視線は倒れた生徒へと向かい、やがて、熱に浮かされたように狂気を浮かべる。
「C組……かぁ。誰だろうなァ? 霧道ってのを、退学させた奴」
かくして、狂気の矛先は標的を定める。
しかし、まだ、誰も知る由はない。
矛を向けた相手もまた、とびっきりの狂気であるということを。
強さ、賢さ、狡さ、口の悪さ。
あと顔面偏差値。
全てにおいて霧道くんを超える巨悪が登壇です。




