1-1『ここは異様だ』
※主人公は表情筋が死んでいます。
そしてびっくりするほど嘘つきです。
息をするように嘘を吐きます。
彼が『顔を顰めた』『びっくりした』とか言ってても、常に無表情だと思ってお読みください。
清々しい日差しが窓から差し込み、未だ冬の気配を残した肌寒い風に桜の花びらが舞う、春らしいある日のこと。
春らしさとは無縁の暑苦しい体育館。
そこで渡されたプリントに目を通し、僕は顔をしかめた。
「……すさまじく嫌な予感」
周囲へと視線を向ける。
自分の配属されたのは1年C組。
自分の名字が『あ』から始まるせいもあり、目立たず確認できるのは前方に並ぶA組、B組の姿だけ。
彼らは渡されたプリントに嫌な予感を覚えながらも、新たに始まる学園生活に期待を膨らませているようでもあった。
――私立、選英高等学校。
この学園の名前だ。
なんちゃらシステムやら何やら、正直理解の及ばないトンデモ技術を用いて、生徒へと、漫画やアニメの中でしか見たことのない『異能力』を授け、学園生活を送らせる。
そんな、言ってみれば『学園異能』という言葉の権化。
それがこの学校、選英高校であった。
「……まずったか」
一人、小さく呟く。
この学園が出来たのは丁度二年前。
今の三年生が第一期生ということでもあり、それだけこの学園に対する情報は少ない。唯一の情報源であった『退学者による学園の誹謗中傷』というニュースを思い出し、顔を顰める。
『さて、そろそろプリントも行き渡った頃でしょうし、簡単にではありますが説明をさせて頂きましょう。あまり長く話しても皆さんからすればつまらないでしょうからね』
マイク越しに拡張された声が響く。
ステージ上を見上げれば、そこには演台を前に立つ一人の男の姿がある。ピシッと着慣れたスーツ姿に、ワックスでオールバックに固めた白髪、そして顔に刻まれた深いシワはその男性を『大人』としての面を強く印象付けていたが、その顔についた微笑みは見る人全てを安堵させるようなものだった。
学園長――八雲選人。その男の名だ。
冗談交じりに響いた彼の声に、生徒達の間へと広まっていた嫌な雰囲気が一瞬にして霧散する。
『簡潔に言うと、先生の言う事、そして校則を守って、より良い学園生活を送ってください、ということです。別段難しいことではないでしょう? 小学、中学校とさして変わりません。変わることといえば、贅沢をしたければ勉強しなければならないこと。そして、君たちの体に【異能力】が宿っていること』
異能力。
それ自体は既にこの身に宿っている、らしい。
……正直、能力名と効果を教えられた今も自覚なんて何もないが、彼の言葉に生徒達の間には興奮が伝播してゆく。
ま、僕と同様に彼ら彼女らも、既に自分の力を知っているのだろう。それを大っぴらにするか、それとも事実より誇大することで自らの威を知らしめるか。……まぁ、逆に自分の力を弱く語るような変わり者はいないだろうが、少なくともソレがあるだけで僕らの日常は一変する。
『ただ学園が求めるのは【より良い学園生活】。異能を用いて勉学、部活動に励みなさい。その結果が自身の立場と貯金に直結し、結果的に努力した分だけその身に恩恵が返ってくる』
かくして再度、ニカッと笑う学園長。
『ま、難しいことは考えず、校則を守ってより良い学園生活を謳歌してくれたまえ』
その笑顔はやっぱり見る人全てを安堵させるような優しさで溢れており、僕は小さくため息を漏らす。
改めて視線を巡らせると、僕と似たような感じで安堵のため息を漏らす生徒達の姿が見える。
その中で数名、難しい顔を浮かべる生徒達の姿が、ちらりと視界に映り込む。
☆☆☆
私立選英高等学校。
この学校は、本当の意味で自己完結しているらしい。
男子寮、生徒個別個別へと与えられた個室にて、僕は校門前で配られていたパンフレットを開いていた。
学園が保有する土地は東京都の四分の三にも迫る広大さであるらしく、校舎と寮を初めとし、酪農や農業も盛んで、目を疑うような超巨大なショッピングモールまで完備されているとの事だ。
「……すごいな、これは」
加えて学費なんかも、学園生活の中で稼いで返せばなんの問題もないと来ている。
すわここは楽園かと錯覚してしまうような好条件に笑みがこぼれてしまいそうになるが、残念ながらこれだけの好条件、その裏に何も無いはずがない。
体育館にて、生徒心得と一緒に配られた生徒手帳。
といっても、渡されたのはどこからどう見てもスマートフォン。
電源を入れると自身の顔写真が画面に映り込み、自身の名前、年齢、性別に加え、学校から支給された生活費『¥499,431』との表記が現れる。ちなみに金額が微妙なのは帰りにコンビニで夕飯を買ってきたからだ。
その他にもこのスマートフォンには、身分証明書、クレジットカード、電話、ゲーム機、その他諸々の機能があるらしい。
しかしどこまで機能を追求しても、これは名目上の『生徒手帳』なのだ。
指を画面にスライドさせて生徒手帳を開くと、そこにビッシリと記された無数の文字列が存在していた。
曰く――【校則】と。
ただシンプルに題されたソレへとざっと目を通し、目頭を押さえる。
……果たして、この段階で『これ』に気づいている生徒がどれだけの数いるだろうか。
あの後、体育館で解散となった新一年生。……解散後に聞こえてきた話し声を思い出すに、きっとゲーム機能だったり電話機能だったり、そういう面に気を取られて生徒手帳まで見てる生徒はあんまりいないんじゃないかと思う。
加えて『異能』の存在もある。
試そうとする者、さっそく訓練を始める者、もしかしたら既に使いこなし始めてる者までいるかもしれない。
ゲーム機能を一瞥せずに、新たなクラスメイトとの繋がりすら一切持たず、加えて異能にすら全く食指を向けることなく、ただ一人、生徒手帳を読み込んでるような悲しいヤツ。
そんな可哀そうなヤツ、学年に何人もいてたまるか。
……まぁ、いたとしても僕を含めて数名ってところ。
この善意と好待遇の裏に隠されたとびっきりの悪意。
これに気づいているか否かで、きっと明日から始まる学園生活が一変する。
「さて、と」
運良く……運悪く? いずれにしても、たまたま偶然気づいてしまったわけだけど、それを誰かに教えようったってクラスメイトとは連絡先交換してないし、そもそもクラスメイトどころか誰の連絡先も知らないし。
だからこそ、出来ることなど限られているわけで。
壁際へと視線を向ける。
そこには午後の『7:58』を指し示す時計が飾られており、僕はスマートフォン型生徒手帳を充電器に差し込み、それ以外、部屋中の電気を消して回った。
かくして二分後。
完全なる暗闇の中、ベッドに腰を掛けた僕は、充電中の画面に映り込こんだその一文を、再度確認するように読み上げる。
「『第三項、就寝時刻は原則として20:00であり、その時点において室内の電気をつけていた者は罰則として100,000円の罰金、或いは退学、いずれかの処置を受けねばならない』」
スマートフォンの電源を落とし、ベッドに背中から倒れ込む。
結果如何によって生活費が支給されるという定期テスト。そのテストの『定期』が未だ明らかになっていない初期の初期、と言うか学園生活すら始まっていない最初期段階。
この段階で所持金の五分の一――100,000円もの損害を受ける『痛さ』は如何程か。
ま、いずれにしたって――。
「なんとまぁ、ここは異様だな」
呟き、瞼を閉ざす。
早速明日から荒れに荒れそうな予感があるが、兎にも角にも僕はその『痛さ』とは無縁なわけで。
とりあえず、被害食ってる面で登校しますかね。
そう、他に紛れることを決意しながら、布団の中へと潜り込んでゆく。
学園生活、初日前夜の夜。
その日は、妙にぐっすり眠れた。
某作品が好きで書き始めたこの作品。
8章まではストックがあるので毎日投稿予定です。