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11-4『倉敷蛍の失ったヒト』

 人間は信用できない。

 私が私である理由なんて、その一言で説明がつく。



 私には、姉がいた。

 名前は『遥』、私とは似ても似つかない聖人だった。

 何一つ偽ることなく、無理することもなく。

 正々堂々と、彼女は全員に優しさを振りまいていた。


『情けは人の為ならず、ってあるでしょ? でも、私は思うんだ。人は人を助けるために生きてるんだって。だから、私は色んな人を助けるよ。なんて言われてもね!』


 正義の味方。

 そんな言葉が彼女には相応しかった。

 私は、そんな姉が大好きだった。


 多くの人が彼女を愛した。

 幼いながらもしっかり者の彼女が大好きだった。

 だから彼女は多くに恵まれ、多くを得た。

 友人、恋人……は、あの年齢だし分からないけれど。

 私にとっての『本物の友好チート』は倉敷遥を除いて他にはいない。


 まるで世界に祝福された神の子。

 私が姉に抱いた思いは尊敬と畏怖。

 今にして思えば……血のつながった姉に向ける感情ではなかったけれど。

 それでも、私はあの人が大好きだった。


 その感情に……一切、疑う余地は無い。

 それは私の本心だったはずだ。

 間違いない。

 間違いない……はず、なんだ。


 なのに、どうして。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




 ☆☆☆




「ほ、本当にこの道で合ってるんですか!?」

「知らん」


 王聖克也の歩みに迷いはない。

 されど進む方向はあまりにも常識外れだったので、倉敷蛍は思わず声を上げてしまった。

 それに対して返ってきた即答。

 彼女は思わず頭を抱えそうになった。

 だって、それもそのはずーー


「この先は()()()()ですよ!?」


 視線の先には、既にその扉が見えている。

 倉敷蛍も、この局面に至れば嫌でも理解する。

 今回の敵は、学園そのもの。

 であればラスボスは学園長で、この戦いに勝つということは文字通りにこの学園をぶっ潰すということに他ならないのだと。


 だからこそ、困惑せずには居られない。


 目の前に迫っているのは、そのラスボスの居城である。

 まずは眠りを解除するのが最優先だと知っておきながら、王聖克也はなんの迷いもなくラストダンジョンへと向かい続けている。

 全く意味がわからない、という顔の倉敷。

 彼女に対し、王聖は己が推理を口にする。


「学園側からすれば、八雲選人が生き残ることが勝利の最低条件。であれば、学園長室、なんて目立つ場所に致命的な弱点など残しておくはずもない。子供でもそう考えるだろう。()()()()()()()()()()


 彼は何の迷いもなくその扉の前に立つ。

 そして、堂々と胸を張り扉を蹴破った。


 凄まじい破壊音が室内に響く。

 破られた扉は音を立てて床に転がる。

 恐る恐るとその中へと視線を向けた倉敷は――その光景に唖然とした。


 学園長室。

 その机に突っ伏すようにして、一人の少女が眠っている。


 その顔に浮かぶのは心地良さげな笑顔。

 年恰好は高校生……自分たちと同世代だろう。

 だが、少なくともこの学園の生徒ではない。

 全校生徒を知っている倉敷、生徒会副会長として多くを見てきた王聖。二人をして()()()()()()と断言できる少女。

 最初は、この眠りに巻き込まれた被害者かと考えた。


 だが、そんな思考は一瞬で消える。


 ここはどこだ、学園長室だ。

 そんな場所で堂々と眠りにつく少女。

 尋常であるはずがない。


 そして、その隣に佇む一人の少年を見て、背筋が凍る。



 ――最初に感じたのは、恐怖だった。



 二人の脳裏を真っ先に過ったのは、雨森悠人の姿。

 誰もが認める怪物。

 アレと全く同じものを、見たこともない少年から感じる。

 ……いいや、隠すつもりがない分、こちらの方が凶悪か。


「一番狙われやすい場所に急所を置く。……バカみたいに単純で、バカみたいに効くと思ってたんだけどなぁ」


 優しそうな、穏やかな声。

 その中に含まれた絶対的な余裕。

 そんな少年から感じ取った本能的な恐怖。

 様々な要因から二人が臨戦態勢へと入るまでかかった時間は、ほんのわずかコンマ数秒。



 その刹那に、王聖克也の鮮血が散る。



「ぐ……ッ!?」

「あれ……首を落としたつもりだったのにな」


 倉敷の頬へと真っ赤な血が跳ねる。

 彼女が視界の端に捉えたのは、斬り飛ばされて廊下へと消えた王聖克也の右腕。その傷口から溢れ出した無視出来ぬ出血量。


「お、王聖せんぱーー」


 咄嗟に飛び出した『心配』

 それも、王聖の浮かべていた表情を見て引っ込んだ。

 彼はその少年から視線を逸らすことはなく、斬り飛ばされた自分の片腕にすら一瞥もくれてはいなかった。

 対し、明確な『敵』を前に視線を外した倉敷蛍。

 その差異が、明確な危機感となって全身を駆け巡る。


 咄嗟に反応できたのは、奇跡に近かったと思う。


「……っ!?」


 危機感に身を任せ、その場から飛び退く。

 次の瞬間、先程まで自分のいた場所へと巨大な『ギロチン』が落ちる。触れれば首どころか鉄すら両断出来そうな質量と鋭さ。それは一切の抵抗なく学園長室の床を切り裂き下階へ消える。


「参ったなぁ。そっちの人は厄介そうだから、弱いそっちの子から排除しようと思ったのに……。勘が鋭い……ってより、命の危機を感じ取る異能でも持っている、って言われた方が納得できるよ」

「そういう貴様は……必死に『斬撃』系の異能を装いたい様子だが、その実は月姫と同系統。無いものを有ると定義する幻系統の能力と見た」


 王聖克也の考察に、少年は少し驚いた様子を見せる。


「……どうしてそう思ったのかな」

「加護にしては強すぎる。だが、斬撃に関わる概念使いにしては、私の知る雨森恋(かいぶつ)に比べて弱すぎる。である以上、斬撃や今のギロチンは副産物と見るべきだ。あとは直感だが、その様子だと当たっていたようだな」


 要は、ただの『勘』である。

 最低限の思考があったにしても、その先は完全に王聖克也の妄想に過ぎなかった。ただ、斬撃の能力者をよく知っていて、幻を現実にする能力者をそれ以上によく知っていた。

 そんな理由から発したカマが、見事に引っかかる。

 少年は呆れたように肩を竦める。

 そして、虚空から一冊の本を生み出した。


「バレちゃしょうがないか。僕の名前は()()()()()()


 小賀元。

 聞き覚えのある名に、王聖の肩が跳ねる。

 ……かつて、天守が滅んだ日。

 瀕死のセバスに連れられ、あの家を脱出した多くの子供と研究者。その内、()()()()()()()()()()()()()()()()のリストにその名前が確かにあったのを彼は覚えていた。


「お前……あの地下出身か」

「……そこまでバレてるんだ。なら、僕も思う存分調べさせてもらうよ。王聖克也……いや、橘克也って呼んだ方がいいのかな」


 その本を見ながら、少年は情報として克也の出生を読み上げる。


「橘家の当代の長男として生まれながらも、その異能、自称【皇制執行官】の異端さより冷遇される。しかし、持ち前の豪運さを存分に使って橘家の中で明確な立場を確立する。しかし、雨森悠人が出てきて間もなく橘家を出て苗字を変え、何かを探すように世界を回った。……そして、2年前にこの学園へと辿り着いた。……ねぇ、橘克也。()()()は見つかったのかな?」

「…………」


 問いには答えず、されど克也の視線が鋭くなる。

 小賀元は克也から視線を外すと、もう一人の少女へと視線を向け……ようとして、直ぐにその場を飛び退る。

 その直後、彼の立っていた場所へとかかと落としが突き刺さり、床のフローリングが砕け散る。


「チッ!」

「君の情報は……あぁ、あった」


 舌打ちをする倉敷を前に、小賀元の余裕は崩れない。

 彼が生み出した『どんな情報も映る攻略本』を前に、倉敷蛍がひた隠しにしてきた異能の情報すらも筒抜けになる。



「君の異能は……へぇ、【精霊王の加護】か」



 倉敷蛍ーー異能名【精霊王の加護】

 身体能力の大幅強化。

 状態異常の完全無効。

 それらを常時発動した上で、世界中に存在する精霊を観測し、それらと会話ができるようになるーーと言うだけの能力。

 しかし、倉敷蛍は持ち前のコミュニケーション能力により、それら精霊たちと尋常ではなく仲良くなってしまう。そのおかげか、彼女は人類史上初、精霊たちを介した精霊魔法を扱えるに至る。

 結果、彼女は黒月奏の『魔王の加護』以上のコストパフォーマンスで、アレと同等かそれ以上の万能さを得ることとなった。


 それら情報を淡々と読み進める小賀元。

 その間も倉敷からの暴力が彼を襲うが、それすらもすらすらと躱しながら、彼の微笑みは崩れない。



 ーーしかし。



「………………へ?」



 ぴたり、と。

 それら情報を読み進めていた彼の動きが、止まった。

 当然、止まった少年を前に気を使うような倉敷ではない。


 小賀元の顔面へと、倉敷のフルスイングした拳が突き刺さる。

 確かな手応え。

 真っ赤な鮮血。


 小賀元は大量の鼻血を流しながらも対面の壁へと叩きつけられる。クモの巣状に壁へとヒビが入る程の衝撃が彼の体を襲いーーそんな少年へと、さらなる追撃で倉敷の拳が突き刺さる。


「お、ラァ!!」


 がら空きの腹へと、一閃。

 限界を迎えた壁は崩壊し、隣の職員室へと小賀元の体が吹き飛んでゆく。拳を振り抜いた倉敷は大きく息を吐くと、肩を回して職員室の中へと言う。


「知らねぇのかテメェ。乙女の個人情報を読み上げるなんざ番死に値する大罪だぜ? 殴られたって文句言えねぇだろ。……あ、王聖せんぱい、腕、大丈夫ですかぁ?」

「私の前で猫は被らなくてもいい。それとーー」


 腕を押さえながら、克也が倉敷の隣までやってくる。

 彼は鋭い視線を職員室の中へと向けており、その背後からするりと皇制執行官が姿を現す。


「勝負内容は『じゃんけん5回勝負』、条件はさっき雨森の奴と戦った時と同じでいいだろう。急げよ執行官」

『アイヨ! 15秒おきのじゃんけん勝負ダナ! ならルール説明は省略させてもらうぜ! 雨森の倅との戦いは、お前も、アチラさんも重々承知してるみたいだしな!』


 職員室の中で、誰かが立ち上がる音がする。

 既に執行官は現れている。

 もうまもなく最初の勝負は始まるだろう。

 にも関わらず、小賀元の視線は克也から外れていた。

 彼の視線の先に居るのはーー。



「倉敷。……倉敷、蛍?」



「…………ん?」


 自分の名を呼ばれ、倉敷は反応する。

 その反応を見て、小賀元の表情が歪んだ。


 その顔は今にも泣き出しそうで。

 ずっと昔を懐かしむような顔でもあって。

 それ以上に後悔が滲みだし、苦渋に満ちた顔だった。


「……ホント、神様ってのは残酷だよね。よりにもよって、僕の相手が倉敷蛍かよ。優人の事件からずっと思ってたけど、アイツら人の心ってもんがないのかな」


 彼は、どこか諦めたようにそういった。


『んじゃァ、じゃんけん1回目行くぜぇ!!』


 執行官の声が響く。

 しかし、小賀元の耳には届いてもいなかった。

 彼は、真っ直ぐに少女を見据えている。



「……君に、伝えなきゃいけないことがある」



 そして、最初の勝負は小賀元はじめの不戦敗に終わる。

 それでもいいと少年は思っていた。

 そんなことより、ずっと大切なことがあったからだ。


 その顔を真正面から見て、倉敷は嫌な予感を抱いた。


 聞いてはいけない。

 その先を聞いちゃだめだ。

 本能がそう叫んだ。


 しかし、僅かな好奇心と。

 小賀元の浮かべた覚悟が。


 耳を塞ごうとする彼女の動きを、僅かに邪魔した。






「死んだよ、倉敷遥は」





 そして、倉敷蛍は真実を知る。


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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[良い点] 正義の味方はみんなろくな目に遭ってないなぁ
[良い点] とうとう倉敷が、姉が死んじゃったことを知ったけどどうなるかな?闇落ちしちゃうかもしんないな。ぜひカッツ―が止めてほしいけど。異能の方は予想通りでした。 遥と弥人めっちゃ似てる。二人とも知り…
[良い点] 状態異常の完全無効ってつよ 乙女の口封じぱーんち [一言] 学長以外笑ってる奴がいねぇ
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