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幕開『■■■■は夢を見る』

 ――もう、ネタキャラなんて言わせない。

 夢を、見ていた。

 不思議な感覚だった。


 私に()()()()()()()()()()()()()

 まるで過去を振り返るように、その光景を見つめていた。


 ――それは、雨の日だった。


 この星があんなことになって。

 私の知り合いも、親戚も、たくさん死んで。

 このままどうなってしまうんだろう。

 元の生活に戻れるのかな……って。

 不安に押しつぶされそうで。

 私は部屋の中から、窓の外を見つめていた。


「……大丈夫かな、みんな」


 私は、クラスメイトともしばらく会えていなかった。

 学校なんて、とっくに機能してなくて。

 避難所の中は、今もすすり泣く声が響き続ける。

 私が身を寄せた避難所に、クラスメイト全員が揃っていたわけじゃない。

 こんな私に手を差し伸べてくれた友達も。

 意気地なしな私に、道を示してくれた人も。

 もう、ずっと会えていない。


「……会いたい、なぁ」


 呟きは雨音に消えてゆく。

 私をいつも救ってくれた人。

 いつだって私の前を歩いていた人。


 不安で、寂しくって。

 誰も希望なんて持ってなくて。

 今にも押しつぶされそうな絶望の中。

 私は、ここにはいない少年へと縋ってしまった。


 ――だから、最初は見間違いかと思った。


「……っ!」


 窓の外。

 ざんざんと雨の降りしきる中。


 私は、見覚えのある黒髪の子を見つけ、気が付けば走り出していた。


 あり得ない、って分かってた。

 あの人が、こんな場所にいるわけがない。

 けど、同じくらい()()()()()()()()()()()()()()()()って思った。


 施設の人はいなかった。

 止められることもなかった。

 誰も、他人に気を使っている余裕が無かった。

 だから、私は真っ直ぐに外に出た。


 そして、雨の中佇んでいたその人へと、駆けよった。



()()()()っ!」



 彼は雨の中、傘も持たずに立っている。

 見覚えのある黒髪、見覚えのある背中。

 彼はじっと、壊れた街並みを眺めている。


 私の声は……聞こえてないのかな?


 呼びかけに、彼は一切反応しなかった。

 まるで、幽霊を前にしているような不気味さを感じる。

 私は彼へと近づくにしたがって、それは増していった。


 彼の衣服は傷だらけで。

 顔色は、死体のように真っ白だった。

 表情なんて抜け落ちて、亡霊のような無表情が浮かぶばかり。


 ……私の足が、止まった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()



「……天、守……くん、だよね?」



 少年は天守優人……のはずだ。

 だって、志善くんは白髪交じりで、いつも楽し気な笑顔を浮かべていたから。

 だから、今、目の前に立っている黒髪の少年は……きっと、天守くんに違いない。

 ……なのに、どうしてもそうとは言い切れなかった。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 どちらであるのか。

 そして本当に――彼らと同一人物なのか。


「……僕は」


 ふと、少年が口を開く。

 私はびくりと肩を震わせ、その様子を少年は一瞥した。

 そして少年は、言いかけた『なにか』を飲み込んだように見えた。


()()()、お前の夢は……なんだったかな」


 まるで、古い記憶を思い出すように。

 ゆっくりと、時間をかけて彼は言う。

 少年は一瞥をくれただけで、私の方はもう振り向かない。

 私は、少年の向く方を見る。

 壊れた街並み、そこで死んだ人々。

 それらを想い――私は、私の夢を彼へと返した。



()()()()()。私は、あなたのような正義の味方になりたい」



 私の回答に、彼は笑った。

 されど、その笑顔は私の知る『彼ら』のものではなくて。

 心底から馬鹿にするような貌で、彼は鼻で笑った。


「な、なにを……っ」

「よかった。本当に良かった……お前のことを覚えていたのは、奇跡だった」


 少年は、私を振り返る。

 彼の瞳を真正面から見返して。

 その奥に映る大きな後悔を垣間見て。

 私は、大きく目を開いて固まった。




()()()()()()()()()()()()()()()()()




 絶対に『彼ら』なら言わないことを、彼は言う。


「天守優人の背に憧れ、志善悠人に手を差し出され、お前は彼らを見て『そんなもの』に憧れた。なら、その夢は諦めろ。お前の憧れの半分が僕である以上……その先に待つのは、大きな失敗と後悔だけだ。お前は確実に失敗する」

「ど、どう……して……っ」


 どうして少年がそんなことを言うのか。

 彼に何があったのか。

 何故、そんな結論に達したのか。

 私には何も分からない。

 けれど、それが彼の本心であることはよく分かった。


 その時になって、私は察する。


 今、目の前に立っている少年は――()()()()()()()()()()()()()


 同一人物なのは間違いない。

 けれど、その魂が『別物』と思えるほどに変わり果てている。

 話せば話すほど身に染みる。

 その少年の、異質さを。


「お前は、目指す相手を間違えた」


 少年は、手を伸ばす。

 私は反応することも出来ずに、頭蓋を掴まれる。


 その瞬間、彼の背に黒い片翼を幻視する。

 七枚から成る、世界のノイズみたいな異形の翼。

 ――その一枚が、目の前で灰色に染まった。



「能力名【閉】」



「……っ」


 あり得ない音が聞こえた。

 まるで、古びた扉が閉まるように。

 嫌な音を響かせながら、埃を舞わせて『なにか』が閉じる。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()


「朝比奈霞、お前が持つ【僕ら】に関する記憶を閉鎖する」


 ふらりと、体が揺れる。

 少年は倒れようとする私の体を受け止めてくれた。

 その腕から感じたのは以前と変わらぬ優しさと。

 そして、今にも崩れ去ってしまいそうな弱々しさだった。


「な、……ん、で……っ」

「僕はお前を覚えていた。……なら、きっと僕はお前のことを大事に思っていたんだろう。お前に対しての感情は忘れてしまったけれど、本当に良かったよ。僕はお前のことが大切だったから、こうしてお前に会いに来れた。お前に、さよならを言うことができた」


 そして、私の中で【彼ら二人】の記憶が閉ざされる。

 やがて、瞼が落ちる。

 意識は完全に闇へと沈み、少年は少女を見下ろしている。

 その瞳に映るのは無感情か、あるいは――。



「朝比奈霞。……お前は、僕のようにはならないでくれ」



 どうして【彼】が、入学前からあの力を持っていたのかは……分からない。

 けれど確かにあの瞬間、私は【彼】に関する記憶を閉ざされ、全てを忘れた。


 ――はず、だった。


 きっと、【彼】の誤算は一つ。

 あの人は、私の憧れの【強さ】を計り間違えたんだ。


 たとえ全てを忘れていようと。

 彼らとの出会いが無かったことになっても。

 私は、彼らに抱いた強烈な憧れまでは忘れなかった。


 目指す相手を忘れても。

 目指すべき先だけは見失わなかった。


 私は、正義の味方を諦めなかった。


 それにあの頃は、まだ子供だったから甘かったのね。

 私に施された閉鎖は、時を経るに従って開いていった。

 そして夏休み、私は彼らの名前を思い出すに至る。


 そして、あの青年と再会してから半年以上が経ち。

 今に至って、私はこんな夢を見ているのだ。


 もう、完全に思い出した。

 私は【彼】に憧れた。

 あの人が、私の最初の友人になってくれた。

 彼ら兄弟がどうなったのかは知らないけれど。


 雨森くんが一人だというのは、痛いほどよく分かった。


 ……薄々、察してはいたんだ。


 彼は、自分の意志で【孤独】を歩き続けているのだと。


 その気になれば、友人なんて山ほどできるだろう。

 現に、彼は多くの学友に囲まれている。

 ――だが、雨森悠人は彼らのことを『友人』だとは思ってもいないだろう。

 友人になるような価値なんて、雨森悠人には無いんだから、って。


 そんな勘違いをして、壁を作って、独りで居続ける。


 彼の孤独を見ていると。

 ……不思議と、独りぼっちだった『少女』を思い出す。


 少女はかつて、無理やり、力技で助けられた。

 勝手に手を引かれて、勝手に友達にされて。

 あれよあれよと憧れを抱かされ、今に至る。

 ……ほんと、強引な兄弟だったけれど。


 今の彼が、昔の私と同じなら。



 きっと雨森悠人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 思い出す。

 学園祭、午後。

 雨森くんに敗北した、その直後。

 橘さんの能力で転移した先で、吐血した雨森くんを私は目撃した。

 あれは、今にしてみれば【橘月姫からの救援要請】だったのだと思う。


 自分では、たぶんこの人は止めれない。



 雨森悠人を救えるのは、過去も未来も【正義の味方】だけなんだから、と。



 そういう思いで、彼女は私に、後を託した。

 なら、私はその想いに応えるだけだ。



 かつて、貴方に助けられた少女として。


 今度は、私が貴方を助ける番よ、雨森くん。


 以前は、何もできなかった。

 貴方が苦しんでいる時、私は蚊帳の外だった。


 けれど、今は違うわ。


 クラスメイトとして。

 貴方の友人として。


 そして、貴方に救われた一人として。




 ――全身全霊を以て、雨森悠人を救済する。





【天能変質】




 声が聞こえる。

 誰かの声が。

 まるで私を祝福するように。

 弾むような声色で、耳元へ届く。



【所有者:朝比奈霞】



【保有する天能を再構築致します】



【天能再編】



【該当者に新たな天能を授けました】




 私は目を開く。

 既に、夢は冷めていた。




【天能名 ”(イカズチ)”】




 忘れていた全てを、今、取り戻した。

 私は立ち上り、拳を握る。




【あなたの道行きに、幸福が在らんことを願います】




 どうして、なんで。

 いつの間に眠っていたのか。


 そんなことは欠片も分からないけれど。


 私が、今、すべきことだけはハッキリしている。




「覚悟なさい、雨森くん。意地でも貴方を幸せにしてあげるわ!」




 あわよくば、もう一度。

 彼の笑った顔が見たくて。


 私は、居場所も分からぬ彼を探して走り出す。




 もう、私は迷わない。


 絶対に怯えない、この心は揺るがない。



 たとえ、雨森くんがどんな人物であったにしても。


 彼の過去に何があって、彼が何を失ったとしても。



【人を助ける】



 その行為は美しいはずだし。


 誰かを助けたいと願うことが、間違っているわけ無いんだから。


 彼を救うのは、過去も未来も【正義の味方】ただ一人。


 少女は駆ける。

 かつて、少年に救われた者として。

 今度は自分が救うのだと、覚悟を据える。


 もう、目指すのは止めたんだ。


 今度は彼の隣に立って。

 堂々と胸を張り、彼の手を引っ張ってやる。


 待っていなさい、雨森くん。


 貴方のお兄さんの心残り。

 正義の味方として――完膚なきまでに解決してあげる。




 次回【協力者】



 ――そして、青年は目覚める。

 救われる気など毛頭なく。

 ただ、憎悪と復讐心を胸に抱いて。

 

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【新連載】 史上最弱。 されどその男、最凶につき。 無尽の魔力、大量の召喚獣を従え、とにかく働きたくない主人公が往く。 それは異端極まる異世界英雄譚。 規格外の召喚術士~異世界行っても引きこもりたい~
― 新着の感想 ―
[一言] 幕間じゃなくて幕開なの好きです
[良い点] 棒運命の正義の味方さんも進んだ地獄の道に自ら進むヒロインさん がんばえ〜!
[良い点] 面白いです。 [気になる点] 結構前の話ですけど、新崎が天能変質した際に学園側は天能変質と変質後の天能を把握していました。この仕組みが明かされることはありますか? [一言] ・雨森が周旋に…
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