10-45『八雲選人』
【感想欄に関するお知らせ】
唐突な話ではありますが、本日から作者からの質問回答を制限しようと思います。
質問があれば、一話につき、お一人【三つ】までお答えします。
それ以上を受け付けてしまうと現状のように際限なく感想欄が質問で埋め尽くされてしまいますので、他の皆さんに気分よく感想欄をご利用いただくためにもご配慮のほどよろしくお願いいたします。
あとは皆さんの良心を信じたいと思います。
PS.……作者もいい加減、質問責めに遭い過ぎて疲れました。
いままでに沢山お返事したので、そろそろ作者を休ませてください。
ちなみに感想自体はじゃんじゃん募集中ですので、今まで感想欄がカオス過ぎて気遅れしていた方も奮って送ってください。作者が喜びます。
死にたくない。
死にたくない。
こんなところで死ぬわけにはいかない。
その男は、傷ついた体で必死に逃走を始めていた。
男の名は――八雲。
研究所の所長として子供たちを利用して回った男だ。
彼は一度死に、海老原の天能によって操られた。
確たる意思を保ちながら、死体として支配下に置かれていた。
命じられたのは一つだけ。
『天守恋を殺害しろ』
苛立ちを覚え、怒りを抱き。
それでも命令には逆らえず、男は小さな少女の部屋へと向かった。
少女はすやすやと眠っており、八雲はその首へと手を伸ばす。
首をへし折ると同時に、この少女より『天能』を強奪する。
八雲の能力――【強奪の加護】であればそれが叶う。
だから、八雲は一切の警戒はしていなかった。
――だから、地獄を見た。
「ばっ、化け物……っ、化け物だ、なんだあのガキ!」
天守周旋、天守弥人。
あれら怪物を知っている八雲でさえ、その少女の【潜在能力】に恐怖した。
少女は眠っていた。
指一本すら動かさなかった。
可愛らしい寝顔のままで。
――欠片も残さず八雲の体を細切れにした。
触れた瞬間だ。
強奪する間もなかった。
八雲は何の抵抗も出来ずに、再び殺され。
……そして、弥人の【奇跡開帳】によって蘇生された。
それは、誰にとっての不幸だったのか。
死したはずの八雲が、恋に殺されたことで生者に還る。
彼は再び脈動を始めた心臓を感じながら、とにかく逃げた。
逆らってはいけない、少女の前に立ってはいけない。
あれは、化け物だ。
どうあがいても勝てるとは思えない。
あの少女は天守優人が臨界で行っている【必中】を素の状態で行っていた。
八雲にそこまでの知識、情報はなかったが。
彼女の天能が尋常ではないことくらいは容易に分かった。
八雲は逃げる。
逃げて、逃げて、逃げて。
気が付いた時には、彼は屋敷の庭へと辿り着いていて。
その場には、既に死した老人の姿があった。
「な、何が起こっている……だ、誰だ、この老人は……?」
天守家の中に、こんな人物はいなかった。
当然、研究所の職員でもない。
どこか見覚えがあるような……気もするが。
八雲はおびえながらも、その好奇心を隠せなかった。
老人はうつ伏せに倒れている。
背中には心臓を一突きしたナイフが刺さっている。
八雲はその顔が見えるよう、老人の体を動かした。
――その手で触れた。
その瞬間、彼の意識は闇へと落ちていく。
……その強奪は、彼の意志だったのか。
あるいは、奪われる側の執念だったのか。
八雲と呼ばれた男は、手で触れた瞬間に奪ってしまった。
その天能と――その力にこびりついた狂人の魂を。
『まだ、死ねるわけねぇだろうがよォ……!』
【天能変質】
【所有者:海老原選人】
【保有する天能を再構築致します】
【天能再編】
【該当者に新たな天能を授けました】
【天能名 ”屍”】
【あなたの道行きに、幸福が在らんことを願います】
神は、人の善悪など気にはしない。
ただ、相応しいモノに相応しい力を。
残酷なまでに平等に。
神の祝福は、人を選ばず降り注がれる。
☆☆☆
僕が【雨森悠人】を名乗って数日。
「弥人の死体が……盗まれた?」
僕は、あり得ない現実を一成さんから伝えられ、歩を早めた。
隣を歩く一成さんもまた、焦っている様子だった。
「ああ、……私の失態だ。いつの間に盗みの手が入ったのか……。お歴々の張った結界に一切の痕跡を残さず、弥人君の死体だけを盗んでいったらしい。……本当に酷いもんだよ。世界の復興に目を向けすぎて、そちらへの警戒が疎かになっていた」
お歴々――つまりは橘家の前任当主たち。
個々が天守周旋に及ぶ戦闘能力を誇る化け物集団。
この家に来た当初は、まるで夢でも見ているのかと錯覚した。
それほど才覚に溢れ、努力を忘れなかった怪物の集い。
それが俗に【お歴々】と呼ばれる奴らだ。
一成さんにとって、彼らの存在はまさに奥の手。
全幅の信頼を向けるご先祖様。
だからこそ、任せてしまった。
彼らの能力が破られるだなんて、夢にも思わなかったから。
……そういう意味では、一成さんの失態。
そして、僕の失態でもある。
そもそも大前提、僕とあの男が戦った果ての『今』だ。
警備員一人配置できない程、今の世界は荒れ果てていて。
その復興に力を入れていた一成さんを、僕には責めることはできなかった。
「天能名【閉】。彼の能力によって弥人君の周囲は結界を閉ざされていた」
「……それを開く条件は?」
「簡単さ。【天守に属する者のみ開錠できる】としている」
そう言って、彼は屋敷の一室へと入る。
その部屋には無数のモニターが設置されている。
中には複数の職員が控えていて、無数にある画面の一つを彼らは見つめていた。
「犯行現場は確認できたかい?」
「今しがた、一人の女性が中に入っていく映像が確認できました!」
――女性。
その言葉に、先ほどの一成さんの言葉を思い出す。
鍵を持つのは、天守家に属する者だけ。
当然、親戚などはそれには含まれない。
天守の直系。
あるいは――血のつながりこそなくとも、天守と認められた者か。
現在、天守として生存しているのは二人だけ。
僕と、恋。
セバスは少々怪しいが、橘だしな。
一応、含まれないと仮定する。
その中で、女性と呼べるのは天守恋、ただ一人。
しかし、彼女に弥人の保管場所は告げていない。
それに、恋が弥人の死体を盗む動機が分からない。
だから、彼女ではないと断定した上で。
それ以外の【女性】を頭に浮かべた。
しかし、少なくとも……生存している中では存在しない。
僕の知る女性の天守は、既に故人となっていた……はず、だった……。
「……まさか」
そこまで考え至り、背筋が凍る。
かつて見た、過去の歴史。
その中で……僕は確認していた。
まだ、残っている死体がある。
天守家に属する人間でいて。
既に死んでいて。
それでも、大切に保管されていた死体。
いずれ蘇生するためにと、周旋が隠していた体。
そして同時に。
僕は、死体を操れる男をよく知っている。
「っ! 一成様、あの女性です!」
声が響く。
映し出された映像を。
僕は、呆然と見つめていた。
一人の女性が、弥人を抱えて結界を出てゆく。
黒い髪を風に揺らして。
堂々と、隠れることもなく歩いていく。
その表情に、かつての笑顔は既になく。
その光景に、一成さんは声もなく驚いていた。
「あ、あり得ない……彼女は既に死んだはずだろう!」
「……いや、一人だけ。死体を操れる男がいます」
僕は絞り出すように、声を出す。
一成さんは僕の方を見て……そして、目を剥いた。
……感情なんて、分からなくなっていた。
喜びなんて今も分からないし。
悲しみだって、これがそうなのか分からない。
けれど、その光景を見て。
未だかつて無い……どろりとした憎悪が生まれた。
「……天守ともえは、死体のまま操られている」
そりゃあ、そうだよな。
彼女を蘇生するための実験だったんだ。
彼女のためだけの研究者だ。
一度や二度、その死体を前にすることはあっただろう。
周旋の目を盗み、触れる事だってできただろう。
ならば、その死体に触れ、支配することだって。
お前なら、できたはずだよな。
「……生きていたのか――海老原選人」
憎悪が滾る。
全身が燃えるように熱くなる。
逆に、頭は凍るほど冷たく冴え渡り。
画面の端に、一人の男の姿を視認する。
その肉体は、八雲と呼ばれた男のモノだった。
彼は監視カメラに気が付くと、近寄ってカメラへと笑顔を見せた。
清々しいほど胡散臭い、優しい笑顔。
彼は映像越しに、見ている僕へと言葉を残す。
『けひひっ、勝ったと思った? 悪いが賭けは俺の勝ちだ』
天守弥人と、海老原選人。
二人の間に結ばれた賭け。
最後に笑って居られるかどうか。
その賭けに、この男は勝利した。
『弥人から、賭けの勝敗に関わらず自分の死体を好きにしろって言われてるんでなァ。……ま、天守最高傑作の肉体だ。弄れば多少なりとも実験は進むだろうさ』
拳を握る。
怒気に、体が震えた。
天守ともえは、海老原の傍へと寄る。
その男は弥人の死体を受け取ると、笑顔でともえの体を蹴り飛ばす。
抵抗も出来ず、支配から外れた死体が転がる。
転がった彼女は画面の外へと消えて。
男は笑顔を崩さぬまま、彼女の体――おそらく頭部を踏みつけた。
『お前の夫には、本当に苦労したぜ、クソ女。俺を殺しやがったあの男は絶対に許さねぇ。……まぁ、テメェをボロ雑巾みたいに使い捨てれば、あの男への嫌がらせ程度にはなるだろ?』
ぐりぐりと、力を込める。
僕は画面の前へと進み出た。
ぐしゃりと、嫌な音が聞こえた。
彼女の体は、既に死してから相応の時間が経っている。
いくら保存状態がよくとも、体は脆くなり。
人ほどの体重で――頭蓋はいとも簡単に砕かれる。
頭が、割れたのだろう。
脳漿が噴き出し、濁った血が飛び散る。
室内から悲鳴が漏れる。
それは映像に対しての悲鳴か。
――あるいは、僕の激情を察しての悲鳴か。
『悪いな、お前の母親、ぶっ壊しちまったみたいだ』
その言葉を聞いて、僕は大きく息を吐く。
……男は、僕が生きていることを知らないだろう。
僕がこの男の生存を知らなかったように。
僕らは、互いがどういう状態なのかを、未だに知らない。
きっとこの映像は、恋へと向けた挑発。
あの少女だけは生きていると、きっとこの男は知っている。
なればこそ、彼女にこれを見せるわけにはいかない。
彼女はこれを見れば、間違いなく海老原を恨み、彼の下へ向かうだろう。
それを海老原は、火に入る蟲を待つように準備している。
反吐が出るほどの醜悪。
周旋、弥人、そしてともえ。
三人だけでは飽き足らず、恋にまで手を延ばそうという愚昧。
そんなものは神が許しても、雨森悠人は許さない。
『改めて自己紹介しようか。俺は……そうだなぁ。八雲選人。そう名乗ろうか』
八雲の体で。
海老原の精神を持つ。
ちぐはぐな男は、そう名乗った。
『目的は秘密だ。ただ、お前ら全員解体してやるよ。楽しみに待ってな』
「……今すぐこの周辺の監視カメラの映像を確認しろ。橘家は総力を挙げてこの男を抹消する」
後方から、一成さんの声がする。
その言葉には聞き覚えのないほどの憎悪が籠っている。
滅多に見ない橘一成の激情に室内が慌てふためく中。
僕は、彼の報復に待ったをかける。
「待ってください。橘は……今回、一切動かなくて結構です」
「…………なに?」
彼は僕へと問い直す。
何を言っているんだと。
正気を疑うように問い返す。
それに対して、僕は彼を振り返る。
僕の表情を見て、室内から音が消える。
一成さんすら目を見開き固まる中、僕は至極当然に彼を拒絶する。
「この男を殺すのは、僕の役目だ」
冗談キツイよ、一成さん。
アンタが怒る気持ちもわかる。
仲の良かった天守が侮辱され。
それに対してアンタがキレるのも納得できる。
けど、それが何だって言うんだよ。
アンタ程度の怒りが、僕よりも上だとでも?
こいつは確実に、僕の手で殺す。
生死を疑う余地もなく、確実に【天能臨界】で破壊する。
もう、それだけは譲らない。
……確かにあの事件以降、僕は本来の天能が使えていない。
原因は、死の際で見た60億の憎悪だ。
力を使おうとするたび、本来の天能に手を掛けるたび。
あれらの憎悪が脳裏を過り、体を震わせる。
トラウマ……とでも言うのか。
よほどの覚悟が決まらない限りは、僕は本来の力を使えないだろう。
――だが、この男相手なら使えると、直感していた。
何の容赦も、躊躇いもなく。
全力の天能臨界で、この男を終わらせる。
過去も恐怖も塗り潰すほど、強烈な覚悟があった。
「僕は他人を信用できない。……僕が確実に殺す。でないと僕は、こいつが本当に死んだのかどうかも分からなくなる。こいつの死を信用できなくなる」
「……だが」
「天守の問題に橘が口を出すな、つってんだよ」
納得しようとしない彼に、僕は続いて口を開く。
僕の言葉に室内の職員たちが唖然とする中、一成さんはしばらくの沈黙ののち、諦めたように息を吐いた。
「……納得はしない。だが、君の言いたいこともよく分かる。逆の立場なら橘だってそう言うだろうからね。だから、せめて協力だけはさせてくれ」
僕は肯定も否定もしなかった。
再び画面へと視線を戻す。
海老原は、いつの間にか姿を消していた。
言いたいことは、全て終えたのだろう。
死体を画面外にそのまま放置し、彼は消えていた。
「……今は追わなくて大丈夫です。天守ともえの死体を回収だけお願いします」
「……それは当然だが、いいのかい? きっと逃げるよ、彼」
「構いません。どこに逃げようと必ず見つけだし、殺すので」
それに。
僕は窓の外へと視線を向ける。
壊した世界はまだ、何一つとして戻っちゃいない。
世界が壊れていなければ、監視カメラにも職員が常駐していただろうし。
弥人の保管場所に、警備員だって配置できたはずだ。
こんな簡単に盗みなんて起きなかったに違いない。
だが、人類60憶が死した今。
異常気象が天を覆い、人々の生活すら危ぶまれる今。
最優先はあの男の追跡ではなく――残された人々の保護なんだ。
「……分かったよ。……五年だ。五年で社会を元に戻す。お歴々や、天守、橘、それぞれの遠縁に協力をお願いすれば可能だろう。……まあ、天守の親戚連中は協力してくれるか怪しいところだけどね」
一成さんはそう言って、僕の肩を叩いた。
「その間、君は死に物狂いで強くなれ。今の君では……少々力不足が過ぎる」
「…………」
「奇跡的な勝利なんて要らないんだよ。要るのは確実に勝てる地力だ。あと五年……いや、もう少しかかってもいい。君には橘の歴代当主の内、少なくとも10名以上と戦い、勝利し、強さを証明してもらう。……でなければ、橘としても君を信用できない。あの男の抹殺を、安心して君に任せてなんておけない」
僕の目を見てそう言う彼に。
僕は一切目を逸らすことなく、言葉を返す。
「それは……一成さん、貴方を倒してもいいんですよね」
「そうだね。もし僕を倒せたのなら、僕一人で10人分で構わない」
その言葉を聞いて。
僕は、彼に対して布告した。
「分かりました。僕は強くなります……貴方を倒せるくらいに」
そして、その先に。
海老原選人。
……いいや、八雲選人。
「忘れるな、お前は必ず殺してやる」
復讐こそが、今の僕の生きる理由になった。
生者は二人。
三つの棺は空席で。
残る死体は一つだけ。
雨森悠人と天守恋は命を繋ぎ。
天守弥人の死体は盗まれ。
天守周旋は塵と消え。
片割れはついぞ見つからなかった。
そして残ったのは、頭蓋を踏み砕かれた母の亡骸。
最後に嗤ったのは、ただ一人。
因縁は深く、憎悪は消えず。
生きる価値など失った少年は。
いつしか、復讐こそが生きる理由となり果てた。
以上、【過去編】完結となります。
まずはここまで読んでいただき、ありがとうございました!
約10ヶ月近くにも渡る過去編……すこし重かったかと思いますが、彼が『雨森悠人』になった経緯は余すところなくご紹介できたんじゃないかな、と思います。
次回からは、ついに最終章開幕……と行きたいところですが。
重くて過去編が読めなかった方向けの過去編総集編をお送りします。
その後、満を持して最終章の幕が上がります。
というわけで、久しぶりの次章導入を。
☆☆☆
「ここまで来たぞ、八雲選人」
そして青年は、表舞台へ登壇する。
誰かの裏に隠れるのは、もう止める。
ここから先はーー僕が終わらせるべき物語だ。
誰かの手など借りるつもりは無い。
僕がやるのだ。
どれだけの無茶を通そうと。
たとえこの命が尽きようと。
……代価は、必ず支払わせる。
「無茶をすれば死ぬぞ」
恩師の言葉に苦笑を示し。
それでも、その歩みには迷いは無い。
彼は、刻一刻へと終わりへと歩む。
彼を救える正義の味方は、もう居ない。
彼を救えたはずの兄は、もう居ない。
青年が進む先には、確実な最期が待つ。
それでも。
その青年に、終わって欲しくないと『少女』は走る。
「私が貴方に助けられたように、今度は私が、あなたを守る番よ!」
多くの思惑が交差し、そして物語は終局へ至る。
倉敷蛍が失ったヒト。
黒月奏の未精算。
烏丸冬至の交わした約束。
星奈蕾の恋心。
橘月姫に遺されたモノ。
王聖克也の後悔。
朝比奈霞が忘れていたもの。
そして、終点で黒翼は雷と笑う。
最終章【正義の味方 雨森悠人】
「ありがとう。お前のおかげで……ここまで来れた」
そして、雨森悠人の物語は幕を下ろす。
面白ければ高評価よろしくお願いします。
作者がとっても喜びます。




